23『五回戦』
――五回戦当日。
いつも通り第二訓練場の控え室での準備を済ませる。モニターで前の試合の様子を眺めつつ、小さく深呼吸。
部屋の中には、響の他には誰もいない。応援に駆け付ける師の姿も、護衛についた使い魔の姿もない。
物寂しいと感じてしまうのをかぶりを振って振り切って、響は思考に専念する。
これから行うのは序列二〇位以内をかけた戦いだ。相手は一学年最強と噂される倉橋陽介。その魔術力が他の生徒の比較にもならず、今までの中で一番の強敵であることは明らかだ。
前までの試合で使ったのは火元素魔術のみ。得意元素なのだろう。
だが、魔獣との戦闘で木元素も高水準で使いこなしていたことから、他の元素においても響を軽く超えて余りある実力を有していることは想像に難くない。
あまり口に出して言いたくないが、
「全然隙が見つからないなぁ」
陽介の魔術は広範囲型。単純に生成される元素の量が多く、火球として放つよりも、火の海として放出する方が効率がいいのだろう。一年生の芸当ではなく、それだけに単純な力の差がそのまま勝敗に関わってくる。だが、それでも――
「問題ないか。俺じゃなかったら危なかったろうけど、なんとかなる」
前々回、あれだけの窮地に陥りながらも勝利をつかむことができたのだ。多少相手が常識外れだからといって、今さら怖気づくような神経はしていない。
今回も今回で、普段通り勝利を掴んでくる。それだけだ。
* * *
日光から感じられる熱は、日を追うごとに小さくなってきている。二学期に入ってからちょうど一カ月。夏の残滓も、ようやく退去の意思を見せ始めたということか。
ただし気温を抜きにすれば、今までと違うことはさしてない。せいぜい相対する相手くらいだが、これで五度目の光景は、正面にその人物がいるだけで違ったものに見える。
「――いよいよだね、響」
薄く笑う陽介のたたずまいには、ショッピングモールの一件の時にも感じた、この年にして精錬されたものがある。俗物的な言い回しをするのであれば、カリスマ性、とでもなろうか。まとった空気感は、何よりも倉橋陽介という人物を表している。
一見して、”落ちこぼれ”が敵うはずもない相手だが、響は動じない。元より相手との実力差は前提条件。今さらというものだし、自信を持った響に怖いものなどない。
陽介の呼びかけに、響は「そうだね」と答え、
「まあ、俺が勝たせてもらうけどね」
会話を挑発へと繋げる一言。鼻で笑うように放たれた言葉に、陽介は目を丸くする。
「それは、楽しみだな。そこまで自信満々に言うのなら、僕も心してかからなければならないようだ」
「いいの? そうやって全力出したら、負けた時の言い訳ができなくなるけど」
「手を抜くなんて、そんな失礼な真似はできないよ。それに負けた時は、君が僕よりも優っていたということだ。言い訳なんていらないとも」
「……自分は負けるわけがないと思ってるのかな」
「まさか。純粋に魔術力だけを見れば僕に追随する者は少ないけれど、負けないなんて思っていないよ。特に君にはね。ただ純粋に、自分の全力をぶつけるだけ、ということだよ」
「そう……」
眉間にしわを寄せる響。普段ならばこれでいいはずだが、陽介はまったく意に介していない。気分を害してすらいないようだ。
挑発は予期せぬ事態により失敗。これは仕方がない、相手が特殊だったと割り切る。挑発の効果がない程度、大した実害もない。
そう判断し、冷静さを失わせる策は諦める。数秒間、会話のない時間が流れ、
――ブザーが鳴る。
先に動いたのは響だ。普段通り、腰に下げたホルダーからタロットを数枚抜き出し、刹那の動きで投擲する。
陽介に向かったのは五枚。響が同時に扱えるタロットの枚数的に、うち三枚はブラフだ。
だが、それを見ただけで識別するのは困難で、さらに同時に迫るタロットを一つ一つ対処し全て迎撃するのは不可能。
その策は、相手が普通ならばかなり有効な初手足り得ただろう。
裏を返せば、普通でない陽介には通用しない。
「――火よ」
業火が迸った。
うねるように吐き出された魔術は難易度としては通常の一年生が使用するそれと大差ない。ただ元素を生成して単調な術式に沿わせる魔術。
ただ、出力が学生レベルではない。プロもかくやという魔力が込められた炎は、飲み込めば人を殺しても不思議ではない威力。
響のタロットは、炎に飛び込んだ虫のようだった。抵抗をすることもなく飲み込まれ、魔術を発動させる間もなく暴力的なまでの赤に咀嚼される。
「本当、嫌になるくらい規格外――っ」
砂を焼く音を耳に聞きながら、響は即座に退路を探す。フィールドの右端――炎の側面に空間があるのを認めて、そちらの方に走り出した。
陽介の魔術は面で押すタイプ。ただし放ってからの制御は一年生の技術で可能なことではない。
注がれた魔力が魔力なだけに、簡単には消えずしばらく残り続けるだろうが、今しがた放出された火元素はまっすぐ進むだけで積極的に響を襲ってはこない。安心材料としては充分だ。
地面を蹴って側面に回り込み、陽介の姿が見えた瞬間にホルダーを開放。再びタロットをばら撒き攻撃の挙動。
「火よ」
炎を躱して開けた視界に、別の獄炎が展開されて攻撃は通らない。迫る炎の速度は隼人の砲撃以下だが、威力と範囲は比べるべくもない。
攻撃が失敗したと見るが否や、響は再び駆けだして炎を躱す。そしてまた開けた視界にタロット撒き――新たに展開された炎の壁は超えることが敵わない。
陽介の周囲をぐるりと円を描くように回避を敢行する響。三面を塞がれ、結果残った一面に向かって駆ける。
「響、その程度では僕を追い詰められないよ」
四度目の炎が放たれた。
都合四面に向かって放出された魔術は、陽介の四方を囲むように配置されている。まさに攻防一体の完璧な布陣。外からでは切り崩せない。
それと同時、響の逃げ場がなくなった。陽介を完全に囲むということは、すなわち響が攻撃を躱すために必要なスペースがどこにもないということ。
四度目の炎も、先までのものと威力に差がない。食らえばそれだけで終わる、破格の威力。
水を被って防御を付加したとしても耐えきれるものではない。逃げ場はどこにもない――否、一つだけある。
響は頭上にタロットを投擲。生成された薄い岩盤に手をかけて、跳び箱の要領で空中に身を躍らせ、
「土よ!」
さらなる魔術行使で一つ目よりもう少し高く岩盤を作り出す。二連続の跳び箱、というのが一番近い表現だろうか。
一つを飛び越えた不安定な体勢のまま、二つ目の岩盤に手をかけた響は、そこで強引に体を持ち上げ制御し、迫りくる炎の頭上を完全に越える。
受け身を取りつつ着地したのは、四方を炎で囲まれた空間。陽介が目を丸くする中、響は気温湿度共に猛暑を超える不快指数を記録するフィールドに一瞬だけ眉間にしわを寄せ、それからにやりと笑った。
「その程度で、なんだって?」
「驚いたな……。我ながら回避不能の無茶苦茶な魔術だと思っていたんだけどね。こうもあっさりと破られると感慨深いものがある」
「まあ、俺くらいじゃないかな、こんなことするのは。そもそも一年生が、生成した元素を空中に制止させておくとかできないんだから」
響が生成した二つの岩盤だが、どちらも重力に逆らって浮いていたわけではない。単純にその場所に生成されたから数瞬間だけその場にとどまっていられただけで、今はもう落ちて背後の炎に焼かれていることだろう。
碌な足場もなく、唯一ある足場も不安定な状態で跳び箱を二連続など、超人的な身体能力と言えるだろう。四カ月、休みなく鍛えているおかげでできた絶技だ。だが――
「躱している最中は隙だらけだね。次は攻撃させてもらうよ」
アクロバットな動きをしようが隙は隙。陽介ほどの能力があるのならば、響が躱している最中に第二射を放つことも容易だろう。
その点、すっかりと頭から抜けていた響は、ポーカーフェイスを装いながら内心冷や汗を流していた。思わぬ凡ミスだ。自分の勝利は疑っていないが、心臓に悪いものだ。
「火よ」
再びの火元素。隼人の砲撃すら凌駕する熱量が迫り、響を燃やし尽くさんと接近する。
熱波にさらされながら、響はぐるりと陽介の周囲を回る要領で愚直に攻撃を躱し続ける。熱風で息が苦しくなるような感覚を味わいながらも、それを意識の外に除外してただひたすらに回避に専念――。
「…………っ!」
再び逃げ道を失ったのはすぐのことだった。
正面から迫りくり、背後に炎を背負った状態。回避スペースなし、時間もない。取れる手段はただ一つ。
ホルダーからタロットを投擲。薄い岩盤は、響が生成できる元素の中でも最大サイズ。手をかけ体を持ち上げて、空中に身を躍らせると同時にもう一つの岩盤を生成し――。
「次は攻撃すると言ったよ」
炎の濁流が加算される。
陽介から放たれたそれは、今まさに炎を躱した瞬間の響が躱せる代物ではない。
響は空中で、わずかに抵抗するように手を突き出して――しかし何かが起こることもなく、あっさりと炎に飲み込まれた。
次は金曜日です。




