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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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16『魔獣足止め戦線』

 最初の騒ぎから七分。

 すでにだいぶ長い時間が過ぎている感覚があるが、壁にかかった時計の針は四〇度程度しか傾いていない。

 魔術師が駆け付けるまであと三分、避難完了まではさらに三分といったところか。どちらにせよ、時間を稼がなければならないことに変わりはあるまい。

 ひとまずは、この三分間が勝負だ。


 相対する魔獣の怒りに触れながら、響は冷静に概算した。

 大猿は二人に増えた敵を目つぶしされてなお鋭敏な感覚で察知し、攻撃をためらう――などということはない。

 知能が低く、また理性のない獣は、本能的な脅威を感じない魔術師見習いに臆することはなかった。


「キィィィィイッ!!」


 何度目かの雄たけびを上げて、大猿は地を蹴りつける。弾丸のように射出される巨体が空気を切り響の眼前に迫る。

 それに対して響は落ち着いた対応。充分引き付けてから横っ飛びに飛んで回避すると同時、タロットを投げつける。

 大猿が足を置く地点。そこに滑り込んだタロットは魔術を発動。術式は単純な元素の生成で、攻性の意味は少ない。だが、それも使い道次第で充分効果を発揮する。


 生成された鉄球の強度は、一年生としても平均未満。だが、攻撃の意図を持たない大猿の着地には耐えるだけの魔力は注がれている。

 鉄球を踏みつけた大猿がひっくり返り尻餅をつく形で転倒する。うめき声が漏れるのを耳に入れながら、響たちは手を止めない。


「「木よ(wood)」」


 二つの同じ詠唱が重なって聞こえた。床からありったけの蔦が伸びた。瑠璃と響が二人がかりで展開したそれは、大猿に迫り腕に、足に、胴に絡みついて床に縫い付ける。仰向けでさしたる抵抗のできない大猿は成すがまま、次々と量産されていく蔦に体の自由を奪われていくだけで――。


「キィィィィイ――ッ!!」


 発せられた雄たけびは金切り声のようで、不快感を抱かずにはいられない。


 大猿は有り余る膂力に物を言わせて、蔦を引きちぎるのではなく床を掴み、砕いた。

 隙間が生じ、自由になった腕を振りかざして蔦を掴むと、力任せに引っぺがしていく。拘束のために全力で展開した蔦が、おもちゃのようにちぎれていく様はいっそ痛快だ。


「だから言ったじゃないですか、意味ないッて! そもそも私とかヒビキさんの魔術が効くわけないでしょう。どっちも平均以下で未満です! 弱いです!」


「時間を稼げるからいいんだよ」


 それに別に響は弱くない、と不貞腐れる。

 それはそれとしても、瑠璃だって三回戦を突破している以上、決して弱くはないはずだが。序列的には現時点で最低六四位。魔術的な才能が乏しくても、上位一割に近い。


「…………」


 余計なことに思考を割いていることに思い当たった響は、無理やりに意識を正面に戻した。


 大猿は蔦の拘束を破り、今は響と正面から対峙している状態だ。魔術を力任せに破るということをしでかしたにもかかわらず、息一つ乱していない立ち姿にはいっそ感嘆する。底なしの体力だ。


 魔獣が動く前に、今度は響から仕掛ける。素早い動きでホルダーを開放し、引っ掴んだ二枚のタロットを投げつける。

 一枚は金元素、鉄球を射出させる術式。もう一枚は火球による打撃の術式。どちらも単純な攻撃魔術だ。それらを無警戒の大猿は防御のそぶりを見せず、真正面から――それどころか前に進みながら受けて立った。

 鉄球は分厚い筋肉に阻まれ、火球は体毛にその熱を吸収される。


 何らかのアクションを起こすまでもないという事実。響の魔術など、この魔獣にとって何の脅威でもない。

 前に出る足をいささかも止められず、大猿は響のすぐ前に迫っていた。振り上げられる剛腕。当たればひき肉になる一撃。


土よ(solum)!」


 致死の打撃が響に届く寸前、横合いから魔術が放たれる。瑠璃が作り出した岩が魔獣の横っ面を直撃し、挙動にわずかな停滞を生んだ。


 生じた隙に付け込むのは得意中の得意だ。飛び込む勢いで転がる響は大猿の股下を通過。起き上がる挙動でタロットを叩きつけた。

 単純な元素の生成。火を生成することのみを至上目的としたそれは、術式崩壊寸前の魔力を注ぎ込まれたおかげで、相当な火力を付与されている。

 ボッという音が鳴って、大猿の数少ない、体毛がない箇所の一つを攻撃する。文字通り尻に火が付いた大猿は、出会ってから初めて驚愕に表情を変えた。


「キィィィィイッ!?」


 叫び声を上げて悶絶する大猿。初めてのはっきりとしたダメージに、響ですら驚いた。全力の火力といってもあくまで”落ちこぼれ”基準。さしたるレベルでもないと思うのだが。


「もしかして、尻が弱点とか?」


「あれを見る限りそうですねー。だからって簡単に狙える場所じゃないですけど。それに浄化しようとしてるんじゃないですし、わざわざ狙う必要もありませんね」


 大猿の体躯は男子として平均的な身長の響の一・五倍はある。それがダメージを受けてのこととはいえ暴れているとなると充分な脅威である。

 一定の距離を取って様子を見る響と瑠璃は短く会話をし、この状況の結論を出した。


「そうだね。なんにしても安全優先だ」


「ていうか、そろそろいいんじゃないですか? 逃げても」


「まだ一分くらいしか過ぎてないよ」


 逃げ腰な瑠璃を叱咤する。正確にはもう少し過ぎているが。

 そうこうしているうちに大猿の尻についていた火が消えた。元々の術式が一過性のものであり、持続力を犠牲にして威力を上げた仕様だったので是非もない。


 大猿には初めてダメージらしいダメージを与えた。だが、その代償はある。

 大猿が、響たちを迷惑な者としてではなく、敵として認識した。

 今の悶絶の拍子に、目に入っていた砂が取れたのだろうか。開かれた相貌から、これまでよりもいっそう煌々と輝く眼光が覗き、物語っている。


 始末する、と。


 ――残り、一分。



 * * *



「くっ……!」


 大猿の突進をすんでのところで回避する。

 弾丸のように射出された巨躯は、攻撃をぶちかますはずだった対象を失い壁に衝突。

 生物がぶつかったとは思えない硬質な音がし、大理石でできた壁にひびが入った。あれを食らっていたらと思うと、ゾッとする。


 それだけの威力を持った捨て身の攻撃をしてきたにもかかわらず、大猿はけろりとしたものである。

 当たっていないことを認識すると、即座に身をかがめ後ろ足を爆発。考えられないような速度で巨躯を砲弾化した。


「う、お……っ!」


 対する響は回避しかとるべき選択肢がない。

 倒れるように転がり込む直後、黒い砲弾が刹那の前まで響がいた空間を通過。先の光景を再現する。


 本気になった大猿の、もっとも厄介な点はこの速度だろう。今までならば余裕をもって回避できていた攻撃が、紙一重でしかやり過ごせなくなっている。

 蔦を吹き抜けに伸ばして空中に身を躍らせる回避方法も、かかる時間を考えると使用不可だろう。

 ギリギリの攻防――といっても完全に防戦一方。回避をするしかできることがない。


金よ(metal)!」


 横合いから放たれた鉄の針が、突進を躱されて数秒の硬直にあった大猿に突き刺さる。玉ならばあっさりと弾かれた魔術も、鋭利な刃物などならば完全に封殺されることはない。だが、分厚い筋肉を突破することも不可能だ。

 出来ることといえば、せいぜい薄皮一枚に傷をつけるだけ。ダメージとも言えない。

 それは、瑠璃の火力不足が理由でもあるが、根本的に、一年生が魔獣を相手にできないということにも起因する。一年の段階ではそもそもが火力不足なのだ。


 こちらの攻撃は通じず、相手の攻撃は食らえば即アウト。分が悪いことこの上ない。

 だが、それはいつも通りだ。いつもやっていることならば、出来ないなんてことはない。


「キィィィィイ――ッ!!」


 雄たけびを上げる大猿は、攻撃方法を変更する。単調な突進では当たらないと踏んだのか、拳を振り回して叩きつける方向へ。

 うなりを上げて迫る剛腕を、響はバックステップでやり過ごす。だが拳の利点は威力よりもその連打性だ。避けた先から次の拳が突き出され、カウンターの隙が無い。

 気づけば壁際まで追い詰められている。大猿が、にやりと笑みを浮かべたように見えたのは気のせいだったのだろうか。致死の拳が射出され、響を亡き者にしようと迫る。


「しぃ――ッ!」


 タイミングをうかがっていては間に合わない。

 身をかがめる響は、拳の射出の瞬間を視界に映さず、地を蹴って逆に距離を詰めた。剛腕ゆえに大ぶりな大猿の拳を髪をかすめるにとどめて、飛び出す形で大猿の股下をくぐる。


火よ(ignis)っ!」


 無防備な尻に火球をぶち込み大猿をひるませる。

 その隙にはい出した響は、起き上がる勢いを無駄にしないで駆けだした。一旦距離を取り、振り向きざまにタロットを投擲。

 ひるみから立ち直った大猿は、その事ごとくの攻撃を受けながらも止まらないで突っ切ってくる。


「ヒビキさん! 逃げましょう!」


 切羽詰ったた瑠璃の声が聞こえてくる。

 彼女も懸命に援護射撃を行ってくれているが、大猿相手には効果が薄い。というよりも、大猿は迎撃の魔術を全く意に介していない。もう少しダメージがあってもいいと思うのだが。

 それに逃げるというのもそもそもからして、


「あの猿、こっちを逃がしてくれると思えないんだけど」


 怒り狂った大猿は、響たちを敵として認識してしまっている。簡単に逃がすような真似をするとはとても思えなかった。


「あー、もうっ。完全に逃げる機会失いましたぁ。ヒビキさん何とかしてくださいよ」


「なんとかって……」


 漠然とした指示だ。

 まさかここまでおびき寄せた時のような陽動が通じるとは思えない。今は視界が回復しているようだし、仮に目つぶしに成功しても、どうにかなるものか。だいたいあれでは逃げ切れはしない。数秒気を逸らさせるのが関の山だ。


 思考する間にも時間は過ぎ、大猿は向かってくる。

 ラリアットのように振り回される腕をかがんで回避。片手側転で距離を取ると同時、いつもの要領でタロットを投げつけ、設置し不意打ちを食らわせる。どれも体毛に阻まれて大した効果が得られないが。


「そろそろ、魔術師が来てもいい頃なんだけど……!」


「そんな一〇分きっかりに来るわけないじゃないですか。あと一分くらいは覚悟しておいた方がいいと思いますし、私たちが一分持ちこたえられるのかが問題ですね」


「出来なくはないでしょ」


「私、危なくなったらヒビキさん見捨てて逃げますからね?」


「そうならないように気を付けるよ」


 無駄口をたたく余裕があるのは、足元に設置した蔦に引っかかり、大猿がたたらを踏んだから。それとてたいした時間ではなかったが。


 瑠璃の言うことはもっともだ。魔術師が現場に駆け付けるまでは平均一〇分とはなっているが、どこでもそのうちに駆け付けられるわけではない。より時間がかかる場合も当然あるのだ。

 加えてパニックを鑑みれば、魔獣出現の通報がどのタイミングでなされているかもわからない。瑠璃のあと一分は覚悟しておいた方がいい、という語も、かなり楽観的な憶測なのである。


 ――まああと三分くらいなら余裕だけど。


 大猿の攻撃を回避しながら時間を稼ぐ響は概算する。

 響の回避技術と足止めの知恵は、大猿相手に非常に有効だ。大猿は知能が低い面もあったし、思考が読みやすく同じ手に何度も引っかかるのがありがたい。人間もこうであってくれればもう少し楽なものを。


 この魔獣の攻撃は当たれば致死だが、当たらなければどうということもない。多少回避の難易度が上がった程度、何ともない。


 降りかかる拳の嵐。どれも反射で躱していたのでは間に合わない速度。

 大げさに回り込むようにして回避し、追ってくる裏拳は魔術を側面に叩きつけ、かすかに軌道をずらして対処する。

 距離を取れば、ホルダーを開放してタロットを投擲。土元素。砂煙。

 何も小細工を弄していない単純な目つぶしも、この魔獣相手には充分有効だ。撒かれた砂をまともに目に入れた大猿は動きを止め、奇声を上げて怒りを露わにする。


 その隙に回り込んで背後に陣取ると、魔術を展開。


火よ(ignis)!」


 火球が魔獣の尻を焼く。奇声が一段と大きくなり、騒音で空気が震えた。


「ヒビキさん! 今のうちに逃げましょう!」


「すぐに追ってくると思うけど!」


「でもタイミング的に今しかないでしょう! いつやるか、ですよ」


「じゃあ、小熊さんは逃げてもいいよ。俺はもう少し残る」


「馬鹿なんですか!?」


「馬鹿じゃないよ。貴重な実戦経験だしね」


 魔獣と真正面から事を構える機会など、学生にとってはまたとない機会だ、魔術師を目指す響にとって、この戦いはいい経験になるだろう。

 多少危険であることは確かだが、それも許容できないほどではない。それに、自分の実力ならば生き残ることが決して難しくないと響は考えている。


 そんな蛮行としか思えない響の意欲を、瑠璃は嘆息して聞き届ける。


「そうですか、残りますか。私はもう構いませんよ。さっきみたいに、ピンチに駆けつけるみたいなことはありませんからね?」


「別にピンチじゃなかったよ。参戦してくれたことには感謝するけどね」


「あー、もったいないですねぇ。本当に面白い戦い方するのに……」


 心底無念そうに瑠璃は呟いて、背中を向け走り出す。

 その時には、大猿も目つぶしの衝撃と尻の痛みから立ち直っている。より成熟された怒り――殺意を一身に受けながら、響はひるまず真正面から見据える。


 大猿が動く。

 初動は四肢を地面について筋肉を伸縮させ力をためていく動作。四肢を爆発させて響が取った距離を一瞬で詰めてくる。

 黒い砲弾はとてもではないが反射では避けきれない。

 だが響の目は予備動作をきちんととらえている。横っ飛びに転がって回避。壁にぶち当たって刹那動きを止める大猿に向かって魔術を打ち込む。どれも大したダメージにはなり得ないが、牽制の意味も含めての行動。


 煩わしそうに身を揺らした大猿は、ぶつけた顔を振ってまたも四肢をたわませる。跳躍。

 四肢で地面をける挙動は驚嘆の一言だ。見てから回避したのではとても間に合わない、大質量の攻撃。当たればミンチは確実だとしても、当たらなければどうということはない。

 四肢をたわませる予備動作を見落とさなければ、回避自体はそれほど困難な行為ではないのだ。


 そうして、何度も大猿の突進を躱し、カウンターとけん制に魔術を打ち込み続ける。単調な作業。余裕などないことには変わりないが、それでも退屈と表現してもいい攻防。

 そんなやり取りを何度繰り返したのだろうか。

 響の回避の挙動が刹那遅れた。


「うっ……!」


 無論、直撃は受けなかった。かすらせることもなかった。ただ、空気を切るほどの速度で迫る大猿は、その衝撃波だけで響の挙動をさらに遅らせる。

 予想しなかった形での転倒に、響は即座に対応。身を回す勢いで起き上がり、距離を取る動作と並行して次の回避の準備のため大猿を見。


 刹那動きを止めていた大猿は、すでに再跳躍の姿勢に入っていた。

 跳躍。

 黒い砲弾はまだ距離を置き切れていない響に迫る。響にとっても予想外の事態。だが、ギリギリで反応できた。


 至近で着地した大猿の打撃を、股をくぐる回避でやり過ごす。起き上がりの動作に合わせて尻に魔術を叩き込もうとし、


 ――躱した打撃。それとは別の腕から放たれた裏拳が、股をくぐって今まさに起き上がりかけている響を狙う。


 まずいと咄嗟に取った行動は、起き上がりかけの身体を倒して横に転がること。薄皮をかすめる攻撃は摩擦熱だけで皮膚が焼かれそうだ。

 それでも何とか危機を乗り切り、刹那の安堵を抱いた瞬間が完全に油断だった。


 二メートルほど離れたはずにもかかわらず、大猿はすぐ眼前にいる。

 尻に一撃叩き損ねたのに、起き上がる動作が遅すぎた。スタンしていない大猿は、二メートル程度の距離、一歩で詰める。

 侮っていたわけではないはずだ。充分に脅威と判断し、その上で自分ならば大丈夫だと判断した。それなのにこんな状況に陥っているのは、運が悪かったとしか言えない。


 目の前でゆっくりと拳が振り上げられる。それに対しての響の動きもひどく遅い。

 ――回避、間に合わない。相殺、そんな火力はない。防御、その魔術は未習得。


 死を実感したのか、鋭敏になった感覚は世界をゆっくりと認識する。ゆっくり、ゆっくりと拳が振り下ろされる。

 風を切る一撃は、響の身体など肉片にして余りある威力を秘めていることだろう。逃れようもない死が徐々に迫ってくる。


 そうしてゆっくり動く世界で、響は何か緑色をしたものが走って大猿を背後から縛りつけるのを見た。太く頑丈で、芳醇な魔力が込められたそれは、大猿の四肢に巻き付いて、その行動を著しく制限する。

 大猿の動きが遅延する。ゆっくりだった挙動が、さらに速度を落とし、止まっているかのようだ。否、止まっているのだ。響と瑠璃の二人がかりですら止められなかった魔獣の挙動が、完全に封じ込められていた。

 刹那、時間の流れが元通りになった。


 そして、響の耳はとらえた。


「――火よ(ignis)


 落ち着いた声音。響も常日頃から用いる魔術の詠唱には違いない。

 それなのにその言霊は、聞いた瞬間に格の違いを認識せざるを得ないような力に満ちていた。


「キィィィィイ――ッ!? イィィィィィィッ!」


 上がる奇声が怒りによるものではないことは一目瞭然だ。四肢と胴に巻き付き、魔獣の動きを完全に止めていた蔦。それに火がついて、魔獣の全身を焼き尽くそうと手を伸ばしていたのだから。


「あ、そこの人、離れて! 危ないから!」


 詠唱と同じ声が聞こえ、響は反射的に大猿から距離を取る。


 あれだけの魔術を打ち込んでもびくともしなかった魔獣は、今や全身を包む業火に絶叫し、逃れようと必死にもがいている。それなのに脱出が不可能であることは理解できた。火に飲まれながら形を保つ蔦は、強靭では説明できないほどの拘束力を発揮している。


 ――そして。


「イィィ……。イィ……。ィ――。――――」


 魔獣は弱々しい声を残して焼き尽くされ、魔力の粒子となって浄化された。


 そんな、圧倒的な魔術を放った人物は、通路の方角から悠然と歩み寄ってくる。


「――間一髪のタイミングだったね。もし間に合ってなかったらと思うとゾッとするよ」


 肩をすくめておどけてみせる少年は、次にはこちらを気遣うように表情を変えて、


「それで、大丈夫かい? 響」


 面識はないにもかかわらず、当然のように”落ちこぼれ”を下の名前で呼んだ。

次は金曜になります。

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