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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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28『敗北の結果』

 ――事の発端は一〇カ月前。奏が序列決定戦で歴史的な圧勝をし、続く魔術大会で圧倒的快勝を成し遂げた後まで遡る。


 ――あるいは、もっと前。奏の将来の夢が決まった頃まで遡るのだろうか。


 いずれにせよ、響を弟子とする理由に関係があるのは前者の方であるので、後者については語らない。


 佐倉・S・奏には将来の夢があった。

 普通の子供であるならば、何かになりたいという夢を持てばそれを周囲の大人に得意げに言いふらすところだろう。だが、奏に限ってはそうではない。

 自分の夢を誰かに言いふらしたことはなく、友人にも公言はせず、ただ自分の胸のうちと使い魔との間でのみに秘していた。それはひとえに、家庭環境によるものと言えるだろう。


 奏の父は、現魔獣対策局局長。魔術師たちの頂点に君臨する大魔術師だ。実力行使となれば奏ですら勝機はほぼない。

 成すべき者が成すべきを成すという、フィクションに登場しそうな信念を掲げた父は、才能があると見るや幼い頃より奏を鍛えてきた。家に専用の訓練室を設え、生まれて一〇年未満の幼女に、毎日の鍛錬を重ねさせた。


 そして自身は職務の関係上、奏の鍛錬を見ることはほとんどせず、雇った家庭教師にすべてを任せ、まれに顔を出しては奏の成長を確認して頷くのだ。

 そんな父が奏に望んでいるのは当然のごとく魔術師になる道だろう。その意思に反する夢を語り、それが父に夢に入った時どういった反応をされるのか、奏はどうしても予想ができなかった。少なくとも、反対されることは想像に難くない。


 誰かに知ってもらいたい気持ちも、幼い奏の中に当然のごとくあった。それでも意思を殺して、周囲には悟られないように必死に沈黙し続けてきたのだ。


 そんな沈黙もある日を境に破られる。きっかけはいわゆる進路希望表だった。

 通常の高等学校であればもっと抽象的なものだろうが、魔術学園に限って言えば一年生の時点でなされるそれもより違った意味を持つ。

 魔術学園は主に魔術師を育成するための機関だ。一般的に魔術師とは、魔獣対策局において魔獣の討伐浄化、事後処理を勤務内容とする者たちのこと。だが、魔術学園に通うもののすべてが例外なく魔獣対策局へ入局するわけではない。


 例えば警察。魔術的な犯罪に対応する部署を目指す者。

 例えば研究者。魔術的学問を研究し。さらなる発展に貢献する者。

 例えば医療関係者。魔術を駆使することで、外的要因による損傷を修復することに身を粉にする者。


 魔術学園におけるカリキュラムは、そうした目標に沿った学習ができるように様々なものを設定していて、二学年の時点で、多少なりとも受ける授業に差が出始める。確かに共通の授業はまだまだ多いが、専門的な内容に踏み込むのに必要な知識を身に着けられるようになっているのだ。

 進路希望表は、どの道にどの程度の生徒が進むのかといったことを学園側が知るために、相当重要なファクターとなっていた。

 早い話が、一年生だからといっていい加減に書くものではないのだ。


 当然、奏も虚飾を混えて書くわけにはいかず、同時に親――父に見せないわけにもいかない。

 それは、ピンチでもあり、ある意味ではチャンスでもあった。


「――教師……?」


 進路希望表にどう書いたのか、見せなさいという命令に逆らうことなどできるはずもなく、一枚の紙を差し出した奏に、父はそう厳かに驚いた。

 奏と父との関わりは非常に薄く、親子という認識すら希薄なものだ。それでもすぐに察知できる驚きの色に、予想通りのものを感じて奏は表情を引き締めた。


 そんな、まさに奏を魔術師にする以外の道を用意しなかった父は、紙から顔を上げて奏をまっすぐに見、


「出来ると思っているのか。お前に」


「……っ!」


 半端な答えは許さないと言わんばかりの、すさまじい圧力を持った問いに、奏は息を飲んだ。それでもなんとかひるまずにいられたのは、皮肉ながらも父の方針でつけられた、学生離れした実力と精神力があってだろう。


 当然のように奏が魔術師になる以外を却下した父との交渉の結果、奏が教師を目指すのを許すのに、条件が与えられた。最初から目指すことは許さないとでもいうような、そんな厳しい条件を。



「――その条件は、私が二年になった年、一学年最下位の生徒を教えて、序列二〇位以内に導くこと」


「な――っ」


 奏の言葉に、響は瞠目して息を飲む。

 その高すぎるハードルもそうだが、驚きの半分以上を占めているのはそこではない。

 奏が言い、響が目標としてきた数字。”序列二〇位以内”と合致したことだ。思わず絶句する響に奏は頷き、


「そう。私が菖蒲くんに課した目標は、私がクリアしないといけないラインでもあったの」


「…………」


「菖蒲くんを弟子にしたのは、菖蒲くんのためじゃなくて、私のためだったんだ。菖蒲くんのことを考えてるように見えて、菖蒲くんのために行動してるようで、実際は全部自分のためだった」


 顔を俯ける奏はそうしてポツリポツリと言葉をこぼす。自信を貶めるような言葉を呟いていく。

 そこに普段は見ることのできない、師の本当の感情が混じっているような気がして、師の感情が吐き出されている気がして、響は耳を傾けた。


「誤魔化して、必死に見せないようにさせて、そうやって菖蒲くんに私の汚いところを知られないようにしてた。私が目的のために菖蒲くんを利用してる、酷い人なんだって悟られないようにしてた」


 言葉の奔流はそこで区切られた。奏はうつむけていた顔を上げ、正面から響を見つめた。


「――黙ってて、ごめんなさい。こんな師匠、嫌でしょう?」


 自嘲の色を含んだ言葉も、奏の口から聞くのは初めてのことだ。


「こんな師匠じゃダメでしょう?」


「そんなことはありません」


 繰り返し放たれた自虐に、響は否定で答える。ハッとする奏は目を見開き、響を見返した。


「先輩が師匠なのが嫌なんて、贅沢すぎますよ。学園最強の天才が、学園最弱の”落ちこぼれ”を教えるんですよ? 嫌でも駄目でもないです。先輩は何も悪くなんてない。――与えられたチャンスを活かしきれなかった俺が悪いんです」


「違う、響くんは……」


「違わなくない。あんな無様をさらしておいて、今さら俺は間違ってないだなんて言いません。言えません」


 今回の件は響が間違っていた。響が全部悪かった。それでいいと思うし、そうでなくてはならないとも思う。あれだけ手厚く指導されておきながら、恩知らずな言動は今思い返せば虫唾が走る。浅慮な物言いは、顔面を灼熱で焦がすほどの羞恥。

 自分を追い詰めるほどの負い目を、失言いよって暴露させ、自虐と自重を引き出してしまった。


 本来、降りかかることのなかったような奏との出会いを、当然のことのように受け止め、感謝も何もかも忘れた青さは、決して奏のせいではない。

 奏は彼女なりに一生懸命だった。全力で指導せずして、どうして響ほどの”落ちこぼれ”がここまで来られただろうか。


「先輩は、何も悪くないです。負い目なんて感じる必要はありません。俺は、たぶん取りえなんてなくて、何もなくて、頑張ることはできたけど、頑張ることしかできなかった。そんな俺に結果をくれたのは先輩です」


「響くん……」


「嫌だどうとか、駄目だろうとか、そんなことがあるはずない。先輩が師として足りないなら、俺は弟子としてもっと足りない」


 魔術の才能はからっきし。陽介に称賛された努力の才能さえ、おそらく持ち合わせてはいないのだろう。そうでなければ、今回のような傲慢に、怠惰に陥るはずもなかったのだから。


 奏には大変な迷惑をかけた。才能皆無の響を教えると言うだけで相当な重労働。しかも結果を出さなければならない。その心労は察して余りある。


 ――そうしてかけた迷惑が、それだけならばまだよかった。


 それだけならば、取り返しのつかないことはない。響が結果を出せば、報われないことはない。

 でも駄目なのだ。未来で埋め合わせができるのならば、いくらでも埋め合わせよう。だが、過去だけはどうにもならない。


 胸を、罪悪感が駆け巡る。そこに一滴の恐怖が混じり、しかし切り出さなければならないと、無理をしてでも口を開かなければならない。

 それは、響がしなければならないことだ。


 だって、響は――。


「俺は、五回戦に負けました」


 陽介との試合――五回戦は、ターニングポイントだった。

 四回戦に勝利した時点での響の暫定序列はちょうど三二位。魔術大会に出ることができるラインにはギリギリ届くものの、奏の父――現魔獣対策局局長の示した、奏が教師を目指すことを認める条件の二〇にはあと一試合分届かない。


 ――つまり、響は、奏の夢を。


「すみません、先輩……」


 奏が教師を目指すには、響は意地でも二〇位以内に入らなければならなかった。入らなければならなかったのに。


「俺は、先輩を……!」



 ――響は奏の夢を、知らずのうちに壊してしまっていた。






次は月曜です。


追記

魔術大会の出場条件の順位ですが、諸事情により三〇位から三二位に変更させていただきました。

一章の方も随時直していきます。

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