17『甘くはなかった』
――魔術を打ち込んだ瞬間、勝ったと思った。
戦闘開始前の舌戦で、隼人を挑発。冷静な判断力を欠いている状態に、紋章術という見慣れない攻撃。そこに思考を割かせない、休みのない攻防。
さらに距離を詰めるという挙動で動揺を誘い、舌戦で埋め込んでいた「一歩も動かない」という意識を利用した。
――タロットに紋章に記し、それを投擲する事で攻撃手段とする発想は、奏との模擬戦の中で得たものだ。
魔力を流し込めば発動可能な性質上、紋章術は術式を組むという工程が必要ない。魔術の発動までにかかる時間を削減できるのだ。
結果、少なかった響の手数は増え、同時に複数の魔術を行使できるようになった。
威力は響がリアルタイムで組み立てるものよりも落ちるため、もっぱら、けん制が主な用途だが。
とはいえ、ばらまいたタロットはすべてブラフだ。
魔力さえ注げば使用可能な紋章といえど、さすがにあの数の紋章すべてに魔力を供給することはできない。
さらに言えばこの戦術は、隼人があの場から動いた時点で完全に意味のないものとなっていた。その可能性を潰すための挑発である。
「まさか、ここまで綺麗に決まるとは思ってなかったけど……」
思考誘導と奇襲に行動の制限。
本で得た知識や発想をふんだんに盛り込んだ。そんなシミュレーション通りにいった。ここまで掌の上で転がせると、いっそ物足りないから不思議である。だからといって、予想外なことが連続してしまうのは御免だが。
あっけない幕切れに、響は息をつき、走ってかすかに乱れた呼吸を整え。
――その感覚は、奏との訓練の中で幾度も感じたことのあるものだ。
不意に心臓を鷲掴みにされたような、咄嗟に、しまったと感じてしまうような感覚。
すなわち、危機感。
慣れていなければ、思考が空白になっていただろう。だが響は、学園最強と名高い師と、一カ月間ほぼ休みなく闘い続けてきた。
ほとんど脊髄反射で、横っ跳びに転がる。前回りの動きで受け身を取って、タイムラグなく起き上がると、地を蹴り体を前へと押し出した。
――熱。
数瞬前まで響の頭が、腕が、胴があった空間に、充分以上の威力を持った火球が着弾。土煙を上げて土を焦がした。
炎の壁が取り除かれ、姿を現した隼人は憎悪を燃え滾らせて響を睨みつけている。
右手は左肩に添えられ、その左手は力なくだらりと下がっている。自分が生成した炎を受けたのか、訓練着の所々が焦げて黒くなったいた。
――しかし、倒されてはいない。
想像以上にあっさりで、あっけないものだという感想はその通り。まだ新垣隼人は負けていない。片腕が使えなくなっていたとしても、依然その魔術力は響より上だ。正面から戦って勝てないことに変わりはない。
隼人は歯を食いしばり、憎しみと殺意とを込めた視線で響を射抜く。
「”落ちこぼれ”がぁ……! 調子に乗りやがって……ッ! なんだよその目は、なんだよその顔はッ! ガンくれてんじゃねえぞこらぁッ!」
激昂する隼人は、空気を振動させる勢いで魔術を展開。怒りそのままに行使されるそれは、丁寧さなどとは程遠い完成度。
炎が走り抜け、飛びのいた響のすぐ横を、暴威が通過する。
「やっぱり、甘くはなかったか……!」
その威力を目の当たりにし、響は歯噛みする。
ありったけの火元素を生成し、それを放出する攻撃。
先までの攻撃がマシンガンだとするならば、今のこれは大砲だ。
一年生の中でも上位に食い込む威力は戦慄ものだが、走り抜ける暴力は非常に燃費が悪いことだろう。響にすら分かる粗さが、余分な魔力を隼人から吸い上げている。遠からずバテるだろう。
「らあぁっ!」
「くっ……」
――響が生き残れば、だが。
二発目の大砲を、前方に身を投げ出すことで回避。着地は前回りで衝撃を殺し、起き上がる勢いを無駄にせず走りだす。
大砲と化した隼人の魔術は一発ずつとはいえ範囲が広い。躱すのも一苦労な上、マシンガンならばセーフだった一度の着弾が、砲撃では即刻アウトだ。
この魔術に満たない暴力は、響も予想していない。これまでのシミュレーションをいったん捨て、新たに戦術を考え出さなければ。
焦る気持ちを強引に押さえつける。ひきつりそうになった表情は、身に着けたポーカーフェイスで誤魔化した。
鍛えた体力と筋力、受け身の技術を総動員して、火炎の砲撃を躱す、躱す、躱す――!
「テメーのそのすまし顔が気に入らねえんだよ! なに余裕ぶっこいてんだ! 雑魚は雑魚らしく泣いてわめいて、這いつくばって許しを請えよッ!」
「冗談……っ!」
響のすぐ後ろを、砲撃が駆け抜けた。
その熱と衝撃波で、軽くバランスを崩す響は、崩した勢いを利用して片手側転。
「火よ!」
開いた方の手で火の元素を射出。
威力も速度も足りない一撃は、隼人にあっさりと避けられる。だが本命はそれではない。
手をついた地面。そこにタロットを突き刺している。
わずかなタイムラグの後、生成された木の槍が一直線に隼人に襲い掛かった。
だが甘い。いくら平静を失っているとはいえ、この程度の策では虚をつくことなどできるはずもない。
火球に続いて木の矢まで避けられる。その回避の硬直につけ込む。
隼人の斜め四五度にある土を踏み、
「水よ!」
「しゃらくせえ!」
再度の砲撃。
魔力を直接たたきつけたような攻撃は、水の玉すら一瞬で蒸発させ、かろうじて軌道上から移動した響の眼前を通過する。
目と鼻の先で目の当たりにする威力に顔をしかめ、うらやましいという気持ちを封殺。威力が高くとも、衝撃波でダメージを受けるほどではない。奏に比べれば可愛いものだ。
響は再び疾走を再開する。砲撃は一度放てば即座に次を準備できるわけではない。そのわずかな隙に付け込む。
タロットを複数枚取り出す。砲撃をギリギリの近距離でやり過ごし、ちょうど炎の陰になる位置から一枚を投擲。
まずは蔓草。隼人の足元に突き刺さったタロットが、描かれた術式に沿った通りに発動し、貧相な蔦を伸ばして隼人の足をからめとる。
「あぁ?」
しかし響のそれは貧弱極まる。ただうっとうしそうに足を一振りするだけで容易く引きはがされる、拘束力など皆無の魔術。それでも一瞬、意識は響から逸れた。
二枚のタロットを同時に投擲。今度は隼人の右と左、挟む形で地面に突き刺さったタロットは、寸分違わぬタイミングで紋章を輝かせた。
土元素が生成され、射出の術式に沿って隼人に向かう。塊として生成されなかったそれは、土煙を巻き上がらせる結果を生んだ。
「ぐっ……。クソがぁッ!」
目つぶしとなったのかどうかまでは分からない。だが少なくとも、隼人の怒りは加速した。
砲撃。
馬鹿の一つ覚えの攻撃は、それに似合わぬ充分な威力を秘めている。人にダメージを与えられなくとも、生ずる熱風は砂程度の粒なら容易く吹き飛ばす。
紋章を二つ使用した目つぶしはあっさりと晴れ、だが響は先んじて手を打っている。
「小細工をぉッ!」
鉄球が二つ、一直線に隼人に向かう。どちらも、当たり所さえ悪くなければ痣程度で済む威力。隼人を負傷させたものとは一段階レベルが落ちる。
捨ておいてもいいものだが、響への怒りを滾らせた隼人が、怒りの矛先が放った攻撃をあえて受けるはずがない。
腕を引いて一つを躱し、頭を下げて軌道上から外れる。――その隼人の真後ろ。
土煙と鉄球に意識を割かせている間に回り込んだ響は、今まさに鉄の玉を躱し切った隼人に背後から狙いを定めていた。
狙うは頭。気絶が不可能でも、二撃目を叩き込む時間を作るのに充分な完成度で魔術を構築し、
「————っ!」
発動前、ギリギリで気がついた隼人が相貌を見開く。
だが、もう遅い。砲撃はクールタイムの関係上、このタイミングで使えるはずがなく、頭を下げた不自然な体勢からは咄嗟の回避も望めない。
「金よ《metal》」
詠唱。先の鉄球よりも一段優る魔術が紡がれて、隼人の側頭部を目指し――。
――それに先立って、響の胸に火球が叩きつけられていた。
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明日も同じ時間に更新します。




