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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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27『謝罪の応酬』

 ――沈黙が場を支配していた。


 方や半開きの扉の陰に身を隠しながら様子をうかがう見目麗しい少女。

 方や隙間だらけのパイプ椅子の裏に回り込んでつかの間の安心感に身を浸す少年。

 見る者が見なくても、相応の感想を抱くような状況だった。――なんだこれ、と。


 どちらもどう切り出せばいいのか分からず、というよりも反射的に隠れてしまったことが尾を引いて、何の障壁のない場に身をさらすことがかすかな抵抗になって立ちはだかっている。

 言ってしまえば、どうにかしたいがどうにもできないのだ。


 そんな、あまりにも無為で混沌とした、わけの分からない沈黙は、


「――キュルゥッ!」


 突如として二人の間にある距離の中心。その空中に出現した紺色の毛玉によって破られた。


「キュルリン!?」


 声を上げたのは奏の方だ。目を見開き驚きの表情を作ると、


「ちょっと、なるべく出てこないでって言ってたじゃない! 私と菖蒲くんとで話すからって……」


「キュルルッ!」


「うっ、そう、なんだけどね……」


 痛いところを突かれたのか、奏が言葉に詰まってダメージを受ける。キュルリンは、奏が反省し始めるのを見届けてから体の向きを反転。椅子に隠れようとして全く隠れられていない響を見下ろして、


「キュルルッ、キュルゥッ!」


「……ごめん、やっぱり分からない」


「キュルッ!?」


 一瞬理解しようと努力し、やはり種族を超えたコミュニケーションは叶わなかった。

 ショックを受けるキュルリン。言葉は分からずとも、大事なことを熱を込めて言い放っているのだけは理解できた手前、湧き上がる罪悪感は並ではない。


「だから言ったじゃない。キュルリンは菖蒲くんと話せないんだからって。それなのに話しかけて、何言ってるのか分からないって言われても自業自得でしょ? 私は悪くないんだから」


「キュ、ンキュッ」


「うっ。今、心が痛かった! キュルリン、言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」


「キュ」


「顔そむけないの!」


 何が何だかわからないが、響のまったく与り知らぬところでケンカを始める主と使い魔。その光景は端的に言ってシュールそのもので、見方によっては非常にコミカル。自然、呆れの声が出る。


「何やってるんですか……」


「菖蒲くんはちょっと黙ってる。今キュルリンにお説教してるから」


「この状況で蚊帳の外……?」


 ケンカの原因の一端を担っているのに放置宣言された響。

 釈然としないような、よく分からない感情を抱きながら、言われた通りに黙ると、キュルリンが何やら訴える。


「キュルッ。キュルー!」


「え?」


「……?」


 ムッと拗ねた様子だった奏が一転、キョトンと固まる。それから回想でもするように顎に指を当て思案。頬を染め、視線を逸らしながら照れ笑いをし、


「話せてたわね……」


「はい? ……あ」


 言われた言葉の意味が一瞬分からず、しかし次の瞬間には理解に至る。

 どうやって切り出そう。そう頭を悩ませていたのに、気づけば自然に会話ができていたということに。


 狙ってか偶然なのかは判別できないが、キュルリンの働きには感謝しかない。響も照れたように笑い、空気が弛緩していくのを感じ、


「それはそうと、キュルリンにはさっきの罰を与えます。あとで私に写真を撮られなさい」


「キュッ!?」


 以外とスパルタなところも、使い魔に首ったけなところも相変わらずだと知って、妙な安心感を感じた。



 * * *



 ひとまず、師弟揃って隠れるなどというカオスな愚行は収まり、二人は置いてあったパイプ椅子に向かい合って腰かけた。

 キュルリンは一仕事終えたように満足感を漂わせて、今は霊体化している。

 患者はいないというから、今この医務室は二人きりの空間といって差し支えない。


「具合はどう?」


 思いやりを含んだ視線で、響の身体の調子を確認する奏。それに対しての返答は簡単だ。


「疲れてますけど、治してもらったのでもう怪我はありません。先輩、ここを覗いてたんですから分かかってますよね?」


「えっと、それが声はあまり聞こえなくて。倉橋くんが扉を開けるのだって、気がつかなかったわけだし」


「ああ……。ともあれ、心配してくれてありがとうございます」


 会話は気負うことなく続けられる。

 再び妙な緊張感に場が支配されることもなく、二度目の沈黙は訪れない。キュルリンがもたらした和みのようなものはいい意味で爪後を残し、適度に緩んだ空気が充ちていて。


 だから、その一言もすんなりと外に出すことができた。


「――先輩、すみませんでした」


 座ったままで腰を折る響は謝罪の体勢。あれほど迷っていた謝罪の一言は気負いなく放たれ、それに続く言葉も詰まらない。


「俺が間違っていました。先輩の言ってたことが正しかった。自信だなんだのと言っておいて、俺が持っていたのは自信じゃなくて驕りでした。自分は勝てるんだって、そう思ってました」


 勝てなかった。勝てなさ過ぎた。何度も何度も敗北を味わって、何か誇れるものが何一つとしてなかった。

 なまじ、勝ちが続いてしまったから。得られないと思っていた勝利を重ねてしまったから。”自分は勝つことができるのだ”という自信を、自負を持った。持ちすぎてしまった。

 タロットをろくに使えなかったあの戦いで、勝ちを掴んでしまったのが、一番の原因だ。窮地で、準備も何もが足りない状況だっただけに、そこで手に入れた勝ちに執着したのだ。自分は何があっても勝てるものだと錯覚してしまったのだ。


 その結果が油断だ。自分ならばどうにかできるはずという慢心。傲慢。驕り。それは無意識下での準備不足を生み、組み立てた策を改善することもなく、結果として詰めが甘くなった。

 それなのにそれを認めようとせずに、自分は努力を重ねていると言い聞かせて、苦戦の原因を外に求めて。

 いざ勝てないと理解しても、ようやく手に入れた自信を捨てたくないと、それが唯一無二の尊いものだとでもいうように後生大事に抱えて、陽介に諭された。

 諭すにしてはいささか乱暴な方法だったことは否めないが、それでも効果は絶大だった。だからこそ、響はこうして自分がいかにちっぽけなものにかかずらわって、本当に大事なものを見失っていたのかが分かるのだから。


「先輩は師匠として俺を諭そうとしてくれたのに、聞く耳を持ちませんでした。勝手に否定されたと思い込んで、酷いことを言いました。すみません。ごめんなさい」


 響の戦い方に驕りは許されない。常に全力、常に最悪を想定したうえで策を練らなければならない。

 それをしてようやく互角。それを忘れれば、勝てるものも勝てなくなる。


 単純なことだ。”落ちこぼれ”である響は、立ち止まっていられる余裕などないのだから。


 奏はそれを伝えようと、教えようとしてくれていたのに、響は裏切られた気になって、それどころか憤慨した。最低で最悪だ。自分で自分に嫌悪感を抱く。

 真摯に頭を下げて言葉を紡いだ。響は自分のしでかしたことを、それであっさりと許してもらえるものだとは思っていないが、それでも謝らなければ気がすまない。


「…………」


 頭を下げて数秒。奏からは何のリアクションもない。沈黙が流れ、そこに言い知れぬ不安を覚えた響は顔を上げて奏の様子を盗み見る。

 目に入ったのは、困惑するように眉尻を上げた奏の姿だった。


「え、えっと……」


 目を泳がせた奏は落ち着かなげ。それが一層響の不安を煽るが、次に奏の口から放たれた言葉は予想のできないものだった。


「菖蒲くんは、謝る必要はないでしょう……?」


「……はい?」


 一瞬止まる時間。互いの認識が、どういうわけなのか生まれた齟齬に気がつく。


「あの、どうして俺は謝る必要がないって……?」


「え、と。だって悪いのは私なんじゃ……。菖蒲くんが言ったように、信頼関係もできてない頃から、突拍子もない課題ばかりだして。頑張っても褒めないで、頑張らなかった時だけ怒っちゃったし。響くんが変な自信持っちゃったのも、私が深く考えないで自信を持てって言ったからだし。それに――」


「…………」


「――まだ、私が君を弟子にした理由を教えてない」


 顔を逸らしながら、葛藤を抱くように奏は口にする。それが重要なことであるというように。話さなかった不実を心の底から悔いているというように。


「ごめんなさい、菖蒲くん。私は、師匠失格ね。弟子の気持ちを何も考えてない。それどころか、最初は勝たすことしか考えてなかった。それ以外をないがしろにしてた」


 自分を責めるように、淡々と告げられる内容は響も初耳だ。


「不安も不満もあるに決まってるのに、菖蒲くんが飲み込んでるのに甘えて何も聞かないで、自分のことだけを押し付けてた。何も、話さなくて、聞いてあげなくてごめんなさい」


 次に頭を下げるのは奏の番だった。

 響がしたように、精一杯の誠意を見せようと努力しているのがうかがえる。うかがえるが、


「違うんです」


 不安も不満もあった。そこに間違いはない。それでも飲み込むことにしたのは響で、何も話さなかったのは響も同じなのである。師匠だからといって、万能なわけではない。”学園最強”と呼ばれ、事実人間離れした戦闘能力を有する奏とて、根っこの部分は普通の女の子なのだ。


 それに、奏が響を弟子にした理由については気にしていないと言ったら嘘になる。嘘になることには違いないが、それでも、言葉の勢いで言ってしまっただけのこと。奏がそれを気にして罪悪感を抱くと理解しない頭で、ただのっぴきならなかったから口を突いて出ただけだ。


「先輩が悪いことなんてないんです。確かにスパルタだし強引だし、加減が下手で命の危険を感じたことは何回かありますけど、それでも悪いのは俺なんです」


「ううん。あんな風にケンカしちゃったのは私がまいた種だもの。私が悪くて……」


 謝っているのかどうか怪しいセリフはスルーして、奏はまたも自分の非を主張する。

 そして続く言葉は、相応の決心を感じさせるものだった。


「だから、私がどうして菖蒲くんを弟子にしたのか、それを教えようと思うの」

次は土曜日です。

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