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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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7『警告』

 ――意識を集中させ、ただひたすらに脳を酷使する。


 重要なのは想像力。より鮮明に、より精密に、より完全に、光景を脳内に描き出す。

 描いた風景が薄れて消えてしまわないように意識して頭につなぎ留め、その間も体内を流れる魔力に停滞を生んではならない。

 気が遠くなりそうなほど、緻密な作業。それでいて並列してやることが多い。


 最初は鮮明なまま維持できていたイメージも、次第に靄がかかり初めて気がついたときには元の形がどんなものであったのかも思い出せない状態に。

 その時点で、紡ぎあげていた術式は崩壊し、魔術の発動という目的は達成不可能なものとなる。


 集中力。神経をすり減らしてもなお高い要求値に、響もその場にへたり込んで肩で息をする。


「はっ……あー……は、はあ」


「うーん、やっぱり難しいかしら……。出来るようになると思ってたんだけど」


 必死に酸素を求める響に、遠巻きに見ていた奏が観客席から駆け寄って感想を口にした。

 唇に指をあてて黙考し、今の魔術が成功しなかった理由を考え、


「想像力が足りないのもあるけど、それはまだ許容範囲だと思うの。だからたぶん――というかやっぱり、足を引っ張ってるのは菖蒲くんのセンスのなさね」


 と、今さら過ぎる結論を出した。



 * * *



 残暑厳しい第二訓練場。

 九月に入って一週間と少しが過ぎた程度では、太陽光のもたらす熱に大きな変化は見られず、結果として放課後の第二訓練場には相変わらず人がいない。

 わざわざ空調設備のある第三や、自然な涼しさを持つ第一があるにもかかわらず、野ざらしの第二で訓練しようと考えるのは、よほどの物好きか、何らかの目的あってのことだろう。


 熱くなってからはもっぱら第三ではなく第二訓練場で修練に励む響たちは、もちろん後者の理由だ。

 確かに、以前のように二人の師弟関係を頑なに隠そうとはしなくなったが、それでも大っぴらにしているわけではない。それに、訓練の様子を見られてはならないというのは、響の戦い方においては前提条件となる。まさか、策を練るしか勝利への道がないのに、その策を教えかねない行動をするわけもない。


 だからこそ、訓練の際は魔術学園にある三つの訓練場のうち、その季節の中で最もひとけのない場所になる。別に訓練さえできるなら、どこでもさしたる違いはないため、響がその事を気にしたことはなかったが。第二訓練場では、キュルリンが暑がって出てこなくなりはするというだけだ。


 そんな直射日光降り注ぐ、見る者が見れば地獄の環境で、たった今響がやっていたのは手札を増やす作業。すなわち、新しい魔術の訓練だ。


 訓練の開始は序列決定戦の一回戦――隼人に勝った試合の翌日。練習し始めてすでに一週間は経つ計算だが、未だに進歩の色が見られない。

 想像以上に酷使される脳。それと並行して行わねばならない魔力コントロールは、『体力強化』を行って、平均的な魔術学園生よりもはるかに体力がある響をして、疲労のたまるものだ。


 奏曰く、慣れてしまえば大した難易度の魔術ではないらしい。

 さらに言えば、今習得しようとしている魔術で難しいのは魔術技術ではない。真に重要なのは想像力で、響の苦手な範囲とは外れる。一年生で習う魔術ではないものの、一年生が訓練しても一週間で習得できることもあるという代物。

 魔術的才能に乏しい響でも、今の段階で充分に習得可能な魔術。の、はずだったのだが。


「――足を引っ張ってるのは菖蒲くんのセンスのなさね」


 告げる奏の声は途方に暮れていて、直接見なくても苦々しい表情をしているだろうことは容易に想像がついた。

 そう、この魔術においてさほど重要な位置を占めていない魔術的技術。多少拙くても、想像力さえ働かせれば一応の発動だけはできなくない魔術。

 にもかかわらず、響の無才はその魔術をして発動を渋らせるほどのものだった。


 例えば魔術に全体の8/10の熟練度が必要だとしよう。技術と想像力の割合が3:7だとしても、技術の数値が0では、いくら想像力が優れていても魔術は使えない。

 さすがにここまで極端ではないにしても、状況は酷く似通っている。特に技術の方は、下級の攻性魔術の習得でそれなりに成長しているはずだと踏んでいたのだが。


「うーん、確かに技術は上がったと思うけど、あくまで私と会った時と比べてよ? ここまで来るのに普通の倍以上かかってるし、しかも威力とか早さとか、全部平均以下。お粗末なものなのよね」


「久々に来ましたね……。無自覚の毒が」


 とはいえ残念なことに事実である。冗談抜きで、この学園において最弱は響だろう。しかも伸びしろもぶっちぎりで最下位の自信がある。我ながら、この学園にいることを不思議に思う無才さ。


「でも、この魔術は使えるようになっておきたいですね。戦術の幅がかなり広がると思いますし」


「うん、そう思う。強力な手札になることは間違いないかなって。菖蒲くんが今の戦い方を確立してから、そのうち教えようって考えてたの」


「問題は、時間がかかりすぎてることですね」


 序列決定戦は、順調に決勝まで勝ち進んだと仮定して一〇月半ばまで続く。

 現実的な話、目標の二〇位ごろになれば、二回戦の時のようにあっさりと勝てることなどなくなるだろうから、そのあたりで敗北する可能性が高い。そう考えてしまえば、響の大会は九月終わりごろまでということになる。

 すでに九月の残りは三分の二程度となっている。序列決定戦に現在訓練中の魔術が使えるかは、博打の要素がかなり強い。というより使えない可能性の方がよっぽど高い。


「でも、無駄にはならないでしょ?」


「どうしてですか」


 首をかしげる響に奏はあっけらかんと、


「だって、魔術大会では使えるじゃない」


「…………」


 弟子が魔術大会に出場可能な三二位以内に入ることを疑っていない師に、響は咄嗟に次の言葉が出てこなかった。

 信頼されているのは嬉しいが、それなら何故試合前になると途端に心配症になるのか。


「まあ、勝てるかは分かりませんけど、全力は尽くしますよ。前の試合から、調子はいいですし」


「うーん、自信がないのが心配だけど……。菖蒲くんは、もっと自分に自信を持ってもいいと思うんだけどなぁ。二回戦も、かなりいい感じに勝てたわけだし」


「そう、ですかね……」


「そうそう。もっと自信をもって」


「はい、意識します」


「よろしい」


 師の言葉に素直に頷く響に奏は満足げ。それから「そういえば」と話を魔術の鍛錬から次の試合に移動させて、


「昨日撮った次の相手の試合だけど、見てる?」


「――ええ、見てましたよー? 教室でも休み時間になったら見てましたし、歩く時までばっちりです。むしろちょっと危なっかしかったですけど」


 二人だけしかいないと思っていた空間に、唐突に第三者の声が割り込んで、師弟はそろって飛び上がる。

 息の合った動きで振り返り、どうして今まで気がつかなかったのかというほど近くに少女の姿を確認した。ひょうきんな笑顔が特徴的な、サイドポニーの少女。

 ――小熊瑠璃だ。


 瑠璃は呆然と立ち尽くす師弟を視界に収めつつ、距離にして二メートル程度離れた位置で軽いテンションで、


「驚きました? 気がつかなかったでしょう。私、こういうドッキリって得意なんです」


「ドッキリって……」


 これはそういう次元ではないのではないだろうか。

 響たちがいるのは、やや観客席に寄っているとはいえフィールドの真ん中で、周囲に遮蔽物の類はない。当然、隠れられる場所などないのだ。

 それなのに、ここまで接近されるまでその存在に気がつかないなんてことがあるのだろうか。


 反射的に奏に視線を向け、しかし奏もどういうことか把握できていないらしい。目を白黒させて、目の前の少女を眺めている。

 そんな反応など気にも留めず、瑠璃はマイペースに、


「いやー、まさかヒビキさんが、あの学園最強さんと一緒にいるなんて思いませんでしたよー。しかもひとけのない場所で二人っきりで。これは危ない臭いがしますねー」


「いや、そういうんじゃないから。ていうかなんでいるの」


「嫌ですねー。ここは学校なんですよ? その生徒なんですから、立ち入り禁止でもない場所にいるのはおかしくもなんともないじゃないですか。訓練場は全部放課後に解放されるんですから」


「う……」


 ド正論である。

 言葉に詰まる響。するとちょいちょいと袖を引かれる感触がある。


「菖蒲くん、知り合い……?」


「え? ああ、はい」


 奏と瑠璃の間に面識がないであろうことをすっかり失念していた響は慌てて、


「この前ちょっと話しただけなんですけど。先輩の一回戦の時、司会やってたらしいですよ。名前は小熊瑠璃っていって……」


「ええ、その節はどうもー。まあ直接は会ってないんですけど。いやぁ、すごかったですねー試合。個人的には、試合の前にカナデ先輩が蹴躓いたところがハイライトですけど」


 瞬間、奏の白い頬に赤みがさした。サッと顔を逸らし、目を伏せてか細い声で、


「忘れてくれると、助かるかも……」


「いえ? 忘れませんよ。面白かったですし」


「菖蒲くん助けて」


「え、この流れで俺ですか?」


 そもそも、響と最初にあった時も蹴躓いていたので、響としてもあまり忘れられる類の記憶ではないのだが。


 完全に照れる奏だが、キュルリンが霊体化していたことが唯一の救いだったろう。もし実体化していたら、思う様からかったに違いない。

 そんな学園最強を目の当たりにし、しかし瑠璃は驚きもせずに、むしろ状況を楽しむように笑みを深めた。


「いやあ、まさか先生にも勝つあの佐倉奏さんがドジっ子な一面があったなんてびっくりです。しかも言われて照れるなんてなんて乙女!」


「て、照れてないから……」


「そうやって否定するところもグッドですよ! 可愛いですねー。下手したらルリさんよりも!」


「やめて……」


「いえいえ、事実を言うのにやめるも何もありませんよー。あの学園最強の意外な一面が見られて私はとても幸せです。あんなに強くてこんなに乙女なんて――」


「……~っ!」


 ――と、響が止めるタイミングもなく、瑠璃のよく分からない、奏いじりはそれなりの時間続き。


「あの、謝ってきた方がいいと思う」


 ついに許容量を超えた奏は、顔を真っ赤にして駆け出し、観客席の端の方に移動。膝を抱えてうずくまっている。

 拗ねているのかどうかもよく分からない状態。どうしてこうなったとしか表現できない事態であり、ひとまず瑠璃に謝罪して来いと促す響だったが、


「いやー、なんですかあのからかい甲斐のある人。すごく面白かったんですけど」


「…………」


 心なしか、来た時よりもつやつやしている気がしなくもない瑠璃の、フリーダムな心は動かせなかった。

 嘆息し、とりあえず弟子の前でなかなかに情けない姿をさらす師は放置。瑠璃に向かい合おうとし、


「ところで、あんなに可愛い先輩と二人っきりって、やっぱり特別な関係だったりするんですか?」


「本当に何しに来たの!?」


「それはまあ、一応目的はあってのことなんですがー、後回しでも全然大丈夫なので。それよりかは目先の面白そうな事態を堪能しておきたいじゃないですか」


「俺としては、その目的をすぐに終わらせてもらって、先輩に謝ってもらってすぐさま退散願いたいんだよ」


「うっわ、身も蓋もないこと言いますね。女の子に嫌われますよ? ヒビキさん、だいたい一人ですし、女子どころか男子にも割と嫌われてますけど」


「知ってるよ……」


 昨日の試合ことが描かれた学内新聞は、かなり響を貶めていた。”落ちこぼれ”の呼び名がすでに蔑称なので、貶められているのは今に始まったことではないが。

 それに、響の戦い方は文句が出てもおかしくないものである。昨日も昨日で、相手には反感を抱かかれていただろう。もちろん、完封することができた達成感もそれなりのものがあるのだが。


 バツが悪そうに視線を逸らす響に瑠璃は肩をすくめ、


「私は、昨日の戦い方は面白かったと思いますけどねー。勝った方が正義! みたいな感じがあふれ出てて」


「面白いってどういうこと。ていうか、さりげなく酷いこと言ってるよね?」


「私の偽らざる本心ですよ? ルリさん、面白いこと大好きですし」


「だからって先輩をからかってあんなにするのはやめてほしかったかな」


 新しい魔術の練習時間は、できる限り多く確保しておきたいところだ。それには何より、指導する側の尽力が必要だ。特に響には。


「もう、またその話ですか。女の子と話してるときに他の女の人の話をするのは駄目なんですよ? 知ってました?」


「それって彼女といるときって枕詞がつくんじゃないの?」


「そうですよ。ヒビキさんに今のが遠回しなアピールって発想はないんですか? 女の子泣かせですね」


「え、……アピールなの?」


「いえ別にそんなことはないんですが」


「あ、そう……」


 会話が言葉のキャッチボールだとしたら、瑠璃は意図的にめちゃくちゃにボールを放っている。しかも精一杯拾おうとするこちらを見て楽しんでいるので性質が悪い。

 翻弄されて脱力する響を見て、ニコニコとひょうきんな笑顔を浮かべる瑠璃は、


「さて、それなりにいじって満足もしましたしそろそろ本題に入りましょうかねー。そしてヒビキさんは、わざわざ言いに来てくれたルリさんの慈悲深さに触れて多大な感謝をすればいいのです」


「どういうこと」


「つまり、私は警告をしに来たってことです」


 さらりと、何でもないことのように重要な内容を暴露する瑠璃。響は数瞬、雰囲気と話題とが合致せずにポカンとし、それから言われた内容を理解して目を丸くした。

 そんな反応まで瑠璃は楽しんでいるようで、やはり雰囲気は変えないで、


「いえ、警告っていうか忠告? 注意? なんかそんな感じですかね。気をつけたほうがいいよーってことなので」


「それで?」


「ハヤトさんが何か企んでるみたいです」


「…………」


 軽いノリを崩さず端的に告げられた言葉。

 なるほど、数日前に襲撃を阻まれて以来、隼人は何も行動を起こしてこない。反省したと言われるより、何かを企んでいると聞かされた方が納得だ。


「でも、どうやって知ったの?」


「シンプルに盗み聞き? 私って隠れるのが大得意なので。隠れてたらハヤトさんが偶然通りかかって、ブツブツ呟いてるのをバッチリヒアリングしちゃったんです」


「隠れてたらって何……」


「え? 面白いじゃないですか」


「ごめんよく分からない」


 瑠璃の奇行は置いておいて、質問はもう一つある。


「企んでることの内容は?」


 偶然聞いたとはいえ独り言を耳に入れたというのなら、その内容まで踏み込みたい。だが、瑠璃は首を横に振った。


「こんなに可愛いルリさんですけど、さすがにそこまで地獄イヤーじゃないですよ。それに聞こえたのも『菖蒲の野郎……。絶対潰す。次の試合には……!』って感じでしたから。残念ながら何するかまでは分かりません」


「そう、か」


 期待が外れて肩から力が抜ける。

 何かをしてくるというのはほぼ確定事項としても、何をしてくるのか分からないとはもどかしい。


 思わず顔をしかめる響に、瑠璃は頓着せず何かを促すような表情で、


「そ、れ、で? ヒビキさんは今、ルリさんのおかげで結構重要な情報を手に入れられたわけですけどー、何かすることがあるんじゃないですか?」


「え? ああ。ありがとう」


「……あー、もっと釈然としない感じで言ってほしかったです。これじゃ私が強欲みたいになるじゃないですか……」


「知らないよ」


 言われた通り感謝を言葉にしたのに、何故か納得されなかった。それには釈然としない表情を作る。


 それに瑠璃は肩をすくめて、


「まあそういうわけなので。単に気をつけた方がいいよーって話でした。これのお礼に、学園最強さんと響さんがどういう関係か教えてくれてもいいんですよ?」


「無償じゃないんだ!?」


「それはまあ。タダってわけにはいきませんよねー」


「ぐ……」


 もっともである。言葉に詰まる響。言っていいものかどうか一瞬迷うが、その情報を頑なに隠す段階は過ぎている。


「先輩は俺の師匠だよ」


 観念して正直に話すと、瑠璃は目を丸くして数秒硬直。それからかくっと首をかしげて、


「ししょー?」


「そう。いろいろ教えてもらってるんだ」


「はあ。なる、ほど?」


 珍しく戸惑う瑠璃は腕を組んで首をひねる。数度ううむと唸ってから、ははあと納得した。


「なるほど、ヒビキさんが勝てたのは、学園最強さんの助力あってこそってパターンですか。まあ私も不思議には思ってましたからね。”落ちこぼれ”って言われてたのに、急に勝ちだしましたから」


「まだ二回だよ」


 いささか失礼な納得の仕方をする瑠璃。別に気にしていないとはいえ、なんというか、という気持ちが芽生えるのは人情。

 ともあれ、


「それじゃ、警告のお礼ももらいましたし、私はもう行きますね。こんなに日の当たるところにいつまどもいたら、ルリさんの柔肌が日に焼けちゃいます」


「う、うん。自分で柔肌って言うんだ……」


「言いますよー? ルリさん美少女ですから」


 冗談めかして言ってから回れ右する瑠璃。

 そのまま去ろうとする背中に、はたと響は最後に問いかける。


「そういえば、どうしてわざわざ言いに来てくれたの?」


「はい?」


 半身で振り返る瑠璃は首をかしげ、顎に指を当ててしばし黙考。そして答える。


「教えた方が面白そうだと思ったので。ヒビキさんの戦い方、三回くらいで見られなくなっちゃうの、つまらないじゃないですか」


「そ、そう」


 邪気など欠片も含まれない、純粋な好奇心からの感情。それを確かに認めて、響は反応に困った。


 そんな響きを面白がるように眺めた後、瑠璃は今度こそ訓練場を後にした。



 * * *



 ――瑠璃が去った後。


 新しい魔術の訓練を再開しようとした響は、もたらされた警告に忘却させられていたことを思い出した。


「先輩、いじけたままだ……」


 アフターケアとか何もしないで行っちゃった。


 奏を再起させるのに、それなりの時間がかかった。

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