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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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12『三度目の戦闘』

 ――腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ――!


 どうして思い通りにいかない。どうして行ってほしくない方向にばかり転がっていく。

 怒りで白濁とした景色は、すさまじい勢いで流れていく。何度も人にぶつかり、そのたびに怒号を飛ばしながら、憤怒のままに進んで進んで進んで――。


「菖蒲ぇッ!」


 扉が勢いよく放って、怒号を響かせる。


 第二訓練場にある序列決定戦中限定の医務室。静寂を打ち破る声。病人への配慮など常はもとより、今はこの上ないほどの些事だ。どうでもいい。このどうしようもない破壊衝動をどうにかできるのなら、他のことはどうでもいい。

 扉を開け放った先、中に呆然と硬直する救護班の男性生徒を認めて、衝動そのまま詰め寄った。


「おい、菖蒲はどこだ」


「あ、菖蒲って……?」


「この俺をなめ腐った”落ちこぼれ”のことだよボケがッ!」


 愚図な反応に瞬間的に破壊衝動が爆発してする。

 間近にあったベンチを蹴りつけ、壁に叩きつけるだけでは発散しきれない。飛んで行ったベンチに向かって全力の火球を打ち込む。

 隼人の魔術は相当な威力。衝撃を逃さず受け切った木製のベンチはへし折れ、残骸と化す。


 隼人がそこまでの暴力的な行動をとったからか、男子生徒は震える指でカーテンで区切られたパーテーションのうちの一つを指差した。


「そ、そこです……」


火よ(ignis)!!」


 間髪入れずに魔術を放った。勢いに押されてカーテンが揺れ、しかし手ごたえがない。それにさらに頭に血が上るのを感じながら、隼人はカーテンを乱暴に剥ぎ取り、


土よ(solum)!」


 隼人の視界を土煙が埋め尽くした。



 * * *



「菖蒲ぇッ!」


 医務室の静寂を破る声に、響は驚くと同時、いい加減辟易とした感情を抱かずにはいられなかった。いったい隼人は何度突っかかれば気がすむというのだろうか。

 怒り心頭な理由は分かる。学園のものを破壊してまで妨害をしたのにまでしたにも拘らず、響が勝ったのが気に食わないのだろう。

 響が試合に勝利した時間から見て、ここに来るのが遅くなったのは、先ほどまで教師に拘束されていたから、と見るのが妥当だろう。それにしては早い気がするが。


 カーテンの向こう側で隼人が怒鳴り散らし、自分の居場所を探っているのを理解した響は、まだ完全には覚醒しきっていない頭で考える。

 まず間違いなく、外の少年は響がここにいることを漏らすだろう。それは仕方がない。ではどう対処するか。


 逃亡は今の状態では不可能。平衡感覚は戻り切っておらず、走れるかと聞かれれば首を横に振らずにいられない。

 であれば迎撃あるのみ。すでに圧倒的劣勢の危機を乗り越えた身だ。今さらこの程度、乗り越えられないはずがない。


 火球が、仰向けになっている響のちょうど真上に放たれた。カーテンが躍り、火球の進行方向に向かってたわむ。

 布が顔をかすったが、ダメージはない。しかしそれだけで終わるはずもなく、ズカズカと配慮も遠慮もない足音が近づいてくる。


 響は頭がくらくらとするのを無視して上体を起こし、掌に魔力を集中させる。

 そして案の定、カーテンが無造作に開け放たれ、


土よ(solum)!」


 詠唱。生成された砂が至近距離で撒かれて隼人の顔面にかかる。


「ぐあっ!」


 まともに受けた隼人はのけぞって、数歩後ずさり目をこすった。追撃のチャンス。だが、


「ぅ……」


 響も響で、要安静状態での魔術行使に頭が耐えられない。くらりと揺れた視界に、ただ顔を抑えて落ち着くのを待つ。

 一瞬の硬直。その後、同時に動く。


「オォラァッ!」


 目つぶしをされて視界が確保できない中での、隼人の魔術乱射。狙いも何もない、ただただ周囲を無差別に破壊するためだけの攻撃。


 今しがたまで寝転がっていたベンチから転がるように下りてやり過ごす。刹那、響がいたスペースを火が駆け抜け、後ろの壁にぶち当たった。強度としては充分なレベルを誇るはずの訓練場の壁が、その威力の前に次々とへこみを作っていく。

 響の居場所をばらした生徒は、すでに逃げ出したようだが、響はそうもいかない。

 寝ていたベンチの陰に隠れて、弾幕に対する防壁として使用する。


「新垣! 何してるんだよ、ここは……」


「うるせぇッ! 俺に指図すんじゃねぇ! テメーが勝ったのが悪いんだろうが!」


 意味不明な理屈で攻撃を止めない隼人。

 火球がカーテンを焦がし、ベンチにひびを入れ、運び込まれていた備品を次々と蹂躙していく。

 まさに嵐。なにをどうしたらこんな風に育つのか、親の顔が見てみたいというものだ。


 そうして、かがんで火球をやり過ごしているうちに平衡感覚が多少回復したのが分かった。まだ万全ではないが、動くことはできる。

 やることはただ一つ、隼人の制圧だ。まずは防壁としていたベンチを力任せに強引に持ち上げ、そのまま隼人に向かって投げつける。


「がっ!?」


 未だ目つぶしが解けていない隼人に回避など望むべくもなく、放られたベンチを全身で受け止めて弾かれた。ひっくり返った衝撃で魔術の連射が止まる隼人。そこに躍りかかり、上から押さえつける。

 序列決定戦ならいざ知らず、ルールなしの戦闘ならば、肉弾戦に持ち込んでもどこからも文句は飛ばない。


 殴り合いならば隼人に分があろうとも、単純な力比べならば響に軍配が上がる。両腕を押さえつけられた隼人は、力任せに暴れまわるが拘束から抜け出すことはできない――。


火、よ(ignis)……ッ!」


 刹那の間だけ火炎がほとばしった。

 一回戦でも見せた、魔術というよりも魔力をそのままぶつけたような力の衝撃。燃費の悪い、粗すぎる魔術行使。

 体勢の悪さゆえに威力も出ないずに継続して放出し続けることもできないが、それでも響を弾き飛ばすには充分な威力。


「うぐっ……」


 熱波をまともに受けて吹っ飛ぶ。背中を打ち付ける衝撃を受け身を取って受け流し、すぐさま起き上がって前を見据える。

 ダメージは軽微。火傷はほとんどなく、受けた被害といえば多少衣服が焦げた程度。戦闘続行に影響はない。

 だが、それは隼人も同じこと。目つぶしでかすれているであろう視界で、響をにらみつけるように射すくめる。


 ――そんな一触即発の空気に、不意に第三者の声が割り込んだ。


木よ(wood)


「あ――?」


 反応を許さないほどの超速で走った蔦が、うねる勢いそのままに隼人を拘束する。腕を、足を、胴体を縛けただけでは成長は止まらず、ぐるぐると隼人の身体を取り囲んで何重にも巻き付いた。黒ひげ、と言えば分かりやすいだろうか。

 大質量の蔦が巻き付いた隼人は、ちょうどそれと同様の見た目をしている。


「なん、だよこれはぁぁあッ!」


 叫ぶ隼人は、無茶苦茶に腕と足を振り回して拘束から逃れようともがく。だがこれほど厳重な拘束、単純な腕力では解けない。


「ああぁぁッ! 火、よ(ignis)!!」


 それを悟って、爆炎を全方位に向かった放つ隼人だが、性質の差をものともしない魔力量にすべて封殺される。――しかも、それだけでは終わらない。


金よ(metal)


 光が煌めき、蔦の起点――床に鉄柱が数本出現。蔦を補強するように柵を作り、拘束を強化する。

 その間、一秒ほどだろうか。響も知覚しきれない魔術行使は、相当見覚えがある。


「先輩……」


「もう、安静にって言ったのに。柳川先生に知られて怒られても知らないんだからね? まあ、菖蒲くんに非はないわけなんだけどさ」


 嘆息しつつ医務室に入ってくるのは、電話をすると言って留守にしていた奏だ。

 困り顔で自らが作り上げた、難攻不落の監獄を見、


「だいぶ暴れまわったみたいね。先生たちが、ちょっと目を離したすきにいなくなったってあなたのことを探してたわよ」


「……! ~……ッ!」


「何言ってるのかは分からないけど……。本当なら、一撃打ち込みたいくらいなんだから。――それはしないでおいてあげるけど」


 気づけば猿ぐつわをかませられている隼人は詠唱もできずに魔術の発動ができない。強引な抵抗もできず、何やら大いに騒いでもがいている様子だ。

 顔は怒りで真っ赤に染まり、血管の浮き出た額は込められている力を想像するには充分すぎるほどの情報量。それだけやって、奏の作り出した蔦は、鉄柱は、ピクリとも動かない。


 そんなけた外れの魔術を放っておいて、奏は泰然としたものである。


「とりあえず、私は先生呼んでくるから。菖蒲くんは安静に……っていっても、ここはボロボロだし……。あ、それに奥に笹原くんが寝てるんだった」


 次々とやらなければならないことを発見して、奏は困り顔。それから小さく頷き、


「とりあえず、先生呼んでこないと始まらないわよね。キュルリン、少しだけここにいて。菖蒲くんが安静にできるようにするのと、もし新垣くんがあれを抜け出しちゃったときは頼むわね」


 そんなありえない可能性を指摘して霊体化した状態の使い魔に呼びかけると、奏は小走りで通路に躍り出た。

 それを見送ってから、響は力が抜けて地面にへたり込む。


「つか、れた……」


 一時間の間に二度の戦闘。しかも二回目は体調が万全ではない状態で。

 そんな状態でよくあそこまで戦えたと、響は自画自賛する。しかも相手は一回戦で相当苦戦したことがあるのだ。

 無理やり体を動かしたせいで、回復しかけていた体調の悪さもぶり返してきている。


「キュル?」


「えーと、大丈夫だよ。いや、大丈夫じゃないけど」


「キュルッ」


「うん」


 よく分からないが、心配してくれているのだと解釈して返事をした。それから肩の力を抜いて、


「はあ……。やっぱり疲れた」


 走りすぎたなぁと、そんな感慨をもって。

 響は壁にもたれかかった。



 * * *



「退学!?」


 素っ頓狂な奏の声は、二人以外に誰もいない第二訓練場に反響することなく霧散した。

 納得できないという表情の奏だったが、しかし顎に指をあてると、


「あれ、でもそんなに不思議じゃないのかも……」


 冷静に考えてみると、思った以上に適正な処罰で――というより何故今までその処罰が適用されなかったのか不思議なくらいだということに思い当たったらしい。

 確かに、今までに積み重ねてきた悪行を鑑みれば、順当な処罰だろう。奏は納得したという風に顎を引き、


「まあ、私たちにとってはいいことよね。これで心置きなく訓練できるもの」


「そうですね」


 ――隼人の退学が決定したのはつい昨日のこと。


 実力第一主義的な風潮のある魔術学園といえど、隼人の度重なる悪行は看過できないものだったらしい。

 なるほど、響が知っているだけでも隼人の所業は明らかに一線を越えていた。そのほとんどでの被害者が自分だということを考えると悲しいが。


 例えば、七月の、響に対する明らかに度を越した暴行。連絡路での魔術行使。ロッカーの破壊に、個人の所有物の焼却。それに駄目押しをする形で、医務室の襲撃だ。

 どう考えても常軌を逸している上、一線を越えている。学園側が見放すのも無理はない。むしろ至極当然だ。


「まあ、他の生徒にはまだ知らされてなかったみたいですけど。普通に休んでるって思われてるみたいです」


「そうなの? 菖蒲くんって学内情報には疎いから、てっきりみんな知ってるものだと思った」


「いや、確かにその通りですけど、俺だって最近は学内新聞読んでます。退学のことは、俺だけ特別に教えられてるみたいですけど」


 隼人の悪行において一番の被害者は響、という認識に沿って、美里経由で伝えられた。

 もう安心していいよというような温もりを、始めてこの学園に感じた瞬間だった。他の生徒には伝えられていない情報を教えるというのは、隼人の所業がそれだけのことだと判断されたのか、それとも――。


「俺も、強者の側だって認められたのか……」


「ん? なに?」


「なんでもありません」


 聞き取れなかったらしい奏が聞き返して来るが、響は首を横に振る。


 おそらく後者だろう。学園きっての”落ちこぼれ”がすでに三回も勝ち進んでいるのだ。評価が改められたところで何ら不思議はない。特に三回戦目。紋章術をまったく使わなかったわけではないが、真に戦術を組み立て勝利することができた昨日の試合。あれは、響という生徒の成長を知らしめる影響があってしかるべきなのだから。


 問題は、その改まった評価はあくまで学園によるもので、他生徒からのものではないということか。今日も今日とて「”落ちこぼれ”には非干渉」という不文律は厳守されていた。その評価も、いずれは変えてみせるが。


「――それはそうと、いい感じだね」


 思考に沈みかけていたのを引き上げる一言。奏の視線の先には魔術の訓練に励む響の姿がある。

 師の評価に響は肩をすくめ、


「これは先輩のおかげですよ」


 新しい魔術。手札を増やすという目的で訓練中のそれは、現在六割ほどまで習得できている。

 訓練開始から約二週間。元素の生成に三カ月かかり、基礎の攻性魔術にも一カ月程度の時間を要した響としてはかなりのペースだ。


「この調子でいけば、序列戦にも間に合うわね」


「ギリギリですけどね」


 順調に勝ち進めば、序列決定戦はあと三週間くらいだろうか。現在のペースを維持していけるのであれば、二週間足らずで完全に習得ができる。序列戦の後半では存分に使うことができるだろう。


 もっとも、魔術の難易度だけを考えるのであれば、現時点で使えていてもおかしくないレベルなのだが。そこは響の才能が問題になっている。


「そう考えると、菖蒲くんってかなり大変よね。どうしようもないっていうのが特に」


 嘆息して奏は憂う。

 魔術の習得にかかる時間が人の倍かそれ以上の時間がかかる。聞いただけでめまいが起こりそうなアドバンテージだ。

 だが今の響は、それを気にしない。


「大丈夫ですよ。大変ですけど、俺は勝つことができますから」


 キョトンと、奏は瞬きを数度。


「あら、自信満々……珍しい」


「そうですか? そうかもしれないですね……」


 先日の三回戦。タロットを封じられた試合に勝利することで手に入れた自信だ。自分は強くなったと、今なら胸を張って言うことができる。そして、勝てるかどうかわからないなどという、気弱な発言はもう出てこなかった。


 ――自分は勝てる。


 積み上げた勝利が、響に足りなかった自信を与えたのだ。

 そんな響に奏は頷き、


「うん、自信があるのはいいことね。今まで何回か言ってたけど、私も自信を持つべきって思ってたから。それも含めていい感じ」


「どうも」


「えっと、それはいいんだけど、手元。集中が途切れてる」


「え? あっ」


 言われて自分の手元に目を落とし、響は間抜けな声を上げた。

 会話をしながら新しい魔術の練習。これも、外部からの働きかけによって術式を乱れさせないための訓練だったのだが、気がつけば展開されかけていた魔術陣には綻びができてしまっている。

 慌てて補修しようとするも、響の技術では難しい。結果、半ばまで注ぎ込んでいた魔力が四散するという事態に。


「うーん、やっぱり難しい?」


「俺がやれば、たぶんどんな魔術でも難しいと思います」


「これ、技術的にはそこまで高度でもないんだけどなあ。前にも言ったけど、一番大事なのは想像力。技術に関してはそもそもそこまで難しくないし、下手でも出来ちゃったりするの」


「今さらっと、下手以下って罵られた気がするんですけど」


 無自覚の毒はいつものこととして、響の技術は正しく下手以下だ。伊達に”落ちこぼれ”と呼ばれていない。


「でも、やればそのうち出来るようになるのは分かってますし、気長にやりますか」


 使えるようになれば戦術の幅は広がるだろう。しかし無理にすることでもない。最悪、使えなくとも響の勝利は揺るがない。


 ――自信という名の毒は、少しずつ浸食してきていた。

明日から二日おきに更新します。

つまり、次の更新は木曜日です。

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