15『学園最強の実力』
――序列決定戦、当日。
午前の授業を終え昼休みを挟むと、生徒は自分が指定された訓練場に足を向ける。
序列決定戦では、敷地内に存在する三つの訓練場をすべて使用して、各試合が行われるのだ。
祭りのような、しかしどこか緊張感をはらんだ空気は、部活動の大会を想起させる。この戦いに、より大きな戦いの出場権がかかっていると考えれば、なるほど、状況はそれなりに似ている。
違うのは、戦う相手が同学年に限られ、なおかつ全員が同じ学園の生徒だということくらいか。
響もそんな生徒たちの流れに乗って、学内でも最大規模を誇る訓練場――第三訓練場に向かって歩を進める。
響の試合がそこで行われるのではない。その師、奏の試合が行われるのだ。
奏の試合は、そのあまりに卓越しすぎた技量により、教師が相手を務めることになっている。
まさか師が負けるとも思えないが、少なくとも響を相手にした際よりも上の次元を目撃できるだろう。
「まあ、殺人レベルの魔術撃たれたら、傍から見てても分からないだろうけど」
ふと頭をよぎる、見ているのに知覚しきれないという懸念。訓練場常設の結界すら破壊しかかる奏の火力は、次元が上過ぎてそもそも認識出来ない。早すぎる。
とはいえ、開幕戦という側面がある以上、奏も見えるレベルで魔術を使うだろう。おそらく。響相手に手加減を間違えた記憶があるので、いまいち信頼しきれないが。
訓練場に入る。中の通路を通って観客席へ。
「おお……」
ドーム型の建物。あくまで学内施設に過ぎないそれは、巨大といっても常識の範囲内に収まる。
その観客席が、人でごった返していた。
空いている席は存在せず、それでも入りきらなかった一部の学生が、席の後ろに空いた通路に陣取って立ち見。
魔術学園の生徒数は一五〇〇人程度だが、これはその三分のニ以上の出席があると見て間違いないだろう。
それだけ、奏の試合は見る価値がある、ということだ。
『――これより、平成二×年度、序列決定戦を執り行います』
スピーカーで拡大された女生徒の声が訓練場内に広がると、騒いでいた観客の声は小さくなっていく。
やがて、すっかり場が静まってから、放送は続けて注意事項を羅列する。
落ち着いた、冷静な声が響き渡り厳粛な雰囲気を作ってから、
『では、今年度最初の試合の解説兼、コメンテーターの紹介を。皆さんご存知、養護教諭の柳川美里先生ですっ!』
途端に先までの厳粛さをかなぐり捨て、やけに明るく弾んだ声で進行する。
「……ん? 先生が解説? コメンテーター?」
響の知る美里なら、もしもの怪我に備えて、フィールドにすぐに駆けつけられる位置に陣取っていそうなものだが。
眉をひそめる響。その疑問に答えたわけではないのだろうが、スピーカーから不機嫌を隠そうともしない声音が漏れる。
『……私は、承諾した覚えはないのだがね』
『堅いこと言わないでくださいよー。年に一度の行事なんですよ? なるべくなら明るく笑ってキャピキャピと……』
『年に一度の、怪我人が最も増える行事だ。本来なら私は三ヶ所で同時に試合が執り行われることにすら反対なんだぞ? すぐに駆けつけられないではないか』
『いやー、でも治癒魔術をある程度修めた先生や、救護班は配置されてますし……』
『本当に切羽詰まった状態だったらどうする。こういった催し事は、常に最善のリスクヘッジをしておかなければならない。それがなんだ。場合によっては取りこぼすことすら考えられるずさんさだ。頭がおかしいのではないか』
『せんせーい、そんなこと私に言われても困るんですけどぉ』
どうやらかなりご立腹なようだった。顔は見えないのに、眉間にしわを寄せた美里の顔が目に浮かぶようだ。
せめて放送席ではなく、フィールド内にいたいと抗議する美里を、なんとか司会の女子は宥める。
司会は、そのやり取りに呆れる者、含み笑いをする者を出しながら、なんとか美里に放送席にいることを承諾させると、
『ではっ! 気を取り直しまして、今年度最初の試合ですっ。出てくるのはそう、皆さんご存知、三年生を差し置いて学園最強の名をほしいままにする二年生、佐倉奏さん!』
訓練場が湧く。この場限りは会場となったこのフィールドに、響から見て右側の連絡路から師は姿を現した。
肩にはキュルリンを乗せ、困惑を顔に滲ませながら、一歩一歩進んで行く奏。盛り上がりすぎてて困っているようだった。その道中。
「あ……」
特に何があったようにも見えなかったが躓いた。
思わず声を漏らす響の瞳には、大勢の前で腕を振り回しバランスを取ろうともがく師の姿が写っていた。
あっけにとられる会場内をよそに、奏はなんとか体勢を立て直す。一息つき、それからキュルリンに何かを言われて顔を赤くした。
これは恥ずかしい。弟子となった今、響にまで及ぶ羞恥。
会場と同じく目を見張っていたのか、放送も一瞬止まり、気を取り直すとわざとらしく明るい声で、
『えーっと! では、その学園最強の相手をするのは、我らが実技講師の田中先生ですっ!』
微妙な空気の中、名前を呼ばれた壮年の男性は、奏とは反対側の入り口から姿を見せた。
こちらは躓くこともなく普通に歩を進めた。
二人は向かい合い、一礼。
赤面していた奏も、事が魔術となれば綺麗に意識を切り替えている。
『――それでは、序列決定戦、第一試合目……開始!』
――合図とともに、ブザーが鳴る。
手を掲げるのは同時。まったく変わらないタイミングで魔術を構築し始めるが、先に完成させたのは奏だ。
魔術陣が、田中講師の頭上に出現。紫色に輝くそれは、刹那の間に組み上げられて、圧倒的な魔力で講師を地に伏せさせる。
――重力魔術だ。
次いで展開されたのは、響も見慣れた金元素。単純な元素の生成で作られた鉄針は、一本が人一人分ほどの大きさ。射出されればコンクリートだろうと貫通して余りある威力。
――それが、都合二〇本、田中に切っ先を向ける形で囲むように出現した。
訓練中、タイムラグなく降り注ぐ鉄球の群れを見て、奏の魔術構築速度を恐れたものだが何のことはない。
ただ、一度の魔術行使であの数を生成していただけなのだ。
その技術はあまりに規格外。現場の魔術師ですら及ばないであろう技術。それゆえに疑問が起こる。
――どうして学校に通ってるんですか、と。
だが迎え撃つ田中も、伊達や酔狂で講師をしているわけではない。
鉄針の生成から射出。その間のわずかなタイムラグに、半透明の結界を完成させた。
田中を外部からの魔術干渉から防護する、半円型の壁は、響の目から見ても強度は相当なものだ。
瞬間、視界から鉄が消え、次に知覚できたのは、亀裂が走り、半ば以上損壊されつつも、何とか耐えた結界。だが――。
――ガラスが軋み砕けるような音がして、耐えたはずの結界が崩れ去る。
初手に使用した重力魔術が、防護を完全に押しつぶしたのだ。
即座に転がり、重力のかけられた範囲から逃れる田中。すんでのところで、再度の過重力からは逃れ得た。
無論、その隙を見逃す奏でもないが。
飛ぶキュルリンが鳴き声を一つ上げ、そこを起点として魔術が展開される。生成されたのは粘度の高い網だ。
咄嗟にレジストしようと動く田中だが、網の方が早い。
絡め取られ動きを封じられた田中に、奏は中空に鉄針を生成、射出。
音を置き去りにして突き刺さる一撃が、身動きの取れない田中の、目と鼻の先に着弾し、轟音が会場を震わせる。
この間、一〇秒にも満たない。
しばらくは、誰も反応することができない。
誰もが呆気にとられ、教師が瞬殺されたという事実を飲み込むのに時間がかかる。
『はっ、え、えーっと! 勝者は佐倉奏さんですっ!』
遅れて我に返った司会の女子が勝敗を告げ、幕が降ろされる。
――教師すら圧倒して、奏は勝利を収めた。
* * *
圧勝した奏に声をかけたい気持ちはもちろんあったが、自分の試合を疎かにできるはずもない。
三試合目に初戦を控えた響は、奏の試合の決着が着くが否やすぐさま第二訓練場へ。
通路を進んで、事前に伝えられていた控え室に入る。
すでに一試合目は開始されている。
控え室に設置されたモニターには、リアルタイムでフィールドの状況を見る事ができた。
一年生が習得している、簡単な魔術の撃ち合いだ。規模が小さく地味なそれは、先の試合と比べるといささか以上に見劣りする。
もっとも響は画面の二人よりもレベルが下なわけだが。
「…………」
それを見ていると、もうすぐ、待ち望んだ瞬間がやってくるのだと実感できた。
普段通りの訓練着に着替え、その上からベルトを巻く。侍なら刀を提げる位置。そこに紋章の入ったホルダーを装着すれば、響の準備はあっさりと完了する。
緊張する。
心臓は常より早く脈打ち、呼吸は早い。
だが、不思議なほど落ち着いている。短い時間とはいえ、何度も繰り返しシミュレーションを重ねたからだろうか。
それとも奏に弟子入りしてからというもの、文字通り休みなく研鑽したからか。
いずれにせよ、やることはすべてやった。
すべてやったのだ。
――もしここで負ければ、なんの言い訳もできない。
「いや……」
言い訳などしたことはない。ならば、やはり不安になることなどないのだ。
ふと、響は一昨日、奏が言っていたことを思い出し苦笑した。
「……ふ」
あまりに心配をされたものだから、逆に響は落ち着いたのかもしれない。
もちろん、奏が言っていた注意事項は全てこなしてある。
「本当は、これまでの事とか思い出すんだろうけどなぁ……」
魔術学園に入学してからの、辛かった二ヶ月や、奏の弟子になってからの三ヶ月。隼人に嬲られたこと。
いい思い出から悪い思い出まで数あれど、こういった場面で思われることは何一つとして考えつかなかった。
代わりに、重ねたシミュレーションに問題点がないかを確認するという、何とも現実的な脳の働き。
感慨に耽ることはなく、ただ目の前の戦いの事だけを考える姿勢は、実践することの難しいある種の技術だ。
「少年漫画とかだったら、完全に敵役だよなぁ」
愛や友情を唄って戦う主人公たちとの乖離に、響は自嘲気味に呟く。それを気にするような事などないが。
気づけば、モニターで戦う生徒の顔が変わっていた。
思考に沈む間に、一試合目は終了したらしい。
そう納得すると同時、控室のドアが叩かれた。
「菖蒲響さん、そろそろ移動してください」
「はい」
腕章をつけた男子生徒に連れられて、響は移動。
フィールドに通じるドアの前での待機を指示された。
ドアの向こうでは、試合が繰り広げられているのだろう。わずかに聞こえた音や歓声、応援の声が聞こえた。
――やがて音が止み、代わりに観客席の声が増す。
『第二試合の勝者は――』
放送が勝敗を告げた後、ドアが開いて疲れた様子の男子生徒が入ってくる。人がいることに一瞬目を見開き、それが"落ちこぼれ"だと分かると、目線をそらしてさっさと下がっていった。
『続いての第三試合は、新垣隼人さんと、もう一人は……」
一拍置いて、くすりと笑う声。それから咳払いをして、
「もう一人は、有名人ですね。我が校が誇る"落ちこぼれ"の菖蒲響です。……それでは両者入場してください』
微量に含まれた悪意を感じながら、響は扉を開けてフィールドへ向かう。寸前、
「菖蒲くんっ!」
「キュルゥッ!」
呼び止める声に振り返る。
そこにいたのは息を切らす響の師とその使い魔。奏の白い肌は上気して、走ってきたことを窺わせた。
「ふう……ま、間に合った。いや、もう名前呼ばれちゃってたし、間に合ってはないかもしれないけど」
「はあ」
「もうね、新聞部の人たちに呼び止められちゃって、インタビューがどうとかって……。今度にしてって断って、何とか走ってきたの」
「それは、ありがとうございます?」
膝に手をつき肩で息をする奏。答える響は、いまいち奏来訪の意図が分からず、語尾が疑問系になる。
奏は何とか息を整え、ここに来てから初めて顔を上げた。響の顔を視界に収めると、「あれ?」と目を丸くする。
それから、ホッと肩の力を抜いて息を吐き、
「なんだ、緊張してるかもと思ったけど、本当に大丈夫なのね……」
「キュル……」
「だから言ったでしょじゃないわよ。心配するのは、師匠として当然のことなんだから」
相変わらずのキュルリンに、奏は唇を尖らせて反論した。
だが、すぐに安堵の微笑みを作ると、響の肩を叩き、
「ごめんね、呼び止めて。――それじゃ、行ってきなさい」
「――はい」
ドアを開け、フィールドに足を踏み入れる。靴が砂を踏みつける音は、観客席の声にかき消された。
響の序列決定戦が始まった。
ブクマ、ポイント、感想等、大歓迎です。
明日も同じ時間に更新します。




