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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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5『二回戦』

 ――二回戦。


 場所は一回戦と同じく第二訓練場。九月も前半の直射日光の降り注ぐ中、フィールドに敷き詰められた砂を踏みしめ響は眼前――対戦相手を見る。


 中肉中背の少年。隼人や奏のように目立つ容姿はしていない。黒髪黒目の、地味な見た目だ。名前は斉藤といった。


 地味さでなら充分張り合えるという自己評価を響はしているが、魔術力に関しては大きな差があることを否定できない。それは、何度となく試合映像を見て確認した事柄だ。

 構築速度、威力、精密さ。どれを取っても、響が勝るものはない。真正面から戦えば、敗北するのはこちらだ。


「――でも、それは一回戦も同じ」


 口の中だけで呟いて、響は正面を見据えた。

 響の真骨頂は真正面から戦わないことにある。魔術力において隼人に劣る魔術力しか持ちえない斉藤に、負ける道理はない。もっとも、短気を起こすという点でも、隼人に軍配が上がってしまうのだが。


 それでも恐れる必要はないと自分に言い聞かせる。シミュレーションは完璧だ。一回戦はまぐれだぅたのではないかという不安はどうしても拭い去ることができず、それを払しょくするために登下校の時間はもちろん、昼休み、移動時間、寝る前など、文字通り暇なく研究を重ねた。

 慌てず騒がず、戦術を組み立て愚直に実行する。それが今ここで、響がすべきことだ。


 緊張は一回戦の時と同様、ほとんどしていない。心臓の鼓動のリズムは概ねいつも通り。

 どうやら自分は本番に強いタイプらしいと、新たに見つけた自身の側面を噛みしめる。と、


『――これより、二回戦、第二試合を始めます』


 司会が宣言するのと数瞬遅れて ブザーの音が鳴り、魔術戦の開始を告げる。

 少女の声であったが、先日接触してきた小熊瑠璃の、ひょうきんで軽い感じとは別物だ。おそらく彼女は今日も今日とて、第三訓練場で司会をしているのだろう。


 そんな益体のない思考を即座にシャットアウトし、回転する脳のリソースをすべて戦闘に。

 ――まずはシミュレーションに沿って行動する。


「――ねえ」


「……?」


 ブザーが鳴り、魔術を練り始めるまでの一瞬。そのわずかな時間に呼びかけ、出鼻をくじく。

 応じる斉藤は眉をひそめて、聞く意思を示した。それを視界に収め、会話ができるかどうかという関門をクリアしたことを悟った。

 その安堵を顔に出さないためのポーカーフェイスは仕事をしている。


「君はさ、俺が新垣に勝ったことについてどう思う? あの試合を直接見てたかは知らないけど、俺があいつに勝ったことをどう思ってる?」


「は? 偶然だろ。それにお前が卑怯な手を使ったのが悪いって、学内新聞に書いてあったぞ」


「それは知らなかったな。どんなの?」


「なんで俺が、そんなことをわざわざ"落ちこぼれ"に教えてやんなきゃいけないんだよ」


「大した手間でもないのに? 器の大きさが知れるね」


「は?」


 わけが分からないという風に口を半分開き呆然とする斉藤。

 響の言うことは詭弁もいいところだが、それを自覚した上での発言だ。頭に血を昇らせ、冷静さを失わせるには、こうした支離滅裂な論法でもって相手を貶すのが最も分かりやすく簡単だ。――良心が痛むのが唯一の難点だが。


 それに、今のやり取りで、目の前の相手が自分をどう見ているのかは掴むことができた。

 斉藤もまた、隼人と同じように"落ちこぼれ"を見下し侮っている。挑発をするにも、戦術を用いるにも適した手合いだ。


 それを都合がいいとは思えど油断はしない。今はまだ驚かせただけ。怒らせるには足りていない。


「まあ、新聞のことはいいよ。君の器が小さいことも、哀れみはするけどどうでもいいことだしね」


「哀れむ……? 俺を?」


「そうだよ。それもどうでもいい。それより一番聞きたいのはね、君は俺に勝てると思ってるのかなってことかな」


「勝てるに決まってるだろ。俺は油断しない。卑怯な手にも負けない。"落ちこぼれ"に負けるなんてありえない!」


 静かに怒りを熟成させる斉藤。よりにもよって"落ちこぼれ"に哀れまれ、あまつさえ「勝てると思っているのか?」などという見下すような問いを受けた結果だ。


 順調に頭に血を昇らせている。今の状態でも充分だが、念には念を入れる。


「へえ。勝てると思ってるんだ。新垣よりも弱いのに、新垣に勝った俺に? 思い上がりだよね」


「思い上がってるのはお前だろ」


「そう考える思考がすでに思い上がりだよ。君は俺に勝てない。俺に負けるんだ。そもそも、どうして勝てると思うのか知りたいな。――君ごときが、俺に」


「お前……! そんな口きいてただで済むなんて思ってないよなっ!」


「その言葉、そっくりそのまま返そうか?」


 言いながら、斉藤の激昂具合が充分以上だということを確認する。

 だいぶ酷いことを言ったことを心で謝罪しつつ、響は機をうかがい――


「”落ちこぼれ”の分際で、俺を見下すな! 絶対に許さないぞ! 楽に負けられると思うな!」


「ふっ……」


 斉藤の恫喝に余裕の笑みを浮かべて答える。

 それが合図になった。


「火よ《ignis》!」


 射出された火球が風を切る。それを身を逸らして髪をかすめるにとどめ、カウンターとしてタロットの投擲。

 弧を描く紋章が、狙い違わず斉藤の眼前へ。斉藤は咄嗟に身を引いて回避のそぶりを見せるが、怒りのせいかワンテンポ遅れて間に合わない。生成された土元素が射出の術式に沿って撒かれ、煙幕を作り出す。

 目的は当然目つぶしだ。


「ぐぁ……っ!」


 結果は成功。とっさの判断が甘いというのは、事前の研究で明らかになっていたことだが、まさか初手でうまくいくとは思ってなかった。これは予想外。しかし想定外ではない。

 失敗する前提で行いかけていた挙動をいったん中止。怒りと目つぶしの衝撃で動きの止まった斉藤に向かってタロットを使わない魔術。


「――木よ《wood》!」


 走る蔦がうねり進んで、斉藤の足へと絡みつく。その端を両手でつかんで、そのまま引っ張る。


「な――っ!」


 貧弱きわまる響の蔦も、渾身の魔力を注いだ上で不意を突いて引っ張れば、バランスを崩させる程度の働きには充分だ。

 声を上げて横倒しになる斉藤。目つぶしの効果は簡単には解除できない。今は方向感覚も上下感覚もあいまいになっているはずだ。だが事ここに至れば、状況が相当まずいということは理解できるだろう。


「あぁぁあっ!」


 起き上がることは諦め、めちゃくちゃに手を振り回して周囲に魔術が展開される。

 木、火、土、金、水の五元素。それらが統一性もなく響を上回る速度と威力でもってばら撒かれる。隼人の火球には残念ながら及ばないものの、その脅威は本物だ。通常の思考があれば踏み込むのをとどまるだろうが、響は必要とあらば躊躇わない。


 顔面を穿ちに来た鉄球をかがんで躱し、火球を水元素でギリギリ相殺。

 足に力をこめ、次の瞬間に身体を前へと射出させ、指向性のない弾幕をかいくぐって、危ういものを躱し、完全に避けきれずに肩をかすめた石の衝撃に速度が一瞬鈍る。

 だが足は止めない。相手は冷静な思考ができず、ただわめくように魔術を放つことしかできていない。この機は逃さない。


 腕を突き出し魔力を込める。術式に沿って流して、指向性を定めて、


「火よ《ignis》!」


 火元素が、射出の術式に従って攻性をまとう。

 一直線に向かった火球に、視覚を潰されている斉藤は反応できない。はたして、腹をとらえた威力は”落ちこぼれ”の呼び名にふさわしい程度のものではあったが、それでも生身に受けるには遠慮したい衝撃を伝えた。


「がふっ……」


 うめき声を上げて転がる斉藤。抵抗も虚しく、逃れられない苦痛に腹を抑えて悶える。


「お、れが……”落ちこぼれ”なんかにぃ……!」


 表情をゆがませて歯を食いしばる様子は、どこまでも”落ちこぼれ”である響を認めないものだ。自分が負けたという事実さえも、おそらく素直に受け入れはしないだろう。

 どこまでも実力無き者を軽んじる、この学園の悪習だ。もっとも、響のような”落ちこぼれ”など、それこそ奏レベルの天才が現れるほどの奇跡なのだが。


 倒れ伏し怒り足掻こうとする斉藤を見下ろし、響は腰のホルダーに手を伸ばした。

 その中の一枚を抜き出し、魔力を注いで放って、


「じゃあね」


 紡がれた魔術が斉藤の目と鼻の先にある地面に着弾し、小さく土煙を上げた。一回戦でも行った、とどめを刺したという意思表示だ。


 こうして、響が勝利するという形で、二回戦は終了した。

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