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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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26『怪我の功名?』

「久々に派手にやったものだ。――退学になった阿呆と比べれば、かなり良心的だと言わざるをえないところがなんとも気に食わないが」


「…………」


「ともあれ、これで君の試合があるたびに他の訓練場から移動する手間がなくなるな。君の心情的には、そう簡単なことではないだろうけどね」


「…………」


「ずっと黙りこくられても、一人喋っている側としては困るばかりだ。せめて返事をするくらいは礼儀だろうに。私はこれでも教師なのだからね。――一人で色々と抱え込むのは菖蒲響、君の悪い癖だ」


「別に、抱え込んではないですよ。ただ、なんていうか喪失感みたいなのがすごいだけで」


「それはまさしく喪失感だろう。君にとっては久々の敗北なのだから」


「……まあ、はい」


 明日の学内新聞の見出しを予想するなら、『"落ちこぼれ"敗北する!』とでもなろうか。生徒たちの反応が気になるが、同時に予想もできてしまう。

 第二訓練場、臨時医務室。序列決定戦中限定で開放される医務室で、美里に体のあちこちに出来た痣を治してもらいながら、響は辟易とした気分だ。


「にしても、君の快進撃を耳に挟んだ限りでは、あと一、二戦は勝ちそうだと思っていたのだがね。相手が悪かったということか」


「……それもありますけど、一番は俺の問題ですよ。何も分かってなかったから、分かってても認めたくなかったから負けたんです」


「ほう? 私は詳しいことは聞いていないが、佐倉奏との喧嘩の理由もそれか?」


「…………」


 自然な流れで踏み込んでくる美里に、響は顔を背けて沈黙する。だが、それが何よりの肯定の印だった。


「まあ、私には関係のないことだがね。体の傷は治せても、心の傷までは私もどうにもならない」


「だったらわざわざ傷を抉りに来ないでくださいよ」


 自分の至らなさのせいで起こした喧嘩など、考えただけで胃が痛い。しかもその結果を鑑みれば、どうすればいいのか途方に暮れるというものだ。本当にどうしよう。


 頭の痛い問題だ。たった数日前の出来事であっても、どう向き合えばいいのかが少しも分からない。ひとまず心理学系の本をもう一度読み直すべきではないだろうか。

 そんな益体のない、というよりもヘタれた思考は、扉をノックする音に破られた。


 ハッと強張る首を巡らせて、反射的に扉を見る響に対して、美里はうんざりした表情で「入れ」と応えた。


「失礼します」


 透き通った声が発せられて扉が開けられる。

 姿を現したのは、少々やつれた風体の陽介だ。表情には隠しきれない疲れが滲んでいるも、その美丈夫には些かの変化もない。

 陽介は中に響きがいるのを認めると、「やあ」と気負うこともなく声をかけてくる。


「参ったよ。取材陣って言えばいいのかな。多くの人に囲まれてね。ヒーローインタビューみたいだったよ」


「ある意味そうじゃない?」


 多数の意思に反して勝利を重ねていた"落ちこぼれ"を下したのだ。似たようなものだろう。

 言いつつ、響は陽介に今まで感じていた嫌悪を感じなくなっていることに気づく。

 それはその通りだろう。その感情は響よりもはるかに実力がある身でありながら、謙虚に過ぎる態度に感じていたものだ。自分には成し得ない振る舞いに、嫉妬に似た嫌悪感を抱いていたに過ぎない。

 なんという自分勝手で独りよがり。叩き潰された今ならば、それがどれだけ場違いな感情だったのか理解できる。

 響の心情が変化した現在、陽介という人物に悪感情を抱く方が難しいというものだ。


 とはいえバツが悪いことに変わりはなく、顔をまた下げ、それから拗ねたような口調で、


「それで、大口叩いてたのに負けた俺を馬鹿にしでも来た?」


「響の中の僕がどういうイメージなのか心配なところだけど、とりあえずはそんな目的じゃないよ。ああしたのは、君のためを思ってのことだ。――結果がどうあれ、そこに嘘はない」


「……だろうね」


 臆面もなく成された宣言を、響は頷き肯定する。最初は理解できなかったが、今なら分かる。少なくとも、隼人のような感情を持って響をいたぶるような真似をしたわけではないことは。


「それで、倉橋陽介。君は何をしに来たんだ? 見たところ怪我はないようだが」


「いえ、治してもらいに来たわけではありませんよ、先生。響の様子が心配だったもので」


「それはいい心がけだ。どこかの退学になったド阿呆とは大違いだ」


「退学? ド阿呆?」


 隼人へのヘイトが尋常ではない美里に、陽介は首をかしげて頭上にハテナを浮かべる。しかし美里に説明の意思がないことを認めると、追及は諦めたようだ。

 響に向き直り、それから様子を確認して、


「ともあれ、よかった。何度かやり過ぎたかなと思うところがあったから、実のところだいぶ冷や冷やしてたんだ」


「いや、あれだけやられてるのに、こんなに怪我が浅いのは初めてだよ」


 実のところ、響が追った負傷は軽い打撲がほとんど。火傷も少なく、疲労が濃いことを除けば戦いにも赴けるレベルだ。もっとも陽介を相手にするには心もとないことこの上ないが。


「あと、ここに来た理由はもう一つあってね。これはついさっきできたものなんだけど」


 肩をすくめ、何かを含むように笑う陽介。それに響が怪訝に眉間にしわを寄せると、


「まあ、見たほうが早いよ」


 陽介は言って、扉に数歩。手の届くまで行くと、それを一息に開け放った。


「へっ?」


 間抜けな声がし、姿を現したのは奏だった。

 片膝をつき、片目をつむって目をこらすようにしていた奏は、ゆっくりと両目を開眼。それから頬を染めながら、


「…………」


 ジリッ、ジリッとフェードアウト。壁に隠れていなくなり――。


「理由は知らないけど、入りずらそうに正面の廊下を往復してたんだ。……今は、覗いてたようだけど」


「の、覗いてないわよ?」


 陽介の言葉に反応して、隠れたはずの奏でがひょっこりと顔を出す。だが悲しいかな、耳まで真っ赤なその表情からすべて察せられてしまった。

 本気で覗くなら、幻影(phantom)で姿を隠しながらでも出来ただろうに、それすらしない点でどこか抜けているのは健在。動揺している分さらに悪化している。


 そんな師の姿を視界に収め、また響も激しく動揺していた。そう、姿を見ると同時に反転し、座っていたパイプ椅子(隙間だらけ)に身を隠す程度には。


「師弟そろって何をしているんだ……」


 美里の呆れ切った嘆息が聞こえた。


 だが、正直そんなことはどうでもいい。心の準備も何もできていない段階で、突然やってきた対面など予測も何もできていないし、そもそも最初に何を言うべきかすら見えていない。謝るべきだろうか。ならばどう謝ればいい? 普通にすみませんで良さそうなものだが、度を越して響が悪いということは自覚していることなのだ。普通で済ませていいとは考えられないし、ならばここは土下座をするべきでは、という考えも、奏の性格を考えると困らせてしまうばかりで、謝罪としては役目を果たしきれていない感が果てしない。どうすれば、どうすれば――。


「えーっと、響? あれ、余計なお世話だったかな。タイミングがタイミングだから響目的だろうとは思ってたけど、ダメだった?」


「駄目ではない。安心しろ倉橋陽介。君はなかなかに空気が読めないことをしたが、結果はかなりいいものと言える」


「そうですか。それならよかったんですが……。というか師弟? 師弟ってどういうことですか?」


 状況についつ行けずに困惑する陽介の肩を叩き、美里は皮肉げな笑みを浮かべ、


「それについては本人から聞きたまえ。とりあえず、私たちは邪魔だから部屋を出るとしよう。幸い、今の医務室には他に人はいないぞ」


「先生、僕の理解力が足りないのか、全然理解できないです」


「理解できずともいい。私と君がすべきは、ひとまずこの部屋から出ることだけだ。もっとも私は持ち場に戻らせてもらうがね」


「そういうことなら、言われた通りにしますけど……」


 少々強引な美里の指示にも、物分かりの良さを発揮する陽介は翻る白衣について行く。

 それを止めたい気持ちはあれど、素早い対処と混乱した思考が合わさって遅れた判断では間に合わない。

 口を半開きにして、去っていく後姿を見送ることしかできなかった。

次は木曜日です。

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