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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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50『VSコドラ』

 一歩二歩で短い助走を終えたコドラが、その身軽な身体を宙に躍らせた。


 ――速い!


 大熊や猪に比して、コドラの体躯は細身だ。防御力という点では劣るであろうそれも、素早さに変換すれば欠点たり得ない。


 飛び掛かるコドラが振りかざすのは足の鉤爪だ。

 大きく鋭いそれは、鮫の牙よろしくギザギザとした細かい爪までついていて、食らえば陽介の二の舞では済まされない。


 コドラの素早さは一級品。目で見てすぐに行動したところで躱すのは至難だ。

 左肩から太ももまでを引き裂く軌道の一撃に対し、響は身体を右に倒すことで即応した。


 バランスを崩したように重力に引かれて落ちる身体を、すんでのところで腕をついて支え、その腕を起点に平行飛び。コドラの鉤爪は空を切り、響には届かない。


 だが、響が着地し体勢を立て直すのと、コドラが着地し再び飛び掛かるのはほぼ同時だった。


「……っ!」


 速いと思っていたが、まさかこれほどとは。

 コドラが、鉤爪と同じように、その牙を誇示するように大口を開け、響の頭を噛み砕こうと迫ってくる。


 普通に避けていたのでは間に合わない。

 そう判断し、響は先と同じように身体を倒す。ただし今回は、中腰の姿勢から強引に転がるための挙動だ。

 受け身を取りつつ地面を横転するが――、


「づぁ……っ!」


 躱しきれずにかすった牙が、響の左二の腕を浅く切り裂いている。小さく血が飛び散り、ひっかき傷では済まされない傷口からは血が流れていた。

 深くはないが、浅くもない。日常生活ではまず味わわない鮮烈な痛みに、響の挙動は一瞬遅れる。牽制のタロットを放つこともできない。息を漏らしつつ、できる限りの素早さで起き上がった響が目にしたのは、地を蹴り宙に浮いた、コドラの口内だ。


 ――まずい……!


 このタイミング。どう跳んだところで腕か足はかみ砕かれる。

 ヒヤリと背筋を冷たいものが走り、迎撃という単語が浮かぶがわずかに間に合わない。

 そこへ――、


「そいやァ!」


 威勢のいい掛け声とともに放たれた火球が、コドラの顔面にヒットした。それが響の放ったものであればさしたるダメージも受けずにコドラは勢いを殺すことはなかっただろう。

 だが、京都学園序列一位――永沢によるそれは、響と比するのも馬鹿馬鹿しい威力だ。

 熱に眼球を焼かれたのか、悲鳴を上げて身を回すコドラは響に向かって開いていた口を閉じ、軌道がブレたせいで直撃のコースは辿らない。


 代わりに、響の肩口をコドラの身体がとらえる形にはなるが、この手の衝撃は受け慣れている。

 体の表面を滑らせるように回転し、ダメージを最低限に抑えた響はすぐさま地を蹴って後退。

 勢いを殺しきれなかったコドラは地面に向かって横倒しになる。そこへ向かって、


土よ(solum)!」


 四方を取り囲むように岩壁が屹立し、コドラを閉じ込める牢獄が完成した。


「ピンチやったなァ。俺、命の恩人ちゃうか? 感謝せェ」


「一瞬前まで感謝の気持ちでいっぱいだったよ。今のセリフで微妙な気持ちになったけど」


「薄情やなァ。で、大丈夫なんか?」


「陽介ほどじゃない。大丈夫」


 腕の裂傷は、戦線を離脱するほどのものではない。痛みを堪えれば充分使い物になる以上、人員を削ってまで美里の元へと行く必要はない。

 そう判断した響は、出入り口を確認。響が頼んだとおりに岩壁が何重にかになって積まれており、外部と内部とを完全に分けている。強度の方は――ひとまずはであるが、問題ないらしい。


「いい仕事だね」


「そら、自分の命がかかっとるからなァ。気張るに決まっとる。おかげでだいぶ消耗しとるけど」


 あれでかと呆れもするが、その言葉に嘘はないらしい。コドラを囲った牢獄には、早くも亀裂が入り始めており、そう遠くないうちに破棄されるだろう。


「その前に、さっきの話や」


「話?」


「俺の秘密を教えるゆうたやろ。その話」


 言いつつ、懐に手を入れた永沢は、手のひら大の小瓶を取り出した。ちょうど風邪薬などをしまっておくような形のそれには、例に漏れず白い錠剤がいくつか入っている。違和感を抱く部分があるとすれば、その錠剤がいささか大きいことか。


 とはいえ、響の知識に該当するモノがあるはずもなく、


「なに、それ」


「薬や薬。いや、正確には毒なんかな。まあどっちも似たようなもんやろ」


 確かに、毒も転じれば薬にもなる。だがそれにしても――、


「毒――?」


「そや。別に飲んだら死ぬようなもんちゃうで? 普通の人が飲んでもなんも意味ないしな。単純に、飲んだ奴の魔力を放出させるって代物や」


「…………」


 その言葉で全ての合点がいった。陽介の謎の魔力切れの原因が、この錠剤であるということに他ならないのだから。

 これで白々しくも否定していた陽介の件を、完全に白状した形になる。


「でも、そんなものなんてないはずだ。ゲンカソウなら似たような効果はあるけど、あれと比べるには効果が強すぎる」


「そやけど、原料はジブンがゆうたゲンカソウや。効力の強いもんを栽培してって、あとは機械で必要な成分だけ抽出して固める。そん感じやろ。言うたほど簡単やないけどな」


「……それを、君が作ったの?」


「いや? 俺の親父や。なんか研究職なんやけど、何年かかけて作ったもんのうち、いくつかをくすねて来た」


「犯罪じゃない?」


「バレなければ問題ないわ」


 その胆力というかなんというか、反則を喜々として行う精神は、やはりどこかで響のそれと相いれない。

 少しも悪びれる様子もなく言い切った永沢は、「まあそれは置いといてや」と話を変える。


「これ、使えると思わんか?」


「……。つまり、魔獣に飲ませるってこと?」


「その通りや」


 体内の魔力を放出させる効果のある薬なら、なるほど、魔力を帯びることで存在している魔獣に用いれば討伐に至ることも可能だろう。ただ、その策は実行するうえでいくつか問題がある。


「それ、効果が出るのにどのくらいかかる?」


「んー、持っとる数が数やし、実験なんてせェへんかったしなァ。詳しくは知らんけど、倉橋なら一時間くらいでそこそこやったろ。となると、少なく見積もって二〇分くらいやないか?」


「……それだけ待てば、魔術師たちも到着してるでしょ」


 現時点で騒ぎから三〇分は経過してる。大魔術師がいる手前、最初の襲撃の時点で通報されなかったにしても、ドームが魔獣に取り囲まれていると発覚してからも一〇分は過ぎているのだ。その上さらに二〇分など、来ない方がおかしいが……。


「それなんやけどな、今日の魔獣の発生件数、頭おかしいで。今もそんな状況やとしたら、魔術師が来るまでの時間は常識で考えん方がええ。ぶっちゃけ、来ないかもしれんと思っとったほうが頭ええで」


「…………」


 確かに、年末年始は東京や京都など、太い霊脈の流れる土地は魔獣の発生件数がぞかすると聞いたことがある。永沢の言うこともあながち間違いではないのだろう。


「……君がそう言うなら、その方がいいのかもしれない。危機管理に関しては、俺より君の方が上だ」


 これまで相対した時のことを思い返して響は判断する。

 響も、予想外まで予想して動くことを己に課しているが、それでも限界がある。その点、狡猾なこの少年は信用できるはずだ。

 それに、魔力を根こそぎ放出させなくとも、倒すやり方はある。


「ある程度弱ったら、俺の雷撃(tonitrui)で倒そう。その方が早い」


「あれなァ。二度と浴びたくないわ」


 思い出したのか、うへぇと呻く永沢。どうやら異論はないらしく、響の案に賛成するようだ。


「ほな、行こか。精一杯フォローしたる」


「俺が走り回る前提なんだね……」


 異論はないといっても前衛に出る気はないらしい。呆れた思いで猿顔に視線を移す響に、永沢は肩をすくめて、


「どうせ一人の方がやりやすいんやろ。だったら俺がいても邪魔やん。さっきみたいに、ピンチになったら助けたるけどな」


「――――」


 それはその通り。響は団体戦に向いていない。それは、この魔術大会を通して確認した事柄だ。

 嘆息した響は、一歩前へ踏み出し、


「来るで」


 ――捕らえられていたコドラが、牢獄を破って野に放たれた。

次は木曜日です。

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