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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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29『師弟』

 夢、というものは響にとって特別な意味合いを持つ。それが一〇年前の魔獣大災害に起因するものであるのは言うまでもない。魔術師になるという夢は、響にとって己のアイデンティティを形成する重要な要素の一つだ。

 だからこそ、踏みにじられることには怒りが湧くし、なれないなどと嘯かれれば激昂する。


 それだけ大切なもので、だからこそ、響はその価値に何より重きを置いていなければならなかった。それなのに。


「俺は、先輩の夢を……」


 厳しい条件には違いがなかった。土台無理な話と切り捨てることも不可能ではなかった。学園最弱の”落ちこぼれ”が、その学園内で序列高位に上り詰めるなど、学園最強の手を借りてもなお至難だというのは自明のこと。

 それでも、自らの手で師が、目指していたはずの道を違えてしまうことを許容したくない。


 頭を下げる響の真剣さは、先にケンカのことを謝罪した時に優るとも劣らない。それだけしても許してもらえるかが怪しい。

 だが、頭を上げないという選択肢は存在しないから。


 そんな、全力の誠心誠意を込めた謝罪は、


「響くん……?」


 と、先ほどの流れのまま弟子の名前を口にする奏にくじかれる。

 理由は単純だ。名を呼ぶ奏の声に、戸惑いの色が見られたからだ。

 思わず頭を上げて正面を見ると、涙を流した残滓で若干目のあたりが赤い師の、キョトンとした表情が目に入る。

 またしても互いの見解が合致していない予感。戸惑う奏に、響もまた戸惑い返すことしかできない。


「確認しますけど、先輩が親父さんに教師を目指す許可をもらうのには、俺が序列二〇位に入らないといけないんですよね?」


「う、うん。そう」


「でも俺は負けたから、序列は三二位止まりなんですよ」


「え? でも魔術大会には出られるでしょ?」


「はい? えっと、それはまあ、一応……」


「ならまだチャンスはあるじゃない」


「……あの、すみません先輩。詳しい説明をお願いします」


 久々に感じる説明不足の気配。響に訓練を付けることでだいぶ形を潜めていたのだが、完全に矯正するところまでは至っていなかった。

 はっと気がついた奏は、咳払いをして人差し指を立てると、


「確か、響くんが序列決定戦で二〇位以内って条件までは話したのよね?」


「はい」


 顎を引いて肯定の意を示す響。それに奏は頷き返してそれから顎に指を当てて思案。


「えっと、条件にはもう一つあって……」


「……あるんですか?」


「うん」


「…………」


 あの響の罪悪感と謝意と謝罪は何だったのか。取り返しのつかないことをしてしまったと、首をつりかねない勢いだったのに。

 一気にすさまじいまでの脱力感が響を襲い、へなへなと座り込む――とは、すでに座っているのでならないものの、背もたれに全体重をかける程度には力が抜けていった。


「なんですか、それ……」


「ご、ごめんね? 私が説明不足で……」


「別にいいですっていつもなら言いますけど、今回は言う気力がないです。いや、良かったんですけど……」


 少なくとも、奏の夢が閉ざされたわけではないということは救われた部分だ。ただ、気になるのはその内容。脱力した響は、何とか気力を振り絞って姿勢を整えると、奏説明を待つ。

 再度咳払いをした奏も居住まいを正し、


「一つはさっきも言ったように響くんが二〇位以内になること。もう一つ、もし二〇位以内にはなれなくて、だけど魔術大会に出られるところまで行けたのなら」


「…………」


 固唾をのんで目を合わせる。聞く限りでは、響は最後のチャンスをもらえる条件をクリアしている。問題は、そのチャンスの内容次第――。


「――魔術大会に出られるのならば、その大会の個人戦で、ベスト4に入ること」


「4……っ!?」


 提示された条件の、ハードルの高さに驚くのはこれで二度目。今度こそ、無茶としか言いようがない。学内で上位二〇人に入れないのに、他の魔術学園を合わせた大会でのベスト4など、夢のまた夢といっても過言ではないどころか、響にとってはもはや完全に不可能と言える条件だ。

 奏の父は、本当に娘にチャンスを与える気があるのだろうか。不思議で仕方がない。


「学園内だけの序列決定戦ならともかく、学園の外の魔術大会は話が違いますよ」


 そもそも、魔術大会はそれぞれの学園で上位三二人に入る猛者が出場するのだ。ハードルの高さが違う。

 学園最弱の身でありながら、魔術大会の出場権を獲得した実績はありながらも、無茶、無謀、無理、不可能。目指すのもおこがましい。優勝と言わないだけ良心があるようでいて、その実、多少現実的なだけに壁の高さが要として知れる。


 それは、序列戦は「大丈夫出来る」と断言していた奏も重々理解していることだ。


 ――凛とした空気が流れる。


「そう。とても難しいの。その、序列戦の時も響くんが頑張ってなかったわけじゃないのは知ってるんだけど、それでももっと頑張らないと難しいと思う。――頑張っても、無理かもしれない」


 五回戦、響は努力が足りなかったと、自分にできる精一杯をしていなかったと認識している。

 だが、全力を尽くしたところで、あの陽介に勝利することができたのかは疑問だ。魔術大会は――陽介レベルはいないにしても――相応の実力者のみが集まる。

 だから、頑張ったところで無意味かもしれない。


「私は、駄目な師匠で、全然足りなくて、迷惑もかけちゃったし、不安にもさせちゃった。響くんはそんなことはないって言ってくれたけど、でもやっぱり師匠としては未熟なの」


 言葉足らずで、説明が下手で、どこか抜けている。そのくせスパルタで妥協を許さない。

 天才なのに、きっとそれと同じくらい努力を重ねた人で。


「それでも、響くんは、また私について来てくれる?」


 学園最強などと呼ばれてはいるけれど、この少女自身はそんなことのない、普通の女の子なのだ。人外クラスの実力があろうと、なんの悩みもない完璧超人ではない。

 凛とした空気感の中にも、不安の色が見え隠れしていた。弱さが感じられた。



 ――だから、響は……。





次で二章最後です。水曜日更新を予定しています。

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