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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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19『認められない心』

「勝ちました」


 フィールドから帰る扉を開けた先にいた師に、結果を報告する。

 予想外の長期戦になってしまったことこそ遺憾だったが、結果としては勝利だったのでまあいいだろう。


「…………」


「…………」


 奏の返事を待つが、視線を落として唇を引き結ぶだけで口を開く様子がない。不思議に思いつつ、沈黙が何となく居心地が悪くて、響は周囲に視線をさまよわせ、


「そういえば、柳川先生は? いつもはいるのに」


「……他の会場で怪我人が出らしいわよ」


「そうですか。まあ、今回はそんなに怪我してないのでいなくても大丈夫ですけど」


「たくさん食らってたけどね」


 珍しい、皮肉を言うような言い回しに、響はそれが奏の口から出た言葉だということにすぐには気がつかなかった。

 呆けた表情をのぞかせる響に、奏は厳しい面持ちを維持し続ける。


「今回の試合は危なかったわね」


「そうでもないですよ。大した相手じゃないですし。異常にしぶとかったですけど」


「…………」


 再び沈黙する奏。黙っていられるのは、やはり落ち着かない。

 こういったとき、キュルリンがいれば何とかしてよと頼るのだが、あいにく今は霊体化しているのか姿が見えない。


「ま、まあ、仕方ないですよね。相手の長所が生きたってだけですし。すぐに決着つけられるとは思ってたんですけど」


「違うでしょう?」


 不穏な空気を感じ取りながらも、原因が分からない。間をつなごうと無理やりに口を動かすと、凛と澄んだ声が聞こえた。

 会話の流れがつかめず、響は「はい?」と首をかしげることしかできない。


「菖蒲くん、私が試合前に行ったこと覚えてる?」


「え?」


「油断しないようにって、頑張ってって言ったよわよね?」


「…………」


 確かに、その二つの忠告は記憶に残っている。他の細かすぎる忠告や注意喚起の後の会話で、付け足されるように言われた言葉。しかし、奏が何故このタイミングでその言葉を抜粋したのかが分からない。

 訝しむ表情で首をかしげる響に、奏は悲しげな表情をのぞかせた。


「分からないの……?」


「……はい」


 問いかけにためらいながら返答し、その答えが不正解だということが次の瞬間に理解できた。


「菖蒲くん、最近油断してる。頑張ってないよ」


 頭を何かで殴られたような衝撃を味わって響は目を丸くする。

 そんな真剣な表情で、奏から響本人をを否定する発言が成されたのは二回目。一度目は最初に会った、あの第一訓練場で。その時、抱いた感情は怒り。人生においてあまり起こったことのない響が怒りをあらわにした数少ない例の一つだ。だが今回抱いたのは、ただひたすらに驚きだけだった。


 ――何故、自分がそれを言われたのか、という驚きだけだ。


「……どういうことですか?」


 問いかける響に、奏は目を伏せ、


「菖蒲くん、今回の試合がひどかったのは分かるでしょ? 勝ちはしたけど、あんなのは響くんの戦い方じゃなかった。あんなにたくさんのミス、響くんがしちゃいけなかった」


「…………」


「例えば、一回戦で使った戦術を、まったく同じ形で使っちゃいけなかった。例えば、何の布石にもならない魔術は使わなくてよかった。前の試合じゃしなかったようなミスを今回はし過ぎてる」


「…………」


「何も試合だけを見て言ってるわけじゃないの。訓練だってそう。やることはやってるのに、前よりも覇気がない。時間があれば相手の研究もしてたのに、それもやめてる。新しい魔術だって、ここ何日かはダメダメじゃない」


「……でも、勝ったじゃないですか。勝てたじゃないですか」


「そういうことじゃないでしょう――!?」


 苦し紛れに呟いた言葉を、奏は声を荒げて否定する。そこにはかすかな焦りと、自責と、そして響に対する憤りがあった。

 詰め寄る奏は、目を見張る響をのぞき込んで、諭すように、


「勝てればいいとか、そういうことじゃないでしょう? 菖蒲くんの戦い方は、失敗したらどうして失敗したのか、成功したらどうして成功したのか考えないといけないものなの。今みたいに、勝ったからって失敗も何も全部見て見ぬフリするのは、やっちゃいけないことなのよ」


「…………」


 沈黙する響。その肩に手が置かれる。


「もう一度言うわよ。最近の菖蒲くんは油断してる。頑張ってない。――魔術師になんてなれない」


「…………っ!」


 息を飲んだ。自分でもよく分からない感情の奔流が流れ出す。流れ出して止まらない。


「先輩が、それを言うんですか……」


 気づけば出ていた響の声は小さく震えていた。

 目の前で奏が戸惑うように眉尻を下げたのは視界に入らず、響は肩に置かれた手を払いのけた。


「この戦い方を教えた先輩が、それを言うんですか――っ!」


 声を張り上げ、激昂する響。その怒りが向く場所は、びくっと体を振るわせる奏だ。


「先輩が、俺は頑張るだけじゃ魔術師にはなれないって言ったんじゃないですか! 才能がないから! 努力してもどうにもならないから! だから邪道に進めって。それなのに、言われた通りに進んだのに!」


 言われた通りに進んで、まだ信頼関係もさして築けていないころから突拍子もない課題を与えられて。

 懐疑的な思いを抱きながらも口には出さず、信じてみようと己を強引に納得させてひた走ってきた。妥協は一切せず、ただひたすらに努力を続け、そうして毎日毎日過ごしてきた。

 本当はもっと楽な方がよかった。どうして自分だけがここまで頑張ること強制されるのかと、疑問を抱いたこともあった。

 それでも響が抱いた幼少のころからの夢はそう簡単に手放せるようなものではなかったから、何もかも飲み込んでただ走ってきた。


 一回戦は地獄だった。炎を潜り抜けるなどという馬鹿な真似をして、ボロボロになりながらもようやく勝利をつかみ取った。

 二回戦は相手を封殺できたが、それも簡単ではなかった。一回戦での勝利はまぐれなのではないかと気が気でなく、使える時間をすべて注ぎ込んで必死に相手を分析し策を練った。

 三回戦は考えもしなかった形での戦いだ。武器の一つに制限がかかり、しかも相手は隼人に並ぶほどの強者。短い中でそれまでで一番頭を高速回転させ――それまでも全力で頭を使ってきたにもかかわらず――一切ミスの許されない戦いを挑んだ。


 どれもこれも決して楽な試合なんてなかった。努力して努力して努力して、そうして何とかもぎ取った勝利だ。そうして何とか、常々言われていたように自信をつけた。

 この自信は今までの響の努力の結果だ。努力した果てに得たものだ。奏に言われた通りに、時には言われたこと以上をして身に着けたものだ。


 ――それを油断だと、努力不足だと断じるのは、響のこれまでを否定することに他ならない。


 それは例え師であったとしても――否、師であるならより一層許されることではない。許すことのできる行いでは決してない――!


 怒りに染まる響は、呆然と立ちすくむ奏をにらみつけ、ただ感情のままに檄を飛ばす。


「俺は先輩の言う通りにしてきた! 辛いのも苦しいのも飲み込んで! 結果が出るのかもわからないのに! 先輩の言う通り進んできたのに、そんなことを言うのは筋違いだ!」


「違うっ! 今の菖蒲くんは私の言う通りには進んでないよ!」


 熱を上げる響に引きずられるように、奏もさらに声を荒げて否定を重ねる。

 今まではどこか抜けた親しみやすさや、凛とした魔術師としてのたたずまいと様々な奏を見て来たが、怒鳴る姿を見たのはこれが初めてだ。

 わずかにたじろぐ響を見返し、奏は厳しい相貌にうっすらと涙をためて、


「私は手を抜けなんて教えてない! 相手を低く見ろなんて言ってない!」


「手を抜いてなんかない! 精一杯やってる! 相手を低く見てなんかない! 正当に評価しようと意識してやってる!」


 言い合う声は周りのことなど考慮のうちに入れられていない。

 自分の意見を叩きつけ、相手の言い草を否定し、黙らせようと躍起になる。

 弟子の間違いを正そうとする奏に、響はひたすら反発する。奏が否定してはならないと、奏だけは否定してはならないと。


 ――だが、次の言葉だけはすぐに否定が出てこなかった。


「――私は、慢心しろなんて言ってない!」


「――――ッ!?」


 言葉に詰まったのは、違う違うと否定を重ねながらも、心のどこかでは奏の言うことを肯定していたからだろうか。

 ほんの一瞬沈黙する響。何かを言い返そうと口を開きかけ、何も出てこないことに気がつき絶句する。

 それでも何かを引っ張り出そうと躍起になり――やっとの思いで出てきたのは、この場ではまったく関係のないことだった。


「――先輩だって、未だにどうして俺を弟子にしてくれたのか教えてくれないくせに……!」


「…………っ!!」


 苦し紛れで出てきた言葉。それは、奏に弟子入りした日に質問し、「乙女の秘密」などという戯言で誤魔化されたものだった。

 気になっていなかったわけではない。むしろ大いに気になっていた。だが、決定的な疑問だったわけではい。教えてもらえなければ、このまま教えてもらえなくてもいいだろうと、そう考える程度の些事。


 それでも奏への効果は絶大だった。

 響のセリフを聞いた途端、二の次が告げなくなり、あからさまな動揺を表に出したのだ。


「そ、れは……!」


「あれしろこれしろだけ言って、肝心なことは何も話さない癖に、いざとなったら上から説教だなんて、聞きたくもない!」


「…………」


 打って変わって弱々しい少女のように目を伏せ、自らを掻き抱く奏。そんな師の姿が見たかったわけではない。ただ、否定されることが嫌だっただけなのに。

 気づけば響は止まらない。


「信頼を築こうともいないで、ただ課題を与えるだけ。何の容赦もない。小さな事ばかり心配して、本当に大きなことには関心一つ向けない。そんなのが師匠ですか」


「ちが……そんなつもりじゃ……っ」


「天才はいいですよね。俺みたいな”落ちこぼれ”みたいに馬鹿みたいな努力もしないで、なんでも簡単にできるんですから。努力しないとできない――努力してもできない人の苦労なんて知りもしない」


「…………」


 受け入れていたはずの才能。それが咄嗟に出てきて、思っていたよりも深い部分で、自分の無才さが幅を利かせていたことを思い知る。

 口をつぐんだ奏は何も言わない。自分を抱くようにして、無言で俯くだけだ。その様子に心が痛んで。

 だけど、もう後には戻れなかった。


「俺は――」


 感情に埋め尽くされていた。奏の様子を、深く観察する余裕がないほどにただ流されていた。


「俺は――間違っていない」


 硬質な足音が、細い通路に響く。一人分の足音が鳴る。

 そこに追随するものも、先行するものもない、たった一つの足音。


 それだけが、ただ、響いていた。

次は木曜日です。

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