新島翼という男
会合室に入るのはこれで二度目になる。
前回と同様、今回も僕は会合を持ちかけられた形で、呼び出してきたのはF組の組長である新島翼君だった。
今日、二つ目のビラをばら撒いた後、早速F組から接触があり、放課後に会合の話を持ちかけられてきた。
僕が指定された部屋に入ると、既に新島君が正座で待機しており、僕を見て小さく会釈する。
二人っきりの個室の中、僕が向かい側に腰を下ろすと、新島君は少しおどおどした仕草を見せながらゆっくりと話を切り出してきた。
「ご、ごめんね、急に呼び出して……実はその、このビラの件でその……少し話が……」
目をあちこち泳がせ決して視線合わせようとしない仕草、言葉の語尾が弱々しくなる口調、とても演技には見えないほどの新島君の気弱そうな態度。それでも僕はその不自然な態度を指摘した。
「もういいよ。」
「え?」
「ここには僕と君しかいない。だから『素』になってもいいんじゃないかな?」
「……」
そう告げると、新島君は暫く黙り込む。
僕も黙って向こうが口の開くのを待ち、この部屋に静かな合間が訪れる。すると……
「フフ、フフフ……アハハハハハ!」
突如、大きな笑い声が部屋に響く。
「ハハハハハ、そうか、バレてたんだ?やっぱり本物のヘタレには敵わないか?ハハハハハ」
先ほどのよそよそしい雰囲気が見る影もないほど態度を一変させ、高らかに笑い声をあげると、新島くんは正座を崩し、ラフな体勢に変える。
「じゃあ、改めて話をしよう、とりあえずやってくれたな!お前らの撒いたこのビラのおかげでこちらの計画が全て水の泡じゃねえか!」
新島君がそう吐き捨てると、ポケットの中からクシャクシャにしたビラを勢いよくテーブルの上に叩き付けた。
「香取に真意を聞くまでは何馬鹿なことしてるんだと思ってたが、まさかこのビラにこんな考えが隠されてたとはな。」
「……と言うことはこのビラの意味、理解してくれたんだね?」
僕が尋ねると、ハッと小さく鼻で笑ったあと、その言葉を肯定する。
「ああ、一つ目に書かれたこのビラ。内容は俺達の金銭関係の事がかかれている、しかし、これに関して内容はどうでもいいよな?問題はこっち。」
そう言うと新島くんは片方の手で端っこに書かれてある1/3の数字を指差す。
「この端に書かれている数字『1/3』という数字、これはこのビラは全部で3部まであると言うことを指している。そして今日配られた二つ目のビラには金銭はフェイクでG組と澄香との間でクーデターの事が書かれてある。
まあ、ここまでお前らが気付くのは俺達の予定通りだ。ただこれは全3部……つまり、もう一つ話に先があると言うことだ。」
僕はそのまま黙って話を聞き続ける。
「金銭……クーデター……俺たちが考えた計画がが立て続けに記してあるとなると、次の内容は計画の核心部であるクーデターがフェイクと言う内容だろう。……ただこの内容は知られれば俺達が困ると同時にお前達自身も困る事になる。」
「……」
「これが学園中に知れ渡れば俺達はこのままでは他の組から裏切りを犯した疑惑をかけられ更にGからも疑心の眼を向けられる。敵からの情報とはいえ、これだけ明確に根拠を書かれていればな、そうなれば俺達はそれを避けるためにGと本当に同盟を組まならざる負えなくなり、G組を潰す計画が全て狂ってしまう。しかし、そうなればお前達も本当にGとFと敵対することになり完全に終わってしまう。だからこそ、この内容を表には出す前に話をつけたくてわざわざこんな回りくどいやり方をしたんだろ?もし2部までの内容なら同盟破棄する事も簡単だからな。」
新島君の推察を聞いた後、僕は無言でうなづいた。
「あーあ、ホント、やってくれるぜ全く、もしクーデターの話を鵜呑みにして、そのまま俺に報告してきたのなら……嘘の情報を流して組を撹乱させたとしてお前らを攻撃する口実ができたのになぁ!」
その言葉に背筋が凍り付く、もしあのままこの事に気づかずにいたら僕たちのクラスは今日で終わっていた。
それに気づいてくれた百瀬さんと鷺沼さんには感謝しかない。
ただ問題はまだ片付いていない、例え真意が伝わっても作戦は成功とはいえない。もしここでF組がG組と手を組む方をとったなら意味がなくなるからだ。
「で、どうするの?」
「さて、どうしようか?」
緊張と焦りを表に出さないように僕は無表情を装い問いかけるが、それを見透かしてるかのように新島君が悪戯っぽく笑う。
「フフ、安心しな、ここまでたどり着いた事に免じて手を引いてやるよ、俺達もあんな屑達とと同盟組みたくないしな。後はテメェらで頑張ってくれ」
その言葉に僕はホッと胸を撫で下ろす、飛葉さんの作戦は見事成功だ。
用件が済んだ事もあって新島くんは先に立ち上がると早々と出口の方へと向かう、
……しかし部屋の出口の前まで行くと、ふと新島くんは足を止めた。
「あ、一つ、折角だから先に言っておいてやるよ……もし万が一、お前らがG組に勝つようなことがあれば……そのまま続けてF組がお前達に戦争を仕掛ける……だから精々頑張って生き残りな!」
そう言い残し、新島君が退出した後、僕の背中と額からはぐっしょりと汗が滲み出ていた。
最後の一言のを言い放った時……新島君からは今まで味わったことのない程の威圧を感じていた。
きっとあれこそが、本物の新島翼の姿なのだろう。




