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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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22『決戦前』

 瑠璃の教え方は可もなく、不可もなく、といったところだ。得意というだけあって、魔術への理解はあるいは奏よりも深いが、いかんせんあの性格だ。

 魔術への理解の深さというプラスを、教えるのが上手くはない、というマイナスで打ち消している。結果、普通である。

 普通ならばそれでもいいのだろうが、瑠璃が相手にしているのは”落ちこぼれ”と名高い響きだ。普通でどうにかなるようなレベルではない。前進こそすれど、速度は遅々としたものだ。

 「ヒビキさん、教師泣かせですね……」とは、何度も同じところで失敗する響を見た瑠璃の感想だ。


 そうして時間は流れ、なんとか魔術も九割成功というところまで持って行った頃の昼休み。

 ”落ちこぼれ”唯一の恩恵を享受できるこの時間。今日も今日とておおむね満席の食堂でも、一人でいることでさして苦労するわけでもなく席に座ることができる。


 周囲の視線は、この頃になると少なくなってきた。”落ちこぼれ”が勝利したということで一時期それはもうすさまじかったのだが、初勝利からはすでに三週間弱。興味も失せたのだろう。

 とはいえ、瑠璃のような物好きがいることからも言える通り、完全になくなっているわけでもなく、少数の生徒は未だに奇異の視線で振り返ってくる、

 食事の様子をじろじろと見られるというのは、どうにも落ち着かない。多少慣れたといっても限度がある。


「…………」


 いい加減辟易としかけてきたころ、俯いて周囲を視界に入れないようにしていた響に声がかけられた。


「――やあ、響。向かい、いいかな?」


「ん……?」


 顔を上げれば、そこには見知った、というにはまだ付き合いの浅い顔がある。


「倉橋……」


「そうだよ、響。前にも言ったけど、僕のことは陽介と呼んでほしい。あまり距離を作られるのは苦手なんだ」


 前回会った私服姿とは違い、今日は魔術学園の制服だ。響では制服に着られる状態となるそれも、素材の違いか、陽介では精錬された印象を受ける。

 柔らかい雰囲気は健在で、発言の内容が嘘ではないと物語っていた。

 

 陽介は視線で最初の問いを繰り返す。気がついていなかったが、響の正面も一席だけ開いている。

 響個人としては特に断る理由はない。原因不明の腹立たしさを感じる相手ではあるが、隼人のようにご遠慮願いたい相手と陽介は違うのだ。

 頷くと、陽介は薄く笑ってトレイをテーブルに置く。響と同じうどんだった。


「いよいよ明日だね」


「何が?」


「僕たちの試合が、だよ。お互い、悔いのないものにしたいものだ」


「ああ。まあ、ね」


 こうして気楽に話しかけてくる陽介だが、その実次の試合――五回戦の対戦相手でもある。行ってしまえば敵同士のようなものだが、どうもその意識が薄い。強敵であることは間違いないはずなのに、いまいち危機感が湧いてこないとでも言おうか。

 だとしても、響はそれで手を抜くようなことをしないが。奏の言うように、頑張っていないわけがないのだから。


「瑠璃から聞いてるよ。新しい魔術を覚えてるんだって? 教師泣かせだって愚痴を言っていたよ」


「それ、広まってるの……?」


 というか、対戦相手に魔術を教えていることを言うのはどうなのだろう。対戦相手になるかもしれない相手に教えを乞うている響が言えたことではないが。

 眉間にしわを寄せる響に、陽介は薄く笑い、


「安心していいよ。何の魔術を習っているのかは聞いてないから」


「そう。それはよかった、教えられても、勝つけど」


「ははっ、それは楽しみだ」


 自信過剰とも取れる響の発言に、陽介は気を悪くした様子もなく笑う。懐が深いのか、それとも馬鹿なのか。

 前者であることは確定的に明らか。そんな相手が、どうして自分のような”落ちこぼれ”に声をかけたのかが気になった。


「どうして俺に声をかけたの?」


 疑問そのままに質問する。キョトンとする陽介は、そのままの表情で、


「うん? どうして、とは?」


「いや、俺に声をかける人なんて珍しいから。”落ちこぼれ”だからね」


 無論、”落ちこぼれ”だろうと響は戦いにおいて勝つことができる。それは魔術技術で劣る響が、唯一他よりも優っている技術であり、自信だ。

 それでも未だに”落ちこぼれ”に対する扱いに変化は見られない。そんな中で響に積極的にかかわる人物など珍しいにもほどがある。


 瑠璃に関して言えば、不思議に思う段階を通り越してあれはそういう生き物なのだと無理やり納得する段階に入っているが、陽介は別だ。


 学年最強候補はそんな問いに首を振り、


「やっぱり、面白い戦い方をするから、かな。ああいや、瑠璃とは違うよ。僕は別に面白いことが大好きってわけではないからね」


「そういう思考回路してる人なんて、一人いれば充分だよ」


「違いないね」


 瑠璃がもう一人いたらと思うとゾッとしない話だ。神出鬼没の野次馬みたいなものなのだから。

 ズレた話を咳払いで戻し、陽介は続ける。


「自慢じゃないけど、僕はまだ同い年に負けたことがなくてね。当然なんだ。聞いた話じゃ、僕の魔力はすでに現場の魔術師よりもあるらしい。だから単純な力のぶつけ合いじゃまず負けないんだ」


「うらやましい話だよ」


「ああ、ごめん。不快なようならやめるよ」


「いや、別にいい」


 魔力も、響が周りに劣っていることの一つだ。もっともこれはいわゆるスタミナのようなものなので、他の技術に比べれば差はずっと小さいが。


「でも、響は真正面からは戦わないだろう? そんな人は初めて見たんだ。たぶん他の人もそうだと思う。真正面から戦わないなら、勝敗は分からない」


「…………」


「だから質問の答えは、響が現状唯一、僕に勝てるかもしれない同級生だから、だよ」


「…………」


 さらりと言われて、響は絶句する。思った以上に買われていることに驚いたのもそうだし、それにもかかわらず陽介の響に対する評価を聞くたびに多少の苛立ちが腹の底にたまった。

 その原因が理解できず首をひねる。


 そんな響はつゆ知らず、陽介は言い終ってから自分が何を言ったのかを思い返して、慌てた様子で、


「えっと、確かに魔力は魔術師よりも多いみたいなことを言ったけど、技術の方は全然追いついてないんだ。力任せに拳を振るうことしかできない、幼子みたいなものだね。単純に他の人よりも腕力が強いだけ。そう特別なことじゃないんだ」


「そう」


 別に陽介のことが嫌いなわけではない。

 ただ何となく、苦手意識のようなものが心の底にあることは否定できない自分がいる。原因は相変わらずわからないままだが。


「あと、僕に勝てそうだというのもそうだけど、他にも理由はあるかな」


「俺に絡んでくる理由?」


「そうだね。――君は本当に努力の人だと、そう感じるから、なんていうものだけど。その努力が報われる報われないに関係なく、そうすることができる君の才能に、僕は敬意を抱いているんだろう」


「才能?」


「ああ。残念ながら、僕は努力があまり得意ではないようだから、努力できる人に対するあこがれがあるみたいなんだ」


「…………」


 そんな才能よりも、単純に努力せずともできるようになる才能の方が欲しかったと思うのは、怠惰なことなのだろうか。

 奏との言い争いを思い出して口をつぐんだ響に、陽介は困ったように頬をかく。


「とはいえ、見る目のない人は努力の部分は視界の外において、僕が圧勝するって思ってるみたいなんだ。困ったものだよ」


「……普通に考えたらそう思うものなんじゃないの。俺が今まで戦った相手も、みんな俺には負けるはずがないって思ってたみたいだし」


「心中、察するよ。僕も、方向は別とはいえ似たようなものだからね」


 肩をすくめる陽介の事情は響にも多少察せられる。

 要するに、響が「”落ちこぼれ”に負けるはずがない」という心持で相対されるならば、陽介はその逆。「天才に勝てるわけがない」という心持で相対せられるということだろう。

 おそらく、そこも陽介が響を買っている理由の一つなのだろうが。響は陽介に勝てると思っているのだから。


 そうして他愛のない話に花を咲かせる――というほど盛り上がったわけでもないが、それなりに会話を楽しんでいると、うどんも残りわずか。そろそろ席を立つ頃合いだが――。


「そういえば、響。瑠璃に聞いた話だと、君は休み時間ならばどこでもいつでも対戦相手に研究に努めているらしいけど、もしかして邪魔してしまったかな?」


 確かに、響のポケットには陽介の試合映像の入った端末がしまわれているが、


「別に、邪魔じゃないよ。さすがに昼を食べながらは行儀が悪いと思って、一週間少し前からやめてるから」


「そうなのか。それならよかった。意図せずして君の邪魔をしてしまっていたら、僕は会わせる顔がなかったよ。安心した」


 一息つく陽介は、本当に心の底から安堵しているようだった。相手に妨害をしてしまったのではないかと慌てる様子は、文句なしに善性のものだ。この倉橋陽介という少年は、いっそ不快なほど性善説がはまっている。

 だから次に続いた言葉も、何の悪意もなく、ただの好奇心であることに疑いがない。


「でも、それは昼休み分の研究時間が削られたということだ。その分はどうしているんだい? 睡眠時間を削るのはあまりお勧めしないよ?」


「……別に、なんでもいいだろ」


 補てんはしていない。ただ、昼休みの研究が削られただけ。

 頑張っていないと、遠回しに言われたようで、響に気持ちはささくれだった。すでに残り少ないうどんをすべてすすって口の中に入れ、ロクに咀嚼もしないで嚥下する。


「じゃあ、俺はもう行くから」


「? うん。じゃあね、響。試合を楽しみにしてるよ」


 おかしなところで話を区切られたことに、若干戸惑いの色を醸し出したものの、陽介は気を悪くした様子もなく手を上げた。


 響は混雑する食堂内を、器用に身を躱して通り抜ける。返却口にトレイと皿を返し、出ようとした時、


「あ」


「…………」


 実に数日ぶり。プラチナブロンドの髪を後ろで結った、日本人離れした美貌を持つ少女――奏の姿を視界に入れた。

 互いに硬直し、数秒動けない。先に我にかえったのは響の方だ。


「…………」


 軽い会釈をすると、スッと半身を切って横をすり抜ける。足早に出口に向かい、止まらない。


「あ、菖蒲くん……っ」


 背後から呼び止める声がした。

 反射的に止まりそうになる足を動かし、響は扉をくぐった。

次は水曜日です。

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