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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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21『新魔術訓練終盤』

 第三訓練場。

 九月も終わりごろとなれば、気温も少しずつとはいえ低くなる。とはいえ、残暑を追い払うにはまだ足りず、冷暖房完備のここは連日大盛況の様相を呈している。

 通常の体育館の二倍ほどのスペースがあるとはいえ、魔術学園の生徒数は通常の二倍では足りない。人口密度が高くなるのも納得というものだった。


「――ヒビキさん的には、こんなに人がいるところで練習するのは気が進まないと思ったんですけどねぇ」


 人ごみ二歩手前の周囲を見回す瑠璃は、そんな感想を漏らした。


 ――響が瑠璃に、習得訓練中の魔術の臨時講師を引き受けてもらったのはつい昨日。


 正確に言えば、瑠璃の申し出に乗っかった形ではあったが、結果としては悪くない。教えてくれるというのならありがたく教えてもらおう。

 それが人の多い第三訓練場であろうとも、だ。


「まあ、別にそこまで警戒するようなことじゃないからね。手の内を見せないっていっても、限度があるし。もう四試合もしてるから、ある程度バレてても仕方ないよ」


「そーいうもんですかねぇ。私としては助かりますが。暑いところなんて行きたくないですもん。ヒビキさん、よく耐えてましたね」


「慣れだよ。炎天下で炎くぐってたりすれば、ちょっと暑いくらいはね」


「一回戦で炎くぐったのって、初めてじゃなかったんですね……」


 今となっては、御免被りたい話だ。炎をくぐるなど、誰かにも言われたが正気の沙汰ではない。自分で自分の思考回路に疑問を持つ。


 首をひねる響。その動作の拍子に隣に立つ瑠璃の姿を認めて、ふと疑問に思う。


「そういえば、小熊さんはどうして俺に教えようと思ったの? 小熊さんが勝てば、次の次には当たるのに」


「相変わらず、何の疑問もなくヨースケさんに勝つ前提になってるのは置いておきましょうか。どうして教えようと思ったのか、ですね。そんなに特別な理由はありませんよ?」


「例えば?」


「まあ、いつものごとく面白そうだからっていうのが一つですよね。先生の真似事とか、そんなにできるものじゃないですし、経験しといて損はないです」


「はあ」


 そう言われてもピンとこないのは、教師に憧れるのは小学一年生限定というイメージがあるからだろうか。完全に偏見だ。


「それに、私が唯一得意なのがこの魔術なので。かなーり思い入れがあるので、教えるのならオールウェルカムってだけですね」


「実際は二年生の最初の方に教わるらしいよ。二年生のメインの授業の前段階として」


 例えば半透明の壁などだが、そういった純粋な力を魔術として使う場合、大きな部分を占めるのがイメージ力だ。響が習得しようとしているこの魔術は、つまりはそういった系統の魔術を扱う前段階――イメージ力の強化として組み込まれているのだ。

 言ってしまえば難易度は決して高くはない上に、全員が使うことができるようになる魔術。紋章術のように意味のない学問と切り捨てられてはいないものの、取り立てて重宝されるようなものでもない。


「それでもいいんですよ。あと私の場合、この魔術は他と比べて得意なんじゃなくて、他の人と比べても相当得意ってことですからね。みんなが使えるようになっても、私の方が上手くできます」


「すごい自信だね」


「ヒビキさんには敵いませんよー」


「…………」


 普段は感じられない邪気が、その発言にだけは微量ながら含まれていた。皮肉、と呼ばれるモノなのだろうが、響はそれに気づかない。

 ただ違和感だけを感じ、一瞬沈黙して追及を諦めた。


「まあ雑談はこのくらいにしておいて、そろそろやりましょうかー。ルリさんのドキドキッ! 二人だけの魔術講座をっ!」


 くるっと回って両手の人差し指を自分の頬に当てる瑠璃。スカートの裾が危ういラインまでふわりと浮き、揺れるサイドポニーが美しい弧を描く。

 素材がよくなければ吐きそうな光景だ。整った容姿の瑠璃がやったところで痛い子にしか見えない。あざとい。


 響はできるだけリアクションを取らないようにし、


「うん、よろしく」


「あー、ヒビキさんは反応が薄いですねー。ルリさんだって、普段からこんなことする子じゃないんですからね? 今回は訓練だから、頑張って盛り上げようとしてるんです」


「いつもそうだと思うんだけど」


「リピートアフタミー、気のせいです。そんなに反応が薄いと、ルリさん教えるのやめちゃいますよ?」


「む……」


 最悪、習得できずとも構わないと考えている響だが、せっかく得た教師役を失うのはもったいない。瑠璃の性格上、やっぱりやめた、という事態は割とあっさり起きそうだ。

 しばしの黙考、決意。響は瑠璃を見つめ、


「うん、さっきのポーズ可愛いよ」


「……さらっと言いますねそういうこと。ヒビキさんがイケメンだったら私落ちてたかもしれません」


「なんで罵倒されてるの俺っ!?」


 大きな特徴もない凡庸な見た目であることは自覚しているが、真っ向から否定されるとさすがに思うところもある。

 不満をあらわにすると、瑠璃は舌を出して自分の頭を小突き、


「ヒビキさんって、学園最強さんほどじゃないですけどからかい甲斐があって楽しいです」


「訓練するんじゃなかったの!? ていうか俺に教えることにしたのってそれが目的じゃないよね!?」


「違いますよー」


 快活に笑う瑠璃の口からは否定の言葉が出るも、正直信用できない。話が脱線しっぱなしで一向に授業が始まらないことからも明らかだ。

 ともあれ、これ以上脱線していても何にもならないので、瑠璃は咳ばらいを一つ。


「じゃ、帰りますか」


「訓練は!?」


「あははーっ。そゆことで、やりますか。まあ、ヒビキさんの場合は結構できてるんで、あとは詰めだけって感じですね」


「う、うん。そう」


 途端に真面目に授業を始めた瑠璃の、テンションの落差についていけない。フリーダムだ。


「けど、ヒビキさんの技術で、どのくらい早く使えるようになるかは正直分かりません。聞くところによると、元素の生成ですごく時間かかったらしいですし」


「二カ月半か、三カ月くらいね……」


 我ながらよく続けたものだと思う。元素の生成で躓くような者など基本はいないものだから、奏もどう教えるのか苦労していたのは記憶に新しい。


「そんなヒビキさんでも、回数を重ねれば何とかなります。要は魔術を組み立てるのと同時にイメージし続けるのが大変だってだけなんですから。技術的には不可能じゃないはずです」


「そうなんだ」


「って、学園最強さんにも言われませんでしたか?」


「……まあ、ね。なんで分かったの?」 


「そりゃ学園最強さんですから、私が言うようなことは言ってても何もおかしくないですよ。天才ですから、教えるのが上手いかは知りませんけど」


 言われるまで気づかなかったことを誤魔化すように話を振り、そのせいで余計に奏について回想してしまう。

 下手、ではなかった。むしろ上手い方だったと思う。響に一カ月以内に下級とはいえ攻性魔術を習得させたような人だ。

 親身に、響に何が足りないのかを考えてくれていなければそんな芸当は出来るはずがない。


「…………」


 かぶりを振って回想を打ち切る。今はもう関係のないことだ。


「それで、俺はどうすればいい?」


「そうですねー。普通に、回数を重ねましょう。出来てないところはその都度私が指摘する形で」


「分かった」


 奏に黙って、奏以外の人物に教えを受けるのに、罪悪感がないと言ったら嘘になる。

 だがそれ以上に、次に勝つことは響の中で至上命題となっている。


 ――次の試合、陽介を打ち破れば、当初の目標であった序列二〇位以内は達成される。


 目前まできた。響が強くなり、努力を惜しまなかったからこそ来ることができたのだ。それを、証明する。言い争った師――奏に。


 体内の魔力を活性化させる。回転率を上げていく感覚を身に感じながら、響は訓練を開始した。

次は月曜日です。

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