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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
2章『落ちこぼれ魔術師の序列決定戦』
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3『落ちこぼれの勝利の弊害』

 序列決定戦により、授業自体は午前中で終わる。

 試合のない生徒はこの時点で帰ることもできるのだが、響には奏との訓練がある。本日の序列決定戦が終わり訓練場が空くまで、プレハブ校舎で次の試合のミーティングを行う予定だ。


 いそいそと荷物をまとめ、鞄を肩にかけると生徒の流れとは別方向へ。端末に視線を落とし、すでに一〇を下らない回数目を通した試合を再生する。

 人の少ない方向に向かって歩いているので、誰かにぶつかるということはまずない。広い校舎内を歩き、階段を下る。

 少しばかり長く、教室も窓もない連絡口の中ほどまで差し掛かったあたりでのことだ。


「――おい、”落ちこぼれ”」


「…………」


 背後からの声に咄嗟に身構えて振り返る。身構えた理由は声色に無視できない憤怒と憤りが感じられたから、ということの他にもう一つ。

 「”落ちこぼれ”には無関心」という暗黙の了解を歯牙にもかけない人物に思い当たりすぎるほどの節があったからだ。


 ――新垣隼人は、案の定、険しい視線に怒りとわずかな羞恥を滲ませながら響を射抜いていた。


 周囲はひとけがないとは言っても、完全に無人とは言い難い。

 隼人が響に接触したのをきっかけとして、数人の視線が集まるのを意識的に無視して、響は隼人を見返した。そして気づく。


「あれ、いつも連れてる二人は?」


「ああ? テメーにんなこと気にする権利なんかねぇんだよ」


「…………」


 負けた身でありながら、ここまで態度を変えずに振る舞えるというのはいっそ見上げた胆力だが、それはそれとして既視感が響を襲う。

 遡ること約一か月半前。試合と称して響をいたぶった件で、今と同じように隼人は響に声をかけたのだが、その時も一人だった気がする。


 今回も、前回と同様に悪だくみをしているのか、それとも――


「――見限られた?」


 口に出した瞬間、隼人の怒気が強くなった。

 表情をゆがめ、過剰なまでの憤怒を隠さない。


「テメェ、偶然勝ったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。何の実力もねぇ、ただの奇跡を自分の手柄みたくほざいてんじゃねぇ。――それに、試合の時は散々言ってくれたよなぁ……!」


「……それはお互いさまでしょ」


 心なしか語調を強く返答する。

 罵倒の数は隼人の方が多かったくらいだ。響はただ、隼人が言われたら最も怒り、冷静さを欠きそうな言葉を羅列したに過ぎない。

 だが隼人の頭に――少なくとも響相手の――お互いさまという概念は存在しないらしい。


「テメェごときが! この俺と! お互い様だぁ!? ふざけんな! ”落ちこぼれ”の雑魚が、俺と同列なはずねぇだろうが!」


「……その”落ちこぼれ”の雑魚に、君は負けたわけだけどね」


「あぁっ!?」


 あえて地雷を踏み抜くような響のセリフに、隼人は眉尻を上げて激怒する。

 だが平静を装いつつも、内心穏やかでないのは響も同じだ。理由は単純。奇跡や偶然などと言う言葉で努力を否定されたくなかった。


 努力が実っていなかった頃ならまだ受け流せた。結果の出ない努力は無駄だと理解していたから、その時点で何も成せていない自分を否定されることは、まだ許容できた。


 確かに、今も魔術師になるという夢にはひどく遠い地点にいることに変わりはない。

 だが、一つとはいえ勝利を掴んだことを否定されることは、どうしても許容できない。それだけは許すことができない。


 怒気をさらに高めた隼人は、今にも掴みかからんばかりの気迫。だが響は目をそらさず、まっすぐ相対した。


「別に、君が本当に偶然か奇跡で負けたと思ってるならそれでいいよ。君の中ではそうなんだろ」


「はぁ? 事実偶然で奇跡だろうが。テメーが卑怯な手に縋った結果だろうが。テメーがこの俺に勝てるはずが……!」


「例えそうだとしても、新垣が俺に負けた事実は変わらないよ」


「あんなもんで勝ったとか調子に乗ってんじゃねぇ」


「油断してたから? それとも手加減してたから? 関係ないよ。模擬戦ならともかく、君は序列戦で負けたんだからさ。過程がどうあれ、二回戦に進めない時点で君は詰んでるんだ」


「ぐっ……」


「それにこうやってわざわざ、調子に乗るなって言ってくるのは――」


 そこで言葉を切りタメを作る。

 沸点すれすれまで来ている怒りを滲ませたまま訝しむ隼人に、響は淡々と告げた。


「負け惜しみにしか聞こえないな」


「…………」


 惚けたように固まる隼人。

 唇をわなわなと震わせて、耳に入った言葉を咀嚼し嚥下。意味を理解してなお呆然とし、それから間抜けな声で、


「あ……?」


 とだけ口走った。

 その反応に多少の優越感を感じながら、響は肩をすくめて息を吐く。


「そのままの意味だよ。ヒーローに負けた脇役が『覚えてやがれ』って言うのと、新垣がやってることはよく似てる」


「…………」


 隼人は顔を俯け、沈黙したまま震える。

 言いすぎたかもしれないと、次第に冷えていく頭の隅で考えるが、今更後戻りなど出来るはずもない。


 ひとけの少ない通路に静寂が降り立ち、周囲にいるわずかな生徒の足音が聞こえ――。


「……ね」


 ――そこに流れたかすかな声と同時、火球が放たれた。


「な……っ」


 事前に隼人の爆発を警戒していた響は、それを間一髪回避することに成功する。髪をかすめて行った火球は、廊下に突き刺さって威力を散らした。

 騒ぎを見ていた生徒から悲鳴は上がらない。面白いものを見るような視線――ちょうど一カ月前のような――で遠巻きに眺めるだけだ。

 誰も止める気配はなし。周りの行動に期待していたわけでもないが。


 響は転がった先の地面から跳ね起き、怒りの形相に表情を固めた隼人を見上げて、


「そうやってすぐに暴力に頼るのは、図星を突かれたって認めるのと同じだよ。やめた方が……」


「死ねっ!!」


 理性のブレーキを失った隼人は、響の制止に耳を貸さない。跳ねた両腕から、情け容赦の欠片もない火球の嵐が放出された。咄嗟に身をかがめ躱す響は、立地の悪さに歯噛みする。

 廊下は当たり前だが訓練場よりもはるかに狭い。疾走することで狙いを定めさせず、猛威をかいくぐる戦法が使えない。


「ぐっ……」


 肩をかすめた火球の威力に顔をしかめ、響は反射的に距離を開け、それだけでは躱し切れないものは這うように移動して軌道上から体を逸らす。標的を失った炎の掃射が廊下を走り抜け、壁に床に、天井に次々とぶち当たる。

 隼人の火力は相当なものだ。壁を破壊するほどではないが、焦げた跡を残すには充分な破壊力。


 傍観していた生徒も、事ここに至れば自分たちの身の安全を優先した。

 遠巻きと言っても一直線上の廊下での出来事だ。響という標的を通り過ぎれば、火球の餌食になるのはその向こうにいる傍観者たち。

 見世物を楽しむような態度はやめて、ただでさえ数少なかった生徒は散開。とうとう傍観者はゼロに。


「――そのまま先生とか呼びに行ってもらえたら助かるんだけど……」


「おら”落ちこぼれ”! よそ見してんじゃねぇぞ!」


 滅茶苦茶に張られた弾幕の一部が響の眼前を通過した。息を飲みつつ、たった今口にしたことを願望にすぎないと切り捨てる。

 面白半分に傍観していたような連中だ。逃げた先で、響の利するように動くとは考えられない。


 逃げることが最も手っ取り早く、最適な解であることは確定的に明らかだが、この窓のない一直線の廊下を走って逃げたところで瞬時に捕捉されていい的だ。

 けん制も、この地形が大きな障害となって立ちふさがる。響の魔術では隼人の弾幕を抜けられないし、タロットも鞄の中。まさか取り出す暇を与えてくれるわけもないだろう。


「く……!」


 またも襲ってきた火球をやり過ごしながら、状況の悪さを呪う。

 これまでずっと広い舞台で訓練していたからか、こうも狭いフィールドだと戦う手段が乏しい。これは単純に、序列決定戦や魔術大会の舞台を想定して、狭い場所での戦闘訓練を後回しにしてきた影響で、鍛錬不足というわけではいのだが。


「泣き叫べ! そして俺に謝れ! 俺に許しを請え! 土下座して靴をなめた後死ね!」


「趣味が悪い……」


 隼人の罵詈雑言もそろそろ極地だろうか。努力を否定されたことに憤って反撃したことを悪いとは思っていないが、こうもしつこく過剰に攻撃され続けると思うところもある。

 もっとも、素直に土下座したところで隼人が響を許す可能性などどこにもない。十中八九、いたぶられてお終いだ。最悪死ぬ。


 なんの遠慮もない魔術を躱し続けていれば、響の限界もそろそろ近い。

 体力にはまだ少し余裕があるが、この狭い空間で火球を回避する技のネタ切れが間近だ。


「く――っ!」


 躱し切れなかった火の玉を、あらかじめ用意しておいた水魔術で相殺する。射出の隙をついた火球を、膝から力を抜いて倒れこむようにやり過ごした。が、


「いい加減図に乗るのをやめたらどうだ! 自分が間違ってたって認めて這いずり回れ! 雑魚が!」


 そんな強引な回避をしてしまえば、罵倒を口にする隼人の次の玉に対応できなくなる。

 しまったと思った時にはもう遅い。弾幕は術者の歓喜を孕んで響へと迫り――。


 ――寸前、突如として正面に現れた半透明の壁が、火球の嵐を残らず阻んでみせた。


「え――?」


 呆けた声を上げる響の眼前、はじかれた火の元素は役目を果たすこと叶わず、発光する粒子となって空中へと消えていく。


「あ?」


 勝利を確信した隼人も、思わぬ展開に刹那言葉を失う。だがすぐに怒気を再燃させて、


「”落ちこぼれ”ぇ……! どこまでもコケにしやがって!」


「ち、違うって、俺じゃない!」


 的外れな怒りに戸惑い、響は周囲に視線を走らせる。

 だが、すでにこの場にいた生徒は残らず引き上げた後で、半透明の壁を出現させた人物は見当たらない。


 ――いや。


 連絡路の奥。響が向かおうとしていた方向――隼人の背後から、一人の人影が歩いてくる。


「――そこまで、と言っておくわね」


 ともすれば冷たさすら感じさせる声音。たった一言だけで、深海に落ちたような重圧が連絡路を支配した。

 魔術師の表情になった奏は、肩に使い魔を乗せた姿で歩を進め、隼人を射抜く視線でにらみつけた。

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