表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
44/267

24『勝つのは――』

 ――あっけない。


 何をするでもなく、事前に忠告していたにもかかわらず、何の対策も取らずに炎に飲み込まれる響を見て、陽介が最初に抱いた感想がそれだ。


 二度、同じ方法で炎の波の回避を試みた響は、宙で動きが取れない状態で手を突き出したものの、出るであろう対策は間に合わずに攻撃をまともに食らった。飲まれる寸前に見せた、信じられないとでもいうような表情が鮮烈だ。

 試合開始前にあれだけの自信を見せていたのだし、ショックは大きいものがあるのだろう。


 陽介としても、もっと白熱した互角の戦いが繰り広げられると期待していただけに、その落胆は大きい。

 実際、陽介に都合九度にわたって魔術を使用させたのは、序列決定戦開始以来初めてのことだった。たいていの相手は、なすすべもなく攻撃を食らうか、回避して魔術を放ち、その魔術もろとも炎に飲まれるかの二択だ。響は容易く回避しているように見えたが、陽介の炎の速度は決して遅くはないのだ。

 その質量ゆえに、火球などといったものと比べると遅いことは否めないが、それでも範囲と相まって普通ならば回避をためらう魔術。


 そんな一撃を回避してみせた響には、やはり拭えぬ期待と落胆がある。

 憂うように形の良い眉を寄せ、嘆息する陽介は、「いや」と呟き。


「それは拙速か。響のことだし、何かの策なのかもしれない――」


 一度、炎に飲まれながらも勝利をつかんだ姿は見ている。あれほどの努力の天才だ。陽介の想像できないような方法で敗北を免れているという可能性もないとは言えない。

 響とは、常にこちらの予想を超えてくる選手だと、陽介はそう認識している。

 それでも――、


「――その通り」


 なぜ気がつかなかったのか。

 油断はなかった。慢心もしていない。何かをしてくるかもしれないと気を配っておきながら。

 手を伸ばせば触れられる距離に突如として出現した響の姿に目をむいた。



 * * *



 目を丸くする陽介の姿を視界に収めながら、響はにやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。


 ――幻影(phantom)。響が一カ月という時間をかけて、昨日の放課後にようやく習得した新しい魔術だ。


 効果はいたって単純。術者のイメージした映像を映し出すという魔術だ。

 発動したのは炎に追い詰められる前。回避しようと走る響の映像を見せることで炎を躱し、身代わりにあえて攻撃を受けさせることで油断を誘う。

 それからすぐに幻影を、身代わりを作るのではなく響自身を隠すことに使用。何の小細工も弄さず、ただ近づいただけだが、響の姿を目でとらえられない陽介には、仕留めたはずの相手が唐突に出現したように見えたはずだ。


 幻影(phantom)の効力のほどは主に術者の想像力に依存するため、拙い技術でも使い物になる。ルリや奏に比べれば粗末なものに変わりはないが、まじまじと見られでもしない限り、早々気づかれることはないのだ。油断してなかったとて、響がこの魔術を使える前提で行動していなければ対処は不可能。

 唯一、姿を隠す響を近くする方法は音だが、陽介の派手な魔術で砂の焦げる音がひっきりなしに鳴るこの場ではそれも期待できない。


 完璧な奇襲。これ以上ないほど鮮やかな手段だ。


 魔力を練る。掌から魔術陣が展開される。当たればそれは、試合を終わらせるに足るだけの威力がある。必勝の一撃が、放たれた。


 使われたのは金元素。相手を意識を刈り取るのに、最も適した元素の射出は掌からまっすぐに風を切る。

 銀色の一閃は至近の距離を刹那で駆け抜け、無防備に立ち尽くす陽介の肩口をかすめて地面へと突き刺さった。


 想定していた軌道とはかけ離れた形で飛んでいった鉄球に、響は目をむき硬直する。一瞬あと、距離を取らなければという状況判断が働き、地面を蹴ってステップを踏もうとし、


 ――微動だにしない体に気がついた。


「…………!?」


 腕も、足も、胴体も、動かそうとした部位に電気信号は間違いなく伝わっているはずなのに、その命令を果たしてくれない。

 動揺する響は、宙に浮いた思考を携えて、唯一動かすことのできる首を巡らせて、気づく。


 目に入ったのは、黒を基調とした訓練着を浸食する緑の暴力だ。

 緑は腕に、足に、腕にそれぞれ巻き付いていて、辿っていけば地面につながっている。


 それが木元素――超速で生成された蔦による拘束だと理解して、響は戦慄した。

 これほどの構築速度、学生のレベルを超越している。


「――詰めが甘いよ、響」


「は?」


 投げかけられた言葉に、響は純粋な疑問を込めて返答する。答える陽介は肩をすくめ、


「まあ、幻影(phantom)を使っているところをこの目に見たんだ。今僕が拘束している響も、囮でないとは言い切れないけど。もしこれが本物だとしたら、落胆したと言わざるを得ない」


「君が落胆しようがしまいが知ったことじゃないよ。捕まえたからって油断してると、足元をすくわれるよ?」


「そうかもしれないけど、幻影(phantom)はただ映像を映し出すものだからね。実態は存在しない。捕まえられたということは、そこに実体があるということだ」


「…………」


 つまり、陽介の正面で蔦に捕まる響は囮ではない。漫画などで見かける幻術とは違う幻影(phantom)は、相手が捕まえているという感覚を与えることもできないのだ。

 図星を突かれて、響は苦い表情で押し黙る。


「あまり信じたくはなかったんだけどね。瑠璃から、期待しているようにはならないかもしれないと、そう言われていたんだ」


「それは、どういう……」


「僕自身もあまり分かってはいなかったんだけどね、今ならなんとなく分かるよ。今の響は全体的に詰めが甘いんだ」


「…………」


 図星を突かれたのか、それとも下らないことだと切り捨てたのか、響の口から声は漏れない。沈黙で答える響に、陽介は嘆息。


「例えば、今なんかは僕の正面からくる必要なんてなかったと思うよ。二重展開マルチキャストなんて、僕らにはまだできないから、攻撃前に姿を現さないといけないのは仕方ないにしても、後ろに回り込んでからなら幻影を解いても気がつかれることはなかった」


「…………」


 もっともな意見に響はまたも沈黙でもって答える。

 だから何だというのか。普通ならばあれで仕留められた。それができなかったのは、陽介が規格外だったからというだけで、響に落ち度はないはずなのに。どうして目の前の少年は自分に諭すように語りかけてくるのだろう。

 反感が沸き起こり、憤りが蓄積される。苛立ちをもって陽介をにらみつけ、蔦の拘束から逃れようと身をよじった。


「響、君は強かったよ。強かったはずなんだ。本当に、僕に勝てる相手がこの学園の同学年にいるとすれば、それは響だけだったはずなんだ。だけど」


 もがく響を憐れむように見下ろして、嘲りの色を一切含まず、陽介はただただ心底残念そうに、


「今の君では、僕には勝てない」


「――っ、いや、勝つのは俺だ!」


「それじゃあ、響はどうやってそこから脱出するんだい?」


 蔦は、もがいてももがいてもピクリとも動かない。響の蔦がせいぜいぶら下がって人ひとりの体重を支えられるかどうかという強度なのに対し、陽介の蔦は出力が違う。魔獣を逃がさない拘束に、鍛えているとはいえ、所詮は人の腕力で敵うはずもなく。


「ぐぁっ……!」


 不意に手足に張り付いていた嫌になるほど重い感覚が消え去って、響は体重を傾けていた方向に転がった。

 横倒しになる拍子に口に砂を含み、それをぺっぺと吐き出しながら顔を上げる。見れば今しがた、拘束の魔術を解いた陽介がそこに屹立しており、


「向かってくるといい。付き合うよ」


「どういうことだよ……?」


「今の君では勝てないということを、理解してほしい。努力が足りていないことに気付いてほしい。その才能があるのに、確かな取り柄なのに使わないのはもったいないし、努力していた人が努力を怠るのは見ていられない。そしてその結果、君が前の響の戻るのなら、僕にとってこの上ない幸福だ」


「…………」


 それは、今の響には”落ちこぼれ”と罵られるよりも苛立ちを覚える言葉だ。

 響は、戦術を身に着けた。勝つ方法を身に着けた。にもかかわらず、今の響では勝てないという否定は、そのために積み上げた努力を否定することでもあって。


 ――後悔させてやる。


 ふつふつと、胸の奥で感情が渦巻く。感情があふれてくるのを制御できず、怒りに体が震えるのが分かる。


 ――解放したことを、後悔させてやる!


 キッとにらみつけ、最上の敵意でもって正面の美丈夫を見据える。数歩距離を取った陽介は、泰然と構えていて、それがさらに神経を逆なでした。


 ――俺を解放したことを後悔させてやるッ!


 響が地面を蹴った。

 距離を取ったといっても数メートル。響の身体能力ならば即座に詰められる間隔。駆けると同時に手をホルダーに伸ばしてタロットを引っ掴み、真正面から叩きつける。

 そんな、策を弄したとも言えない直球の突進は、


「言ったよ、詰めが甘いって」


 諫めるように投げかけられた声によって失敗する。

 地面から伸びた蔦。つい先ほど響を縛ったばかりのそれが、今度も高速で響に迫りその身の自由を奪おうと接近。腕、足、腰に巻き付いて――響が消えた。


「俺こそ言ったよ。勝つのは俺だって」


 消えた影、その背後から声がしたと思えば、蔦の隙間を縫ってタロットが飛来する。

 幻影を囮とした二段構えの突撃。タイミングをズラし意表を突く策はしかし、使うと分かって相応の警戒をしていた陽介を出し抜くには足りない。


「――火よ(ignis)


 炎の波が押し寄せて、魔術を発動しかかっていたタロットは焼却。響の策を圧倒的な力でねじ伏せる。

 自身の生み出した蔦さえ巻き込んで突き進む獄炎は、勢いをいささかも衰えさせることなく響のいる場所へ。

 砂を焦がす音に背筋に冷たいものが流れるのを聞きながら、響は必至の回避。波の及ばない場所まで転がり出て、前回りの勢いで体を跳ね起こす。

 そのまま、普段通りの停滞を作り出そうと地面を駆けようとし、


「ぐぁっ!?」


 突如、伸びた蔦に足をからめとられて地面に全身を叩きつけられた。

 即座に陽介に向かってタロットを投げつけ、空いた方の腕で鉄製のナイフを作り出す。注がれた魔力量に反して持続性の低いそれは、三回戦で蔦を削ぐのに利用したのと同種のモノ。

 響を縛り付けている蔦に突き立て切断しにかかる。だが、物体に付与された魔力量の格が違う。鋭利なはずの刃が欠けてへし折れてしまう。


 牽制として投げつけたタロットはすでに陽介によって処理されてしまっている。もはや逃げることは不可能――。


「続けよう」


「な――っ」


 足を縛っていた蔦が解かれて、響は目を丸くした。

次は日曜日です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ