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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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20『可愛い天使のルリさん』

 ――周りからの視線を受けながら訓練するのは、ずいぶんと久しぶりのことだった。


 並列して行うのは魔力の操作。魔力を活性化させ、循環させ、精密に描いた術式に流し込んでいく。

 魔術を行使する流れ。通常の何倍も時間をかけ、少しずつ、確実に構築していくそれはしかし――


「くっ……!」


 綻びた術式から魔力が予期せぬ形で放出し、修復するのも間に合わずに崩壊する。自身の圧力で押し出される魔力が綻びを広げ、術式の形を成さないまで徹底的に破壊され、破たんしていく。

 あっさりと、魔術は失敗した。


 ――奏と言い争ってから二日が過ぎていた。


 あれから、奏とは顔を合わせていない。響から会おうとしていないのもそうだし、奏が何の連絡もしてこないのも事実だ。

 訓練はもっぱら第三訓練場で、数々の不快な視線を感じながら行っている。次の相手――陽介の研究も、一人で行う。

 そんな、今まで二人でやってきたことを一人でやるのは、想像していた以上に大変だったが、できないことはない。出来なくないのであれば、こちらから連絡をする必要もない。


 こうまで徹底して会わない姿勢を貫いているのは、四回戦の翌日、春花の呼び出しに奏が応じなかったからだ。


 春花の呼び出しの要件はあまり良く覚えていない。だが、あの講師のことだから、紋章術の評判に関することだったのだろう。一向に上がらぬ評判の愚痴。そういったものだという予想はつくが、詳細は不明だ。


 そんな些事よりも、一緒に呼び出されたはずの奏の姿が見えなかったことがより大きなダメージとなった。

 その無反応は、教師の呼び出しにも応じないほど、奏は響に顔を合わせるつもりがない。もう関係ないと感じられてしまって。

 その時点ではあった仲直りの意思も完全に消え失せた。


 ――それなら響も奏のことなど知らない。


 会いたくないのなら会わなくともいい。もう無関係だというのならばそれでいい。仮に会いたいと言われても、知ったことか。

 意地になっているという自覚はある。だがそれ以上に、明確な拒絶に対して響に出来ることがそれくらいしかなかった。


 第二訓練場ならば、奏に見つかる可能性がある。だが、第三訓練場ならば人が多く、簡単には見つからない。だから響は訓練の場を変更し、不快な視線を意識的にシャットアウトして訓練に励んでいる。


 また一つ、魔術が失敗した。こうしてただひたすら魔術の訓練をし、一人で不成功を目の当たりにするのは久しく味わっていない感覚だ。

 まったく成功に向かっていない感覚、進んでいるのかどうかもわからない感覚だ。

 横で足りていないところを指摘してくれていた、奏の存在が大きかったということに今さら気づかされるが、


「……今さら関係ない」


 響と奏はもう関係ない。無関係、無接触、無干渉。それだけ。元に戻っただけ。


 雑念を振り払い、集中。頭の中に強固なイメージを作ることがこの魔術の鉄則だ。邪念雑念は決して入れてはならない。

 勝たなければならない。どうしてそうしなければいけないのか、なぜそうする必要があるのかは何も分からない。ただ、次も、その次も、勝利することが何かの証明になるような気がした。


 体内の魔力はすでに活性化させている。イメージに沿って術式を紡ぎ、そこに魔力を流し込めばそれでいい。

 意識を掌に集中させる。しかし、意識をすべてを集中に回してはせっかく作ったイメージが無駄になる。イメージを維持したまま、魔力を操作。同時に二つのことをするというのは重労働だが、三週間ほども訓練していればそれなりに慣れてくる。最初からは考えられないほどスムーズに進み、


「くそ……」


 やはり簡単にはいかず、ガラスの割れるような小さな音がして魔術陣が砕けた。

 現時点でこの魔術の達成率は七割から八割。ほとんどできているが、それは逆に言えば七、八割しかできていないということでもある。


 気負わず次に取り掛かる。再び脳内にイメージを作り出し、それを形にするように魔力を操作して――。


「――あれ、これはとてもとても珍しい顔がいますねー。何してるんですか、一人で」


 視覚にまったく引っかからず、背後から声をかけられるのはもうそろそろ慣れが出始めた。

 振り返れば案の定、瑠璃が興味深げに響を見つめている。その距離も思いのほか近く、身長差がなければ色々と大変だった。

 もっとも、瑠璃の頭は響の肩を少し超すくらいなので、サイドポニーが顎のあたりにあたってくすぐったい。


 響は反射的に二歩ほど距離を取り、それからひょうきんな笑みを浮かべる瑠璃に対峙する。


「別に、見れば分かるだろ。訓練だよ」


「訓練って、いつもは一人じゃないでしょう? もう一人がいるはずじゃないですか。ていうかヒビキさん、ここで訓練しないじゃないですか」


「俺がどこにいたって構わないだろ。学校の中なんだからさ」


「その通りですけどー」


 意図的に前者の質問には答えない響。難しい顔をする瑠璃は、その態度に何かを感じたのか探るような視線を向け、


「何かありました?」


「…………」


 それは決して居心地のいい視線でも問いでもない。響は拗ねたような表情で視線を逸らした。


「別に」


「別にって人の顔じゃないんですが。なんですか、面白いことなら私に教えておいてもらえないと困りますよ? なんせそれは私の生きる気力。なくなったら私はポックリデッドです。さあ、助けると思ってっ」


 打って変わって軽いノリで何があったのかと問いただす瑠璃に、響は同じように顔をそむける。そこからの返答も、数瞬前となんら変わったところはない。


「別に」


「頑なですねぇ」


 おどけながら肩をすくめてみせる瑠璃。不満を抱いているのはなんとなく分かったが、素直にすべてを話す気にはなれない。

 それを空気で感じたのか、瑠璃は嘆息し、


「まあどうせ、ケンカしたとかそういうんでしょうから。私も人のケンカを見てテンションが上がるほど性格悪くないでくないですし。むしろ可愛いルリさんは性格までばっちりですね。なんですかこの完璧な美少女」


「…………」


 頬に指を当ててぶりっ子する瑠璃。可愛らしいというよりあざとい。

 しかし言っている内容は完全に図星で、響は思わず押し黙った。


「ありゃ、当たりですか。ヒビキさんが誰かとケンカっていうのも意外ですけど。ていうかあの学園最強さんとケンカしてよく無事でしたね」


「実力行使なんてしてないから」


「つまり口ゲンカですか。なるほどなるほど。で、ケンカの原因は何なんです?」


「……楽しんでない?」


「いえ、別に。ルリさん、性格悪くないですし。ただ面白そうだなってだけで」


「楽しんでるよね?」


 おおよそ察しながらも対応を変えない瑠璃。気を遣っている様子は皆無なのに、話していると響の心は軽くなっていった。

 肩をすくめる瑠璃は、響のリアクションに満足したように頷くと、ひょうきんな笑顔をたたえて、


「まあ、教えてくれないならいいですけどね。代わりに他のこと聞きますし。ヒビキさん、この間から何の魔術の練習してるんですか?」


「いや、小熊さん、次の次に俺と当たるかもしれないじゃん。その相手に言うのはなぁ」


 四回戦、瑠璃はまたも勝利したらしい。響きよりはマシとは言え、それほど魔術的な才能がない瑠璃が不思議なものだと思ったのでよく覚えている。

 充分当たる可能性がある以上、手の内をさらすような真似は慎むのが当然の振る舞いだ。


「ヒビキさんはヨースケさんに勝つ前提ですか。ものすごい自信満々ですねぇ。まあ、一年生の中でヨースケさんに勝てるとすれば、それはヒビキさんだろうなとは思ってましたけど……」


 さらっと、知らない情報を流され響は目を見張った。


「それってどこからの情報?」


「どこっていうか、私の感想ですよ。真正面から戦ってもヨースケさんには絶対勝てませんから、真正面から戦わないヒビキさんならチャンスはあるかなぁ、と。まあ、それも現状を見たら首をひねりますけどね」


「どうして?」


「それに気がついてないからですよ」


「は?」


 わけの分からない言葉に眉を寄せるも、瑠璃は舌を出して答えない意志。やはりあざとい。

 あまり軽視することのできる問題とも思えないが、それはそれ。堂々と自信をもてば、自分の実力であれば勝利も不可能ではない。そう考える程度には楽観的といえるだろう。


「それで、何の魔術練習してるんですか? この前から気になってるんです」


「だからって教えるのは……」


「もー、なんですか。ケチですねぇ。それくらいでヒビキさんの勝ちは揺らぐんですか?」


「む……」


 挑発じみた物言いで気づく。

 もちろん、この魔術が大幅な戦力の増強につながることは間違いがない。だが、だからといって、わざわざ習得する必要性が薄いのも事実だ。現時点で響はかなり戦えるのだから。

 であれば、大猿の一件で響のおおまかな実力を把握している瑠璃に教える程度、どうということはない。


「そういうことなら、教えるよ。俺が練習してる魔術は――」


 響の言葉を最後まで聞いた瑠璃は、目を丸くして見返してくる。常に軽いテンションを貫き通す彼女にしては珍しい反応。

 不思議に思って見返すと、瑠璃は瞼を閉じて開いて、


「奇遇ですね。それ、私が唯一ものすごく得意な魔術ですよ。その魔術だけなら魔術師にも負けません」


「えっ、本当?」


「本当も本当です。大マジです。私、その魔術のおかげで勝ち残ってるって言っても過言じゃありませんから」


 瑠璃のスペックが、平均以下であることには小さな疑問を持っていた。響のように戦術を駆使するのならばいざ知らず、瑠璃の試合は奇妙そのもので、気がついたら瑠璃の勝利で終わっていた、ということも少なくない。

 平均以下の魔術力でできるような芸当ではなく、それゆえに警戒に値するものだったのだが、ネタ晴らしをされてしまえばそういった奇妙な試合が生まれる事にも納得がいく。


 一人頷く響の目の前で、瑠璃は顎に人差し指を当てて沈黙。わずかに顔をほころばせながら黙考して、手を叩く。


「ヒビキさん、苦戦してるみたいですよね」


「まあね。そもそも苦戦しないことなんてないけど」


「あー、悲惨ですねぇ。”落ちこぼれ”の苦労を肌で感じます。そんな重い感じなのはララバイして、サクッと本題に入っちゃいましょう」


「……?」


 瑠璃の言いたいことが分からずに眉を寄せる響。この少女が言うことを予想できたことは一度もないが。


 瑠璃は大げさに人差し指を立て、それからいつものひょうきんな笑みをより深くしながら、


「この可愛い天使なルリさんが、その魔術を教えてあげてもいいですよ?」

次は土曜日です。


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