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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
1章『落ちこぼれ魔術師の戦術』
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18『無駄にはしない』

「が、はっ……!」


 衝撃を受けて後方へ吹っ飛ぶ。骨が軋み、空気が漏れた。着地の受け身が間に合ったのだけが不幸中の幸いだ。


 しまった。砲撃ならば、その粗さと消費魔力ゆえに連射される心配はない。だが火球なら話は別だ。

 あれほどの連射を見せたのだ。砲撃の次だろうと、即座に放てないわけがなかった。

 完全に不覚。響の頭がそこまで回っていれば、回避できたような事態。


 内心では歯噛みしつつも、それを全力で押し殺す。動揺も焦りも、表情には出さない。付け入る隙を与えれば、響はあっさりと押し切られてしまう。

 響が放つはずだった魔術は狙いがあらぬ方向へ飛んで行っている。隼人にダメージは通っていない。


「おう。やっと当たったなぁ、おい。そうやって這いつくばってりゃあ、いいんだよっ!」


「……っ!」


 嗜虐的な笑みを浮かべ、平然と暴力を振るう隼人。

 火炎が走り土を焼く。響も一緒に焼かれずに済んだのは、魔術の狙いが甘く回避がギリギリで間に合ったからに過ぎない。


 響は跳ね上がり、三たび地を駆る。失敗は仕方がない。次からは、火球も考慮に入れた上で戦略を練るのみ。

 数歩進んで、そう考えた時だ。


 ――胸の痛みに息が乱れ、足がもつれた。


 肩から地面に突っ込み、土煙を上げて横倒しになる。


 火球のダメージ。

 当たりどころが悪かったのか、大きく息を吸い込むと激しい痛みが走る。

 それ自体は仕方ないにしても、痛んだことで生み出された結果は最悪だ。これほど大きな隙を見せるわけにはいかなかった。

 痛みは一旦無視。すぐさま立ち上がり駆け出す挙動は間に合わない。

 この隙を逃さない隼人は、笑みには暗い歓喜すら滲ませて、腕を突き出し、


「死ね雑魚!」


 炎の暴威が吹き抜けた。

 広範囲のそれは、今更の回避など間に合わない。

 刹那で判断し、伸びた手はホルダーへ。タロットを引っ掴みありったけの魔力を流してばら撒いた。


 次の瞬間、炎の奔流が響を飲み込んだ。

 熱に轢かれ、上下左右が分からなくなる。


 ――熱い、熱い、熱い。


 瞼を通しても飛び込んでくる赤に弾かれ、弄ばれて地面に数度叩きつけられた。

 炎の中だ。口を開けば熱に気管がやられる。

 揉みくちゃになる思考の中、それだけ判断して息を止め口を閉じた。


 熱に吹き飛ばされ、錐揉みして地面に吐き出された。地面の固い感触は、すでに魔術的なダメージを受けた響に物理的なダメージも追加で与えた。


「くっ……はははっ! なあ"落ちこぼれ"どんな気分だよ。あんだけデカイ口叩いておいてこんだけボコボコにされんのはよぉ!」


 倒れ伏す響きを嗤い、隼人が言う。

 あれほどの大火力、何の防護措置もなくまともに受ければもう立ち上がれまい。だが、


「が、はっ……! は……。はぁ……」


「ああ? しぶてぇなテメーは。生命力だけ突き出てるとか、ゴキブリじゃねぇか」


 不機嫌そうに鼻を鳴らす隼人を尻目に、響は腕をついて体を持ち上げる。炎に飲まれる寸前、発動させた術式が水の元素を生成し、響を包み込んでダメージを軽減させていた。


 それでも被害は尋常ではない。

 訓練着は所々焦げ、数ある火傷は熱と痛みを訴えかけてくる。視界は見えないほどではないがかすれて、その機能を充分に果たしていない。

 一か月半前のように打撲が少ないのが救いだが、依然、満身創痍というのがふさわしい状況。たった一撃でこの有様だ。


 そんな状態で、響は強引に体を持ち上げ、足を着き体重を支えきる。

 荒々しい呼吸に反して、瞳に宿る闘志は消えていない。


「んだよ、その目は。まだ勝てるとか思ってんのかよ。無理に決まってんだろ! テメーは"落ちこぼれ"で、俺は天才だ! 最初(ハナ)っから結果は分かりきってんだよ!」


「…………」


「それなのに何だよ。逃げ惑うだの何だのと、ずいぶん馬鹿にしやがって。大人しく隅っこで下向いてりゃぁいいのによォ!」


 響の諦めない姿勢が気に食わなかったのか、隼人は怒りを再燃させて心底不快そうに怒号を上げる。突き出した腕から、情け容赦なく火球が放たれた。


 肩に命中。

 大きく仰け反る響に二撃目と三撃目が連続してヒットする。腹にめり込んだ火が、響を後方へと飛ばし、宙に浮いた右足を火球がとらえた。


「ぐ、ふっ……」


 地面に再び叩きつけられて響は呻く。

 奇しくも隼人と同じ左肩がねじくれ、腹筋で殺し切れなかった威力に胃が絞られた。

 何より無視できないのは右足に命中したもの。骨と筋肉が軋んで内出血を起こすのが感じられた。力が入らない。これでは、走るのも一苦労だ。

 そうして苦しむ響を見下しながら隼人は、


「分かってんだろ? テメーは俺に勝てねぇ。大口叩いてもそんなもんなんだよ。身の程を知れ」


「…………」


「無駄だ無駄。テメーの努力は全部無駄だ。いくら頑張ったところで、多少魔術が使えるようになったところで、さっきから投げてる紙を使ったところで、意味ねぇんだよ。なぁおい。"落ちこぼれ"は"落ちこぼれ"らしく、惨めに生きてろ」


「…………」


 その通りだ。

 少なくとも、結果が出なければ努力に意味はない。そんなものはただの徒労で、言ってしまえば時間の無駄だ。入学してからの二か月間、響はそれを実感した。


「ぅ、が、あっ……!」


 火球が降り注ぐ。

 顔に、肩に、胸に、腹に、足に。情け容赦なく、一発一発確かめるように。

 それは奇しくも、一ヶ月半前を踏襲するような形だ。


「はっ! ほらよ! 何も変わってねぇんだよ、雑魚が!」


 歓喜の声が聞こえる。愉悦に浸る声が聞こえる。嗜虐的に染まった声が聞こえる。

 声は苦しむ顔を間近で見ようとでも思ったのだろうか。砂を踏む音がし、一発ごとに声が近づいてくる。


 痛い。これは相当まずい。


 痛い。もう、無理かもしれない。


 痛い。それすら次第に遠ざかっていく。


「無意味な人生だよなぁ、"落ちこぼれ"」


 全身から送られてくる痛みの信号に埋め尽くされていた脳は、そんな声を聞いた。


 確かに、努力は実るとは限らない。実らない苦しみを響は知っている。

 結果の出ない努力など、ただの徒労で何の意味もない。時間の浪費は愚の骨頂だ。

 無駄だ。無駄なのだ。ここで負ければ、何もかもが無駄になる。無駄になってしまう。


 ――無駄になど、してなるものか。


「……ぁあっ――!」


 雄叫びをあげた。

 顔も、胸も、肩も、腹も、足も、あちこちにある火傷も痛むがそれらを全て意識の外へ。


「なっ、が……!?」


 苦悶の声と同時、火球が止んだ。仰向けの体勢から、手だけで投げたタロットが、至近まで来ていた隼人の顔面をとらえたのだ。

 元素は土。すなわち、目潰しだ。

 完全に不意を突く形。これ以上ないほど完璧に隼人の視界を奪った。


「く、そがぁぁあっ!」


 怒号とともに火球の掃射が再開したのは、悲鳴をあげる全身を押して動いた直後。狙いのつけられていない攻撃は地面をえぐるが、すんでのところで響には当たらない。だが、


「ぎ、ぁあっ!」


 打撲だらけの身体が気の遠くなるほどの痛みを訴えてきて、思わず悲鳴を上げた。脳に電極を差し込まれたような衝撃を受けつつも、響はそれを意志だけで強引に封殺して動きを止めない。


 ――ここを逃せば、勝機はない。


 今しかない。そんな、意地を見せつける。

 地面を踏む――振動が激痛を呼び覚ます。

 地面を蹴る――負傷のせいで思うように動けない。

 前に進む――その様子はひどく不恰好だったろう。


 それでもいい。無様に足掻き、必死に縋り付いても、最後に勝つことさえできれば。

 一瞬が長い。たった数歩動くだけなのに、脳が受け取る情報量にどうにかなってしまいそうだ。


「おぉっ!」


 雄たけびを上げて目の前だけに意識を集中する。

 怪我の程度からすれば、それは無謀で愚かな愚行だったかもしれない。だが無策ではない。

 響は、隼人がめちゃくちゃに手を振り回して火球をばら撒く中、唯一猛威に晒されない安全圏――背後に辿り着いた。


 隼人の、その無防備な背中に向かってタロットを抜き放つ。


「――オラァッ!」


 ――怒号と同時に炎が吹き荒れた。


 隼人を中心とした半径三メートルの範囲に吹き荒れた紅蓮の嵐は地を焦がす。ごぉっという音がして、熱風が吹いた。

 響に咄嗟の回避など望むべくもない。


 まさに炎の海とでも言おうか。強引な魔力の消費は響を飲み込み、ほんの数瞬で炎は魔力の残滓となり、空中に消えた。

 残るのは静寂と、それを破る声。


「は……。はぁ……。は、はははっ! どうだ、見たか”落ちこぼれ”! こんなの、お前なんかじゃ一生かかってもできねえだろ! はははっ!」


 ろくに指向性も決めていなかった攻撃は、隼人にも少なくない影響を及ぼしている。ノーダメージとは死んでも言いがたい様子。目つぶしに撒かれた砂がまだ効いているのか、相貌は開かれていない。


 それでも勝利を確信したのだろう。

 高笑いをする隼人は砂を洗い流すこともせず、ただただ勝利に酔いしれるように両手を広げて歓喜していて、



「――金よ(metal)!!」



 ――かすれた声は、しかし確たる意志と力強さが込められていた。


「ぐっ、ぎ……?」


 間抜けな苦悶を漏らしながら、隼人の膝から力が抜けた。

 顎をとらえた鉄球が、その衝撃を余さず伝えたのだ。伝えられた衝撃はそのままてこの原理で脳へと到達し。

 隼人の意識を刈り取る結果を生み出す。

 双眸が開かれていれば瞳は泳いで、まさしく何が起きたのか分からないといった様子を拝むことができただろう。だがそうはならない。ただ間抜けな声と、どさりという音を残して、新垣隼人はフィールドに突っ伏した。


 場が、今度こそ静寂に包まれた。

 至近距離から、隼人の意識を刈り取った響は、どうして意識があるのか不思議な様子だ。

 二度も砲撃に飲まれ、打撲の数も多い。両足で立つことは諦め、今は四つん這いの体勢でなんとか体を起こしている状態だ。

 すでに意識を失い、治療を始めていなければ危険な領域。

 だが、まだやることがある。


 もう一度、痛みを意識の外に置き、片腕を持ち上げて魔術を紡ぐ。それは隼人の身体が転がるすぐ横に着弾。――とどめを刺したという意思表示だ。


 それが済んだ瞬間、全身から力が抜けた。

 地面に倒れこむ瞬間、なんとか身をひねって顔面を土につけることは回避する。衝撃に悶絶モノの激痛が走るが、今は些末なことだ。

 仰向けに寝転がって荒々しく酸素を求めた。

 そして。


「やった」


 熱にやられた声をかすらせながら。

 天に拳を突き上げながら。


「――勝った」


 初勝利の達成感に酔いしれる。


 ――見上げた空は、青く滲んでいた。

明日で連続更新ストップです。

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