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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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10『ピンチをチャンスに』

 短く切られた硬質な音が、ゾワリと背筋に冷たいものを流させる。

 響は眼前に繰り広げられた光景を、信じられない思いで眺め、次の瞬間自分がいかに無防備をさらしているのかに思い至って飛びずさった。


 土壁。笹原が使用する魔術の中で、完全に防御のみを目的とした一手。身長ほどもある土壁を平面上に展開し、高レベルの防御を可能とする技。

 事前に繰り返し見た映像の中にも見られたし、隼人の火球ですら防ぎきるであろう防御力を目にし、今回の試合の鍵はいかに防御をさせないかにあると踏んでいた。


 だから響は、自身が可能なトップスピードで魔術を使い続け、防御すらままならない大きな隙を作ることに専念した。息を突かせない攻撃に対応を少しずつ遅らせることで必殺の一撃を叩き込もうとしたのだ。その結果が先ほどの必勝のタイミングであり、タロットをすべて使ってでも作った特大の隙だ。

 だが、目の前には警戒していたはずの土壁が展開されており、響の鉄球を半ばまで埋めて受け止めている。


 隼人戦とは打って変わって、相手の手の内をすべて考慮したうえでの戦略だったはずなのに、なぜ防がれたのか。響は焦燥感吹き荒れる内情をポーカーフェイスで誤魔化し、口を開く。


「今のは、絶対当てられたと思ったんだけどな」


「まあ。正直ギリギリだった」


「どういうことか聞いてもいい?」


「別に、質を犠牲に早さを優先しただけ」


「なるほど」


 響の鉄球が半ばまでとはいえ土壁を穿っていることがその証拠だろう。隼人の火球ですら防ぐと目算した防御力なら、響の魔術程度、表面で弾いたとしても不思議ではない。


 そのとっさの判断に感嘆する。それはおそらく、慎重派ゆえに相手の攻撃にはまず防御という決まった姿勢が可能とした素早い判断だったのだろう。

 攻勢に打って出られると困るからと、あえて挑発をしなかったのが裏目に出た形だ。

 そして何よりの問題は、


「タロットが……」


  これで手持ちのタロットはすべて使用してしまった。残る攻撃手段は響自身がリアルタイムで生み出す魔術のみ。ただでさえ大きい差が、より広がって背中が見えなくなった思いだ。


 唯一の救いは、笹原が慎重派で攻めが甘く、響が追い詰められにくいということか。挑発を行わなかったことが裏目に出て、挑発を行わなかったことが命をつなぐと考えると、なるほど皮肉なものである。

 追い詰められにくいということは、響も同様に追い詰めにくいということに他ならないのだが。


「これは……本気で負けるかも」


 小声で呟き正面を見据える。

 なにも悲観的な見解ではない。彼我の戦力差を正しく認識した結果だ。

 今まで、その戦力差を覆すためにいかにタロットに頼り切っていたのかがようとして知れようというものだ。


 焦燥感は過去最高。しかしやるしかない。

 頭をフル回転。なんでもいい。使える知識はすべて使って、使える技術はすべて使って戦術を組み立てる。


 笹原が動く。

 響の背後足元から蔦が伸び、先ほどと同じように響を掴み拘束しようと迫る。

 刹那で反応した響は刹那で判断。上から襲いかかるそれをターンして回避し、蔦の根元を回り込む。しかし一度の回避では終わってくれない。標的を失って地面に激突した蔦はなおも成長を続け響を追う。 


 愚直に手を伸ばしてくる蔦に、響は焦らずそのまま蔦の根元を一周。それを追ってきた蔦の先端は自身の足を取り囲み、一周した時点で成長限界へと達した。

 動きを止め、ただの物と化した蔦。

 笹原は仕方ないとばかりに攻勢に打って出た。石の掃射が始まる――。


「ぅおっと……!」


 外れなく自分を狙ってくる魔術に、響は声をあげつつ対応。数弾をやり過ごすとステップを踏んで蔦の背後へ。

 蔦の根元は、直径一メートル程度。響を追う形で先端がぐるりと巻きついているので、さらに一回り大きい。とりあえずの壁としては充分な代物だ。


 反対側では鈍い音が鳴り、蔦の表面が削られていくのが分かる。術者が同じでも、その質には差があるのだろう。

 だが、少しの時間を稼いでくれるのならばそれでいい。


火よ(ignis)


 唱えるのは火の魔術。蔦の壁から手だけを出して、ロクに狙いも定めず乱射。遅い構築速度では弾幕を張るには至らず、わずかに投石の数を削ぐにとどまる。


 そうして稼いだ時間、空いた方の腕は懐をまさぐって一本のペンを取り出した。紋章を描く際に使う、特殊なインクの入ったペンだ。

 それを蔦の表面に素早く走らせて、度々ペン先が引っかかるのも無視して術式を描き上げる。

 複雑な紋様を完璧に覚えているわけではないが、曖昧な記憶も全て動員してなんとか完成させる。一つの紋章にかける時間としては自己最速をマークするも、戦闘中にかけていい時間ではない。壁はもうすぐ突破される。


 焦燥感をかみしめつつ最後の工程。

 金元素の生成。薄く鋭い板としての形状を構成する。響の技術では相当に困難な作業。だがやり遂げた。

 即席のナイフを手にし、紋章を描いた部分を削いでから、


「く、そっ!」


 壁を突破した石が目と鼻の先を通過し、ヒヤリとする。防御力を失った残骸は魔力の粒子に変わって空気に溶け込む。タイムアップだ。

 どうせならもう少し小細工を弄したかったが、そうも言ってられない。


 地を蹴って体を前に推し進める。

 投石が土煙を上げるのを背中で見ながら、響は行動に出る。


金よ(metal)!」


 鉄球。

 攻撃の合間を器用に縫って射出されたそれは、笹原の迎撃を許さずまっすぐ飛ぶ。

 それを笹原は体を反らして紙一重で躱し――、鉄球に貼り付けられた蔦の皮。魔力の粒子に変わりつつあるそこに描かれていた紋章が、効果を発揮する。


 砂煙が放出される。しかし、咄嗟に飛びずさる笹原には当たらない。そして位置関係が変わった結果、響を隠す効果も得られない。


 ――ならば。


 蔦を削ぐのに使った即席のナイフを投擲する。

 タロットとは違った手応えは、しかし投擲という熟練した動作の恩恵もあってやや不恰好ながら狙い通りの場所へ飛ぶ。すなわち、飛びずさった直後の笹原へと。


 連続の回避が許されない状況。取れる行動はただ一つ。

 笹原が手を振り上げると、刹那で展開された魔術陣が煌めく。投石が質量の軽いナイフの軌道をあっさりと反らし、


火よ(ignis)!」


 大げさに叫んで、ホルダーにしまわれていた紙を引っ掴むとばら撒く勢いで投擲。それと同時に距離を詰めにかかる。

 一回戦でも見せた、相手を囲む集中砲火の陣形。四方八方を囲むそれを、笹原の正面のみ――平面状に展開して使用する。

 隼人が取った対応と同じように燃やし尽くされては困る。だが、笹原はそうしない。


(solum)!」


 慎重というのはけして悪いことではないが、時によっては足枷となることもある。

 笹原は相手が攻めに転じると、途端に受け身の対応が目立つのだ。


 土壁が、撒かれた紙から放たれるであろう攻撃を防ごうと地面からせり上がる。一〇を下らない数の紋章だろうと、笹原が全力を込めた壁を突き崩すことはできまい。力の差はそれほどに隔たっている。


 ――その力の差を覆すのが響の戦い方だ。


 笹原は、土壁で防御を構えておきながら、一向に魔術の一斉掃射が始まらないことに疑問を感じていることだろう。それもそのはず、ばら撒いたのは何も記されていないただの紙。ブラフだ。


 それに気づいてももう遅い。地を駆る響は空いていた距離をとうに詰め、屹立する壁を前に速度を緩めない。

 バネを使って跳躍し、壁の中ほどを蹴ってさらに上へ。勢いそのままに壁上部を掴むと、思いっきり体を引き上げた。

 そして開けた視界には、呆然と目を見開く笹原の姿が、目と鼻ほどの距離にある。

 土壁が入り込む余裕のない、不可避の距離――!


金よ(metal)!」


「――土よ(solum)!」


 響の詠唱に一拍遅れて叫ばれた言霊はしかし、唱えられた順序を反転させる結果を生み出す。

 響のものよりも笹原の魔術が刹那の間だけ早く完成し、響を上回る速度で射出された。


 石に遅れて放たれる鉄球。その二つは、射線状に互いを認めることなく空中で交差する。


 ――響は、自分の魔術がどうなったのか確かめることができなかった。


 石が肩口にめり込んで、壁に乗っていた響はバランスを崩し。

 そのまま体勢を整えられず落下する。


 ――衝撃。


 次の瞬間、響の意識は落ちていた。

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