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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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11『事の顛末、響が得たモノ』

 響は目覚めが良い方でも悪い方でもない。

 寝起き直後は完全に頭が働くわけではないし、かといってトイレや着替えといった作業を夢うつつのまま行うほどでもない。ごく標準的な体質と言えるだろう。


 しかし今回に関して言えば、頭の奥に重いものが入り込んだように、鈍重な意識の浮上だった。――魔術学園に入学して以来、すでに数度経験したことのあるものだ。


「……っ」


 瞼を開こうとし、入ってきた光量にたたらを踏む。薄目で開けて閉じてを繰り返し、なんとか目を慣らして完全に開くと。


 ――日本人離れした白さの太ももが目に入った。


 ほどよく筋肉のついた、スラリとした腿だ。なんとなく触ってみたい衝動に駆られ、その瞬間に見えているのが――正確には見えそうなのが太ももだけでないことに気づく。

 座った体勢によりきわどいところまでめくれたスカート。その奥が、響の視点からならば目を凝らせば見えそうだ。


「……っ!?」


 寝起きが悪いわけではないだのと自己評価していながら、今この瞬間まで働く頭がなかったことを認識させられる。

 響はガバッと勢いよく起き上がり、「きゃっ」という短い悲鳴を耳に聞いた。直後、視界が揺れて平衡感覚が狂う。


「ちょっ、菖蒲くん!?」


 再び倒れかかる響を、横から支える手がある。見れば、すぐ近くに心配そうな視線で響を慮る師の姿だ。

 未だ平衡感覚の戻らない響を、奏はゆっくりと横たえると、


「もう、いきなり起き上がらないの。びっくりしたんだから。それに安静にしてなきゃダメよ? 脳震盪だっていうから」


 一生懸命怒りの表情を作ろうと苦心しながら失敗している奏。拗ねた子供のようだが、言っていることはもっともだ。仰向けのまま頷いた。

 見たところ、ベンチに寝かされているらしい。白いシーツを敷かれたベンチは寝返りを打つには狭いが、ただ寝転がるには充分な幅がある。それが響が横たわっているものとは別にもう一つ、目と鼻の先に置かれている。

 言うまでもなく、奏が腰かけているものだ。


 響が目覚めるまで待ってくれていたのだろう。毎度毎度心配をしてもらってばかりで、頭が上がらない。

 それはそれとして、未だ際どいアングルなのは変わりがないので、響は意識してそちらを見ないようにした。


「あの、それでここは? 保健室じゃないみたいですけど……」


 寝かされているのがベンチであることや、空気に薬臭さがない。それだけで保健室でないことは明白。そもそも見上げた天井の色が若干違う。それ以外の部分に関しては、病人怪我人ごとにカーテンで仕切りが設けられているため、確認はできなかった。

 問いかける響に奏は頷いて、


「訓練場の中にある医務室って言ったらいいのかしら。序列戦の時だけなんだけど、空いてる部屋が使われてるの」


「ああ、なるほど」


 言われてみれば、壁の色や天井に設置された蛍光灯の配置、間取りが控え室と同じだ。広さも似たような者だろうとあたりを付ける。

 場所の確認が済んだら次だ。


「俺はどれくらい寝てましたか?」


「二〇分も寝てないわよ? たぶん一五分くらい。柳川先生も軽い脳震盪だって言ってたし、いつかみたいに何時間も寝てたわけじゃないから大丈夫」


「そうですか。それならよかったです」


 何時間も寝てた時は、気絶した原因が原因なので比較対象としてはいかがなものか、とは思うが。


 ――そういえば、自分はどうして気を失ったのだったろうか。確かとどめの一撃を食らわせようとしたところを、逆に攻撃を受けて、そのままあまりよろしくない体勢で地面に落ちて――。そこまで考えて、響は重要なことを思い出した。


「そ、そうだ。先輩、試合の結果は!? どうなりましたか!?」


「ちょっと菖蒲くん、静かにっ。しーっ! あと安静にっ」


 血の気が引いて焦る響に、同じく奏も焦って静止の叫び。

 なんとか気持ちを抑えて口を噤み、しかしすべての焦燥感は消えずに残って落ち着かない。

 そんな響に奏は困った顔で、


「そんなに不安そうにしなくても大丈夫よ。菖蒲くんの勝ちだから。紙一重だったけどね。」


「そう、ですか……。よかった……」


 結果を聞いて安堵する。聞けば、カーテンの向こうに寝ているのは、響と死闘を演じた笹原らしい。


 ――魔術を肩に受けて土壁から響が落ちるわずかな時間のうちに、響が放った魔術が笹原をとらえ、昏倒させた。そのコンマ五秒後に響は落下し、気を失ったというわけだ。なるほど、文句のつけようがないほどギリギリ。危ない勝負だったことは明白だ。

 もっとも、その原因は紋章術を満足に使えなかったことによるものなので、真に響の実力が及ばなかったのとは違うが。


「もう、私は最後の方だけしか直接見られなかったけど、紋章術使わなかったんでしょ? その理由も聞いたけど、キュルリンはちゃんとしかっておいたから。仕事しなさいって」


「してましたよ。心強かったですし」


 実際に起こった事態には無力だったのは間違いないが、護衛としての能力に不満はない。霊体化して目立つことがないというオプション付きだった。安心感が段違いだ。

 響のフォローに奏は首を横に振り、


「大事なのは果たせたか果たせなかったかだもの。まあ、正座させたら可愛かったから、写真に撮ってから霊体化させたけどね」


「怒り方が中途半端です」


 想像できてしまうあたりどうしようもない。そもそも奏は怒ってもそこまで怖くはないのだ。途中からソワソワと、キュルリンを写真に収めたい衝動が顔をのぞかせていたのならば、その怖さは半減必至。


「だけど、安心して。新垣くんは逃げてるのを捕まえて、ちゃんと先生に引き渡しておいたから」


「逃げてるのを……?」


「そう。学校のものを壊したから先生に呼び出されたんだけど、菖蒲くんの試合を見たらすぐにどこかに行こうとしちゃったから。さすがに許せないもの。探すのには、私も全力で協力したの」


「そりゃ逃げ切れませんよ」


 響も逃げ切れる気がしない。


 隼人がロッカーを破壊し、個人の所有物を燃やした。そのことは、響から腕章をつけた男子生徒に報告され、男子生徒から教師に伝わっていたようだ。”落ちこぼれ”の言うことなので、下手をすれば情報を捏造されるかもしれないと思ったが、さすがにそこまでの邪気はなかったということか。

 確かに”落ちこぼれ”に対して厳しい風潮は健在だが、未だに顕著なのは隼人だけといったところだろう。

 目下、一番の問題はその隼人なのだが。


「まあ、今回のことで懲りてくれたらいいんですけどね。さすがに今回みたいなのがこれからも続くとなると、しんどいです」


「……そうね。負けても、おかしくなかったものね」


 冗談めかした響の物言いに、心なしか声のトーンを一段階落とす奏。それに眉をひそめる響は、次の瞬間に目を丸くした。


「――ありがとう」


「はい?」


 何の脈絡もないねぎらいに、響は素っ頓狂な声を上げる。

 仰向けのまま首だけを巡らせて、奏を視界に映すと、優しく微笑むのが見えた。


「タロットが燃やされちゃって、思うように紋章術が使えなくて、本当だったら今回は負けててもおかしくなかったと思う。むしろ、負けちゃうのが普通だったんだと思う。それでも勝ってきてくれたのが嬉しくて、ちょっと誇らしくてね」


「でも、それは俺のセリフだって一回戦の時も言いましたよ」


「それでも言わせて。ありがとう」


「…………」


 礼を言われるようなことをした覚えはないのだが。感謝するのは響の方で、感謝される部分など自分にあるとは思えない。けれど、


「強くなったね」


「――そうですね」


 その事実を認めないほど謙遜するわけでもない。

 頷く響に、奏は笑って席を立つ。


「それじゃ、私は電話してこないとだから」


「? はい」


 一言残して去る奏を見送って、響は天井を見上げた。

 ふと手を持ち上げ、そこにタロットを投げる練習の結果で来たタコを見つけた。


 響には、どうしようもないほど魔術に関する才能がない。あれだけの時間鍛錬につぎ込みながら、未だに平均未満の技術しかないのがいい証拠だ。今回の試合にしても、響は魔術の質において常に笹原に圧倒されていた。


 だが、実際の勝敗はどうなったか。

 魔術において、響はこの学園んで最弱だ。この学園に限らず、日本にある他の魔術学園においても最下位の自信がある。


「それでも――」


 響は勝つ。

 勝つことができる。

 強くなったのだ。


 準備万端で勝つのはもちろん、明らかな劣勢を覆すだけの力が自分にはある。

 人にはできないことをやってのける、その力がある。


 今までは、半信半疑で、自分にそんなものがあるのかが甚だ疑問だった。「序列二〇位以内」などと嘯きながら、そこにあるのは意志だけで実力も自信もなかった。


 だが今はもう違う。

 響は実力をつけ、そして今日自信を得るに至った。


「俺は、勝てる――」


 呟く言葉は、力に満ちている。


 ――満ちすぎていた。

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