16『戦術』
――これより、一回戦第三試合を始めます……。
「あ? なんだよ。逃げてなかったんだな。"落ちこぼれ"」
放送とブザーが試合開始を告げる中、体育館の倍ほどの大きさがある円形のフィールドの反対側。そこに仁王立ちする隼人はそう言った。
「全然出て来ねえから、尻尾巻いて逃げたんだと思ってたよ。まあ? こうして出てくるのと逃げるのと、どっちが利口かは分かりきってるけどな」
「…………」
普段通りの嘲笑を張り付けた隼人は、沈黙する響を小馬鹿にする。
「大人しく、身の程をわきまえてりゃぁ、痛い目見なくて済んだっつーのに、バカだなぁ」
「…………」
「まあ、こんだけ有名な"落ちこぼれ"なら、そんなことに頭が働くわけもねぇか。見ろよ、この観客の少なさ! テメーが"落ちこぼれ"だって分かってっから……始まる前から勝負が決まってっから人が来ねえんだぜ!」
「…………」
確かに、それなりの広さを誇るとはいえ、第二訓練場の観客席には空席が目立つ。見れば、ブザーが鳴っているにもかかわらず始めようとしない二人に、少しの苛立ちを感じているように見えた。
それを手を広げて指し示してみせる隼人は得意げだ。いつも通りに、傲慢に、ただ響を傷つけるためだけの言葉を並べる。
そして、響は閉口して下を向くだけ――
「はっ! もうこの時点で、俺とテメーとの格の違いは歴然なんだよっ! テメーは、努力しても、何も報われねえ!」
「――うるさいよ」
――いつも通りなら、だが。
落ち着いた口調。落ち着いた表情。落ち着いた態度。
響は今、自分がすべきことをする。
まさか言い返されるとは思ってもみなかったのか、隼人は一瞬だけ眉をひそめ、
「ああ?」
と、やや素っ頓狂な声を上げた。
「うるさいって、言ったんだよ。さっきからペラペラと、"落ちこぼれ"だとか格が違うだとか。前から思ってたけど、同じことしか言わないよね? 本でも読んで、新しい単語を覚えたら?」
「…………っ……!?」
澄まし顔で口にされた言葉を、最初は惚けた顔で聞いていた隼人だったが、意味を理解するにつけ、あからさま過ぎるくらいに怒りを滲ませる。
――新垣隼人はプライドが高く傲慢で短気だ。
付け加えて言うのなら、常に自分が最優先。自分を誇示し、見下されることを良しとはせず、見下されているかもといった疑惑でさえ潰さなければ気が済まない。
その結論は、隼人を相手としたシミュレーションを行うとすぐに導き出された。
何度かした会話や、一ヶ月半前の騒動を起点を置いた結論。思えばやたらと響に絡んで来たのも、自分を誇示する目的あってのことだろう。
あの騒動も、少しずつだが成長する響を放っておけなかったと考えれば納得がいく。
ここまで傾向がはっきりとしているのならば、それを元に策を練らない手はない。
突然の響の反撃に、狼狽えたのも数秒。隼人は眉間にしわを寄せ、怒りの形相で唾を飛ばす。
「テメェ……こら雑魚ぉ……。誰に口聞いてんのか分かってんのか!」
「もちろん分かってるよ。俺が今会話をしてるのは、取るに足らない人間だ」
「ぶっ殺す! "落ちこぼれ"ごときが……! 天才の俺を馬鹿にしやがって! 俺とお前じゃ格が違うんだよ! 俺が一歩も動かなくても、テメェなんざミンチにできんだ!」
「確かに、俺と新垣じゃあ、持ってる才能は相当かけ離れてると思う。魔術に関して言えば、完全に俺の負けだよ。でも――」
「ああ……!?」
声に憤怒を含ませて、ありったけの憎悪を込めて、隼人は響を睨みつける。
三ヶ月前であれば後ずさりしていたであろうその視線に、響は屈しない。一切表情を動かすことなく、いや。
それどころか口の端を持ち上げて、散々向けられたのと同種の笑みを浮かべて言った。
「――俺が君に負けることはないよ。」
「…………」
一瞬、時が止まる。
隼人は、何を言っているのか分からないといった風に口を開け、数度パクパクと動かした後、
「……あ? そりゃぁ、何の冗談だよ……」
「冗談でも何でもない。事実さ。君はこの戦いで、尻尾を巻いて逃げ惑うことになる。別に、その場から動かないでミンチにできるなら、やればいいよ。できるなら、だけど」
「…………」
突発的に沸点を超えた怒りは、殺意にまでなっている。
もはや言葉で発散させることはせず、隼人は口を閉じて、ただ殺意だけを持って目の前の響を視界に収めた。
――動きは刹那だ。
隼人が両腕を突き出すと同時、響は地面を蹴って横に向かって走り出す。
「火よっ!」
咆哮にも似た詠唱が会場に響く。
突き出された隼人の両手から、交互に火球が掃射された。マシンガンのように、間断なく降り注ぐ炎の猛威は、以前にも見た通り一年生としては破格の一言だ。
その攻撃を背後に聞きながら、響はフィールドを駆け狙いを定めさせない。
皮肉にも一カ月前を踏襲するような形。それを隼人は、頬を引きつらせながら、
「はっ! 進歩がねえな”落ちこぼれ”! 夏休み必死こいて訓練してて、やってることは何も変わらねえじゃねえか!」
唾を吐き、罵倒する隼人には手加減の色は見受けられない。
暴力的な狂気を前面に押し出して、隼人の攻撃は休まることなく続いていく。だが、
「――何も変わってないのはそっちもだけどね」
苛烈な攻撃に身をさらされながらも、表情を崩さない響は駆けながら呟く。そして、次の瞬間に行動に出た。
前方に射出された火球を、ターンすることで半身をずらして回避。回転の挙動に合わせて腕が走り、ホルダーに収納されていたタロット――紋章を指に挟み、投擲。
綺麗な弧を描いて飛ぶそれは、弾幕を張る隼人の側方の地面に突き刺さる。
「あ? なんだそれ。ふざけてんのか」
「ふざけてないよ」
鼻で笑った隼人に否定の言葉を投げかけた瞬間、タロットは発光する魔術陣を展開した。
――火。
生成された火球が、まっすぐに隼人に向かって射出された。
「ああっ!?」
隼人は目をむき即座の反応。片方の腕をタロットに向かって振り回し、迫る火球を自身の火球で撃ち落とす。
隼人の魔術はタロットの魔術に、威力の上で大きく優る。その威力は打ち落とすだけでは削り切れず、余剰分でタロットを燃やす。
だが危機を回避したにもかかわらず、隼人は渋い表情だ。
「なんだよ、今のは……」
呟くように発せられた疑問に答える気も、火球の弾幕が薄くなったわずかな瞬間を逃すつもりはない。
「火よ!」
言霊が術式を紡いで元素を生成。
隙を見せる隼人に吸い込まれていく。が、
「ちぃっ、なめんな雑魚が!」
さすがにその程度で仕留めきれるような相手ではない。
口上と同時に打ち出された火の元素が、響の火球とかち合い、相殺されきらなかったエネルギーが飛び散る。
その真正面から戦うのではない、隙を突こうとする戦い方に、隼人は怒りの形相に一筋の汗を垂らして、
「おい、”落ちこぼれ”! なんだよ、さっきの」
――は、と言い切る前に動いた。
そんなものにいちいち答える無駄はすべて省く。解説などする余裕はない。ただ純粋に、相手の隙を突いて魔術を叩き込むことだけを考えるのだ。
紋章術の意外性による不意打ちは今ので失敗。次の戦術に頭を切り替えていく。
「クソが! 無視だぁ? 卑怯な真似しやがって……。正々堂々と戦えよ雑魚がぁ!」
罵倒を受け流し、繰り出される火球を転がって回避。前回り受け身から起き上がる挙動に合わせてでカウンターの魔術を叩き込むも、あっさり打ち落とされる。
真正面から戦えば、万に一つも勝ち目はない。圧倒的な火力差と速度、ついでに魔力に押されて負けるのがオチだ。
だから響は、決して真正面からは戦わず、ただ策を講じて勝機をうかがう。
目の前に撃ち込まれた火の玉を急停止でやり過ごす。急停止で一瞬動きが止まったところを狙った同じ魔術をかがんで躱し、追尾するように放たれた第三射の軌道上から転がって外れた。
的を失った第三射はそのまま地面に突き刺さり、敷き詰められた土を舞い起す。ほんの一瞬だけ響の姿を隠した。好機だ。
「――しっ!」
疾走。
隼人の外側を円を描くように周回する道を変更し、二人の間に空いていた数メートルの距離を詰めにかかる。
「な――っ」
無防備にも弾幕に突っ込んでくる、愚かな行動に隼人は刹那だけ狼狽。だが次の瞬間には、格好の的に嗜虐的な笑みを浮かべ、魔術の連射を再開した。
炎の塊が響のすぐ横を通り過ぎ、腿にかすった。顔面を狙ったものは顔を傾けて躱し、髪を巻き上がらせるにとどめる。直撃だけはさせない。
紙一重でステップをし、身をかがめ、ターンの動きと同時に腰のホルダーを解放。
「ふっ――!」
「ぐ……!」
掴んだタロットをばらまく勢いで投擲。隼人の周囲三六〇度を紋章が囲み、集中砲火の陣形を描く。タロットが攻性のものだと判断した隼人は咄嗟に動いた。
響を吹き飛ばす目的だった火元素魔術の術式を、射出から放出へと変更。生成した炎を玉にはせずに、燃え盛る炎の壁としてぶちまけ、ばらまかれたタロットをすべて焼却する――。
――それが試合開始以来、最も大きな隙になった。
下級の弾幕が止んだ瞬間、響は存在した距離を一気に詰めてほぼゼロ距離まで接近。
炎の壁で視界が封じられている隼人はその挙動に気付けない。まさしく、絶好のチャンス。
「金よ!」
生成された鉄柱が壁を突き抜け、鈍い音を発生させた。
ブクマ、ポイント、感想等、大歓迎です。
連続更新は金曜日までになりそうです。




