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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
1章『落ちこぼれ魔術師の戦術』
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13『一か月半』

 ――踏み込んだ足をバネにして、飛び込む勢いで片手側転。


 叩き込まれた鉄球の猛威をやり過ごし、躱す挙動には攻撃の意味もある。

 側転で空いた手。そこから紡ぎ出された魔術陣から、生成された蔦が地を這い進む。


火よ(ignis)


 向かって放たれたのは炎の奔流。蔦を包み込むように焼却し、それだけに留まらずに突き進む。


 だが迎え撃つ響は動じない。


 炎を避けるでもなく、側転した位置から動かずに、魔力を練って魔術を紡ぎあげる。――だが、それでは間に合わない。


 あわや飲み込まれる、寸前。

 どうしてそんなことが起こるのか、響の側方――側転時に手をついた地点に魔術陣が出現。放射状に水泡が散布され、

それはすんでのところで炎をせき止めるには至らない。瞬時に蒸発し水蒸気に代わってしまうが、炎の波の速度は著しく下がった。


 だが、それで終わるほど、響が相対する奏は甘くない。炎では即座に突破できないと見るや、複数の鉄球を空中に生成。響を横から急襲する形で放つ。


 地面に金属がぶち当たる音が響き、土煙が上がる。逃げ場がなく、炎で視界も充分でない状況からの攻撃だ。

 回避はままならず、奏の魔術から身を守りきる術に心当たりがない響の結果は、見るまでもなく明らか。


木よ(wood)!」


 水鉄砲に阻まれ、それによって響の逃げ道を塞ぐ役割を演じていた炎が割れる。熱の壁を突っ切った響が、完全に意表をつく形で魔術を放った。


 先よりも数倍は巨大な蔓草が、奏を縛り動きを封じようと走る。それはもはや不可避のタイミング。刹那の後には現実となったであろう光景。

 しかしそれは、奏が常識の範囲内の学生であったらの話だ。


金よ(metal)


「な――!?」


 常軌を逸した速度で展開されたその魔術が、格子状の網を持つ檻となって、蔓草の進路を塞ぐ。これで響の攻撃はあえなく失敗した形になるが、その檻が収容したのは蔓草だけではない。

 術者――響も同時に閉じ込めていた。


 たたらを踏んだ響は、檻への激突さえ避けたものの、これでもう何もできない。


 まさに勝利を確信したタイミングで、力の差を見せつけられて響は愕然とする。

 そんな響には奏は笑いかけ、


「さて、そろそろ休憩にしましょうか」


「なんかズルい!」


 響の悲痛な叫びが木霊した。



 * * *



 けたたましい鳴き声で、猛暑をさらに救いようのないものに感じさせるのは夏の風物詩。

 青く澄んだ空には雲一つ見当たらず、代わりに赤々と輝く太陽が、地面を照りつけていた。

 熱せられた地面からは陽炎が昇り、景色をゆがませている。


 想像するだけでも汗が出てくる光景。そんな炎天下の中、炎の真ん中を突っ切るなどという真似をした響は、日陰に座り込んで、


「暑いし、熱い……。あの、やっぱり火元素の魔術はナシにしませんか……?」


 半袖短パンのラフな格好で、汗をダラダラ流しながら提案した。


「却下。それじゃ訓練にならないでしょ」


 返す奏も、響と似たり寄ったりの格好だ。髪は普段とは違い、はっきりとポニーテールにまとめ、響ほどではないにせよ額から汗を垂らしていた。


「それに、あんな事する菖蒲くんが悪いんでしょ。普通考えつかないし、考えついてもやらないわよ。危ないもの」


「最後の鉄球の威力の方が危ないですよ」


 響が炎をくぐらなければ食らっていたであろう一撃。全力でないことは百も承知だが、当たったら骨折の可能性がある攻撃を、普通は手加減したと言わない。


 奏は、弟子のジト目での抗議に肩をすくめ、


「今日まで何回も訓練してれば、あれは当たらないだろうなって分かるわよ。師匠なんだから」


「じゃあ炎を突っ切るっていうのも?」


「それは分からなかったけど……。言ったでしょ? 思いついても普通はやらないって。危ないんだから」


「入る前にたくさん水浴びましたよ。目もちゃんと瞑って、息だってしませんでした。……熱かったですけど」


 いわゆる酸化の結果としての炎ならば、水を浴びたところで突っ切ることはできなかっただろうが。魔術の炎はあくまで魔術の炎。魔術の水を使えばそれが魔術的な防御壁の役割を、多少果たす。

 あくまで、多少だが。

 

 注意する奏に、響は拗ねたように答えるが、最後の声は渋々事実を認めたようだった。

 実際、あと少し炎の領域が広ければ、全身火傷をしていてもおかしくない。美里に知られたら大目玉だ。


「分かったら、今度から控えること。ピンチなら仕方ないけど」


「さっきもピンチでしたよ。鉄球が襲い掛かってきてましたもん」


「揚げ足取らないの」


 訓練場のフィールドから離れ、観客席に設けられた日陰で軽口を叩く師弟。

 日陰といえど夏の熱気は凄まじく、汗がひっきりなしに湧き出てくる。

 現に、キュルリンなどは「キュルゥ……」と呻き、グデーっとバテていて、それなりに涼しい地面を探すと、その上に伸びていた。


 その様子を、出て行く分の水分を補給しながら眺めていた響は、ふと声を発する。


「……暑いのに、わざわざすみません」


「うーん、ここを指定したのは私だから、謝るならむしろ私の方なのよね」


 ――今は夏休みの真っただ中。


 二人が訓練に使っているのは、夏休みの間にも開放される魔術学園の訓練場。まさか奏のように家に訓練室がある生徒ばかりなわけがなく――というかある生徒の方が圧倒的に少なく――そこを配慮した学園が、夏休み中も全訓練場を開放し、自主練に使わせるのだ。とはいえ、この暑い中くる生徒はそこまでいないが。


 そして三つある訓練場の中でも、夏限定で不人気なのがここ第二訓練場である。理由は至極単純なもので、


「まあ、ずっと外っていうのは熱中症の心配もありますけど」


「対策はしっかりしてるけどね。水分たっぷり、お塩も常備だし。いざとなれば柳川先生を呼んでこられる」


「怒りそうですけどね」


 第二訓練場は第一、第三と違い外にある。いわゆる球場と似たような構造になっているここは、当然のごとく遮蔽物が少ない。夏の間は直射日光の的になるため、やはり冷暖房完備の第三訓練場が人気だった。


 また余談ではあるが、天然でそれなりに涼しい第三訓練場も、夏に関してだけ言えばそれなりに人が集まる。木が近くにあるので虫は多いが。


 ともあれ、奏がこのような不人気スポット選んだ理由は、当然存在する。


「でも、ここまでして隠匿する必要あるんですかね……」


 あくまで響の成長を悟らせないため。それだけの理由にしては我慢の度合いが強いものの、序列決定戦の一回戦突破の可能性を上げるためには必要な処置でもあった。


「実際、新垣のことがあってから、俺はなめられっぱなしだと思いますよ。基本的に全員、俺を侮ってるはずです」


「そうだとしても、今の君と私との模擬戦を見たら、手の内バレちゃうでしょ?」


「そう、ですね。バレてるの前提で組む戦術もあるにはありますけど、バレててくれない方がありがたいです」


 隼人とのいざこざがあったのは、すでに一ヶ月半ほど昔の事だ。厳粛な職員会議によれば、隼人は停学二週間。他の生徒は一週間だそうだ。

 それだけ聞けば甘い処分だと思うかもしれないが、ついでに夏休み中に予定されていた一、二年合同合宿の参加権もはく奪されるという、厳しい面もあった。


「思えば、合宿も、俺が弱いって宣伝する効果がありましたよね。意図して負けたわけじゃないっていうのが辛いところですけど」


「そうね。綺麗な負けっぷりだったわ」


「今さらそれくらいじゃ傷つかなくなってきましたよ……。事実ですし」


 奏の無意識の毒に、響は苦笑する。夏休み中、休みもほとんどなく毎日のように顔を合わせていれば、慣れもするというものである。


 蝉の鳴き声が大きくなる。

 なんとなく二人は黙って、水分補給に集中していた。

 不人気な場所だけあって、周囲に人の気配はない。蝉の声さえ無視できるのであれば静かなものだ。


「ねえ、菖蒲くん」


「なんですか?」


 凛とした、真剣なときに出てくる声音。それを感知した響は自然と背筋が伸びる。


「君は成長したと思う。威力も速度もよほど調子が良くて平均だけど、成功率は一〇割になったし、紋章術を戦いに組み込めるようにもなった。戦術も、まだまだ頼りないけど、形になってきてる。この夏休み、君は本当に頑張ったと思う」


「……そんな、先輩の方こそ。その、こんな俺なんかのために、夏休み返上して」


「それはいいの。私は気にしてないんだから。――それで、意地悪な質問かもしれないけど、勝てると思う?」


「…………」


 響は、この夏休み、おそらく誰よりも努力をした。

 隼人の一件で深手を負ったせいで、数日間激しい運動はできなかったが、その遅れを取り戻そうとランニングには力が入った。

 魔術も、すでにクラスメイトが一カ月前に駆け抜けた道を辿り、夏休みという時間まで存分に使って最低ラインには立った。――残念ながら、無才は本物で、ここまで来るのに通常の三倍ほどの労力は使っているし、新学期が始まれば詰めた差はまた開くだろうが。

 紋章術もなんとか実践投入できるようになってきたし、夏休みに入ると同時に始めた戦術の訓練には最も力を入れた。


 およそ夏休みのほぼすべての時間を使って、響はただ邪道を走り続けた。奏に弟子入りする前と比べれば雲泥の差がある。

 だが、それでも、実戦においての勝率だけはまだ分からない。奏はそもそもが比較対象外。同学年で、戦術を武器にした戦闘はまだ経験がない。


「勝てるかどうかは、分かりません」


 そう前置きする響は、しかし言葉とは裏腹に強い光を宿して、


「けど、勝ちます」


 自信があるわけではない。ただ、意思があるだけ。

 そう、一か月半ぶりに言い切った響に、その師は。


「よろしい。じゃあ、訓練再開しましょうか」


 満足そうに微笑むと、休憩の終わりを告げる。

 夏休みは残り数日。


 ――序列決定戦まで、一週間を切っていた。

ブクマ、ポイント、感想、大歓迎です。

明日も同じ時間に更新します。

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