男の世界
「……ここにも人はいないみたいだね。」
周りに目を配らせながら横田が呟くように言う。
中庭から外へと出た横田と青山は、物陰に隠れながら慎重に行動し、沖原達を探していた。
幸いG組の大半が他のメンバーと戦っているので周りにG組の組員がいる気配はなかった。
「他の皆は、無事だろうか?」
「さっき飛葉さんからの連絡では今はまだなんとか善戦してるみたいだけど、やっぱり数が多いだけに長期戦は厳しいみたいだね。」
「かといって、こんなペースで探してたんじゃ埒があかないよ、そうだ!ここは二手に分かれよう!」
「何言ってんの、唯でさえ僕らは弱い部類なのに。僕らが単体で襲われたらどうすんの?」
ドヤ顔でした青山の提案wを横田が呆れた口調で一蹴する。
「ただ、ここら辺には人は余りいないみたいだし少し行動速度をあげよう。とりあえず、向こうも組長を探してるはずだから中庭の外にいるのは確かだしね、焦らず探そう。」
「了解」
青山が頷くと二人は少し速度を上げて、探索を再開した。
――中庭
「京香!前線が徐々に崩れ始めてるよー!」
岩陰に頭を伏せてしゃがみ込むセナが銃声の音に負けないように、大きな声で叫ぶ。
初めこそ押し気味だったB組ではあったが、時間が経つにつれ、疲弊により動きが鈍り始めていた。
逆に数で圧倒するG組の組員達は徐々に連携も取れ始め、更に一度は行動不能になった者たちが再び戦線へと復帰し戦況を押し返し始めていた。
「やっぱりこの数の差では長期戦は厳しいわね、ツンコ達も新しいポイントに移動してる最中で後方の支援にも限度がある……仕方がない、私達も打って出るわよ!」
「でも、私なんかじゃすぐにやられちゃうよ?」
「あなたは私と藤澤の後ろから銃で威嚇するだけでいいわ、問題はどこに援護に行くかよね。」
そう言いながら飛葉が後方から前線で戦う仲間をみつめる。
「良子のところは紀子が上手く援護してるし、三人組もうまい具合に連携してて余裕がある、やっぱり厳しいのは七人を一人で相手にしている片瀬のところか。でも七人相手じゃ私達だけ加わっても厳しい、健二が平松一人に止められてるのが痛いわね、さあ、どうする。」
飛葉がブツブツと呟きながら必死に頭を回転させ戦況を見極めている。
そんな飛葉の独り言を聞いていた藤澤が一度若田部と平松の方を見た後、口を開いた。
「ねぇ、僕に提案があるんだけど……」
――
「やるじゃねぇか、若田部……」
「はぁ、はぁ、テメェこそ、見た目だけじゃなかったんだな。」
「ガハハ、当たり前だ。」
中庭で一番激しい攻防を繰り返す若頭同士の二人が、三度目の競り合いを引き分けに終わらせると一度、互いに間合いを取る。
未だに余裕たっぷりの笑みを見せる平松に対し、連戦で戦っている若田部は息を切らし始めていた。
「ガハハハ、しかし、えらくへばってるじゃねぇか若田部ぇ。まあ無理もないか、俺とやり合う前にも別の連中相手に暴れてたんだからなやり合ってたんだからな。」
「ハァ、ハァ、問題ねぇよ。」
「なかなか強がるじゃねぇか、だがあのチビはどうかな?」
「何?」
平松がそう言って片瀬の方に顔を向けると釣られて若田部も目を向ける。
そちらを見ると、敵に回り囲まれた片瀬が、息を切らし四方八方からの攻撃に避けるのが精一杯な状態であった。
「ガハハ、いくら強くてもやっぱ数の暴力には勝てねえだろ、こりゃ、やられるのも時間の問題だな。」
平松の笑い声に苛ついた若田部が舌打ちをすると、一度構えたバットを下しすぐに片瀬の方に向かおうとする。
だがそんなことを平松が許すはずもなく。すぐに若田部の前に立ち塞がる。
「おいおい、こっちもまだ決着ついてないんだぜ。」
「クソッ、邪魔だ!」
若田部がバットを構え再び戦闘態勢に入る。
しかし、その直後、パァンと言う大きな銃声と共に平松の足下に一発の銃弾が打ち込まれる。
「な、なんだ⁉」
銃弾の放たれた方に二人が目を向ける、するとそこには拳銃を構えた藤澤が立っていた。
「藤澤……」
「なんだ、誰かと思えば裏切り者の藤澤じゃねえか、鉄砲玉として出向いたやつがまさか敵となって向かってくるとは、やはり、蛙の子は蛙ってやつだな」
藤澤の姿を見た平松がニヤニヤと笑いながら挑発をするが、藤澤はそれを無視して若田部の方を見る。
「手こずってるようだね。」
「どうって事ねぇよ、それより京香たちはどうした?」
「片瀬の援護に向かってるよ、でも二人じゃ心もとない、だから若田部も片瀬の援護に行ってあげて、こいつは僕が引き受ける。」
「……なにぃ?」
その言葉に平松の眉を顰める。
「こいつ、強いぞ」
「大丈夫、僕に任せて。」
「そうか……ならわりぃがここは任せるぜ。」
藤澤の自信満々な回答に、若田部はこの場を藤澤に任せることにすると、すぐに片瀬の方へと向かった。
それを見送ると藤澤は、今度は目の前で不機嫌そうな表情でこちらを睨み付ける平松に目を向ける。
「おいおい、随分舐めた口抜かすじゃねえか?藤澤。お前みたいな貧弱野郎が俺に勝つつもりでいるのか?」
「ああ、そのつもりだけど?」
藤澤の回答に平松がニヤッと笑う。
「ハッ、お前如きに俺の相手が務まるかよ、お前みたいな貧弱野郎……いや、貧弱女なんかによお。」
「……やっぱり気づいていたか」
「ガハハ、あたりめぇだ。そんな貧弱な身体、一目見ればすぐにわかる。他の奴らは気づいてなかったみたいだがな。」
「と言うことは、今まで頑なに僕の提案を否定していたのも……」
「勿論、お前が女だからさ。」
平松の言葉に藤澤が険しい表情を見せる。
「……どうしてそこまでま女を目の敵にするの?」
「どうしてかって?そんなの決まっている。俺が極道だからだ!」
「なに?」
「いいか?極道ってのは男の世界だ。義理、任侠、非道、暴力、それぞれの組が己の信念と覚悟を持ちながら進む男の道、それが極道よ。貧弱でただ守られることしかできない女がいていい世界じゃねぇんだよ!」
そう吐き捨てると、平松は自分来ていた服を脱ぎ、藤澤に向かって背中を見せつける。
その背中にはまるで生きてるように思えるほどの出来栄えの虎の入れ墨が掘られていた。
「どうだ?この背中に掘られた虎の入れ墨。これが俺がこの世界で生きることを決めた時に掘った覚悟だ!体に傷痕が残るのが怖いなどと貧弱な事を抜かす女共がデカい面していい世界じゃねぇんだよ!」
平松の激しい主張を聞いた藤澤は一度目を瞑る。そしてゆっくり目を開けるとそのままの目線で平松を睨み付ける。
「……なるほど、それがお前の信念なのか……言いたいことはわかった……でもね、極道としての覚悟を背負っているのはお前だけじゃない!」
「なっ!」
女性である藤澤が服を脱ぎ捨てるとその体を平松が思わず目を細める。
そしてその背中を見た瞬間、平松は言葉を失った。
藤澤の胸に晒しが巻かれているので、一部が隠れているが、その背中には平松の虎よりも遥かに立派な黒い鬼の入れ墨が掘られてあった。そして体にあるのはそれだけではない、藤澤の体中のあちこちに女性としては致命的ともいえる無数の傷跡がついていた。
「こ、こいつは……」
「僕が父さんを超えると誓ったその日に彫士に無理言って入れてもらった入れ墨さ、赤にも青にもなり切れない、半端で非力な僕にふさわしい黒の鬼のね。そしてこの傷痕は、僕がこの入れ墨を背負うにふさわしい極道になるために受けた代償だ。君の言う貧弱な女と一緒にしないでもらいたい」
平松はその藤澤の入れ墨をしばらく無言で眺めていた。
そして次に口を開くときには、先程までの見下した表情から顔つきが真剣な表情へとが変わっていた。
「……なるほど。それがお前の覚悟ってわけか……面白れぇ、ならばここからは男も女も関係ねぇ!敵対する者としててめぇぶち殺す!」
平松が棍棒を構えると、それに合わせて藤澤は武器を持たず拳を構える。
「紅蓮会幹部、平松組組長が長男、平松源次郎、行くぜ!」
「紅蓮会幹部、藤澤組組長が長女、藤澤渚……いざ尋常に勝負!」




