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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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13『初めてのお使い』

 春花の出不精は折り紙付きだ。

 家と学園の間の行き来もさしてせず、食事は出前や、美里に買ってきてもらったもの。欲しいものがあれば通販が基本で、通販で買えないものには手を出さない。

 入浴等は学園にあるシャワールームで、とはならず、何故か勝手にプレハブに取り付けている有様。学園に叱られた際も、外に出たくないから仕方がないと悪びれなかったという。


 そんな春花にも、外出を余儀なくさせられる事態というものは存在する。――紋章術だ。


 紋章術にはどうしても紙とインクが必要で、それは通販では難しい。やはり目で見て肌で感じた感覚を頼りにしなければ、最高の材料には巡り合えない。とは、春花の持論である。


 しかし、それでも外出をしたくないという意思も生半可なものではないのだろう。できることなら、自分以外の誰かに買いに行ってもらいたい。しかし、生徒に頼むというのも立場上疑問がある、そもそも断られるのだ。


 どこかに、頼みやすい立場で、かつ紋章術においてそれなりに信用が置け、断らない都合のいい人物はいないものか。


 ――そういった経緯で、響に白羽の矢が立ったらしい。


「断れないのは本当なんだよなぁ」


 タロットを燃やされたことに対する罰も含まれているのだろう。そうであるなら隼人にも何らかの制裁があってもいいと思うのだが、あいにくすでに退学させられている。

 それを抜きにしても春花が響にしているのは特別講義。ほぼ善意に甘えている形だ。ちょっとしたお使い程度ならば甘んじて引き受けなければならない。

 それに、紋章術を心から愛する春花直々のご使命だ。認められた嬉しさのようなものは当然のごとくあった。


「だからって、生徒にさせるものかな。これ」


 お使いを頼まれたのは紋章術の授業で使う紙と、魔鉱石を加工して作られたインク。どちらも説明された用途に合うものを、指定された個数買ってこいとのお達しだ。

 授業に使う代物を、その授業には出ない生徒に買ってこさせるのはどういう了見なのか。文句を言いたくとも立場上言えないわけだが。


 休日のデパート。お使いを終えた響はそんなことを考えていた。


 魔術関係の道具を取り扱う店が敷地内にあるショッピングモールだ。"なんでもある"が売りな店は数あれど、冗談抜きでなんでもあるのはこのショッピングモールくらいだろう。木材や工具、魔術関係の品まであるのがその証拠だ。


 インクの入った瓶を数本と、紙という結構な大荷物を手に提げた響は、その巨大なショッピングモールを探検していた。

 特に引きこもりというわけではないのだが、少なくとも半年、魔術学園に入学してからは鍛錬に忙しく、久しく買い物などしていない。

 そんな響にとって、ただの探検(冷やかし)もそれなりの楽しみになる。


 服やゲーム、本屋など見ているだけで楽しい店は数多い。ゆっくりと歩きながら陳列棚を見回し、喧噪の中を一人静かに進んでいく。


 そうして、何軒目かの店を覗き終わって通路に出た時だ。


「――あれ、ヒビキさんじゃないですか」


 背後からかけられた声に反応して振り返る。

 至近距離に人の気配。まず目についたのは揺れるサイドポニー。口調と相まって確認するよりも先に誰なのかが分かってしまう。


「小熊さん……」


「はい、みんな大好きルリさんです。どうしたんですかヒビキさん。こんなところで。デパートって顔じゃないですよね」


「それってすごい失礼な評価だと思うんだけど。それにそっちこそ、何してるの」


「嫌ですねー。今をときめく女子高生のルリさんが、デパートにいるのは何もおかしいことじゃないですよー。普通に買い物です。例えばオシャレな服とか?」


「へえ」


 確かに、普通はそうなのだろう。魔術学園の生徒というのが世間的に少々珍しいだけで、そこに通う女子が女子高生であることには変わりない。

 響が納得していると、なぜか正面の瑠璃は不満そうにあざとく頬を膨らませる。


「ちょっと、今の発言を聞いて反応がそれだけっておかしくないですか? 服アピールしてるんですから、気を利かせて私の格好を褒めるべきだと思うんです。ほらほらっ」


「え、なにそれ……」


 響にとってはわけの分からない理屈をさも自明のことのように述べる瑠璃。

 休日のデパートで会ったのだから、当然瑠璃は私服だ。白い七分丈のシャツにはうるさくない程度に柄があり、コントラストとして入った黒いひらひらとしたスカート。そして何より、茶色いバケットハット。女性の服の知識は響にないので細かいところは分からないが、おしゃれな部類に入ると思われる。


 褒めなければならない理由は不明。だが、言われて嫌だと答えるほど天邪鬼でもない。


「似合ってるよ」


「ここは照れて言わなかったりするのがポイント高いんですけど」


「俺、どうすればいいの?」


 相変わらずだ。

 戸惑う響ひ肩をすくめ、瑠璃は問いを発する。


「それで、ヒビキさんは何してるんですか? 私と同じように服を買いに来たとか?」


「いや、違うけど。今は買い物も終わって、冷やかししてるとこ」


「買い物? 何買ったんですか?」


「うん、紋章術に使うインクと紙」


 手提げを持ち上げてみせると、瑠璃は目をパチクリとさせて、


「なんてストイック……。休みの日まで魔術のことですかー。"落ちこぼれ"の勝利はこうやって形作られてたわけですね」


「確かに土日も相手の研究はするけど、これは自分で使うやつじゃなくて。長津田先生に買ってこいって言われてね。お使いだよ」


「誰ですかその先生」


「あー……」


 随分と馴染みすぎてしまって忘れていたが、紋章術は相当マイナーな魔術系統だ。魔術学園における受講者数も極小。自然、春花をを知る人物も少なくなる。瑠璃が知らずとも不思議ではない。


「紋章術の先生だよ。変人」


「変人ですか。それは会ってみたいですねー。面白そうです」


「気をつけてね」


「はい?」


 琴線に触れたらしい瑠璃に曖昧な忠告。

 そもそも春花はどこにいるかが分かりにくい上に、仮にプレハプに辿り着いても出迎えるのは頭上からの放水だ。無事であることを祈ろう。


「よく分かりませんけど、まあいいです。その先生の面白さは、会った時の楽しみにしておきます」


「うん、面白いかは分からないけど……」


 響としては、面白いというよりちょっと怖い。

 認識の相違に思いを馳せていると、瑠璃は小さく手を叩く。

 意識が引き戻され、そちらに目を向けると、


「――ともあれ、ここで会ったのも何かの縁ですし、お茶でもしませんか?」


 そんな提案をした。



 * * *



「まさかオーケーとは、ルリさん思ってませんでした」


 本当になんでもあるショッピングモールには、当然のごとく喫茶店も存在する。

 やけにシックな店内。その端にある席で、響の正面に座った瑠璃は、頼んだ紅茶が届くとそう言った。

 響はコーヒーに口をつけてから、


「じゃあなんで誘ったの」


「いえ、断られてもゴリ押しする気満々だったので。ゴリ押しすらさせて貰えないとはって話です」


「ゴリ押し……」


 瑠璃の中では、お茶するという選択肢以外存在していなかったらしい。マイペースだ。


「でも、本当になんでです? さっきの口ぶりだと、今日も映像を見て研究とかするんでしょう?」


「まあするけど、それは帰ってからでもいいよ。余裕ならあるしね」


「空き時間にはこれでもかってくらい動画に食いついてたヒビキさんとは思えない……。とはいえ納得です。余裕がなければ、わざわざウィンドウショッピングすることもないでしょうしね。して、その余裕の源泉とは?」


「源泉? いや、普通に、一回戦や三回戦の相手よりも、次の相手の方が弱いから。魔術力的に」


 魔術大会の予選という側面があるため、序列決定戦において測られるのは俗に言う"本番に強いかどうか"ということになる。一回戦よりも二回戦の相手が弱いという事態は、往々にしてあり得た。


 次――四回戦の響の相手は、魔術力では隼人や笹原以下。その二人に勝利した自分ならば、まず遅れをとることはない、という判断を響はしていた。

 故に、前に比べれば余裕はある。そもそも次はタロットも存分に使えるのだ。負ける要素はない。


 響の答えに、瑠璃は口を半開きにしてポカンとする。それから微笑を浮かべ、


「ははあー、これは面白いことになりそうですねー」


 無邪気に呟く瑠璃に、響は首をかしげる。しかし瑠璃は答える代わりにカップに口をつけた。


 瑠璃の価値観がよく分からないのは今に始まったことではない。追求はするだけ無駄と断じて、響もコーヒーを口に含む。

 それから、しなければならないと思いつつも、記憶の外にはみ出ていた話題を思い出した。


「そういえば、小熊さんの忠告、無駄にしちゃったね。ごめん」


「え? あー、そういえばありましたね、そんなことも。別に謝る必要ないですよー? 禁断の関係を知れましたし。学園最強をからかえて、なかなか面白かったですから」


「別に禁断の関係じゃ……ていうか君が帰った後は苦労したよ」


「あの後もいじけてたんですか? 面倒臭い人ですね」


「普段はそんなんじゃないんだよ」


 薄く微笑む瑠璃に、嘆息する響。もたもたして話が脱線するのもいただけないので、早々に本題に入ることとする。


「改めてトーナメント表見返して気づいたんだけどさ、小熊さんとは二つ後の試合――六回戦で当たるんだね。君が勝ち進めば、だけど」


「そうですね。そこまでくると、もう序列三二位以内……いえ、そのくらいだと一〇位以内になるんですかね」


「一六位以内だよ」


 その一つ前の試合――四回戦に勝ってもギリギリ三二位といったところなので、ニ〇位以内という目標を達成するには五回戦の突破が最低条件となる。


 目標を設定された際に、何度勝てばいいのか確認した記憶があるので間違いない。とはいえ本題はそこではない。響は、「それは置いといて」と話を戻し、


「なんで敵に塩を送るような真似をしたの?」


「忠告のことですか? 言いませんでしたっけ、そっちのほうが面白そうだからって。私、面白いこと大好きなので」


 あっけらかんと、邪気の欠片もなく言い放つ瑠璃は、とても嘘をついているようには見えない。

 短期間とはいえ、相手の癖を見抜くことには一日の長がある。人を見る目にはそれなりの自負があった。


「それに、敵に塩っていう表現ももどうかと思いますよ? 勝ち進んでいけば、誰とでも当たるんですから。ていうかさすがに三回戦の段階で、六回戦のことなんか考えられませんよ」


「まあ、それは確かに」


「ヒビキさんは知らないかもしれませんけど、私ってそんなに強くないんですよ。一つだけ得意な魔術はありますけどー、他は結構からっきしで。それでもヒビキさんよりは上だと思いますけど」


「別にいいよ。弱くても、俺は勝てるから」


「あははーっ。自信満々ですね」


 何が面白かったのか、サラッと吐かれた毒にノーダメージな響を見て、瑠璃が軽いノリで笑う。

 その表情のまま、彼女はいたずらっぽく、


「知ってるとは思いますけど、ヒビキさん、私と当たるかもしれない六回戦よりも、その前の五回戦のこと考えたほうがいいですよ。弱いけど勝てるって言っても限度があるでしょうし、ヒビキさんが五回戦で当たる人はその限度なんじゃないかなって思います」


「……ああ、学内新聞で名前は見たよ。天才だってね」


「ええ、私と同じクラスなんですけどねー。ついでに言うと、規格外すぎる学園最強さんと、規格外すぎる"落ちこぼれ"の二大巨頭に挟まれて霞んでますね。本人、気にしてませんが」


 学園最強の名が文句なしに奏でのものであるならば、各学年の最強は誰か。

 そんな記事に、一年生の学年最強候補として名前が挙がっていたのが、響が五回戦――今回の次に戦う相手だ。


 学生離れした魔力。技術についても、規格外でこそないものの高水準。数いる天才の中でも間違いなく最上位に位置する人間。得意な元素は火と木で、それ以外ももはや一年生の域にない。

 そんな、響とは真逆の人物。嫉妬を通り越して尊敬すら感じさせてしまうような、そんな生徒だ。確か名前は――


「――キャァァァアッ!!?」


 空気を割る甲高い悲鳴に、思考が打ち切られた。

 喫茶店の中にいてもはっきりと聞こえる叫び声。それを皮切りに、どよめきと、遅れて連鎖する悲鳴の嵐が巻き起こる。


「なんだ……?」


「なんですかねー……」


 思わず顔を見合わせ、疑問をあらわにする響と瑠璃。

 こんな恐慌した騒ぎが、なんらかの催し物によるものとは考えられない。

しかし、悲鳴が上がったのは喫茶店の外。ショッピングモールの通路側だ。事態を確認するには、店外へ出なければならない。

 それは、何が起こったのかという好奇心は置いておき、とりあえず逃げるという選択肢を取るのにも変わらない。


 どちらを選ぶべきか。自らの生存のみを優先するなら、迷わず逃げるべきだが――。

 黙考する響。日本人としての良心か、はたまた甘さか、場合によっては助けが必要かもしれないなどと考える。

 そんな思考は、次の一言で打ち切られた。


「面白そうですし、見に行きましょうか」


「は……?」


「面白そうですし、見に行きましょうか」


 誰がリピートしろと言った。

 瑠璃のテンションに変わりはなく、普段と同じ軽いノリ。何かがものすごく間違っている気がしないでもないが、瑠璃に迷いはなく、残った紅茶を飲み干すとさっさと会計をしに行ってしまう。


 この、何がどうなっているのかも分からない緊急事態。今なお遠くから悲鳴が聞こえてくる中で、変わらずいられる豪胆さはいっそ尊敬する。

 戦術を用いる者として、冷静な判断を己に課す響としては、軽く嫉妬を覚えるほどだ。だが、


「変わらなすぎるなぁ……」


 ノリが軽いのが大問題。いいのかそれでと思いもする。


 刹那、そんな思いにとらわれた響は、すでに瑠璃が喫茶店の外に出てしまっていることに気がつき、慌てて後を追った。

次の更新は土曜日です。

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