18『四回戦』
「――タロットはちゃんと多めに持ってる? 今度は燃やされたりとかしてないわよね?」
「大丈夫ですよ」
「緊張してない? 緊張してるなら、掌に”人”って書いて飲み込むといいんだけど」
「知ってますし、それも大丈夫ですよ」
「疲れてない? 簡単なマッサージなら私もできるけど……」
「大丈夫ですってば。そんなに心配しなくていいです」
第二訓練場控え室。狭くはないが広くもないその部屋で、思春期の息子と母親のような会話するのは奏と響の師弟だ。
次から次へと懸念を口にする奏に、困り顔で待ったをかけた響。心配してくれるのはありがたいのだが、さすがに過保護が過ぎる。
しかし、奏にその自覚はない。
「師匠が弟子のことを心配するのは当然のことなの。忘れてるかもしれないじゃない。あ、トイレも行っておいた方がいいわよ」
「キュルッ」
「キュルリンまで心配しすぎって言うの? ……そうかなぁ」
見るに見かねてキュルリンが横から待ったの援護。しばし考えた奏は、首をひねって疑問を呈し、
「あっ、それからそれから、靴紐もちょっと強めに結んでおくこと。取れたりしたら大参事だから。転んだら危ないもの」
「大丈夫ですって!?」
「キュルッ!?」
なおも止まらない過保護と心配症に、響とキュルリンが同時に声を上げる。いちいち注意されることが小学生レベルなのはどうなのだろう。
それでもまだ分かっていない奏。ここまで極まっていると許せてしまうから不思議だ。
――ショッピングモールでの一件から数日後の、四回戦当日。
魔術師が駆け付けた後、響と瑠璃、それに陽介の三人は事情聴取を受けた。
学生の身でありながら魔獣を相手取ったことに関しては叱られたものの、足止めをし、討伐までしたことには感謝と称賛が贈られた。
奏や美里の反応もだいたい似たようなものだ。実際、放置していればパニックに陥った人々が避難するところを、魔獣に一網打尽にされていただろう。
その魔獣を倒したのが響ではない、というのは釈然としないところではあるが。
陽介は、響たちの中でもとりわけ褒められ、その魔力値の高さを買われていた。卒業したら魔獣対策局に、とスカウトも受けたほどだ。はい、と快い返事をしているところを目撃した。
――陽介の、魔術師に称賛されるほどのすさまじい魔力を目の当たりにしながら、響の胸に焦燥感はない。ただやるべきことをやるだけ。それさえできれば響の勝利は揺るがないという確信があるからこそ、焦る必要などどこにもないのだ。
とはいえ、自分でも陽介の魔術力の前では苦戦するであろうことは分かっている。どう攻略するかが問題だが、それはそれ。
今はひとまず目先の試合のことを考える。
珍しく互いの試合時間がズレたことで、奏は響の控え室までやってきて、最後の確認(?)を行っていた。その光景は見ての通り、奏が無駄に心配して響が困るというものなのだが。
そんな響に奏は眉尻を下げ、
「新しい魔術、まだ出来るようにならないし、このくらいになるとだんだん大変になってくるから、仕方ないのよ。心配になるのは」
「どういうことですか?」
「三回戦から四回戦ってボーダーラインになっててね、運がいいだけで勝ち上がってきた人はこのくらいになるといなくなるから」
平均して実力がある者しか残っていないということだろう。魔術大会の予選ではあるし、それは当たり前のことだ。
「ていうか菖蒲くん、試合の映像見てたら気がつくことだと思うんだけど……」
「え? ……ああ、そうですね」
見てなかったわけではないが、気づかなかったということは誤魔化した。そもそも響は今回の相手について、魔術力が隼人や前回の試合の笹原以下と知ってからは特に警戒していない。その二人を下した自分であれば、強敵とはなり得ないだろうからだ。
怪訝そうな顔をする奏だったが、追及はしないで、しかし念を押すように口を開く。
「これも付け加えておくけど、くれぐれも油断はしないでね……?」
「キュルゥ……」
使い魔まで、響を慮るような表情を見せる。先ほどまで奏を諫めていたのに、心配性な主従である。
だから響は薄く笑い、自信満々に、
「大丈夫ですよ。勝てますから」
言った瞬間、師の表情がわずかに陰ったのを不思議に思った。だが、その理由を確認している時間はない。
「――菖蒲選手、準備をしてください」
例のごとく、腕章をつけた男子生徒に急かされて、響は控え室を後にせざるを得ない。短く返事をして、長椅子から立ち上がる。
「菖蒲くん」
部屋から出る寸前、奏に呼び止められ振り返る。奏は言うか言うまいか悩むようにしばし視線を泳がせて、それから念を押すように、
「頑張ってね」
「? はい」
頑張るもなにも、自分は現時点で相当頑張っていると思うのだが。
今日の師は少し様子がおかしいなぁと、そんな呑気な感想を抱きつつ、響は控え室を後にした。
* * *
――最近菖蒲くんの様子がおかしい。
始まりは三回戦の終わりからだったと記憶している。もっともその時の奏は、響の微妙な変化に気がつきはしなかったのだが。
気がついたのはそれから数日後。ショッピングモールに行った響が魔獣との戦闘をしたと聞いた時だ。
前までの響であるならば、自分の実力を過信できず、それどころか実際よりも低く見積もるはずだ。当然、魔獣に立ち向かうなどという蛮行に及ぶとは考えづらい。
事情を鑑みれば立ち向かった理由も理解できなくはないが、それでも大館周りを演じるなどということはないはずだ。聞いた限り、ショッピングモールは遠距離からの狙撃が可能な間取りになっていた。気を引いて時間を稼ぐという目的であるならば、わざわざ真正面から立ち向かう必要などないのだ。
そういったきっかけがあり、それからの響の行動――というよりも態度、姿勢と言った方が近いかもしれないが――を観察すると、何かがおかしい気がした。
自由に使える時間のすべてを序列戦への対策に費やしていたにもかかわらず、最近は特に何をするでもなくボーっとする様子を見かけるようになった。
訓練そのものに対しても、何が何でも身につけなければならないという鬼気迫るようなやる気が薄まり、決して消極的でこそないものの、どうにも気が抜けた印象を受けた。
そして言動だが、「勝つ」という意思を感じた言葉からそれが消え、代わりに「勝てる」といった、単にその事実に甘んじているような感覚がある。
それを、楽観的にとらえるのならば自信がついたと考えるのだろう。事実、奏の思考回路としてはその傾向がある。というより、事実そうだったからこそ、最初は響の様子が変わった時も好ましい変化と受け取ったのだ。
常に全力で追いすがる様子は、なるほど素晴らし姿勢ではあるが、気を張りすぎていて危うい部分もあったのだ。
肩の力が抜けたというのならば、それは一概に悪いこととは言えなかったのである。
だが、魔獣に真正面から立ち向かったという情報が、その楽観的な見解を払しょくした。
試合前に忠告として投げかけた言葉は、確認のための布石、のようなものだ。
結果次第で、奏の行動が決まる。本当は、まだ信じられない。信じられないが、もしそうであるのならば師として、何とかしなければならない。
――自分にそれをするだけの資格があるのだろうか。
そんな自問が聞こえた気がして、奏はかぶりを振った。
何度も何度も聞こえた自問。聞こえたのと同じ回数だけ見てみぬふりをした――心のうちに押し込めた問い。
今回もやはり押し込めて、奏は正面――モニターに目を向ける。
ちょうどブザーが鳴って試合が始まるところだった。
「キュル……」
傍らで、キュルリンが案じるような声を出した。奏の意思をくみ取ったのか、同調して似たような表情を作る。
それに奏は、「可愛い……」と呟くも、意識はモニターから逸れていない。
響は普段のように、挑発から入るようだ。ブザーが鳴ったにもかかわらず一分程度動かずに会話に興じているのが分かった。
それが終わると動き出す。
「菖蒲くん……」
奏は、祈るような心持でモニターから目を離さない。
そうであって欲しくないと、そんな願望めいた願いが通じるか通じないか。
そんな奏の想いとは関係なく、試合は進んでいく。
――杞憂であってくれたらよかった。
明らかに警戒の足りていない挙動。詰めの甘い戦術。頻発する判断ミス。
意味のない攻撃を乱発することもあれば、攻撃を打ち込むべきところで要らない牽制を行ったりもする。
それは、長きにわたり響の師として、訓練を付けてきた奏だから分かったものなのだろうと、そう思う。
事実、多少被弾が多いくらいで、試合は響の優位で進んでいく。二回戦のように封殺ができているわけではない。相手の攻撃を何度も打たせながら、それでも咄嗟の機転でどうにかこうにか優位を保っていた。
試合には勝利するだろう。勝利するだろうが、これではいけない。
ここまで酷い試合を、響がするとは思っていなかった。――だから。
「仕方ない、わよね。頑張らなきゃ」
奏の行動は決まった。
次は火曜日です。




