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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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17『一学年最強候補』

 落ち着いた雰囲気の長身の少年だ。

 顔立ちが整っているだけで、黒髪黒目という容姿には、奏のように見るだけで目を引く特徴はない。にもかかわらず、他とは隔絶した存在感を放っている――否、放つのではなくまとっているのだ。優しく微笑むその表情は、同性の響も刹那だけとはいえ見惚れさせるものがあった。

 黒を基調とした柄の少ない服に身を包み、悠然とした足取りで距離を詰める少年。

 少年であるにもかかわらず、すでに完成されたたたずまい。彼を知らない者なら、五つ年齢を上に見積もってもおかしくない。


 響がそうしなかったのは、面識がないとはいえ、彼が何者なのかを知っていたからだ。


「倉橋……? なんでここに」


 ――倉橋陽介。


 響と同じ魔術学園の一年生。名門倉橋家の長男にして、一年生きっての天才。学内新聞で取り上げられている一学年最強候補だ。事実、大猿をあっさりと仕留めたことから、魔術力――とりわけ魔力の高さは容として知れる。

 学園最強と"落ちこぼれ"に埋もれてこそいるものの、上級生を含めたとしても魔術学園上位に位置するであろう実力は侮れない。


 付け加えるなら響が五回戦で当たる相手でもある。


 響の問いは、陽介の問いかけを無視する形になってしまった。だが、陽介はキョトンとした後、全く気にしていないとでもいう風に肩をすくめ、


「今日は休日だよ、響。少し買い物に出かけるくらい、何もおかしいことじゃないだろう。出先で魔獣に出くわすとは、さすがに思ってなかったけどね」


「…………」


「あれだけのパニックだ。最後尾の人たちは逃げられないと思って、魔獣の足止めだけでもしようと人混みを逆走したんだけど、難儀してね。近道しようと角を曲がったら道に迷って、だいぶ遅れてしまった。最終局面には間に合ったようだけどね」


「美味しいところだけ持ってった、とも取れるよ」


「ははっ、耳が痛いな」


 邪気なく笑う陽介。

 皮肉を皮肉とも思っていない反応に、響はわずかに目をみはる。

 ひとしきり笑うと、陽介は再度肩をすくめた。


「ところで響。僕のことは"倉橋"なんて他人行儀に呼ばなくていい。気安く陽介と、そう呼んでほしい」


「…………」


 似たような距離の詰め方を、瑠璃にもされた記憶があった。

 怪訝な顔をする響に、陽介はなおも優しく微笑みながら、


「特に深い意味はないよ。単純に、仲良くしたいと常々思っていただけで」


「ヨースケさん、言い回しがなんというかそれっぽいです。私そういう趣味ないですから。サービスいりませんから。なったらなったで面白そうですけど」


 陽介の背後から、ヒョコッと出てくる小柄な陰。逃げたはずの瑠璃が、何事もなかったかのように現れた。

 長身の陽介と瑠璃には身長差があるが、それでもどうやって隠れていたのだろうか。全く気がつかなかった。


 切羽詰まった先ほどの表情は抜け、今は軽いノリを取り戻している瑠璃。相変わらずひょうきんな笑みに嗜虐的な色をふくめた彼女は、状況が飲み込めていない響の肩を叩いた。


「いやー、今度こそピンチでしたよね。私が来てなければ完全にアウトでしたよ。デッドでしたよ。感謝してもいいですよ?」


「あれを倒したのって小熊さんじゃないじゃん」


「それはそうですけどー、なにも戦うのだけが評価されるわけでもないでしょう」


「瑠璃の言う通りだよ、響」


 横から飄々とした瑠璃の意見を肯定される。

 そちらに顔を向ければ、黒髪の美丈夫がいる。


「瑠璃……?」


 さらりと当然のように下の名前で呼ぶ所業に、眉をひそめて陽介を見返した。

 すると陽介は肩をすくめて、


「ああ、同じクラスでね。彼女が話しかけてくれたのがきっかけで、友人付き合いをさせてもらっている」


「ルリさんが、こんな面白そうな人を放置なんてするわけないじゃないですか」


 言われてみればその通り。学園最強候補と同じクラスともなれば放置している方が不自然というものだ。

 そうして納得する響。疑問が張れたのを受け取ったのか、陽介が口を開く。


「話は戻るけど、僕はただ案内された場所に赴いて、全力の魔術を放っただけだ。もし瑠璃の案内がなければ、僕はまだ迷ったまま。間に合うこともなかったろうからね」


 察するに、どうやら逃げた瑠璃と鉢合わせになり、その流れでここまで案内してもらったらしい。


 謙虚に、自分がしたことなど大したことではないと断言する陽介。一年生の身でありながら魔獣を討伐しておいて、自然体で立つ姿からは驕りの色は見受けられない。

 謙虚なセリフも、どうやら本気で言っている。


 それがなんとなく腹立たしくて、響は拗ねたように視線を逸らした。


「別に、俺だってそもそもピンチじゃなかった。助けも必要なかったよ」


「それはさすがに無理があるでしょう」


「そうとも限らない。響ならばあるいは、あの状況下でも何とかする奇策があったのかもしれない。そうとは知らずに、余計なことをしてしまったかな」


「ルリさんってツッコミはやらない主義なので、諸々スルーしますよ?」


「? ああ、別に構わないよ」


 無駄に謙虚かつ、響の評価が過大なことには全く気がつかず、瑠璃の冗談めかした発言に陽介は分かってない顔。その聖人のような価値観に、瑠璃が「やりずらい……」と天を仰ぐのを目の端にとらえながら、響は苛立ちがまた一段階重なるのを感じていた。


 理由は分からない。ただ、この倉橋陽介という少年を見ていると、少しずつだが黒い感情が溜まっていく。

 それを誤魔化すようにかぶりを振って、響は周囲を見渡す。


「そういえば、魔獣対策局――魔術師は? 来てもいい頃だと思うけど」


「来るんじゃないですか? さっき、すごい遠くからサイレンが聞こえましたし。まあ、来たところで一番のお仕事はもうないんですが。お猿さんはヨースケさんが倒しちゃいましたし」


「瑠璃、後始末だって大事な仕事だよ。なにも魔獣討伐だけが魔術師の職務というわけではないんだから。そしてその後始末は、僕らではできない」


「勝手にやったら怒られますもんねー」


「まるで、一度は怒られたことがあるような言い草だ」


「やだなー、こんなに可愛いルリさんが早々怒られることするわけないじゃないですか」


「君が可愛いことと怒られることをしないことに、因果関係は感じられないけど……」


「あれ、陽介さんは私のこと可愛いと思ってるんですか? 照れますねぇ」


「女の子は、例えどんな子でもどこかしらに魅力的な、可愛い面があるものだよ」


「あー、これは本気で言ってますねー。それなのに女誑おんなたらしな感じがしないって、もはやチートですか」


 どこか抜けた会話をする二人。仲の良さを感じさせるものだから響は入れない。

 なんとも場違いな感覚。自分は何故ここにいるのだろう。早々に立ち去りたいものだが。

 ホームシックになっていると、こちらを仰ぎ見る瑠璃と目が合った。


「そういえば、響さん、腕怪我してましたよね。ガラスで切って」


「ん? ああ……」


 すっかり記憶の彼方だったが、あれは瑠璃に引きずられながら大猿の攻撃を回避した時。転がる響は落ちていたガラスで腕を浅く切ったのだ。


「けど、これくらいは別になんともないよ」


 今は流れた血も固まって出血はしていない。絆創膏でも貼っておけば勝手に治る程度のものだ。

 あれだけの相手を相対しながらこの程度で済むというのは、なんとも達成感があった。浄化をしたのは響ではないが。


「…………」


 押し黙る響。嫌なことを思い出してしまい、機嫌は急降下だ。そんな響に、陽介は慮る色を滲ませて、


「どうしたんだい? 具合が悪いというなら……」


「いい。別に調子が悪いわけじゃないし」


 反抗期の子供のように吐き捨てて、響は回れ右する。


「俺は、あっちにいるよ。どうせ魔術師に事情は聞かれるんだろうし、まだ帰れないからさ」


「さすがの響さんも疲れましたか。いいですよ、存分に休んで。その隙に全部私がやったことにしても……」


「別にいいよ」


「今のでやる気が失せましたね」


 投げやりな返答に、瑠璃もまたそれ以上は絡んでこない。陽介も陽介で、響から拒絶の意思を感じ取ったのか深追いはしなかった。


 ただ最後に、


「――響、僕は五回戦を楽しみにしてるよ。君とはいい試合ができると思ってる」


 その言葉の中には、やはり嘘も謙遜も見当たらない。ただまっすぐな、お人好しな少年の姿が見えるだけだ。

 力があるのに、そんな態度を取っている。


 何故なのかは分からない。

 だがまたしても、響の奥には苛立ちが根付いた。

次の更新は日曜です。

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