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ふりちりすべる  作者: ぱじゃまくんくん男
6/15

策動


「じいじい」

「はいはい。なんですか、駒ちゃん」

「じいじい。まーまー」

 駒は馬屋の中でうとうととしている栗綱を指差していて興味を持っているらしいが、隣に入っている黒連雀が牛太郎を睨みつけてきているので、駒を抱く牛太郎は馬屋に近寄らなかった。

「駄目ですよ。あの黒いのは危ないから駄目ですよ」

「まーまーっ! まーまーっ!」

 駒が大口を開けて叫んでしまい、牛太郎はうろたえながらも駄目だと言い聞かせる。

「まーまーっ!」

「おいっ! 鉢巻きっ! ねじり鉢巻きっ!」

「なんだよ」

 庭の奥で草むしりをしていた栗之介がしかめっ面でやって来る。

「クリツナを出してこい」

 栗之介は駒を腕の中であやす牛太郎を白々と見つめてくる。

「甘やかしすぎなんだよ。昨日だって、若とあいりに言われたばっかりじゃねえか」

「つべこべ言わずに出してこいっ!」

「へえへえ」

 栗之介は渋々鍵板を外し、栗綱に口輪を噛ませると、牛太郎と駒の前まで連れ出してきた。駒はきゃっきゃとはしゃぎながら、小さい手を栗綱に伸ばす。

「まーまー」

 鍵板をがつがつと蹴飛ばしている黒連雀を気にしつつ、牛太郎は眠気まなこの栗綱の背に駒を乗せてやった。

「まーまー!」

「駒ちゃん、格好いいですねー。可愛いですねー。さすが駒ちゃんですねー。じゃあ、クリツナを駒ちゃんにあげちゃおっかなあ」

「いい加減にしろよ、旦那」

「なんだと」

「毎日毎日駒にべったりしてよ。そんなに甘やかしているとろくな大人にならねえぞ。若じゃなくても言いたくなるっての」

「黙れ」

 牛太郎は駒を下ろすと、

「そうだ。クリツナに子供を作らせよう。で、その子供を駒ちゃんにあげよう。おい、鉢巻き、どっかでクリツナの嫁さんを見つけてこい」

「そんな暇があんのかよ。伊勢に出陣するっていう話なんだろ。俺がいなかったら旦那は栗綱に乗れねえじゃねえか」

 栗之介は栗綱を旋回させると、馬屋に戻し、暴れている黒連雀を仕方なく出してきた。

 黒連雀が目を血走らせながら跳ね上がるので、その異様さに駒はびっくりして泣き出してしまう。

「大丈夫ですよ、駒ちゃん。鉢巻きがいるから大丈夫ですよ」

 しかし、駒は軍馬の恐怖に泣きじゃくる。

「よく見せておけよ。馬なんて、たいがい危ねえんだからよ。近寄らせないようにさせろよ」

「お前、さっきからごちゃごちゃ言いやがって。この子は簗田家のお姫様なんだぞ! それを、侮辱しやがって」

「何を言っておるのじゃ」

 うっ。振り返ると、いつのまにか、梓が縁側に仁王立ちしていた。

 牛太郎が岐阜に帰ってきて、それまでの短歌攻勢によって音信を滞らせていたことを咎められるようなことはなく、それどころか、小谷城での一件を知って傷心の牛太郎を慰めてくれもした。

 しかし、牛太郎が岐阜を離れている間、梓の気分に何が起こったのか、容姿が昔の梓に戻ってしまっていた。さすがに着物はきちんと着こなしているが、髪型が出会った時のおかっぱ頭に戻っていた。

 切り揃えた前髪で眉を隠し、吊りあがり気味の瞼で見据えてくる梓の姿は、過去のじゃじゃ馬娘であった梓を思い出させ、牛太郎はそそくさと縁側に駆け寄ると、泣きじゃくる駒を梓に渡した。

「す、すいません」

「栗之介の言う通り、亭主殿は駒を甘やかしすぎじゃ」

 しょんぼりと頭を垂らす牛太郎を尻目に、梓は駒を抱いて去っていった。

「テメーのせいで怒られちゃったじゃねえか」

 そう言いながら振り返ったが、栗之介はすでに黒連雀を連れていなくなっていた。

 馬屋の中で栗綱があくびをかいている。

「クソッ!」

 牛太郎は地団駄を踏むと、そのまま屋敷をあとにした。

 稲葉山の木々は色あせ始めている。蝉の声もすっかりなくなって、ちょろちょろと奏でる虫の音が聞こえてくるようになった。

 屋敷を出た牛太郎だが、別段、行く当てはない。今更だが、岐阜にいる場合の牛太郎にやるべきことはまったくない。堺では調略やらで忙しくもあり、退屈であればちょっと足を伸ばして文化人と交流していたものだが、岐阜では何もない。所領の沓掛、九之坪の政務は左衛門太郎に任せきりである。

 武田との戦い以降、重苦しい日々が続いたので、屋敷でおとなしく休んでいればいいものなのだが、牛太郎は暇を持て余してぼんやりとしてしまうのを避けていた。ついつい思い出してしまうのだ。小谷城でのことを。

 事の顛末は知っている。万福丸は関ヶ原でひどい殺され方をされ、その仕事を果たした藤吉郎は北近江十二万石の褒賞を受け、市は兄に裏切られたと牛太郎の前で悔し涙を流した。

「やはり、わらわは死んだほうが良かった。こんな思いをするのであれば」

 思い出したくないので、牛太郎は駒にかまってばかりいた。今の彼には駒だけが安らぎだった。

 しかし、引き剥がされてしまったので、泣く泣くどこかへ向かう。

 訪ねる場所は、前田又左衛門の屋敷ぐらいしかなかった。

「こんちわー」

 玄関先で声を上げると年かさの奉公人がやって来て、又左衛門は来客中だから、上がって待っていてくれと言う。

 牛太郎は案内された客室に腰を下ろすと、床の間に飾られてある見事な金箔の烏帽子兜にびっくりした。

 なんて趣味が悪い。しかも、客間に飾るなんて。

 しょせん、尾張の田舎武者か、と、すっかり文化人気取りの牛太郎は又左衛門をあざ笑う。

「牛どの!」

 快活な子供の声に視線を向けると、又左衛門の息子の犬千代だった。

「おー。見ない間にずいぶん大きくなったじゃんか。いくつになったんだ」

「とおになりました」

「十歳か。そっかそっか。お姉ちゃんはどうした」

「姉上は本家の甚七郎さまのところに行きました」

「ふ、ふーん。は、早いな、嫁ぐのが」

 長女の幸に懐かれていた牛太郎は幾分寂しくなってしまう。犬千代が十歳なら、幸はまだ十二か三だ。

 とはいえ、まつが又左に嫁いだのもそのぐらいの齢だったらしいから、年増の女を女房に貰った牛太郎は、一瞬、貧乏くじでも引かされてしまったのではないかと考えてしまった。

「どうしたのですか?」

「い、いやっ、べ、別に。そ、それより、あの兜、お前のオヤジのものなのか」

「さよおです。兜だけではなく、甲冑もあるんですよ。きんきらのすごいのが」

「誰かに貰ったのか」

 犬千代は首を傾げる。まだ、十歳の子供だから無理もない。

「でも、この前のいくさでもその前のいくさでも身に着けていきませんでした」

 行事用なのだろう。いくさ場で目立てないでいる又左のやりそうなことだと牛太郎は再度嘲笑する。しかし、一方で、華々しい烏帽子兜を見ているうち、自分も甲冑が欲しくなってきた。

 戦場では常に綱巻きの奇怪な格好だが、一度だけ自分の肥えた体に合わせて甲冑をこしらえたことがある。しかし、金ヶ崎山の裏手の沼に甲冑を捨てられてしまい、甲冑を身に着けたのはそれきりない。

 隠れて金銭を貯め込んでいるので、甲冑を再び作るのは訳ないのだが、牛太郎は金ヶ崎山以来、後ろ指を差されても、戦場ではずっと綱巻きでいる。

 なぜなら、甲冑を着込んでしまうと、その重さで栗綱に跨れなくなってしまうからだ。

 だが、ここ最近、織田家はいくさ続きだというのに、牛太郎は昨年末の浜松以来、いくさ場に出ていない。すべて、太郎が済ませてくれている。

 なので、又左の金箔塗りの兜のように、行事用の鎧兜ぐらい作ってもいいんじゃないか。

「なあ、犬千代。おれも甲冑を作ろうかなって思っているんだが、どういうのがいいと思う?」

「えーっ? 牛どのはやっぱり綱がいいですよ。ツナマキの簗田なんですもん」

 牛太郎は十歳の子供にむっとした。

「お前はやっぱりマタザの子だな」


 牛太郎の不機嫌さに犬千代が首を傾げていたところ、又左衛門がやって来た。

「おう、待たせたな。何用だ」

「いや、マタザさんにはずいぶんと会っていなかったので」

「そうかそうか」

 急に腰を低くし始めた牛太郎を犬千代がぼけえと見つめてくる。牛太郎はちょっと恥ずかしくなってしまった。沓掛城主で嫡男が侍大将の牛太郎は、又左衛門と同格か、いや、柴田権六郎の義弟なのだから見ようによっては頭一つ上である。

「い、犬千代殿も大きくなりましたね」

 しかし、牛太郎には若いころの又左衛門の印象が強く残ってしまっているので、さきほどまでは犬千代呼ばわりしていたのにこのざまである。

 犬千代の牛太郎を見る目がしらりとしている。

「んんっ。んんっ」

 なので、咳払いを始めた。

「どうした」

 牛太郎は犬千代に視線をちらりと送った。又左は牛太郎をひたと見つめ、重要な話だと勘違いしたらしく、顔つきを神妙にさせた。

「犬千代、下がっておれ」

「はーい」

 犬千代が去っていくと、牛太郎と又左はしばらく沈黙した。ただ単に遊びに来ただけだったのに、雰囲気が思わぬ険しさに張り詰めていってしまう。

「して、用件はなんだ」

 と、又左の声が厳しいものになっている。

「えーと、そのお......、そ、そういえば、藤吉郎殿が長浜に城を築かれているそうッスね」

「ん。ああ、うん。そうだな」

「記念に何か贈り物でもしようかと思いまして」

 すると、又左はあからさまに顔をしかめた。

「そんなものいらんだろ。だいたい、そんなことなのか、用件は」

「あ、いや、まあ」

 又左は大きく溜め息をついた。

「まあいい。それより、お前、今まで何をしていたんだ。浜松に行ったまでは聞いていたが、それから先はずっと堺にいたのか?」

 又左は何も知らない。牛太郎が二俣城の防衛、三方ヶ原の会戦に参加していたことも、摂津の工作を成し遂げたことも、小谷城から市を連れ出してきたことも。

「一体、何をやっていたんだ」

 又左は眉をしかめた。それが織田家中の将たちの素直な思いである。牛太郎が裏で働いていたすべてを把握しているのは主人の上総介やその側近だけであり、勘付いている者だけでも左衛門太郎や玄蕃允、勝蔵ぐらいしかいない。

「い、いろいろと」

「おやかた様が何も言わないところを見ると、お前はおやかた様の命で何かしらしているんだろうが、ちょっとは太郎のことも考えてやれ」

「太郎のことって?」

 又左は腕を組むと、眉間に皺を寄せて、床の一点を見つめた。

「あいつが何か仕出かしたんですか」

「いや、そうじゃねえがな。近頃の太郎はどうも一辺倒というか、なんというか、少し心持ちに余裕ってものがない」

「そうスかね。今は家で一緒ですけど、別に何も変わんないッスよ。まあ、一乗谷で暴れ回ったっていうのは意外でしたけど。でも、それは信長様の命令だったんでしょ」

「まあな」

「あいつはああ見えて残虐凶暴な部分を潜ませているんですよ」

 牛太郎は、遠い昔、太郎が返り血を浴びて一人菩提山にやって来たことや、浅井の密使を有無も言わせず斬り捨ててしまったことを話した。

「ダークサイドに堕ちる前のアナキンみたいなもんです」

 又左衛門は首を傾げる。

「キリシタンの教えは俺にはよくわからん。お前は、まあ、堺におって、そういうものを知っているのかもしれんがな」

「そんなことより、マタザさん」

 牛太郎は床の間の烏帽子兜を指差した。

「あれって、信長様から貰ったんですか?」

 すると、又左のまなこが若さを取り戻したかのようにきらりと光る。

「フッ。己でこしらえたのよ」

「へえ」

 興味なさげにうなずいて、胸の内ではせせら笑う。

 だせえ。

 その価値観が、である。

 牛太郎は田中宗易や荒木信濃守が唱えている静けさの中の質実とした美に、いつのまにか、ある意味で毒されている。

 藤吉郎もそうだが、目を奪われるような華やかさは牛太郎には虚実でしかない。

 だから、日の出の勢いの織田家の人間だということを大々的に表しているようなその兜は、成金根性丸出しだと牛太郎は軽蔑する。

「まあ、俺も行く行くは一国一城の主だろうからな。公所用の甲冑ぐらいこしらえておかねえと、恥をかいてしまうからな」

「いやあ、まさに織田に前田又左衛門ありってのを表している見事さッスよ」

「はっはっ。そうだろう。牛もいい加減、甲冑ぐらいこしらえてみろ」

 フン。おれのほうが金持っているし。

「じゃ、あっしはこのへんで。おまつさんによろしく言っておいてください」

「なんだ、会っていけばいいじゃねえか」

「また、遊びに来ます」

 今度来たときは上総介から頂戴した鞍を持ってきてやろうと考えながら、屋敷をあとにした。

 岐阜はおもしろくないな。牛太郎は帰路を辿りながら、早々に堺に戻ろうかと考え始めた。

 しかし、岐阜を離れると梓がまた臍を曲げそうだし、そもそも摂津の調略を一通り遂げてしまった牛太郎は、上総介に了承を貰えるような大義名分がない。

 これをいいことにして、きっと、四郎次郎が好き勝手にやっているんじゃないか。

 とりあえず、帰って、田中宗易に文をしたためようと思った。四郎次郎が変な真似をしないか監督してくれと。

「う、牛殿」

 木陰から届いてきた気色悪い猫撫で声に、牛太郎は足を止めた。

「なんスか」

 冷えた視線を木の幹からひょっこり出ている禿げ頭に向ける。

「そんなところに隠れて。あっしをつけていたんですか」

「にゃあ。おみゃあが又左の家に来たもんだから、ちょっとにゃあ」

 藤吉郎が頭をぽりぽりと欠きながら、へらへらと笑って牛太郎の前に出てくる。

「何をやってんスか、一人でこんなところで。長浜に城を建てているんでしょ」

「いにゃあ、ちょっと、悶着を起こしちまってにゃあ」

 牛太郎は藤吉郎に向ける瞳をさらに冷え冷えとさせていく。

 また、金か。

「金ならないッスかんね。ずっと前に貸した五百貫、びた一文も返してもらってないんスから。それにこの前の小谷城で、あっしを突き飛ばしてしゃしゃり出てきたことを忘れていませんからね」

「いやいや、銭じゃないんだぎゃ。銭は今度まとめて返すだぎゃ。ほら、おりゃあは長浜の城主になっただぎゃあろ。十二万石だぎゃあぞ。十二万石あれば、五百貫なんてすぐに返すだぎゃあ。おみゃあの沓掛二千石とは訳が違うんだぎゃあから」

「馬鹿にしてんスか」

 牛太郎はぷいと顔を背けてすたすたと我が家に戻っていく。

「ま、待ってくれだぎゃっ。すまんきゃった。この通りだぎゃ」

 牛太郎の前に飛び出てきて、両手を合わせて頭を下げてくる藤吉郎。

「おみゃあにお願いごとがあるんだぎゃ。牛殿か又左しかおらんのだぎゃあ。又左には断られちまったから、どうか、どうか、牛殿、お願いしますだぎゃあ」

 藤吉郎は地べたに両膝を付けてまで、牛太郎に手を合わせてくる。

「いや、あっしもお断りいたします」

 牛太郎は藤吉郎をのけて、我が家への帰路を辿る。

「待ってくれだぎゃあっ!」

 藤吉郎は半分泣きべそをかきながら、牛太郎の袖を引っ掴んでくる。

「頼むだぎゃ。おみゃあしかおらんのだぎゃあ。見返りはするだぎゃ。だから頼むだぎゃあ」

「見返りってなんスか。どうせ、ろくな物じゃないでしょ。あのだっさい陣羽織とか、もしくは、おにゃの子とか。言っておきますけど、あっしはもう奥さんがいるんスからね。物凄く怖いのが」

「いやいや、そんなんじゃにゃあって」

「じゃあ、なんスか」

「長浜城におみゃあ専用の居室を設けるだぎゃ」

「お断りします」

 牛太郎は藤吉郎を振りほどいたが、藤吉郎はなおも足に掴みかかって、しつこい。

「一体、なんなんスか! あっしに何をしろって言うんスか!」

 長浜十二万石の領主ともあろう男が、地べたを這いつくばりながら牛太郎に涙目で顔を上げてくる。

「お、おりゃあと一緒に女房に謝ってほしいんだぎゃ」

「なんで、あっしが!」

「おみゃあしかいないんだぎゃあ。頼むだぎゃあ」

 藤吉郎が足にしがみつきながらおいおいと泣き始めて、牛太郎は長々と溜め息をついた。


 聞かなければ良かったと、牛太郎は後悔した。

 長浜に城を築いている藤吉郎だが、実は岐阜の屋敷からはずいぶん前に勘当されているそうで、梓の機嫌取りをしていた牛太郎と同じように、藤吉郎もまた北近江攻めの最中で寧々に詫びの文を散々出していたらしいが、寧々は一向に怒りの矛先をおさめず、長浜に城が出来たら移り住んできてほしいとの文を出しても無視された。

 寧々が激怒している理由。それは、藤吉郎の隠し子の発覚であった。

「聞かなかったことにしましょう」

 牛太郎は逃げ去ろうとしたが、藤吉郎にしっかりと捕まってしまっている。

 隠し子はすでに三歳らしい。本圀寺の変があった時期、京に駐在していた藤吉郎は物欲の権化よろしく妾をはべらせ、子を腹ませてしまった。

 その事実を藤吉郎はしばらく隠していたらしいが、どこでどう漏れたか、寧々の預かり知るところとなってしまったらしい。

 そうして、さきほど、又左衛門の屋敷に牛太郎より先に訪ねていたのが藤吉郎で、又左に頑として断られた。

「おりゃあはどうしたらいいかわからんだぎゃあ。おりゃあとにゃにゃには子供がいにゃあ。でも、にゃにゃには黙っていたから、今さら、嫡男にするだとか言えんだぎゃあ」

 地べたに突っ伏しながら頭を抱える藤吉郎。牛太郎は関わり合いを避けたくて突き放す。

「信長様に仲裁してもらえばいいんじゃないんスか」

「そ、そんなの恐れ多くて無理に決まっているだぎゃあっ! だいたい、おやかた様にはにゃにゃを大切にせいって何度も叱られているだぎゃ......」

「ドンマイ」

「なんなんだぎゃ、それは! おりゃあを馬鹿にしているだぎゃあか!」

「じゃ、いいッス。さよなら」

「ちょ、ちょっと、待ってくれだぎゃあっ。すまん。すまんだったぎゃあ。おりゃあには牛殿しかおらんだぎゃあっ」

「あっしだって無理に決まっているでしょ、そんなの! あっしが行ったところで何になるんスか!」

「お、おみゃあがいれば、ちょっとは話を聞いてくれるだぎゃ、多分......。昔から仲良しだぎゃあし......」

「わかりました。じゃ、梓殿に仲裁してもらいましょ」

「にゃっ! なんでだぎゃあっ!」

「だって、梓殿と寧々さんは仲良しですもん。梓殿の話なら寧々さんも聞いてくれるでしょ」

「お、おみゃあっ! 何を血迷っているんだぎゃあっ! おみゃあのカカアとにゃにゃが仲良しかもしんにゃあが、お、お、お、おりゃあがおみゃあのカカアに殺されちまうじゃにゃあかっ!」

「そんなことないッスよー」

 牛太郎はへらへらと笑う。

「さすがの梓殿でも、他人の旦那さんを殴る蹴るはしないですよー」

「駄目だぎゃ駄目だぎゃ駄目だぎゃ。それだけは駄目だぎゃ。おみゃあはおりゃあを陥れようとしているだぎゃ。おみゃあのカカアが又左や内蔵助のキャンタマを潰したことぐらいおりゃあも知っているんだぎゃ」

「じゃ、いいッス。さよなら」

「ちょっと待ってくれだぎゃあっ。頼むだぎゃあ。おみゃあとおりゃあで謝ってくれだぎゃあ。頼むだぎゃあ。いつでも長浜に招待するから頼むだぎゃあ」

「嫌ッスよ! 勘弁してくださいよっ!」

「頼むだぎゃあ。お願いしますだぎゃあ。おりゃあには牛殿しかおらんだぎゃあ。頼むだぎゃあ」

 いつまでもへばりつく藤吉郎のしつこさに、牛太郎はとうとう根負けしてしまい、

「わかりましたよ」

 と、溜め息を吐いた。

「本当かえ!」

 藤吉郎は飛び上がると、牛太郎の両手を取り、瞼からあからさまな涙を流しながら、

「おみゃあしかいねえ。おりゃあにはおみゃあしかいねえんだぎゃ。さすが簗田牛太郎様だぎゃ」

 そう言うと、牛太郎の手を引き、牛太郎はさっさと連れ出されてしまった。

 藤吉郎の屋敷は牛太郎や又左衛門の屋敷とごく近く、門前にまでやって来ると、藤吉郎は足を止めて、真っ青な顔で玄関先を見つめた。

「何をやってんスか」

「こ、心の準備が必要だぎゃ」

「あのね、藤吉郎殿。いくら怒られるからって、あっしに比べたら屁でもないでしょ。あっしなんか、こういう場合、玄関先に飛び出して来て、何も言わせてもらえないままぶん殴られるんですからね」

「そ、それもそうだぎゃな。おみゃあのカカアほど恐ろしくはないだぎゃ」

 藤吉郎は何度か深呼吸をしたあと、意を決して門をくぐった。

 すると、調度、玄関先から出てくる一人の少年の姿があり、彼は藤吉郎と牛太郎の姿を確認すると、目を輝かせて騒ぎ立てた。

「と、殿っ! それに、牛!」

 藤吉郎の小姓の市松であった。彼とは岐阜城下で悶着を起こして以来の久方ぶりの再会で、背丈も伸び、ずいぶんと逞しくなっている。

 が、牛太郎は再会の感慨よりも先に苛立った。

「藤吉郎殿の小姓は、あっしを牛呼ばわりですか」

 不機嫌な牛太郎にあわてた藤吉郎は市松に詰め寄ると、彼の頭に拳骨を見舞った。

「お、おみゃあっ! なんて口のきき方なんだぎゃ! 簗田殿だぎゃあろっ! この馬鹿たれ!」

「ううっ。だって、殿が簗田殿なんて呼ぶな、あいつは牛――」

 藤吉郎は再度市松の頭を引っ叩いて、その口を封じ込めた。

「いにゃあ、腕白で仕方ないだぎゃあにゃあ。こりゃっ、おみゃあはどっか行ってろっ」

 市松が頭を抱えながら門外へと逃げ出していき、牛太郎は藤吉郎を白々と見つめる。

「さ、どうぞ、簗田左衛門尉殿」

「なんか、どうでもよくなってきたんスけど」

「いにゃいにゃ、まあまあ、そんなこと言わずに。遠慮なく上がってくれだぎゃ」

 牛太郎は渋々藤吉郎のあとから軒の下をくぐる。

「帰ったぎゃー! 長浜十二万石の領主様が帰ったぎゃあどー!」

 ふっきれたように威勢良く大声を上げる藤吉郎を睨みつける牛太郎。なんとなく、読めた。藤吉郎は牛太郎を招いたふりをして、そのどさくさで隠し子のことはうやむやにしてしまおうという算段らしい。

「だ、旦那様っ」

 女中や奉公人たちがぞろぞろと出てきて、どこかまずい顔をしながらも、上がりかまちの上で膝を揃えていく。

「お、お帰りなさいませ」

「にゃあ。おりゃあの留守中、御苦労でやった。んで、カカアはどうしたぎゃ。出迎えもにゃあのか、あの女は」

 すると、連中はいちように蔑むような目を上げてきて、藤吉郎は肩をびくっと震わせる。牛太郎は口端を歪めて笑った。

「お、お、お客様の御足を早くすすいでもらわにゃあかっ!」

 女中たちが無言のまま足洗いの桶を差し出してきて、張り詰めた空気の中、牛太郎は笑いをこらえながら足の汚れを落としていく。

 すると、

「また、お前様は牛殿に助けてもらおうという腹積もりですか」

 上がりかまちに腰を下ろしている二人の背後に、寧々が仁王立ちしていた。

 初めて出会った時より若干ふっくらとした寧々は、出世街道を驀進してきたお騒がせ男の女房として十分な貫禄と肝の据わりようを漂わせており、目には梓に負けず劣らずの怒気をはらませていた。

「長浜十二万石の領主様が聞いて呆れますね。尾張のころとちっとも変わっていませんでしょう」

 藤吉郎は肩を小刻みに震わせながら、そろり、そろりと背後を確かめ、ごくりと固唾を呑んだ音が牛太郎にも聞こえてきた。

 誰でも女房は怖いものらしい。

「お、お、おみゃあっ!」

 開き直ったのか、藤吉郎は腰を上げると、突き出した指先をぷるぷると震わせながら大声を上げた。

「きゃ、きゃ、客人の前で、お、おみゃあは恥を欠かせるのきゃあっ!」

「何が客人ですか。どうせ、無理やり連れて来たのでしょう」

「まあまあ」

 牛太郎はへらへらと笑いながら、彼らの間に割って入った。どうせなら、ここで藤吉郎に恩を売っておき、今後の脅しの材料にでも使おうかと思った。

「藤吉郎殿も謝りたいみたいですし、冷静になって話し合いましょうよ」

 しかし、寧々がぎらりと光らせた瞳を牛太郎に向けてきた。

「それならば、冷静に話し合いましょうか、牛殿。貴方様が梓様をおざなりにされていたことも含めて」

「えっ!」

「藤吉郎殿も今後、私とどうしていきたいのかを!」

 寧々の瞳孔が完全に押し広げられていて、鬼が乗り移ってしまったかのような寧々に牛太郎は鳥肌を立て、藤吉郎はがちがちと歯を鳴らしていた。

「あ、あ、あっしは関係ないじゃないッスか! あっしと梓殿はうまくいっているし、確かに手紙は出し忘れていましたけど、許してもらえたんだからいいじゃないッスか!」

「おべんちゃらを並べ立ててでしょ。梓様は純粋な方だからいいかもしれませんが、藤吉郎殿にさんざん騙されている私の目は節穴じゃありませんよ」

「そんなあっ!」

「私ははらわた煮えくり返っているのです! 貴方様たちのように健気に待つ女房に鞭打つような真似をする貴方様たちに腹が立っているのです!」

 八つ当たりだ。牛太郎は藤吉郎を恨めしく睨みつけたが、藤吉郎は申し訳なさそうな顔でひょこっと頭を下げてきた。


 とばっちりを受けた牛太郎は藤吉郎とともに日暮れまでこんこんと説教をされ、結局、

「お前様に罪はありますが、生まれてしまった子に罪はありません。長浜に城が出来たら私と共に呼んで差し上げなされ」

 と、出来た女房の一言で、額を擦り続けていた藤吉郎は、勘弁してもらえた。

 牛太郎にしてみればまったく不愉快だが。

 この話は羽柴家の女中から前田家の女中、そうしてまつからあいりへと瞬く間に行き渡り、牛太郎が一言も言ってないにも関わらず、簗田家のその日の夕飯の話題になってしまった。

「父上まで寧々様に詰められたとは笑ってしまいますね」

 戦場での危うさが抜けおちた太郎がにこにこと笑いながら言ったが、牛太郎はむすっとしながら白米を口に運び続ける。

「羽柴様も羽柴様で、旦那様に頼るとは相変わらずですね」

 女中の貞が言うと、あいりが、

「でも、寧々様は本当に根のある方。もし、私が藤吉郎殿の嫁だと思ったら、ぞっとしてしまいます」

 ついさっきまで寧々に叱られていた牛太郎は、まるで自分が言われているように感じてしまい、ついつい視線を伏せてしまう。

 実際、梓の表情が不機嫌である。そういえば、そんな事実があったと、怒りを蒸し返しているのかもしれない。

「もういい。やめろ。よそさまはよそさま。うちはうち。あんまりせせら笑うもんじゃない」

「なんだい」

 口の軽い栗之介が声を上げて、牛太郎は内心焦った。

「藤吉郎殿の失態なんて、旦那が一番喜びそうな話じゃねえか」

「そうじゃ」

 おかっぱ頭の梓がむすっとしたまま視線を牛太郎に向けてくる。

「亭主殿も何か後ろめたいことがあるに違いない」

「あ、あ、ある訳ないじゃないッスか! そ、そりゃ、あ、梓殿に、て、手紙を出し忘れていましたけど、あ、あっしは藤吉郎殿みたいに女と遊んでいたんじゃなくて、い、忙しかっただけなんですから!」

 梓は箸を止めたまま、牛太郎に視線を突き差し続けてくる。

「彩はどうしたのじゃ」

「えっ!」

 梓の言葉に食卓の空気は一気に冷たくなってしまう。

「なにゆえ、彩は帰ってこんのじゃ。堺はもう用済みなんじゃろう。なにゆえ、帰ってこんのじゃ」

「そ、そ、それは、そ、その」

 栗之介にちらりと目をやった。栗之介は唇を押し込めて、そこだけは健気に沈黙を決め込もうとしている。

「だ、団子屋をやってます。シロジロと一緒に」

「ふーん」

「母上」

 と、太郎が口を開いた。

「彩が父上とねんごろになるはずがありますまい。むしろ、父上にそうした兆候があったら、彩はすぐに母上に報せてきましょう。そのために母上は彩が父上に付いていくのを了承したはずでは」

 大人の対応を取ってくれた太郎に、牛太郎は目をうるませながら見入った。

 ありがとう、太郎。

「それもそうじゃが」

「父上が女を口説けるはずがありますまい。おやかた様の命ぐらいでしか婚姻できない方なんですから」

「それもそうじゃな」

 牛太郎は太郎に向ける目を睨みに変えた。

「そんなことより、彩もそうですが、父上、早之介はどうしたのです」

 牛太郎はそそくさと目を逸らし、味噌汁をずるずると啜ってごまかした。

「まったく音沙汰を聞きませんが、堺で何をしているのです。いくさ場でも早之介がいるのといないのとでは大きく違います。近く、伊勢長島に出陣するとおやかた様もおっしゃっているのですから、早之介を岐阜に戻してください」

「そうじゃ。簗田家の数少ない与力なのだから、いつまでも堺に留まらせておくわけにはいくまい」

「じ、実は......」

 牛太郎は椀を置くと、汗ばんだ額をぬぐいながら、ぼそりと言った。

「い、今まで黙っていたんだけど、あ、あいつはおれを裏切った」

「ええっ!」

「み、三好三人衆に。お、おかげで一度殺されかけたけど、信濃守のおかげで大丈夫だった。で、今はどこで何をしているやら。もしかしたら、淀城で死んだかもね......」

 咄嗟に思いついた嘘をべらべらと並べ立てただけだったが、栗之介以外の一同は牛太郎の言葉を本気にして、言葉を失っていた。

「そうであったのか、亭主殿」

 梓の言葉に、牛太郎は涙なんか出ていないくせに瞼をこすりながらこくりと頷く。

「こんばんわー」

 玄関から届いてきた女の声に牛太郎ははっと顔を上げた。さゆりの声だった。

 夕暮れの突然の女の訪問に、一同は眉をひそめて顔を見合わせる。牛太郎はどうしていいかわからず、箸を持つ手を震わせる。

 何をしにきやがったんだ。

「誰でしょう、こんな時間に」

「拙者が参りましょう」

 太郎が腰を上げてしまい、牛太郎は思わず引き止める手を伸ばそうとしたが、逆に怪しまれるので、ただ、目玉を大きくさせながら沈黙した。

 まずい。太郎はずいぶん前にくのいちだったころのさゆりと斬り合いをしている。早之介を装っているときは、人相も変えて難を逃れていたが、女の姿をしているときのさゆりは、髪型や目つき、頬の輪郭は時と場合によって違うものの、特徴的な鼻があるし、もし、太郎があのときのことをしっかりと記憶していたら、玄関先で果たし合いが始まってしまう。

「おい、鉢巻きっ! 太郎に行かせないで、お前が行けよ!」

 が、時すでに遅く、玄関から話し声が聞こえてきた。牛太郎は焦りをおさえるので精一杯である。さゆりの正体が明るみに出てしまったら、それこそ、隠し子が知られてしまった藤吉郎どころじゃない。

 だが、太郎が普段通りに戻ってきた。手に包みを抱えて。

「お市様の侍女でした。お市様が駒のために衣服を縫ってくれたそうで」

「まあ! お市様が!」

 あいりがはしゃぎ上げ、ほっと胸を撫で下ろす牛太郎。

「そういえば、江姫様と駒は一つ違いじゃったな。とはいえ、お市様が衣服を頂戴してくれるとは、このうえない果報じゃ」

「でも、どうしてお市様が駒のためになど」

「父上のおかげだ」

 そう言った太郎は、包みを貞に渡し、首を傾げる女たちをよそに腰を下ろした。牛太郎は市に慕われていることを自慢したくてしょうがなかったが、危険が去ったばかりで気持ちが落ち着かなかったし、梓が変に嫉妬しそうなのでやめた。

「ただ、こんな時間に持ってくるほど急ぎであっただろうかなあ。それに、あの侍女、どこかで見たような気も」

「昔、尾張で見たことがあるんだろ。お市様がまだ嫁ぐ前に」

 と、牛太郎はあわてて太郎の記憶をかき消そうとする。

「そうですか。そのわりには若かったですが」

「おい、あいりん、太郎が色気出しているぞ。気をつけろ」

 あいりにむっとした顔を向けられて、そんなことはない、と、あわてて弁明する太郎。梓たちが笑い声を立てる中、牛太郎はここぞとばかりにそそくさと広間を出ていった。


 岐阜駐在の将たちが集められ、伊勢長島への侵攻が上総介の口から発令された。北近江・越前と駆けずり回った将兵たちは休む間もなく、自分たちの所領に帰る暇もなく、疲弊した体に鞭打つこととなった。

 牛太郎は伊勢に関わっていないので情勢にはまったく疎いが、各所の豪族を含めた一向一揆衆との対立は泥仕合の様相を呈している。

 休む間もなく出陣せざるを得なかったのは、前回の伊勢長島侵攻の失敗によって、北伊勢の豪族たちが一向一揆衆側に味方し始め、早急に手を打たなければならなかった。

 ただ、評定のあと、牛太郎は一人、上総介に呼ばれ、

「お前はいかなくていい。兵卒はこましゃくれに預けろ」

「ま、また、どっかに行くんスか」

 甲斐、摂津、北近江と敵地を飛ばされてきた牛太郎が、まさか今度は越後じゃないだろうなと恐れおののきながら訊ねると、

「岐阜にいろ」

 上総介はどこかよそよそしく視線を窓の外に向けている。扇子を開き、それで顔を仰ぎつつも、一向に牛太郎の顔を見ようとせず、第六天魔王はなんだか様子がおかしい。

「忘れていたが、お前は珍奇衆だったな」

 なんなんだ、今さら。牛太郎は怪しみながら上総介の横顔にじっと眺め入る。

「市に滑稽話でも聞かせてやれ」

 ぱちん、と扇子を留めると、そのまま腰を上げ、去っていってしまった。

「おやかた様は後ろめたいんですよ」

 長谷川藤五郎は上総介に抱かれているだけあって、その心情をよく把握している。

「お市様はオヤジ殿の話ならお聞きになるので、要は、お市様を慰めてほしいんです。それに、オヤジ殿なら無害ですし」

「無害ってどういうことだ、無害って」

「女に縁がないってことですよ」

 憎たらしい奴。

 翌日、黒連雀に跨った太郎を見送り、岐阜に駐屯していたほとんどの兵卒が姿を消すと、牛太郎は早速岐阜城に登った。

 珍奇衆などという久しぶりに聞いた役目もあるが、いち早く叱りつけなければならない女がいた。

 岐阜城一角の、市たちに用意された屋敷の庭先で、労せずしてその女を見つけた。

「何の用や」

 侍女のさなことさゆりは、茶々や初と共に毬で遊んでいた。

「うちたろうぢゃ!」

「うちちゃんぢゃあ!」

 すっかり牛太郎に懐いてしまった茶々と初がちょこちょこと駆けてきて、牛太郎に飛びついてくる。牛太郎は腰を屈めて二人の頭を撫で上げる。

「いい子にしていましたか、お姫様」

「また、いくさから逃げたんか」

 二人の背後ではさゆりがつまらなそうな顔でいる。

「いつ誰がいくさから逃げたって言うんだ。これは信長様からの命令だ。お市様にいろいろ話を聞かせろっていう命令だ」

「あっそ」

「あっそじゃねえ。お前、この前、おれの家に来ただろ。何をやってんだよ、おいっ。お前、太郎にばれたらどうするつもりだったんだ。もう二度とあんな真似すんじゃねえ!」

「おもしろそうだったから、やってみただけや」

「こっちは全然おもしろくねえよっ!」

 茶々と初が表情を無くして牛太郎をぼんやり見つめてくる。

「あ、いやいや、なんでもないですよ」

「うちたろうはいっちゅもおさなに怒っておる」

「うちちゃんはいちゅもおさなにおとっておる」

 茶々は不安そうな顔だが、初は意味もわからず姉の真似をしているだけらしくてて、にやにやしている。

「いやいや、そんなことないですよ。ただ、おさなが悪いことばっかりするんで、怒らなくちゃいけないんですよ」

「おさなは悪いことなんてちない」

「ちない」

「そうです、姫様。牛太郎は私が悪いことなんてしていないのに、いつも怒るんです。だから、姫様から怒ってやってください」

「てっめー」

「ほら! 牛太郎が怒りましたよ! 逃げて! 姫様、逃げて!」

 さゆりの掛け声に、茶々と初はきゃっきゃはしゃぎながら牛太郎から逃げていく。

 腹が立っていたはずの牛太郎は、蝶々が舞い飛ぶように駆けずり回る茶々や初、それにさゆりの姿を目にして、目を細めていった。

 市や姫たちにとっては残酷な結果だったが、さゆりは居場所を見つけられたのかもしれない。姫たちと仲睦まじく手を取り合う姿に、太刀を振り回していたころの面影はない。

 とはいえ、とうとうさゆりが自分の手元から去っていってしまったことをはっきりと確認できて、寂しくもなってしまう。

 おれも年を取っちゃったのかな。

 そんなふうに感慨に耽っていたら、縁側の片隅からこちらを見つめてくる女性に気付いた。一目で、女の高貴さがわかった。

 白地の打掛には、白や赤の菊や、青の桔梗、紫の萩など、秋の花の模様絵がふんだんに散りばめられていて、振り分けた長い黒髪がそこに流れる小川のようにしっとりと垂れている。

 ただ者じゃねえ。どこのお姫様だ。

 眉間に皺を寄せながら見つめる牛太郎に、女ははにかみながら頭を下げてくる。衣服の華やかさとは打って変わった愛らしい仕草に、牛太郎は胸をほんわかとさせてしまった。

 決して美人というわけではないのだけれども、柔らかく垂れさがる目尻と、健康的につやつやとした肌、化粧なのか地なのか、頬が桃のように照っていて、大人でも少女でもない、類まれな可愛らしさだった。

「何を見とれているんや、助平」

「何を見とれているんぢゃ! すけぺえ」

「すけぺえ!」

 騒ぎ立てられて、あわてて首を振る牛太郎。

「み、見とれてなんかいませんよ! ただ、初めて見る御方だったんで、誰かなって思っていただけですよ!」

「なんや、知らんのか」

 さゆりがきょとんとしながら、女に振り返る。彼女は恥ずかしがるようにそそくさと歩いていき、姿を消してしまう。

「あの方はお犬様や」

「?」

「おばうえたまぢゃ!」

「えっ? 叔母上様?」

 さゆりが溜め息をついた。

「あんたって、何も知らんのもいい加減にしいや。織田の姫様も知らんでどうするんや。お犬様はおやかた様やお市様の妹君や」

「そ、そうなの?」

 牛太郎は茶々と初をそれぞれ見たあと、犬がいたところにもう一度視線をやった。

「全然、似てねえじゃんか。腹違いなのか」

「同腹や。姉妹だからって瓜二つってわけあらんやろう」

「ふーん」

 市はどことなく上総介に似ている。顔形もそうだが、市が醸し出している凛とした気丈さは、何があろうと信念を揺るがせない上総介の根本的な部分に通じているものがある。

 それに引き換え、犬という姫は、一目見ただけだが、柔らかい。市や上総介とはまったく違う。

 さゆりの話によると、犬は尾張南部の知多半島一帯に古来から勢力を築き、桶狭間後、上総介に臣従した佐治家に嫁ぎ男子二人に女子一人を産んだが、夫の佐治八郎信方が二年前の長島攻め――一向一揆衆の逆襲に合い、柴田権六郎と共にしんがりを務めて命を落としてしまったらしい。

 そういう訳で今は上総介の庇護の下にあるらしく、今日はたまたま姉の市のところへ顔を出しに来た。

「因果なもんだな」

 自分や藤吉郎は戦場であれだけ危険な目に合っていても生き残っているというのに、織田の女の夫たちは戦火の煙となってしまっている。

 まるで、天か神か仏かが、残虐非道かつ家族思いでもある上総介の首を真綿で締め付けているかのようだ。

 そんな第六天魔王の犠牲者の一人の前に牛太郎は参じると、岐阜での暮らしに不自由はないか訊ねた。

「おかげさまで。兄上たちもお節介なほどですし、善右衛門殿もおさなもおりますから」

 市は変わりない微笑で答えた。ただ、仕方ないことだが、切れ長の市の目尻には若干の影が差していなくもない。

「牛殿のお孫さまはべべを気に入って頂けたかしら」

「あ、ああ。すいません、遅れまして。そのせつはありがとうございました。駒は大層気に入っていますし、嫁のあいりはお市様に御礼差し上げなければとやかましいぐらいです」

「今度は是非、皆さんと御一緒に来てください。梓殿に久方ぶりにお会いしたいわ」

「あ、梓殿ですか......」

 牛太郎に市は目を丸める。

「梓殿が何か?」

「い、いえ、そ、その、まあ、実は」

 牛太郎は「御承知のこととは思いますが」と付け加えてから、梓の男勝りの性格と嫉妬深さを説明し、先日、さゆりが出し抜けにやって来たときは気が気ではなかったと話した。

「なにせ、あいつが女だなんて誰も知らないんスから。もしも、吉田早之介っていう奴の正体が女だってばれてしまったときには、あっしは皮も骨も残っていませんよ」

 市は口許を袖で隠しながらくすくすと笑う。

「破天荒だこと。でも、さなとはそういった関わり合いはなかったのでしょう。なら、よいではありませんか」

「あ、うっ、い、いやっ、いやいやっ、とんでもありませんっ。あっしはここ半年近く岐阜から離れて堺や京にいたもんですから、梓殿はあっしを疑ってばかりで仕方ないのですっ。遊んでいたに違いないって。あっしがそんなことするわけないのにっ」

「大丈夫ですよ、牛殿。もしも、梓殿に疑われるようなことがあれば、この市がお話し差し上げますから」

「え。いいんスか?」

 牛太郎は眉尻を下げながらにたあと笑った。

「無論、梓殿を大切にしていたらの話ですよ」

「そりゃあ、もちろん!」

 牛太郎は、今度は是非梓を連れてくると残して市の前を下がると、しめしめとほくそ笑みながら縁側を行った。

 いや、これで浮気が出来ると思い始めたのではない。藤吉郎のような真似をしてしまったら、梓は市の言うことにも絶対に耳を貸さず、牛太郎を長良川の底に沈めるだろう。

 ただ、清廉潔白の身でありながらも疑われてしまっており、それについては市の援助を得られた。出来ることなら、すぐに角を立てる梓をちょっとは叱ってもらいたいぐらいだ。

「ていうかさ」

 ふと気付いた牛太郎は、一人呟いて足を止め、秋空に流れる雲を眺めた。

「お市様がおれの味方ってことは」

 とてつもない後援者を手にしたのではないか。市は上総介の可愛い妹である。上総介に物申せる市である。

「いや、それはないな」

 首を振ってまた足を進める。上総介は万福丸の命を救ってくれるよう頼んだ市を無視したのだから。

 まあ、あまり変な欲は出さないほうがいい。佐久間右衛門尉のように自分を快く思っていない人間もいるのだから。

「さ、左衛門尉殿」

 背後からの黄色い声に、牛太郎は背筋をびくつかせながらも、そろりと振り返った。

 まごまごとしているのは犬だった。

「あ、姉上様のために、わ、わざわざありがたく存じます」

 そう言いながら犬がすうっと頭を下げてくると、ほのかな香りがふわふわと漂ってきて、牛太郎は鼻の下の伸び具合をごまかすようにして唇を中に押し込める。

 まるで、打掛に色づいている花が放っているような、甘くゆるやかな香りであった。

「お、お初にお目にかかります。お声を掛けてもらえるとは、この左衛門尉、こ、この上ない光栄です」

「わ、わたくしこそ。さ、左衛門尉殿に、お、お会いできて」

 市にも上総介にもまったく似ていないたどたどしい物言いは、子供を産んだとは思えない初々しさがあった。

 なんだか、頬の照りも、恥ずかしさで色づいているのではないかと思えてきてしまう。

「こ、今度、お越しになるときは」

 と、潤った瞳で訴えかけてくるように牛太郎を真っすぐに見つめながらだったが、犬は一度言葉をためらって視線を逸らした。

 庭先の葉陰で、鈴虫がささやくような音を立てている。

「こ、今度は、わたくしにもお話をお聞かせください」

 そうして、犬はちょこんと頭を下げると、踵を返しそそくさと去っていってしまった。

 牛太郎は呆然と立ち尽くす。どうしたことなのだろう、と。彼女は誰に対してなぜにあそこまで照れていたのだろう、と。

「ま、まさかな。お、おれは牛だぜ」

 自嘲するように笑いながら、牛太郎はおぼつかない足取りで屋敷をあとにしていった。



 市が一家揃っての来訪を望んでいる。牛太郎がそう家の女たちに伝えると、途端に梓やあいりはあわただしくなり、牛太郎がくれてやった香炉や茶碗、香木などを木箱に整え始め、鮮やかな小袖に袖を通し、自慢の打掛を羽織り、挙げ句には聞こえ高い名馬の栗綱まで引っ張り出して、近所の寧々、まつ、娘たちや女中たちを引き連れ、まるで正月の参拝にでも赴くような華やかさで、ぞろぞろと稲葉山を登っていった。

 牛太郎はというと、留守番である。

 栗綱の口輪を取りに栗之介が行ってしまったので、一人、不満たらたらながらも、尻切れ半纏に股引というすっかり馴染んだ百姓姿で馬屋に入っていた。

 官位まで携えている一城主が馬のぼろ掃除なんてとも、自分自身思えなくもなかったが、気楽である。堺などで商人たちの茶会の相手をしつつ、腹を探り合ったり、情勢に神経を張り巡らしたり、あるいは織田家の進退を決めるような一大事の策謀に関わらなければならなかったこれまでを考えると、馬の糞でも拾っているほうがいい。

「ししし。尾張武者が健気なもんですなあ、旦那」

 篠木於松だった。

「どこの泥棒かと思ったら、お前か」

 梅干しみたいな禿げ頭を丸まった背中で突き出し、三本しかない歯を剥いてにたにたと笑いながら、相手にせずに寝藁を運ぶ牛太郎を舐めるような視線で追ってくる。

「何の用だ。気味悪い」

 牛太郎は藁を放り投げて、鍬でならしていく。

「だいたい、お前、三十郎様の家来じゃねえのかよ。伊勢に行かねえで何をやってんだよ」

「一つ間違っておりますわ。あっしは三十郎様の家来じゃなくて、おやかた様の近習ですわ」

「じゃあ、なおさら伊勢に行けよ」

「ししし。腰を痛めちまったもんで。先ごろの小谷城でずいぶんと働かされちまったもんでね」

「何が腰を痛めただ」

 手拭いで汗をぬぐいながら、せっせと藁をならしていく牛太郎。

「そもそも、お前は何者なんだよ。何のあれがあって信長様に仕えているんだよ」

「ししし」

 仕事を終えると、馬屋を出て、古い藁を抱えて庭の奥に向かう。後から於松が懐いた鼠みたいにくっ付いてくる。

 堆肥用の穴に藁を放り捨て、両手の粕を打ち払いながら、薄気味悪く笑っているだけの於松を睨み据える。

「ていうか、何の用なんだ」

「ししし。簗田の旦那は茶の湯に通じているって聞いたんで、一服頂きたくてね」

「なんだテメー。おれに茶を点てろだと。何様のつもりだ、コラ」

「いやね、乱波風情のあっしが茶の湯に預かるだなんて夢のまた夢。せいぜい、加納の田舎商人に点ててもらうのが関の山ですよ。そんなあっしですから、京や堺の垢抜けた輩と付き合いのある簗田の旦那が点てた茶でも頂戴したくてね。あっしなんか、死ぬまで京の味なんて知らずに死んでいくんだから」

「ほほう」

 牛太郎は気分を良くして鼻を鳴らした。

「それなら一服点ててやろうじゃねえか」

 そんなことで、於松を梓の茶室に連れて行き茶道具を用意したが、於松が急に牛太郎の手を制してきて、

「せっかくだから、あっしに点てさせてくだせえ」

 と、言う。

「なんだと」

「こんな立派な茶室で茶を点てるだなんて金輪際ないことですわ。死にぞこないのジジイに最後に夢を見させると思って、あっしに点てさせてくだせえよ」

 フン、と、牛太郎は鼻を突き上げた。

「好きにしろ」

 於松は茶を点て始めた。茶碗に湯を打ち、抹茶を茶碗の底に入れていくが、その一つ一つの動作はまったく遅滞で、それをしていく姿勢というのも背中を曲げて突っ伏すようにしていくので、醜いことこの上ない。

 まあいい。牛太郎は冷え冷えとした視線を送りながらも、余生の短い老人に付き合ってやってやる思いで、茶が差し出されるまで苛立ちを辛抱した。

「ししし、どうぞ」

 緑色の液体をたたえた茶碗が牛太郎の前に置かれて、牛太郎は溜め息を一つついたあと、茶碗を手に取って、ゆっくりと一息に飲み干した。

 だが、

「うええっ」

 茶を胃まで注ぎ込んだときには、そのまずさに気付くのが遅かった。茶碗の中に、ぺっ、ぺっ、と、唾を飛ばし、挙げ句には唾液をこぼした。

「なんなんだよ! これはよっ!」

 しびれるような酸っぱさが喉の頭あたりを、ひどい苦みが舌に残っている。牛太郎は何度も唾を吐くが、一向に口の中の正体不明の味覚は取れない。

「ししし」

 於松がにたにたと笑っている。

「テメー、まさか......。何を入れやがったっ!」

 牛太郎は於松に掴みかかったが、於松にひょろりと交わされてしまう。

「ししし。長寿の薬を混ぜさせてもらいましたわ。大丈夫。あっしも飲んでいるんで」

「ふざけんなテメーッ!」

 怒鳴り散らす牛太郎をよそに於松は腰を曲げたままちょこちょこと部屋をあとにしようとする。

「待てコラっ! なんなんだ、一体!」

「ししし。あっしは旦那が気に入ったんで。長生きしてもらいたいだけですわ」

 追いかける牛太郎をひらひら交わしていきながら、於松は屋敷をあとにしていった。


 変な物を飲まされた牛太郎は、台所で何度もうがいをし、唾を吐き散らしていると、

「こんにちはー」

 と、玄関から子供の声が聞こえてきて、口許をぬぐいながら顔を上げた。牛太郎は留守番である。

 玄関まで出て来ると、そこには十二、三歳の小太りの子供が突っ立っていて、総髪の頭を結っているので元服前であろう。

「あのう、お貞さんはいらっしゃらないのですか」

「お貞? お貞なら奥さんや嫁と一緒に城に登ったけど」

 すると、色白のふっくらした顔にくりくりとした黒い瞳で、少年は牛太郎をじいっと見つめてくる。

「簗田左衛門尉牛太郎様ですか」

 なんだか、ぼけえとした物言いだったので、牛太郎は存在を誇示するかのように胸を張り上げた。

「そうだ。摂津池田で一騎駆けをし、金ヶ崎ではしんがりを務め、姉川では怪物栗綱と共に暴れ回った綱鎧の簗田とはおれのことだ」

「それはそうと、お貞さんはいつごろお戻りになられるのですか」

 いたって冷静な少年に牛太郎はしばらくの間無言になる。

「それなら、また翌日に参ります」

 まったくもって味気なく踵を返した少年を牛太郎は呼び止めた。

「ちょ、ちょっと。キミはお貞に何の用なんだ。一応、留守番だからさ。用件だけ聞いておく」

「左衛門尉様にお仕えさせていただく旨、お口利きをして頂けるということだったので。左衛門尉様が岐阜に戻られたら、またこちらに来なさいと言われていました」

「おれがその左衛門尉なんだが」

「はい」

「左衛門尉に仕えるのを決めるのはお貞じゃなくて、おれなんだが」

「はい」

「目の前に左衛門尉がいるんだったら、お貞を通さなくたっていいだろ。おれにお願いすればいいだろ」

「そうですが、しかし、私はお貞さんに話を通してもらうという物の順序でお願いに参ったので、義理を破ることになります」

「いや、破ることにならないだろ」

「人によっては破られたと思う御方もいらっしゃいます」

「おいおい。この家の人間はそんな器の狭い人間なんていないぞ。てか、なんなんだ、キミは。おれに仕えたいって奉公人にでもなりたいのか。なんなら、採用してやるよ。人手不足で仕方ないからな」

「いえ。私は左衛門尉様の小姓になりたいのです」

「それは無理だな。おれは小姓とかいらないから。女中なら断らないけど、男の子はいらない」

「でも、お貞さんに訊いてみなければわかりません」

「わかるだろ! おれが駄目って言っているんだから駄目だ!」

「お貞さんは大丈夫だっておっしゃってくれました。奥方様もそうしたほうがいいとおっしゃっているとも」

「だからっ! お貞が言っても、あずにゃんが言っても、主人のおれが駄目って言ったら駄目なのっ!」

「あずにゃんとはどちら様ですか」

「ぬう」

 急に恥ずかしくなってしまった牛太郎は、少年にくるりと背中を向けると、

「駄目なものは駄目だ。あきらめろ」

 と、少年を置いて屋敷の奥にすっ込んでいった。


 夕飯の話題は登城したことについて持ち切りで、市の美貌や元気な姫たちのこと、香木がすこぶる評判であったと、梓もあいりも上機嫌であった。

「それにしても、おさなという侍女」

 ふいに梓がさゆりのことを持ち出して、牛太郎は箸をぽろりと落としてしまう。

「気立ての良い侍女じゃった。さすがお市様の侍女じゃ」

「そ、そんなことより、お貞」

 牛太郎は落とした箸をかつに交換してもらいないがらお貞を呼ぶ。

「今日、おれの小姓になりたいとかいう変な子供が来たけど、ちゃんと断っておけよ」

「ええ? 断ってしまうんですか?」

「なぜじゃ、亭主殿」

「だ、だって、小姓なんてあっしには必要ないですもん。鉢巻きがいるから、別に困ることなんてないですもん」

「栗之介は馬丁ではないか」

「そ、そうですけど、小姓なんて、邪魔なだけだし」

「昔は太郎様を小姓にしていたではありませんか、旦那様」

 あいりまで参戦してきて、いつものように劣勢に陥ってしまう。

「だいたい、そんな急に小姓を雇うだなんて。おれは聞いていないし」

「今、知ったではないか」

「あの子は自ら旦那様の小姓になりたいとおっしゃったそうですよ。五郎左衛門様や、あの子のお父上は、おやかた様の小姓ならいざ知らず、一介の将の小姓を嫡男に務めさせるなんて反対されたそうですが、それでもあの子が懇願されたそうなんですから。そう、無碍に断らなくてもよろしいではないですか」

 お貞がやたらまくしたててきたが、牛太郎には何を言っているのかさっぱりわからない。

「五郎左殿が反対したって、どういうことだよ。お父上だとか嫡男だとか、あいつは誰の子供なんだよ」

 牛太郎がそう言って、お貞はようやく事のあらましを説明してきた。

 あの理屈っぽい子供は、大蔵安芸守盛里という丹羽五郎左衛門の与力の子らしい。一昔前は五郎左の監視下にあった牛太郎は、丹羽家のたいていの与力を存じているが、大蔵某とかいう名は知らなかったので首を傾げた。

 それもそのはず、大蔵安芸守は元は近江国南西長束村なつかむらの地侍で、姉川のいくさ後、佐和山城近くに築かれた砦に詰めていた五郎左に引き抜かれて与力になり、牛太郎が五郎左の監視から解放されたのちのことである。

 あの子供は新三というらしい。

「新三はたびたび堺や京を訪れる亭主殿に指南を承りたいそうじゃ。そんな殊勝な心がけでいる子供を断る理由も、人手の少ない亭主殿にはなかろうが」

 梓に攻め立てられて、牛太郎はむすくれる以外、返す言葉はない。

 女どもの言うことはいちいちもっともだが、牛太郎には誰にも知られたくない事実がたくさんある。さゆりのこともそうだし、願福寺に奇進札をやらせていること、堺で銭儲けをしていることもそう。口外されては首が跳ね跳ぶか否か、川底に沈められるか栗綱に繋がれて引き回されてしまうか、そこまでされかねない悪事を抱え持っているのに、自らの行動にべったりと取りつかれてしまうわけにはいかない。

 しかし、

「断る理由はなかろう」

 と、梓に押し迫られて、牛太郎はこくりと頷いてしまった。


「大蔵新三と申します。左衛門尉様の手となり足となる所存でございます。至らないところはあるかもしれませんが、なにとぞ、よろしくお願いします」

 新三は膝をついて深々と頭を下げ、梓やあいり、お貞たちは少年をにこにこと笑みながら迎えた。

「こちらこそ、亭主殿をよろしく頼むぞ。亭主殿に何か不穏なところがあれば、すぐにわらわに伝え申すようにな」

 牛太郎はむすっとしている。新三は牛太郎をちらと見てきたあと、再び頭を下げた。

「かしこまりました」

 小姓とだけあって、新三は簗田家の人々と寝食を共にすることになり、牛太郎が文をしたためているときも、寝そべってごろごろしているときも、栗之介やかつとともに草むしりをしているときも、そばを離れずにいた。

「お前よお」

 雑草を引きむしった牛太郎は、額を拭いながら、突っ立っているだけの新三に振り返る。

「手伝ったらどうなんだ」

「なにゆえ、殿まで草むしりなどしているのですか」

 小太りの体で表情をぴくりとも変えず、ずいぶんとふてぶてしい。

「暇だからだ」

「史書などお読みにならないのですか」

「おいおい、小僧」

 牛太郎は腰を上げると、手の土をぱちぱちと払いながら、新三を睨み下ろす。

「本を読んでいるだけの生活をしていたら、庭は雑草で荒れ放題になるんだよ」

「かつ殿や鉢巻き殿がやってらっしゃるではないですか。殿は他に何かをやればいいではないですか」

「ごちゃごちゃ言わずに手伝えっ! このクソガキっ!」

 新三の襟首を掴んで地面に叩きつけると、新三は嫌々草をむしっていく。

「おれから何かを学びたいんであれば、まずは泥水にまみれることだ。わかったな!」

「泥水にまみれることと、一家の主人が草をむしることとは訳が違うと思うんですが」

「黙れっ! べらべら喋っている暇があるんなら、草むしってろ!」

 昼食をとったあと、牛太郎は半纏から小袖に着替え、素襖を羽織り、袴をはくと、脇差を腰に帯び、扇子を手にした。

「どこかに行かれるのですか」

 ようやく、まともな格好になった牛太郎に、新三は目を輝かせてきた。

「お城のお市様のところだ」

 途端に新三の瞳が陰る。

「おれの役目はお市様やお姫様とお話をすることだ。だから、岐阜に残っている。なんか、文句あんのか」

「いいえ。ただ、私は殿が家中の知識人にお会いするのかと思ったんです」

「そんな奴が織田家にいるわけねえだろ」

 牛太郎は玄関で草履をはくと、屋敷をあとにした。

 新三があとを付いてくる。

「別にお前は来なくたっていいんだぞ」

「そういう訳にはいきません。私は小姓なのですし、奥方様からは殿に何か不穏な動きがあれば、すぐに伝え申すよう言われていますし」

「おい」

 牛太郎は踵を返して新三に歩み寄ると、自らの腰に両手を当てながら新三を見下ろした。

「変な真似をしたら即刻クビだからな。いいな」

「変な真似とはなんでしょう」

「おれの意にそぐわないことだ。つまり、おれの自由にさせろってことだ。わかったな。言うことを聞いていれば、そのうち知識人に会わせてやるからいい子にしてろ」

 また、新三の瞳が輝き始めた。

「どなたに会わせて頂けるのですか」

「てか、誰に会いたいんだ」

「わかりません」

「お前、馬鹿なんだな」

 城に登り、例のように市が居している屋敷を訪ね、生意気な新三は門の外で待たせておき、牛太郎は市の前に上がった。

「先日はうちのあつかましい連中がお邪魔してしまい申し訳ありませんでした」

「あつかましいなどとんでもございません。久方ぶりに楽しい時間を過ごさせていただきましたわ」

 市は朗らかな表情であった。やはり、女は女同士、気が合うのかもしれない。まして、梓やあいりだけではなく、寧々やまつまでいたのだから、さぞかし賑やかだっただろう。

「ところで今日はもう一人、牛殿のお話を聞きたいと申している者がいるのですが、よろしいかしら」

 牛太郎はどきっとした。いや、色めき立った。

「犬」

 と、市が隣の部屋へ声をかけて、年増の侍女がふすまをすっと開ける。牛太郎はあわてて頭を畳にこすりつける。ふすまが開くと同時に、あのゆるやかな香りが流れてきて、牛太郎の胸底はじんじんと熱くなってくる。

「い、犬でございます」

「わらわの妹でございますわ」

「ぞぞぞ存じております」

「御一緒させてもよろしくて?」

「ももも勿論でございますっ! あっしの与汰話などお聞きしたいなど、こ、こ、光栄この上ありませんっ」

「だそうですよ、犬。さあ、お入りなさい」

「は、はい」

 犬がそっと腰を上げて居室に入り、また、腰を下ろすまでの間、牛太郎は顔を上げられなかった。

「どうしたのですか、牛殿。表を上げてくだされ」

 言われてしまって、牛太郎は恐々と顔を上げた。すると、市の隣に座っている犬が視線をそそくさと伏せた。白扇の柄が袖に染められた桃色のまばゆい打掛に似合わず、犬の表情は気丈な姉にくっ付いている引っ込み思案の妹であった。

「犬は夫を亡くし、三人の子とも離れ離れになって、一人、この岐阜で寂しい思いをしてきたのです。わらわは娘たちと共におるので寂しさは紛らわせられますが、牛殿、犬にも愉快な話をしてあげてください」

「愉快な話と言っても」

 牛太郎はちらと犬を見た。目が合った犬は、そっと視線を伏せる。そんな仕草だから、妙に意識してしまって、どぎまぎしてしまう。

「そ、それじゃ、とんでもない大馬鹿な商人の話でも」

 と、鼻糞を掴まされた行商人の話を始めた。

 男はとある田舎大名の御用商人で、ある日、京で商いを広げてくるよう申しつけられ五百貫の大金を授かった。

 男はのこのこと上京し、さて、どんな商売で儲けようかと考えたが、ふと彼に声をかけてくる者があった。その者は当時、京で権勢を振るっていた松永弾正忠久秀の御用商人で、南蛮渡来の物珍しい砂糖で勝負してみないかと持ちかけてきた。

 田舎者で馬鹿な男は砂糖と聞いて鼻息を荒くし、五百貫と砂糖を交換し、意気揚々とそれを売り歩きに出たのだが、とある屋敷に押しかけてみると、そこの主人に言われてしまう。

「砂糖がそんなもののはずねえだろうが」

 しかし、男は頑として聞かない。呆れた主人は、ならば一粒十貫で買ってやるから、お前がそれを舐めてみろと言う。

 砂糖を舐めたことがない男は喜んで主人に砂糖を売り、そうして、自分で舐めてみた。

 すると、

「うえーっ!」

 ぺっと塊を吐き出してた男。それは砂糖ではなく鼻糞であった。

「そうして、五百貫で鼻糞を掴まされたことが大名にバレたその男は切腹し、今でもお墓にはそいつの骨と一緒に鼻糞が入れられているというお話です」

 勿論、四郎次郎は死んでいないが、牛太郎は終始にたにたと笑いながらだった。

 市は眉をしかめ、犬は戸惑っている。

「その話は茶々や初には聞かせてもらいたくないものですね」

 市に厳しい眼差しを注ぎ込まれ、牛太郎は笑みを消していく。

 からすがカーカーと鳴いている。

「で、でも、とても滑稽なお話でしたわ」

 犬が口を開いてようやく重苦しい沈黙から解放されたが、市が犬を睨みつけた。

「滑稽どころか下品でしょう」

 そうして、市は打掛を擦らせながらすっくと腰を上げ、しょんぼりしている牛太郎を睨め下ろしながら、

「用事を思い出しました。わらわはこれにて失礼させてもらいます」

 と、鼻先を突き上げながら退出していった。

 牛太郎はまるで上総介に叱られたあとのような恐怖感で、どうしよう、と、ただただ畳の目を凝視していた。遠慮なくぴしゃりと叩きつけてくるようなところが上総介と似ている。あと、この置き捨てられた感じも。

「わ、わたくしは愉快でしたわ、左衛門尉様」

 犬のそれはどう見ても苦笑で、精一杯の笑みだった。

「いや、いいんスよ......。あっしは所詮下品な男なんで......。友達もサルとかゴリラだし......」

「そんなことありませんっ。左衛門尉様が勇ましくて心優しい御仁であることは、姉様もわたくしも存じていることです」

 必死にかばってくれる犬に、牛太郎はぽかんと顔を上げた。

「あっしが、勇ましい、ですと?」

 すると、犬はぽっと咲いたような微笑で頬を緩めた。

「はい。特に摂津池田で黒連雀と共に一騎掛けを果たしながら、池田勢に所領安堵と引き換えに降伏を申し渡したという話は胸躍りました」

 牛太郎を眺めてくる犬のつぶらな瞳は明るい風を望むような眼差しの光りでいて、その熱っぽい視線を長く澄んだ自らの睫毛でゆるりと包み込んでいる。

「亡き夫、八郎信方様が男児のように話してくださいました」

 犬の話によると、佐治八郎は五年前の池田城攻めの折、織田本隊と共に従軍しており、そのとき、疾風怒濤のごとく敵味方構わずに兵卒を薙ぎ倒していき、城郭を駆け登っていった黒い怪物と牛太郎を目にしていた。

「あのような名馬は古今東西いない。そして、あれを乗りこなしていた簗田殿は愚将どころではない勇将だとおっしゃっていました」

「ははあ」

 と、にやけた。すぐに調子に乗る。

「佐治八郎殿は見る目のある御方だったんスね。一度もお会いできなかったのが残念です。きっと、仲良くなれたはずなのに」

「いえ、八郎信方様は清州でも岐阜でも京でも左衛門尉様をお見受けしたそうですよ」

「あ、そ、そうなんスか」

「ただ、いつもせわしくされていたので、お声をかけられなかったみたいで」

 犬は亡き夫を思い出したのか、表情を陰らせながらうつむいてしまう。牛太郎は声を張り上げた。

「ま、まあ、そうですねっ。いつもせわしくしていたっていうか、させられていたっていうか。いつも、あっしの周りには藤吉郎殿とか息子の太郎とかマタザとかウザノスケ、あ、いや、佐々内蔵助殿とかがやんややんや騒いでいたんで、あいつらさえいなければあっしも気の合う御方と仲良くしたっていうのに」

 すると、牛太郎が織田の名将猛将たちをぞんざいに扱ったのがおかしかったらしく、犬は袖を上げてくすくすと笑った。

「左衛門尉様は左少将様や又左衛門様とお仲がよろしいと聞いております」

 牛太郎は首を傾げる。

「マタザ殿はそうかもしんないですけど、左少将様って誰スか」

 犬はきょとんとしている。

「羽柴様ではないのですか? 金ヶ崎の退き口のあと、羽柴様は左衛門尉様と共に左近衛少将の官位を拝領されたはずでは」

「あ、ああ。確か、多分、そんなことも。あっしってあんまり知らないんですよ、そういうこと」

 牛太郎が無知を隠すように苦笑していると、犬は目を大きく丸めたあとに、また、くすくすと笑った。

「左衛門尉様って、まるで、少年のようです」

「あ、いや......」

 戸惑っていると、犬はきらきらと弾ける瞳で牛太郎をしばらく見つめ、また、袖で唇を隠した。

 胸の奥に染み渡っていくようなどこか淡い気配に、牛太郎は頭を掻きながら少しだけ笑った。


 伊勢長島で織田軍は大敗した。

 帰国してきた太郎の兜ははいだてが折れており、甲冑のところどころには矢傷が残っていた。黒連雀もかすり傷だが負傷しており、新七郎は無傷だが、玄蕃允は太股に槍を受けたらしい。簗田勢は二十人近く死んだ。

「拙者の不徳の致すところです」

 屋敷の広間で牛太郎と梓に報告をしてくる太郎の目から覇気が失われている。

「いくさ場では仕方ないことじゃ」

 梓が慰めるも、太郎はうつむいたままでいる。

「わかった。もういいから、駒に顔を見せてやれ」

 牛太郎の言葉に太郎は頭を軽く下げると、広間をあとにしていった。

 朝倉浅井を完膚なきまでに壊滅させた織田軍が、伊勢で長年もがき苦しんでいるのは、戦っている相手がこれまでの勢力と違う種別だからであった。

 一人の大名が統制している軍団ではなく、本願寺勢力を中心として寺社や地侍、果ては町人百姓たちが結託した土着組織であり、これは織田上総介という仏敵かつ侵略者に対してのなみなみならない憎悪で形成されていた。

 こうした連中に、織田軍が得意としてきた調略活動は有効ではなく、とにかく、一つ一つの根城を潰していく以外に方法はなかったが、敵は地の理と既存の連絡網を発揮して、待ち伏せ、挟み撃ちと、織田の大軍を遊撃戦で苦しめた。

 今回の侵攻では、織田軍は三万の兵力を注いで、柴田権六郎、羽柴藤吉郎、丹羽五郎左衛門の部隊が一揆衆の籠る西別所城を落とし、佐久間右衛門尉、滝川彦右衛門の部隊が坂井城を陥落させ、ついで北廻城も攻略し、近在の豪族たちは次々と上総介に降伏していった。

 桑名郡一帯を征服し、本格的な侵攻の足場を固めた上総介だったが、伊勢湾の制海権を獲得するための船の調達が難航し、仕方なく滝川彦右衛門を残して軍を岐阜へと向けた。

 が、一向衆の反撃はそこからだった。大垣へと向かう道中の多芸山というところで一向衆は待ち伏せをしており、上総介本隊を襲った。

 そこは左側が草木生い茂り、右側は川が幾重にも流れて葦が茂る、くねくねとした細い道で、さらには雨が降っていた。織田軍は火縄銃が使えず、要所要所で襲いかかって来る矢のあられをかいくぐりながらも、背後から追撃してくる一向衆たちともやり合い、槍林の異名を持つ織田家古参の将、林新二郎通政がしんがりを務め、命を削って上総介本隊を北伊勢から脱出させた。

 内線作戦で包囲網を打破した織田軍だが、長島攻めに至ってはこれで二度も敗北してしまったことになる。同じ敵に二度も負けたことは、竹中半兵衛を相手に戦った美濃攻略以来の屈辱であり、さらには包囲網を突破して勢いを得ていた織田にけちが付いてしまった。

「兵站を遮断し、点を兵糧攻めにすればよいと私は思うんですけれど、いかがでしょう?」

 伊勢の状況をどこから聞いてきたのか知れないが、新三が訳知り顔でそう言った。

「いかがでしょう、じゃねえよ。クソガキ。お前が考えることなんて、誰でも考えることだ、馬鹿が。同じことを太郎に言ってみろ。ぶん殴られるぞ」

「若君はそういう御方だとは思いませんが」

 牛太郎は新三の頭にがつんと拳骨を落とした。新三は半べそをかきながら頭をおさえる。

「生意気なことを言っている暇があったら、帰陣したお父さんのところに挨拶に行って来い!」

 新三は頭をおさえながら部屋を出ていった。

「太郎は近頃、いくさから帰ってくるたびに疲れた顔をしておる」

 部屋で香炉を焚き、呼び寄せた梓の衣服にさりげなく香りを染み込ませていたら、梓がぽつりとそう言った。

「前はもう少し、帰ってきたら喜びを顔に出しておったが。それがたとえ負けいくさでも」

「いや、考えすぎですよ。あっしだってそうだったって梓殿は言っていたじゃないッスか。誰だっていくさのあとは疲れるもんです」

 牛太郎は扇子で香りを丹念に梓に送り込む。

「あいつにはあいりんも駒もいるんだから、明日にはにこにこしていますよ。そんなことより、今夜はあっしの部屋で寝ていってはどうスかね」

 おかっぱ頭と白い肌が醸し出す梓の妖艶さににたにたとしながら牛太郎は手を伸ばしたが、梓は溜め息をつきながら腰を上げた。

「申し訳ないが、そういう気分ではない」

 と、あえなくおあずけとなって、牛太郎は不貞寝した。

 翌日、城から使番がやって来て、牛太郎と太郎、親子揃って登城するようにとの上総介の言葉を伝えてきて、二人揃って呼ばれるのも珍しいから牛太郎は首を傾げながら稲葉山を登った。

 途中、口数の少ない太郎に声をかけた。

「あいつは昔のお前みたいだ」

 後ろから付いてくる新三のことである。二人の太刀を抱えている小太りの新三の姿に、太郎は口許を緩ませた。

「そういえば、馬廻衆に入る前、まだおやかた様が稲葉山を攻め取ったばかりのころは、拙者も新三と同じぐらいの齢でしたね」

 木々の葉はすっかり色づいて、もみじがひらひらと舞い散っている。

「早いなあ」

 と、太郎は頭上の秋空を仰ぎながら呟いた。

 城に上がり、長谷川藤五郎に導かれて、二人は上総介の前に揃って参じた。

 上総介は伊勢の敗北のあととあってか、眉間に皺を固めていて、肘掛にはだけた肩を持たせかけたまま、平伏する親子に無言で視線を据えていた。

「表を上げろ。用件だけだ」

 例のように短い言葉だった。

「牛は若江城に調略をかけろ。こましゃくれは菊千代と共に不識庵にごまをすってこい」

「えっ?」

 二人揃って目を丸めたが、上総介は獣の唸りのような低い声でたった一言。

「早く行け」

 二人は訳のわからないまま上総介の前から下がる。

「不識庵って上杉謙信のことか?」

「はい。小谷攻めの前にもおやかた様から申しつけられましたが、そのときはすぐにいくさが始まったので」

「大丈夫かよ、お前。おれが甲府に行ったときみたいになるんじゃねえのか」

 廊下を行くと、幼名の菊千代で呼ばれた上総介の側近、堀久太郎が待ち受けていた。

「やあやあ、おやかた様からお聞きしましたか」

 彼もまた長谷川藤五郎と同じく上総介の寵愛を受けた元小姓で、端正な顔立ちに爽やかな笑みを持っている。ただし、生意気な藤五郎と違って快活で人当たりの良い青年である。

「拙者一人だけで毘沙門天に会いにいくのは心細かったですが、左衛門太郎殿と御一緒で良かったですよ」

「たった一人だなんて。どうせ宝物部隊と一緒なくせに」

 牛太郎は久太郎の肩を抱くと、その胸をつんつんと人差し指で突きながら、目を下世話に光らせる。

「いいよな、男だけのスケベ旅行って。女たらしのお前なんて今からわくわくしてんだろ。ん?」

「拙者が女を垂らし込めるだなんて、人聞きの悪い。むしろ、簗田殿こそ隅に置けないのではないんですか?」

「おれが? 馬鹿言え」

 すると、久太郎はにやにやと口許をほころばせながら、声をひそめた。

「女どもの噂に聞けば、とある姫様が簗田殿に思いを寄せているそうで」

「や、やめろっ!」

 牛太郎はあわてて久太郎を突き飛ばした。

「そ、そういう流言を飛ばしているんじゃねえっ。おれを陥れようってのか!」

「大丈夫ですって。おやかた様のお耳には入っておりませんから」

「やめろっ!」

 太郎がしらりとした目でいる。

「どうやら父上は腹を召されたいようですね。もしくは母上に八つ裂きにされたいか」

「ほ、ほら見ろっ! こういう頭でっかちの馬鹿が信じているじゃねえかっ! もう二度とそんな軽い口叩くんじゃねえっ!」

 冷や汗をびっしりと噴き出す牛太郎をよそに、久太郎はけらけらと笑う。

「まあ、冗談はさておき、左衛門太郎殿。出立は明後日なので、身支度を整えておいてくだされ」

「おれはどうするんだ」

「簗田殿は好き勝手にすればいいではないですか。今まで通りに」

「好き勝手って......、おれを遊び人みたいに......」

「ああ、そうそう。おやかた様が言っておりましたが、篠木の於松。あれを簗田殿にくれてやるみたいですよ」

 牛太郎は急に暗澹たる思いになった。

 岐阜城をあとにし、新三を連れて稲葉山の山道を下りていく最中、太郎に篠木於松を存じているか訊ねてみた。

「ええ。そろりの惣八の遺児と言われている老人でしょう」

「なんだ、ソロリのソウハチって」

「昔、尾張の篠木村にいたと伝えられている盗賊です」

 足利幕府の将軍がまだ八代目足利義政ぐらいだった頃の伝説的人物らしい。

 足音もなく屋敷に忍び込むさまから、そろりの篠木惣八、転じて曽呂利惣八。

 呼ばれたのか自ら名乗ったのか定かではないが、とにかく異名を得るほどの大盗賊で、国府の役人の屋敷に忍び込んでは盗んできた金銀を篠木村の貧しい人々に分け与える義賊だった。

 ただ、忍び込んだ屋敷でむやみに殺人を犯す悪党であったことも間違いなく、彼が病で死んだときには、村人たちが彼の棺を担いで墓地まで運んでいったさい、急に空は怪しくなって黒い雲が天を覆い隠し、雷鳴がごろごろと鳴り響いたと思ったら、突如として稲妻が目の前に落下し、村人たちが言うにはそれはまるで天からの怪物が惣八の死体をかっさらおうとしていたかのようであった。

「そんなことで、そろりの惣八の子だという於松殿をおやかた様が物珍しがって召し抱えたそうですよ」

「どちらにしろ、正体不明の危ねえジジイってことだ」

 親子は自宅に戻ると、新たな任務を与えられたことを家の者たちに早速伝え、旅支度を整えさせる。

 急な出張は今に始まったことではないから、奉公人たちはてきぱきと働く。栗之介は栗綱と黒連雀の体を洗ったあとにたてがみをとかしていき、あいりとかつが太郎の衣服を用意し、貞が牛太郎の衣服、筆や硯などを荷駄の中に整えていき、梓はまたしても牛太郎と引き離されてしまうことに若干ふてくされていたが、牛太郎はいつものようにそれとなく梓に小袖を貰い受けて、人知れずこっそりと桐の箱にしまいこみ、新三が牛太郎の太刀を抱えながらその様子を背後からじっと見つめてきている。

「何、盗み見してやがんだ、コラ」

「奥方様のお召し物はなんのために持っていかれるのですか?」

 フッ、と、牛太郎は笑った。

「お前みたいな子供にはまだわからないだろうな。愛する人を肌身離さず持ち歩くってことだ」

「わざわざ小袖を貰い受けるとは、殿の趣向がなんとなく垣間見えますが」

 牛太郎は新三をじっと見据える。

「お前、いちいち鋭いな」


 夜、自室にて寝そべって鈴虫の音を聞きながら火皿に灯る小さな炎をじっと見つめ、牛太郎の頭は若江城に専念されていた。

 河内国若江城は上総介に反旗を翻し、包囲網に加わった三好左京大夫義継の居城である。

 もっとも、左京大夫の裏切りは織田家中の将はおろか、上総介も知らない、牛太郎やさゆり、簗田一派の陰謀である。

 三好左京大夫は、今は無役の足利義昭の義弟である。かつて、上総介の庇護下にありながら諸勢力に織田追討令を発していた義昭であったが、反織田の意志を態度にこそ表さずにいたので、義弟の左京大夫は対応を決めかねていた。

 当時、摂津工作に奔走していた牛太郎やさゆりは、上総介に恭順している大和の松永弾正忠ののらりくらりしながらの野心旺盛な出方に頭を悩ませていたが、弾正忠と三好左京大夫が裏で連携していることを彩の潜入で突き止めると三好左京大夫に計略を仕掛け、弾正忠とともにあえて上総介を裏切らせ、三好・松永連合は上総介の妹婿、畠山右衛門督の居城である河内交野城へ出撃した。

 これによって、簗田一派は弾正忠の出方に興味を示していなかった上総介の軍団を畿内に引きずり出してき――このいくさの前日に性癖が知られてしまった牛太郎は家出をしてしまったのだが――、交野城四方に築かれた連合軍の付け城を織田軍はさらに外から包囲し、敗色を感じ取った弾正忠は大和に引き返し、三好左京大夫は雨天にまぎれて命からがら脱出した。

 その後、織田包囲網の一角を形成した左京大夫と弾正忠であったが、武田家の西上作戦のさいには静観を決め込んでおり、義昭が槇島城で決起したさいには、牛太郎の説得によって弾正忠が動かなかったことにより、左京大夫も若江城から出なかった。

 若江城の調略――。

 弾正忠をおだてあげれば訳ないことだが、牛太郎はあまり弾正忠と関わり合いたくなかった。

 武田徳栄軒の死以来、弾正忠は上総介に分があることを悟っているので、しばらくはおとなしくしているべきだという牛太郎の言葉に弾正忠は従ったが、実は去り際にあのどこまでも黒い無機質な目で言われている。

「思い通りに事が運ぶような世では、貴殿もおもしろみがないでしょうな」

 足利幕府十三代将軍を暗殺したせいで希代の大悪党と呼ばれている弾正忠と牛太郎はなかなか因縁が深い。五年前の織田軍の上洛の折、上総介にひれ伏した弾正忠に天下の名物茶器である九十九髪茄子を献上させたのも牛太郎であるし、弾正忠が野心を剥き出しにして摂津高槻に攻め入り、同じく高槻に攻め込んでいた池田勢と睨み合いになったときも、弾正忠に一泡吹かせて兵を撤退させたのも牛太郎である。

 牛太郎は、天雲をうねらせるような危うい視線の持ち主である弾正忠の顔を思い浮かべて、気が萎えた。

「あの悪党、絶対おれを恨んでいるよな」

「何かお悩み事ですかねえ」

 窓の戸の向こうから突如として聞こえてきた声に牛太郎は背筋を凍らせながら飛び跳ねたが、すぐに居直って腰を上げると、戸を開けて闇深い外を覗き込んだ。

 於松が窓枠の下に隠れるようにして腰を屈めている。

「テメー、本当に気持ち悪い奴だな」

「ししし。こんな汚ねえジジイが屋敷に上がったら、家の皆さんがびっくりしちまうでしょう」

「亭主殿」

 背後の戸が叩かれた。

「戸を開けておくれ」

 牛太郎は於松に向かって人差し指を唇にあてると窓の障子戸を閉め、そそくさと戸を開けにいった。

 藍色の浴衣に青の帯を締めた梓が徳利と盃を盆に載せていて、生温かい匂いを漂わせている。頬を赤らめていて、どうやら湯上りらしい。

「しばしの別れの一献じゃ」

「あ、は、はい」

 ためらう牛太郎の前を梓は横切って入ってくる。於松が外にへばりついていることを鬱陶しく思いながら戸を閉めて、梓の前に腰かけた。

 手に取った盃に梓が徳利の中を注いでいく。浴衣の襟から白い胸元が覗けて、牛太郎は思わず鼻息をもらしてしまう。まったく、自分のいない間にどこかの男に抱かれていたのではないかと疑ってしまうほど、梓は齢を重ねるごとになまめかしくなっていく。

 牛太郎はなみなみ注がれた盃に唇を寄せながら、ふと、梓と犬を比べてしまう。

 犬は梓と違って子を産んでいる母親だが、そうした慈愛があどけなさと一緒くたになって、独特の愛らしさを醸し出している。

 逆に梓は子を産んでいないからだろうか、それとも美貌を保つために何かしら行っているのか、年々、美しさに磨きがかかっていっている。

 牛太郎は酒を一息に飲み、盃を梓に返した。淡々と受け取り、牛太郎が注ぐ酒を静かに受け止めるが、その眼差しはうっとりと盃の中に浸っており、抱かれに来ている彼女は、ことさら妖艶であった。

 まるで、昼と夜とでは別人だ。抱けば抱くほど魅力的で、抱き足らなくなってくる女である。

 が、於松がへばりついている。

「次はいつ戻ってくるのであろうな」

 そう言いながら、梓は赤い唇を酒に一口つけた。自分の上唇を白桃色の舌で拭いながら盃を盆の上に戻し、牛太郎にゆっくりと視線を上げてくる。

「今度はきちんと文を出しておくれ」

「も、勿論」

 牛太郎はごくりと唾を飲み込むと、のそりと腰を上げ、窓辺に近づいて壁をごつごつと蹴飛ばした。

 梓が目を丸めている。

「何をしておるのじゃ」

「ちょっと、近頃、ねずみが出てくるので。目ざわりで仕方ないんです。こうでもしないとどっかに行ってくれないんです」

 梓は首を傾げる。

「ちょっと、暑くないですかね」

 と、牛太郎は戸を開けて、闇の中を覗き込んだ。人影はない。

「戸を開けたら肌寒い」

「そうッスね」

 牛太郎は戸を閉めるとにたにたと笑いながら梓の傍らに腰かけ、彼女の髪に指先を入れた。

「梓殿はいつまで経ってもお美しい。いや、昔よりだいぶお綺麗になりました」

 梓がうっとりと見つめてくる。

「亭主殿も年々逞しくなっておる」

 梓の指先が牛太郎の襦袢の襟をかいくぐってき、胸元から腹部を撫でていった。

「出会ったころに比べて体が引き締まっておる」

「いやあ、いくさばっかだし、暴れ馬に乗っているからッスかねえ」

「にやけた顔は相変わらずじゃが」

 そう言いながら、梓はそのにやけた口に唇を添えてきた。


 翌朝、一夜のまどろみの余韻にぼんやりとしながらも朝食を済ませた牛太郎は、素襖を纏わずに、半纏に股引という姿で脇差だけを腰にしめると、太刀を新三に渡し、火縄銃を栗之介に持たせ、一家の連中の見送りを玄関で受けた。

「じゃあね、駒ちゃん。すぐに帰ってきますからねー」

「あーあー」

「くれぐれも行方はくらまさないようにお願いしますよ、父上」

「そんなの時と場合によってだ」

「なんじゃと?」

 昨夜のこともどこへやら、梓の眼光がにわかに鋭くなって、

「そ、そういうわけじゃありませんっ。ただ、この馬鹿が減らず口を叩くもんだから」

「もっともなことを申しただけではないか」

「あ、いや――」

「旦那様、彩ちゃんと四郎次郎殿によろしくお伝えください。たまには岐阜に戻ってくるようにとも」

 あいりに助け舟を出されて、牛太郎はなんとか無事に玄関から出られた。

 門の向こうには荷駄を身に着けた栗綱がぼんやりと待ち構えていたが、その隣に小さな禿げねずみがいた。

「ししし。作晩はさぞかしお楽しみだったでしょう」

「テメーッ! ぶっ殺すぞっ!」

 頭に血が昇った牛太郎は於松に殴りかかったが、於松は栗綱の影にひょいと隠れてしまい、玄関先では牛太郎の騒々しさに目を丸めていて、牛太郎は舌打ちして拳をおさめた。

「いつか煮干しにしてやる。クソジジイ」

「ししし」

 栗之介と新三がきょとんとしている。

「こいつはおれの新しい家来だ。使い者にならねえから、信長様がおれに押し付けてきたんだ」

 栗之介が於松を睨みつけながらも、牛太郎の前に掌を出してきて、牛太郎はそれを踏み台に栗綱の上へと跨った。

「小僧。途中でへばっても待ってやらねえからな」

 陣笠を被って太刀を抱える新三は、馬上の牛太郎を見上げてきて言う。

「だったら、陸路ではなく、佐和山で水路に変えるのがよろしいかと思うのですが」

 いちいち口ごたえしてくる新三に閉口して、牛太郎は相手にせずに手綱を振るった。

 馬丁の栗之介はともかく、老人と子供を引き連れての心細い旅路。堺に到着しても、待っているのは彩と四郎次郎だけ。新七郎は事実上太郎の与力であるし、ずっと頼り切っていたさゆりはもういない。

 こんなので大丈夫なのだろうか、と、ついつい溜め息をこぼしながら稲葉山の麓を下っていく。

 と、道を塞ぐようにして突っ立っている一人の女がいた。

「さゆりだ」

 と、栗之介が言った。牛太郎は思わず笑みを浮かべたが、しかし、さゆりは小袖姿で、とてもじゃないが牛太郎一行に付いてくるような格好ではなかった。

 牛太郎は栗綱を止めると、どこかつまらなそうな顔でいるさゆりを見下ろした。

「なんだ。名残り惜しくなって挨拶にでも来たのか」

「阿呆か。そんなわけあるか。これを渡しに来ただけや」

 さゆりは栗之介に一通の折り畳まれた文を渡し、栗綱の鼻面を撫でたあと、

「くれぐれも気い付けるんやな」

 そう言い残して、牛太郎たちとは逆の方向、山道を登っていった。

「どちら様ですか、あのお方」

「ししし。旦那の愛人だ」

「おいっ! ガキに妙なこと言ってんじゃねえっ! ただの知り合いだっ!」

 牛太郎は怒鳴り散らしながら栗之介から文を受け取り、鞍の上に座ったまま、文を眺めていった。

 犬からだった。


 簗田左衛門尉様へ

 左衛門尉様が畿内へ御出立されること、姉様から聞きました。はなはだ御迷惑かもしれませぬが、左衛門尉様の御健康をお祈りしておりますことお伝え申したくて、筆を取らせていただきました。また、左衛門尉様とお話しできること心待ちにしております。お気を付けていってらっしゃいませ。


 なんてことない文面であったが、牛太郎は複雑な思いに駆られながら文を閉じていった。


 大垣で一泊した牛太郎は、琵琶湖南岸を行かずに北へと向かった。

 藤吉郎が精を出している長浜までやって来て、村人に築城の場所を訊ね、目的地に行ってみると、築城どころか寸法が測られた形跡もない。西日を跳ね返す湖面の輝きを背景に、まっさらな土地がうら淋しく広がっているだけである。

 晩秋の湖風が栗綱のたてがみを揺らす中、牛太郎はほくそ笑んだ。

 せっかちな藤吉郎が築城を始めていない理由はだいたい予想がつく。

 金がない。

「どうしたんですか、にやにやと笑って」

 新三が鞍の下できょとんとしていたが、牛太郎は手綱を振るい栗綱の馬首を返した。

「ゼニゲバに捕まらねえうちにとっとと用を済ませていこうぜ」

 伊勢侵攻に参加したばかりの羽柴勢は小谷城下に駐屯しており、藤吉郎も竹中半兵衛も取り壊しにかかっている小谷城ではなくて、城下の寺社に滞在していることは、小谷攻め直後に半兵衛とやり取りしていた文で知っていた。

 藤吉郎と半兵衛は屋根を別にしている。

 戦火の爪痕残る城下に入ると牛太郎は下馬し、栗毛の派手な栗綱の馬体を夕暮れの薄闇に隠しながら、半兵衛の所在に向かった。

「お久しぶりですね、簗田殿」

 仮住まいにも関わらず、半兵衛の部屋の汚さは相変わらずであった。書物が雑多に散らかっており、何本もの筆が干からびて転がっており、見事な一之谷兜も甲冑も床の上に雑然と置かれている。

「せっかくの名軍師も部屋の有様だけは下の下だな」

「お越しになられることをあらかじめおっしゃっていただければ、綺麗にしておきましたのに」

 切れ長の目尻を緩ませながら、半兵衛はにこにこと笑う。牛太郎も気心の知れた優男の笑顔を久々に間の当たりにできて、ほっとする。

「まあ、変わらないってことはいいことだ」

 牛太郎の言葉に半兵衛は微笑を浮かべながら白湯をすすり、欠けた湯呑みを床に置いた。牛太郎はふと気付く。湯呑みは菩提山にいたときの物と変わっていない。

「そんなことより、簗田殿。ここ最近のいくさではずいぶんと殿を手助けしてくれましたが、今回はあまり長居しないほうがよろしいですよ」

「手助けしたつもりなんてねえよ。たまたま藤吉郎殿に華を持たせる格好になっちゃっただけだ。おれだって藤吉郎殿を助ける真似なんてしたくないんだし」

「ふふ。まあ、それならよいのですが。ただ、明朝には即刻北近江を離れるべきです」

「なんでだよ。ずいぶんと強調しちゃって」

「見つかったら銭をせびられますから」

 牛太郎は笑った。

「城のことか」

「左様で」

 派手好きの藤吉郎は防衛に徹する柵と櫓だけの城郭の建設ではなく、京の居館や寺社などのような住まいとしての築城を構想しているらしいが、そのためには小谷城を解体するだけの材木では足りず、伊勢のいくさの最中でも金策ばかりを考えていたと半兵衛は言う。

「呆れたものです。そのくせ、簗田殿が昔言った通り、殿は出世の道をひた走っているのですから、まあ、不思議な男ですがね」

「その代わり、お前や小一郎が泣きを見ているんだろ」

「おっしゃる通りで」

 と、半兵衛は笑った。

 そうして、談笑もそこそこに、牛太郎は本題に入った。弾正忠のことである。

「その前に、拙者は摂津転覆の経緯をあまり存じていないのですが」

 牛太郎は半兵衛に小寺官兵衛の助言により摂津を三分に割ったことや、摂津池田での下剋上のあらまし、高槻城での殺傷沙汰のいきさつを話した。また、上総介に背信して銭儲けをしていることも包み隠さなかった。

「なるほど。辻褄が合いましたよ。それにしても、ずいぶんと危ない橋を渡られてきたんですねえ」

 半兵衛は微笑みながらも、遠い目で天井を仰いだ。

「松永弾正ですか」

「どちらにしろ、あいつは避けて通れない道だ。うちの連中を使って三好左京大夫をはめたっていいけれど、弾正の悪党だけはどんな横槍を入れてくるかわからねえ。そもそも、あの野郎はおれに復讐つもりでいるんだ」

「考えすぎではないのですか」

「そんなことない」

「いや、弾正は劣勢を悟っているのですから別に回りくどい真似をせず、若江城に調略を掛ければよろしいのでは。むしろ、おやかたはなぜか弾正に甘いのですから、逆に弾正に帰参の花道を作ってやればよいではないですか」

「うーん」

 と、牛太郎は考え込んでしまう。

「松永弾正という名にとらわれすぎです。希代の大悪党も、今ではただの小悪党にすぎませぬ」

「だったらいいけどさ」

「むしろ、希代の大悪党とは簗田殿のことではないのですか?」

 と、半兵衛が茶化すような笑みを浮かべてきて、実際に悪事を働かせている牛太郎は少しだけ焦った。

 早朝、牛太郎は藤吉郎に見つからないうちに小谷を出た。

 佐和山城を訪れ、かつては敵同士であった磯野員昌に面会し、酒を交わしながら姉川での激戦に花を咲かせた。

「まさか、馬上から銃弾を放ってくるとは思いもしませんでしたわ」

「あっしだとわかっていたんですか?」

「今でも夢に見ますよ」

 佐和山城で一泊したあと、航路を取るべきだとうるさい新三を無視して琵琶湖南岸を西に向かい、夜には京の相国寺に到着した。

「しばらくの間、ここで休憩だ」

 佐和山から京まで足を速めてきたので、子供の新三は枯れ木のような顔つきでへばっており、牛太郎の言葉を聞くなり吐息をついて安堵していた。

 勝手知る相国寺でいつものように居室を借り受け、旅の疲れを寝そべって癒していたら、案の定、承兌がやって来た。

「お元気そうでなによりです」

「見りゃわかんだろ。全然、元気じゃねえよ」

 と言いつつも、牛太郎は承兌に相談した。弾正忠のこと、ではなくて、犬のことだった。

「こんなこと、おれの人生始まって以来のことだ。しかもなっ、可愛いし、優しいし、とろけちゃいそうだし。あーっ、おれは一体どうしたらいいかわかんねえよおっ!」

 突っ伏して頭を抱える牛太郎に、苦笑する承兌。

「御自身が良かれと思ったことをすればいいではないですか」

 牛太郎は起き上がるとおもむろに目玉を剥き出す。

「それがわかんねえから、お前に相談してるんだろっ! おれはな、奥さんも好きだし、でも、こんなことって今までなかったから勿体ないことはしたくないしさあ。なあ、わかるだろ、なあ?」

「女のことはわかりませぬ」

 と、承兌は鼻を背け、いつになく冷たい。

「女の学問などありませぬから」

「おいおい。女じゃない。おれの気持ちってことだ。おれの欲望ってことだ。女がどうのこうのじゃなく、これはおれ自身の中の問題なんだ」

「ならば、僧としてではなく、現実問題として一つだけ言いましょう」

「ふむ」

「その方は織田様の姫であり、簗田殿の奥方は鬼神のような御方。ならば、あとは言うまでもないでしょう」

 牛太郎は悲しさのあまり承兌を睨みつける。

「お前って本当に容赦ないな」

「さて、どうでしょうか」

 承兌はあくまで興味がなさそうで、腰を上げると居室を立ち去ろうとしたが、足を止めて一言残した。

「生涯で得られる物がこの世には何もなく、御自身の肉体すらなくなってしまうものだと思えばそのような邪念は振り払われます」

「あのな」

 牛太郎は耳の穴をほじりながら、戸を閉めようとする承兌を呼び止める。

「お前みたいなのがそういう難しいことしか言わないから、キリシタンをありがたがる人間が増えていくんだぞ」

「真実は一つです」

 承兌が頭を下げたあと静かに戸を閉めていき、牛太郎は長い溜め息をついた。

 翌日、境内には朝から秋の細い雨が落ちていた。牛太郎は縁側にじっと座り込み、濡れそぼった落ち葉を見つめる。

 空気は冷たかった。

「旦那」

 牛太郎の傍らで背中を曲げた於松がにたにたと笑っているが、牛太郎は見向きもしなかった。

「ししし」

 於松は腰を下ろすと骨と皮だけの足を組んで、境内を見つめるばかりの牛太郎を延々と眺める。

「何をされているんですか」

 栗之介とともに栗綱の散歩に出かけていた新三がやって来た。於松が汚い口の中を見せながら新三に言う。

「旦那が頭ん中を切り替えてんだよ」

「ほうけているだけにしか見えませんが」

「そうとしか見えねえんじゃ、いつまでも半人前だな」

「何をごちゃごちゃ言ってんだ。うるせえな」

 瞳に光を戻した牛太郎は、すっくと腰を上げた。

「ジジイ。信貴山城に行くぞ。小僧はここで鉢巻きと一緒に留守番だ。わかったな」



 松永弾正を手の付けられない動物だと牛太郎は思う。

「いさぎいいほどの悪党じゃねえですか」

 大和に入って、人目につかない道なき道を進みながら、遅滞な足取りで先導する於松がそう言った。

「ずいぶん楽しそうじゃんか、ジジイ」

「そりゃあもう。聞こえに高い悪党のツラを拝めるなんて、冥土の土産には持ってこいですわ」

「だったら、さっさと死んでくれよ」

「あいにく、あっしも旦那も長寿の薬を飲んでいるからそう簡単に死にやしませんよ」

「何が長寿の薬だ。仙人気取りか、馬鹿馬鹿しい。ただの死に損ないだろうが」

「ししし」

 千年のいにしえから歌われてきた生駒山に連なって信貴山はある。河内平野と大和盆地を隔てる低山で、弾正忠自身が信貴山城を築いたというのだから、その野心が見え隠れしていなくもない。

 松永弾正忠久秀は謎の多い男である。出は阿波とも摂津とも京の商人とも噂されているが、そもそも本人が源氏を自称しているだけで出自は語らない。

 弾正が人々の目に留まり始めたのは、かつて畿内の覇権を握った三好長慶の代筆を務めてからであった。切れ者の弾正は長慶に認められ、三好家の家政を任せられるようになり、このころに弾正忠の官位を拝領した。

 やがて、弾正は幕府にも影響力を持つようになる。一方で、長慶は嫡男、実弟を次々に失っていき、これは弾正の仕業ではないかという疑惑がささやかれるほど、悪党の片鱗を見せ始める。

 そして、長慶が没する。弾正は長慶一族である三好三人衆と組んで、まだ幼かった左京大夫義継を当主に押し立て、三好家だけではなく足利幕府をも動かす実権を得るが、幕府の再興に信念を焦がしていた当時の将軍十三代義輝が三好三人衆と弾正の排除を狙った。

 こうして、三好三人衆と弾正は、希代の大悪党の異名を天下に轟かせた将軍暗殺の事件を起こし十四代義栄を傀儡の将軍とさせるも、次には三人衆と弾正の実権闘争が始まり、阿波三好一族の援護を受けた三人衆を相手に弾正は劣勢に回り、数か月行方をくらますほどであった。

 ところが、三人衆に命の危険を感じた左京大夫義継が三好一族から逃亡し、弾正を頼ってきた。弾正はこれによって劣勢を跳ね返そうと三人衆が本陣を置いた東大寺を焼き払い、大和の地盤を取り戻すが、再度の交戦で信貴山城を奪われてしまう。

 そこに織田軍の上洛であった。左京大夫とともに上総介の軍門に下った弾正は、織田の大軍の援護を受けて信貴山城を取り戻し、大和一国を平定、畿内から三好三人衆の力を排除した。

 弾正は齢六十を越えている。老人である。これまでの彼の歩みを紐解けば、三好三人衆との対立ごろから大悪党の全盛期は過ぎているようでもある。勢力、影響力ならず、弾正自身の政治家としての腕力が衰えているのかもしれない。

 信貴山城に辿り着いたのは、京を出てから四日後のことだった。三日目にはすでに奈良に入っていたが、牛太郎は先に於松に書状を持たして信貴山城に走らせ、翌日に於松が面通りを許可する返書を持ち帰ってきてから、牛太郎は山に入った。

 城郭を通され、山頂の居館で待たされること一時間、弾正はゆっくりとした仰々しさながらも、老年とは思えぬ重力のある足取りで牛太郎の前に現れた。

「お目通り頂き、ありがとうございます」

 弾正は上座で仁王立ちしたまま例のうねるような視線で牛太郎をしばらく見つめたあと、のそりと腰を下ろした。

「いちいち、こちらの様子を伺わなくとも、簗田殿であれば自由に行き来して結構ですぞ」

 そう言うなりには仏頂面である。

「そういうわけには。敵同士なんですから」

 牛太郎が愛想で笑みを浮かべると、弾正も口端を歪めた。

「簗田殿と敵同士であるとは残念なことだ」

「褒め言葉ですか」

「左様。煮え湯を二度も食らわされましたからな」

 冗談を飛ばしながらも、弾正の目は本気であった。まとわりつくような視線が、そのとき一瞬だけ、かっと光った。

 老獪な人間が若輩の者を試すような眼球運動のようでもあったが、牛太郎はわりと平然と向かい合い、無表情であった。

 牛太郎は弾正にはやたら強い。それは、大悪党への警戒心もあったし、そもそも嫌いだった。摂津工作の折に邪魔されたせいで計画を修正しなければならなくなったことがあり、一方的に腹を立てている。なので、一度腹を括ってしまえば、負けまいという思いがめらめらと燃え立つのだった。

 憎さがまさって、山県三郎兵部の赤備えにまったく恐れなかったのと似ている。

 牛太郎と弾正はしばらく睨み合う。

 二人の面会を見守る弾正の近習たちは、沈黙の緊迫感に顔を強張らせていた。

 しかし、牛太郎にも弾正にも、何の脈絡も持っていないこの睨み合いに意図は無かった。先に目を逸らしたほうが負け、という、老人と中年の幼稚な睨み合いで、ただの意地の張り合いに過ぎなかった。

 というのも、この二人は数々の緊迫した交渉の場を経験しているし、お互いに何度も顔を合わせてきては力量を探り合っているし、互いに相手の情勢もわかっているので、回りくどい会話をせずとも、動物が睨み合って威嚇し合うみたいな、そんな意地の張り合いで事足りた。

 お互い、なかなか譲らなかった。牛太郎は弾正が嫌いだし、多分、弾正も牛太郎が嫌いだ。だから、お互いに負けたくなかった。

 睨み合いはまだ続いた。しまいには近習たちもこれがただの意地の張り合い、いや、我慢比べだと気付き始め、眉をしかめたり、首を傾げたりと、緊張感はなくなっていった。

 そうして、先に音を上げたのは汗を垂れ流している弾正だった。急に顔を歪め、イテテ、と、腰を抑えた。

 牛太郎はにやりと笑いながらも内心ほっとする。足のしびれは限界に達しつつあった。

「と、殿。大丈夫ですか」

 近習があわてて歩み寄るが、弾正は振り払う。

「構うな。おのれ。年長者をいじめおって」

 弾正はほうっと溜め息をつきながら肘掛に体を預け、扇子を広げて顔を仰ぎ始めた。

「悪党め」

「褒め言葉ですか」

 フン、と、弾正は鼻先を背ける。

「戯言だ」

 化けの皮を剥がした弾正は、扇子をしきりに動かし、眉間に皺を寄せながら、牛太郎からは顔を背けたまま言う。

「して、用件はなんだ」

「お人払いを」

 弾正は牛太郎にちらと視線を転がすと、そのまま、顎をしゃくって近習たちを退出させた。

 二人きりになると、弾正が扇子を揺らす音だけだった。

「して、なんだ」

「その前に足を崩してもいいッスかね。いい加減痺れてしまいました」

 弾正は白々しそうな目を向けてきながらも、口端を歪めて、フン、と笑う。

「好きにせい」

 牛太郎は組んでいた足をほどいて両の足首を回し始め、そのまま言った。

「実はお願いごとなんスけど」

「どうせ、左京大夫だろう」

「その通りで」

「左京大夫をどうしろと言う」

「若江城に調略をかけてください。織田が攻撃するんで。もちろん、あっしが弾正殿の帰参の橋渡しをしますから」

 弾正は無言で扇子を動かす。

「弾正殿なら簡単なことでしょう」

「気に入らんな」

 弾正は、平然と足首を回している牛太郎にちらと視線を置き、その顔は強張っているというよりも、ふてくされていた。老人がいい年してすねているといった具合だった。

「貴様はいつもそうだ。わしを手玉に取ってやがる」

「ちょっかいを出してくるからッスよ」

 弾正はにやりと笑った。扇子をバチンと叩き閉めると、肘掛から体を起こし、前にのめらせてきた。笑みを浮かべたまま瞼を大きく押し広げ、てらてらとした瞳で牛太郎を覗き込んでくる。

「貴様、いくさ目付として浜松に赴いたそうだな」

「よく知っていますね」

「どうせ、貴様のことだ。ちょっかいを出したのだろう」

「いいえ」

「武田入道は強かったか」

 眼差しに生気をほとばしらせながら大蛇のように巻きついてくる弾正を、牛太郎はじっと見つめ返す。

「どちらにしろ、入道はもう死んでます。あっしの勝ちです」

 そう言うと、弾正は背中を反り返らせて、かっかっ、と笑い上げた。扇子を再び広げて、上機嫌に手を動かした。

「弾正殿もお亡くなりになられる前に、さっさとあっしに引導を渡してください」

「この弾正忠を前に、生意気な奴だ!」

 笑い飛ばした弾正は、腰を上げた。愉快そうに牛太郎を見下ろしながら言う。

「いいだろう、悪党。貴様に乗ってやる」

 そうして弾正は上座を下り、牛太郎の脇を抜けて行って、障子戸を両手でバチンと叩き開けた。晩秋のゆるやかな日差しが室内に差し込み、その光に頬の皺を縁どらせながら弾正は牛太郎に振り返ってくる。

「付いて参れ、小僧。貴様に天下の茶器、平蜘蛛の味を教えてやる」


 弾正は牛太郎に茶を振る舞ったあと、今夜は泊まっていけと言ってきた。

「嫌ですよ。殺す気でしょ」

「たわけめ。殺すつもりなら貴様のような生意気な小僧などとうに殺しているわ」

 牛太郎は顔をしかめながらも、渋々うなずいた。

 その後、夕暮れまで散策に付き合わされた。弾正自らが信貴山を案内し、あれが河内、あれが奈良、あの向こうが京だと、大悪党どころか好々爺よろしく牛太郎を引き回した。

 居館に戻ってくると、大和の山の幸と酒が振る舞われ、近習や小姓も遠ざけて、弾正は頬を赤らめながらべらべらと昔話を語った。

「昔は今とは比べ物にならないほど畿内には化け物たちが跋扈しておった」

 とか、

「そもそも、応仁の乱以降廃れた都を復権せしめたのはこの弾正忠だ」

 とか、

「つまらん世になったものだ。力になびき、己の才覚一つで伸し上がってみせようとたくらむ者も少なくなった」

 とか、ほとんどが武勇伝か、愚痴だった。言葉を吐くたびに盃をあおり、やがてはろれつも怪しくなってくる。

「だいたいだな、上総介が現れてからつまらなくなった」

「よく言いますよ」

 下戸の牛太郎はいつものように飲んでいる振りである。

「三人衆に負けそうだったところを信長様に助けてもらったくせに」

「違うわい」

 弾正は頬を膨らませながら、酩酊した視線を牛太郎に据えてくる。

「上総介がわしを欲しがっていたからくれてやったのだ。それだけど、あやつの下というのは思ったよりおもしろくなかった」

「おもしろいかつまらないかはともかく、確かにこき使われますけどね」

「そうだろ!」

 眉根をいからせながら大声を張り上げた弾正忠から酒臭さがもわっと漂ってきて、牛太郎は鼻を背ける。

「貴様は知らないだろうが、あやつはの、あの平蜘蛛釜を寄越せ寄越せとしつこくて仕方なかった。何様のつもりだ! 九十九髪茄子をくれてやったというのに、平蜘蛛まで寄越せと言ってくる。まこと、あやつだけはしつこくて執念深くて我がままで、貴様ら織田の連中はよくまあ付いていけるものだと感心するわ」

「なんです、じゃあ、あの釜をあげたくないから裏切ったんスか」

「そうだ」

 弾正は手酌で盃に酒をどぼどぼと注ぎ、それを一息であおる。飲み干すと、盃を膳の上叩き置き、大きな吐息をついた。

「平蜘蛛以外の物ならなんでもくれてやる。だがな、あれだけはやらん。上総介にそう言っておけ。あれはこのジジイが悪党などとさんざん揶揄されながらもこれまで生きてきて、ようやく手に入れた結晶だ。意地だ。誰にもやらん」

「飲みすぎじゃないんスか、弾正殿」

「飲まずにいられるか、たわけ」

 牛太郎の制止も聞かず、弾正は盃に酒を注ぐ。しかし、盃に手をかけたものの、なぜか、動きを止めて明かりの火を映す酒をじっと見つめ始めた。

 牛太郎には希代の大悪党がやけに小さく見えた。よく見てみれば、皺も白髪も多かった。どこか虚ろで、どこか儚げに、弾正は小さな火を眺めている。

「気付いてはいたのだ」

 急にぽつりと呟いた。

「わしも老いてしまったと」

 弾正は盃から手を離すと、ふう、と息をつきながら背中を丸め、くたびれた目を牛太郎に向けてきた。

「貴様は道三殿に会ったことはあるか」

「いえ。あっしが信長様に仕えたころにはもう死んでましたから」

「わしはな、まだ三好に仕える前、道三殿がまだ京の油売りであったころを知っている。道三殿は英気ほとばしる男で、それこそ何かを仕出かしそうな人間で、その通り、一介の油売りから美濃一国の大名と伸し上がった」

 弾正は盃を取ると、ちびりと舐めた。盃を置き、またしばらく波打つ火のゆらめきを眺める。

「しかし、今では道三殿の軌跡のかけらも残っておらん」

「信長様は道三公の娘婿ですよ」

「帰蝶に子はおるまい」

「まあ」

「浮世の流れとはそんなものかと言えばそんなものかもしれん。だが、道三殿はさぞかし無念であろうのう。今ではなんにもなくなってしまったのだから」

「なんにもなくなんないためにも、あまり無茶な真似はしないでくださいよ、弾正殿」

「わかっておる」

 しぼんでしまっている弾正に、牛太郎は泣きおどしかと警戒する半面、少しだけ同情もした。

 翌日、あれだけ飲んでいたというのに、弾正は悪党らしくからりとしており、牛太郎に左京大夫配下の者に誘い水を向けてみると密書をしたためた。

 牛太郎は堺に行くと言って信貴山から下りようとしたが、

「駄目だ。貴様はわしが上総介に命を取られないための人質だ」

「大丈夫ですって。なんだか知らないけれど、信長様は弾正殿には甘いんですから」

「信用できん。もしも、上総介がここに攻め入ってきたら、貴様はわしと心中だ。覚悟しておけ」

 と、拘束されてしまった。

「また、いつものパターンかよ」

 与えられた居室でごちながら、牛太郎は机の上に和紙を広げ、筆を取った。栗之介は字が読めないし新三は子供なので、信貴山城にやって来るよう栗之介と新三に伝えてくれという旨を承兌に宛てた。それと、念のため梓にもそろそろ冬が来るがというような取りとめのない文をしたため、もう一人、どうしようか迷ったが、結局、見送りの文を頂戴した礼を犬に書いた。

 居室の外に出ると、近くで牛太郎の見張りをしている近習に文を出したいことを述べると、

「どちらにです」

「いや、京にいる小姓と岐阜の家族です」

「ならば付いて来て下さい」

 眉をしかめながら近習のあとを付いていくと、なぜか、弾正の前に通された。

「簗田殿が文を出したいとおっしゃっているのですが」

「どれ」

 と、弾正は牛太郎に手を出してくる。牛太郎は首を傾げる。

「はよう寄越さんか。望み通りに出してやるから寄越せ」

「手元にないんスけど」

「なら、持ってこんか」

 牛太郎は一度居室に戻り、文を携えて弾正の前に再び現れると、弾正に三通の文を差し出した。

「ふむ。これは何者に宛てるのだ」

「相国寺の僧です」

「これは」

「岐阜の女房です」

「これは」

「信長様の妹さんです」

「そうか」

 すると、弾正は折り畳まれた文を勝手に開き始め、

「ちょ、ちょっと!」

「なんだ。やましいことでも書いてあるのか」

「書いてないッスけど、それはないじゃないッスか!」

「当然だろうが。わしは貴様などこれっぽちも信用しておらん。それとも、読まれたくないならば即刻首をはねるぞ」

 かちゃ、と、近習が太刀の柄を握って、牛太郎は舌打ちした。

「わかりましたよ。どうぞ、お好きなように」

「さっさとそう言えい」

 と、弾正は文を広げた。

「汚い字だ。教養のなさが滲み溢れておる。南蛮人でもこんな字は書かん。文化を与えられた土人の字だ」

 牛太郎はわなわなと震えながら弾正を睨みつける。

「ふむふむ。小姓と馬丁を信貴山城に寄越せとな。よろしい」

 そうして、弾正は悪口ばかり叩いていたくせに、わりと几帳面に文を折り畳み、次の文を手に取った。

「織田の姫御の犬か。貴様のような土人が姫御と誼を通じているとはけしからんの」

「ただのお礼の手紙ッスよ」

「どうせ、よからぬことを企んでいるのだろう、悪党め」

 にやにやと笑いながら文面に目を注ぐ弾正に、牛太郎は無視してただ睨みつける。

「ふむ。つまらん内容だ。味気もないし、色気もない。まるで猿真似だな」

 弾正は文を折り畳むと、最後の梓宛ての文を手に取る。

「ふむ。梓とは女房か」

 牛太郎の隠密行動を警戒しているというよりも、牛太郎には弾正のそれがただの趣味のように見えてきた。

「ふむふむ。仲睦まじいようだな。女房に文を出すというのはよいことだ。まあ、しかし、字がうなぎの寝床のように汚いわ。可哀想な女房だ。おそらく、読みづらくて仕方ないであろう。土人を夫にすると何かと苦労するであろうな」

 弾正は最後の文も折り畳み、近習に手渡した。

「よろしい。出しておいてやれ。おい、左衛門尉。もう少し書の鍛錬をしたほうがいいぞ。貴様の字で目が痛くなってしまったからな」

「もう、ここでは書きませんから大丈夫ッスよ」

 牛太郎はむすくれたまま居室に戻っていった。



 百戦錬磨の弾正の調略により、左京大夫家臣、多羅緒某、同じく池田、野間の三重臣が織田との内通を承諾した。

 牛太郎は早速岐阜の上総介に早馬を出し、佐久間右衛門尉率いる織田の軍勢が河内に大挙して押し寄せてきた。

 このとき、若江城には左京大夫の義兄である足利義昭が匿われていたが、織田軍の襲来とともに河内を脱出、籠城に入った左京大夫であったが、内通している三家臣が重臣の金山某を殺害し、織田軍を若江城に引き入れる。

 左京大夫は女房子供たちを自らの手で葬ると、城郭へと打って出た。織田の兵卒たち相手に奮戦したあと、鞘から太刀を抜くと自らの腹を十文字に斬って、二十五年の生涯を終えた。

 若江城攻略により松永弾正忠は織田家への出戻りが許され、畿内に残る有力な抵抗勢力は石山本願寺・顕如のみとなった。


 武田家の西上作戦以降、北陸の上杉家とは同盟関係にある。

 言わずもがな上杉不識庵謙信にとって武田家は長年の宿敵であり、同じく武田につい春先までには窮地に追い込まれていた上総介の苦肉の策であった。

 やがて、偉大なる徳栄軒信玄の死により、織田包囲網は瓦解する。

 織田軍は息を吹き返し、浅井朝倉を滅ぼすと、その勢いで畿内を制圧した。

 残存する当面の敵は一向一揆衆のみである。

 この一向一揆には不識庵も同じく苦しめられていた。織田軍が伊勢長島でもがき苦しんでいるように、上杉軍も泥沼に足を踏み入れていた。

 元々、越中一向一揆衆の蜂起は、西上作戦を決断した徳栄軒の画策による。

 長年、天下への覇道を不識庵との対決によって足踏みされてきていた徳栄軒は、上杉軍の目を北信濃や関東から目を逸らさせるために、越中一向一揆を工作した。

 越中の隣は加賀国である。ここは百年弱前、浄土真宗本願寺教団が加賀守護職富樫氏を滅ぼして以降、武士の力ではなく、教団及び一揆衆の自治によって統治されてきた地であり、その信仰は民衆に至るまで根付いており強大であった。

 越中一揆衆は加賀一揆衆と合流し、越中国にある上杉方の各諸城を攻略していった。当時、関東攻めを敢行していた不識庵は越後に引き返し、自ら越中一揆衆の撃退に乗り出し、一度は攻城に手間取るも、一揆衆を野戦へと引き出し、敵方四千人を死傷させて圧勝した。この勢いで越中富山城を取り返し、不識庵は本拠地の越後へと戻るが、その途上、またしても徳栄軒の工作により一揆衆が蜂起。富山城を再度奪われ、不識庵は越後春日山に戻ることもなく兵を引き返させて富山城を再び取り戻す。

 徳栄軒死後の今夏には再び越中に出陣し、各諸城を奪還すると、そのまま越中・加賀国境まで足を進め、上杉軍は越中国の大部分の制圧に成功した。

 今、北陸の状況は、越前に織田軍、越中に上杉軍、それらに挟まれるようにして加賀の一向一揆衆である。

 織田、上杉両軍にとって、本願寺教団及び一揆衆は共通の敵に他ならない。

 だが、上総介の耳には入っていた。

 若江城に身を隠している足利義昭が、再度の包囲網構築を狙っている、と。

 徳栄軒が死亡し、浅井朝倉、三好三人衆が滅び、松永弾正が織田にひれ伏した結果、各自の連携が希薄になり、織田軍を取り囲む勢力は各自ばらばらになってしまったが、武田は徳栄軒の死以降、跡目を継いだ大膳大夫勝頼を中心にして、上洛こそ適わなかったものの、甲斐、信濃、駿河への影響力はいまだ保持しており、本願寺教団も各地で活発である。更には西の毛利家が中国地方に勢力を拡大しており、やがては織田軍と相まみれるのは必至であった。

 そして、不識庵である。

 徳栄軒の力が絶大であった先の包囲網に、上杉は参加していない。だが、不識庵は義理堅い男で有名であった。まして、彼の関東管領職というものは足利幕府の官職である。

 武田家と何度も激突したそもそもの発端は、武田軍に侵略された北信濃の豪族たちが越後の不識庵に泣いて助けを頼んできたためで、不識庵は無償で武田家と戦ってきた。更に関東の北条氏と長年戦い続けている理由も、先代の関東管領に泣き付かれたためである。

 そして、越中に勢力を拡大した根本的な理由。それは上総介の元で形骸化した足利幕府の再興のために上洛を狙ってのことだった。

 今は一向一揆衆という共通の敵がある。だが、各地を遊泳している義昭がこのまま黙って時代の藻屑と化していくだろうか。

 かつては武田家への手前、不識庵を無視していた義昭だが、今となっては越後上杉軍に上洛を要請するのは火を見るよりも明らかであり、織田と上杉の同盟は、ゆくゆくは浮沈をかけた戦場が待っているという大きな矛盾をはらんでいた。

「使者が織田一門ではなく、拙者や太郎殿というのはそういうことなんでしょう」

 と、堀久太郎は言う。

 探れ、ということだ。

 軍神不識庵謙信に勝利するために。

 越後に向かわされるそうした理由を薄々とわかってはいた太郎だが、いざ口に出されてみるととてつもない重圧を感じてしまう。

 上杉不識庵に勝たなければ、織田に将来はない。

 上総介を筆頭にして将兵から各家臣の奉公人まで、十万人以上はいる織田家の浮沈がかかっていると思うと、指先が震えてくるのが自分でもわかった。

 しかも、相手は武田徳栄軒と互角の勝負を繰り広げてきた軍神なのだ。

 軍事、外交、政略、すべてにおいて、武田を相手にしたときのような失敗は許されない。太郎は織田軍の対上杉戦略における軍事武官を上総介に任されたと言っても過言ではなかった。

 実は戦国武将たちには兵法学が浸透していない。平安貴族の権勢が衰え始めた古来の時代、代わって世に台頭してきた武士の戦い方は、個人の力量に頼る一対一の方法に徹しており、その名残りがいまだに残っているせいで、兵力にものを言わせる足軽戦闘の今日現在でも、明確な戦法というのは確立されておらず、各将の戦争感覚に頼るか、知将たちの調略、奇謀によって相手を切り崩すのが主であった。

 ただ、組織戦の概念をいち早く取り入れ、各豪族入り乱れていた戦乱の勢力図を劇的に変化させたのが、武田徳栄軒であり、織田上総介であった。

 風林火山を旗指し物にしていたように徳栄軒は孫子に精通しており、局所的戦術ではなく、国を治める一君主としての軍政学に長けていた。

 対して上総介は一にも二にも物量で圧倒する戦法である。尾張のうつけなどと呼ばれ、躊躇することなく破壊を繰り返して行く上総介だが、軍事の基本にはまったく忠実であった。

 ただ、上総介の戦略観念の場合、限界がある。兵卒をこしらえるための人材というのは当然無限ではない。

 まして、兵が弱い。織田軍は日本一弱い。姉川の戦いなどはその最たる例で、兵数では圧倒していたというのに一時は本陣を急襲される直前までの危険に晒されており、徳川三河勢の援軍がなければ勝敗がどうなっていたことかわからない。

 弱い織田軍が今後の戦場において確実に勝利を得ていくためには、組織戦を展開するための根本的な柱が必要だと、おそらく上総介は考えていた。

 だから、簗田左衛門太郎なのである。

 太郎は竹中半兵衛に教えを受けていたのもあって、織田の将校には珍しく兵法の概念を持っていた。

 兵法は敵を定めることからすでに始まる。その敵にどのようにして勝つか。そのためには、彼を知り、己を知れば百戦危うからず、なのである。

 上杉軍とはなんなのか、まず、それを把握しなければならない。

 孫子が言うところの七計。


 不識庵と上総介、どちらが将校兵卒から民衆に至るまでの人心をより掌握しているか。


 上杉軍と織田軍、どちらの諸将校が秀でているか。


 いざ決戦地を決定する場合、いつの季節でどんな天候であった場合、上杉、織田、どちらに有利に働くか。また、どの決戦地が有効か。


 規律はどちらが厳しく定められているか。


 どちらの軍勢が強力であるか。


 訓練はどちらがよりされているか。


 論功行賞及び懲罰は、私心なく行われているか。


 これらがあって初めて戦略が立案されるのだから、太郎はより客観的に、より綿密に上杉軍を知り得なければならない。

 ちなみに蛇足だが、牛太郎も同じように仮想敵国に友好使者として赴いたことがある。ただ、牛太郎は悪事にだけは優秀な男だが、兵法のへの字は頭にまったくないので相手の状況を観察することもなく、逆に山県三郎兵衛尉に殺されそうになって逃げ帰ってきた。

「簗田殿の話だと、徳栄軒は顔ではにこにこしていても腹の中はどす黒い男だったそうですが、さてさて、毘沙門天はどのような人物なんでしょうなあ」

 久太郎は口許を緩ませながら、少々呑気だった。越後を見据えてすでに体を硬くさせている太郎とは違って、上杉軍よりも不識庵ばかりに興味が注がれている。不識庵が厚く信仰しているらしき、仏門の四天王の一尊である毘沙門天の名で不識庵を呼ぶあたり、少年が英雄に会えるのを楽しみにしているふうであった。

 いや、太郎だって、不識庵とは一体どのような男なのか、当然、興味はある。

「でも、会ってはくれないかもしれませんね。その正体は謎めいているんですから、他所の人間はあまり見たことがないんでしょう」

 とにもかくにも、織田の使節団を引き連れて、太郎と久太郎は岐阜から飛騨の山路を抜け越中へと入り、初冬の季節に荒々しい日本海を眺望しながら越後春日山への峠を越えて行った。


 堅牢な山脈と広大な海、長い冬の豪雪がもたらす豊饒な平野。厳しさを乗り越えた者たちに、大自然は豊富な恵みを与える。それが越後であった。

 ただ、広大な自然の中に暮らしているわりに、民衆はどこか口数が少ないようでいて、しかし、陰気なわけでもない。織田の使者の行列をじいっと眺めてくる者もいれば、中には道端に跪いて貢物のきらびやかさに有難がっている農婦もいた。

 朴訥である。

 その分、雪国の人というのは辛抱強いらしい。大雪は一切の活動を遮断するため、人々はただひたすら季節が明けるのを待たなければならないからだそうだ。

 越後の兵は辛抱強いのだろうか。

 太郎は諜報活動もあいまってふと思った。

 越後西部に位置する春日山は標高こそ低いが、北に直江津の港、さらには日本海を見渡し、南に高田平野を眺められる。もっとも、山というより、そのほとんどが城郭である。北近江の小谷城は数ある尾根を利用していたが、春日山城は曲輪が各所の切り立った断崖から城下に睨みをきかしており、空堀が幾重にも施され、絶壁にはびっしりと土塁が張られており、鉛色の雲の下、頂上に居館がうっすらと見える。

「これは難攻不落ですね」

 馬上から春日山を仰ぎ見た堀久太郎が苦笑していた。

「攻め落とすことは不可能でしょう」

 太郎も言った。

 しかも、ここに軍神がどっかりと腰を下ろしているのである。

 上杉との真っ向からのいくさは無理だ、と、太郎は考えた。もし、仮に野戦で勝利を得たとしても、彼らを屈服させるには軍事活動ではない他の手段でしか道はないであろう。

 山城のふもと、一の門までやって来ると、十数名の兵卒と身なりを整えた数名の馬上の将が太郎たちを待ち受けていた。

 織田、上杉、どちらからともなく下馬し、頭を下げる。

「はるばる越後まで御苦労であった」

 出迎えの男は背丈はさほどでもなかったが、横にがっしりとした体つきで、野太い声だった。口を両端にきつく引き結んでいて、そういう顔つきしかできないのか、眉間に皺を刻んでいる。肌艶や瞳の気配から察するに齢は若そうなのだが、いかにも越後の頑固者といった気配である。

「拙者、不識庵が子、喜平次顕景と申す。以後、お見知りおきのほどを」

「これはわざわざ喜平次様がお出迎えとは恐縮です。拙者は堀久太郎と申します。お手柔らかに」

 久太郎は普段から上総介との距離が近しいせいか、厳めしい連中にまったく物応じしていなく、むしろ、「お手柔らかに」などと挑発めいた軽々しさだった。その浮ついた感が気に入らなかったのか、喜平次以下、上杉の将はややむっとした。

「拙者は簗田左衛門太郎と申します。喜平次殿自らの歓待、ありがたく存じます」

 物腰の丁寧な太郎に、連中は、ふむ、とだけうなずいた。

「それでは、城に」

 太郎たちは上杉連中のあとを付いていき城郭を登っていく。

 嫌な奴らだ。敵にするには、である。喜平次を筆頭に質実剛健といった言葉がまったく当てはまる男たちであり、曲輪に配置されている守兵たちも背筋に鉄でも差しているかのように直立していて、口許も引き締まっている。

 空を分厚い雲が覆っている。ただ、無風であった。それが余計、上杉軍の精悍さを際立たせていた。

 織田にはこういう厳格さというものがない。太郎が率いる簗田勢こそまともだが、織田軍の兵の大半は功名欲しさか強奪ばかりに目を血走らせており、ほぼ野盗集団に近い。上総介の強烈な統率力でなんとか規律は保たれているものの、ひとたび、戦場の危険に晒されるとまるで小鳥の群れのように散り散りに分裂してしまう。

 将校もそうだ。佐久間右衛門尉を筆頭に日和見主義者が多く、兵力で勝っているときは実に勇猛だが、巨大な敵と向かい合ったときや情勢が思わぬ展開に作動したとき、何もできない。

 おかげで、皮肉にもしんがり戦だけは得意なのだが。

 ただし、将校の個性の多さという点では勝っているようにも見えた。常識外れの羽柴藤吉郎であったり、万事に余念がない明智十兵衛、命知らずの猪武者も佐々内蔵助などがいれば、若い佐久間玄蕃允、森勝蔵だったりと人材は豊富だ。

 佐久間右衛門尉や柴田権六郎、丹羽五郎左衛門のように、経験が仇となって先入観が先行してしまっている重臣たちでは巌の上杉軍には勝てないだろう。上総介自らが采配を振るえば、これまでの戦いのように勝機はあるかもしれないが、戦線が拡大してしまっている今では当主自らが北陸まで足を伸ばすのは難しい。

 誰が大将になるかが分かれ目だ。藤吉郎と十兵衛の両将しかないだろう。この下に自分や前田又左衛門、佐々内蔵助が入れば、面白くなるかもしれない。

 すると、城郭を登りながら太郎は胸を躍らせた。軍神に対して、藤吉郎と十兵衛はどう相対するであろう。いや、藤吉郎や又左衛門、内蔵助などは上杉軍を破ることは功名の一大好機として無類の活躍を見せるかもしれず、そんな鼻息の荒い連中を十兵衛が冷静に制していく。

 それに藤吉郎の与力には竹中半兵衛もいる。

 今の織田軍の最高の陣容であり、かつ、太郎にとっては小さい頃から知っている連中なので、むしろ、これが出来るとしたら上杉軍との戦場が楽しみになった。

 無論、父の牛太郎はいらない。あ、雰囲気を和ますために置いてもいいか。

 頂上に辿り着いて居館に上がると、太郎と久太郎は広間に通された。中には厳めしい男たちが二列に揃っており、上座だけ空いている。太郎と久太郎は平伏し、上座の主の到着を待とうとしたが、

「おやかた様は御堂に入られており、この上杉豊前守が代理を務める」

 と、上座にもっとも近いところの男、豊前守景信が言った。

 やっぱり、不識庵の顔は拝められないかと太郎はやや残念がった。

 久太郎が来訪の口実を述べたあと、連れてきた荷駄部隊を庭先まで通してくれるよう伝えた。豊前守の承諾により、荷駄の男たちが貢物を携えてやって来る。

「友好の印に、上総介から預かってまいりました」

 久太郎が言うと、庭先に屏風が広げられた。上総介が召し抱えている狩野派の絵師、狩野源四郎が十三代足利将軍義輝の注文によって描いた洛中洛外図で、四季折々の京の晴れやかな町並みが表された傑作である。

「ほう」

 曇天の陰鬱な気配を一挙に打ち払った屏風の見事さに、上杉の各諸将は喉を唸らせた。

「なるほど、これは素晴らしい」

 彼らは腰を浮かせ、今にも近くに寄ってまじまじと見つめたいといった頬の緩めようであった。

 ただ、太郎は、喜平次にこそこそと耳打ちをして、その難しそうな顔をさらに険しくさせた少年の姿が目に入った。

「おやかた様も喜ぶであろうなあ。堀殿に簗田殿、今すぐに御礼というわけにはいかんが、せめてこの越後でのんびりしていってくれ」

「さすれば――」

 と、太郎が頭を下げながら言う。

「この風光明媚な越後の自然を楽しみたい所存です。是非とも各所をご案内していただければ幸いです」

「はっは。よかろう。ただ、雪に見舞われないうちに帰国されたほうがよろしいぞ。越後の雪はまこと根深いからのう」

 豊前守がそう言うと、諸将も口許を緩めて笑った。

「お言葉ですが、豊前殿」

 喜平次の野太い声が談笑を堰き止めた。豊前守は眉をしかめる。

「なんだ、喜平次」

「盟友とはいえ、見知らぬ方たちに領内を探索させるのは如何かと」

 太郎と久太郎は思わず頬を強張らせてしまう。

「何を器量の狭いことを。はるばる尾張からやって来た使者にこのような見事な物まで頂戴したにも関わらず、無礼ではないか。お主は上杉の名をおとしめたいのか」

「それとこれとは話が別でございます」

「何がだ」

「友好と詮索は別だということです。おやかた様の御了解を得てからにしてからがよろしいかと」

 豊前守と喜平次の間にやや緊張が走った。やがて、豊前守は使者たちに顔を向けると、軽く頭を下げてくる。

「申し訳ないが、当家はこのような堅物ばかりだ。すまんが、まずはここで旅の疲れを癒してくだされ」

 そういうことで、領内の諜報活動は保留とされた。太郎と久太郎は腰を上げ、重臣たちの前から下がると、先程耳打ちをしていた喜平次の小姓だという少年の案内で客間へと導かれる。

 廊下を行く途中、その少年が背を向けたまま急に言った。

「さすがに尾張の見栄っ張りのやることってのはつまらんですね」

「なんだい、お主、急に」

 と、久太郎が苦笑すると、少年は足を止めた。横顔だけ振り向かせてきて、鼻先を突き上げながらあざけり笑うように、

「せいぜい、京の都を牛耳られているのも今のうちですよ」

「へえ。ずいぶんと生意気なことをいう小童だ」

「生意気なのはどちらですか。要は屏風はくれてやっても、そこに描かれている京は俺のもんだっていう上総介のつまらぬ見栄なんでしょう」

 なるほど、そういうことか、と、太郎は逆に感心してしまった。対して久太郎は洛中洛外図を贈った上総介の意図を理解していたらしく、口端を歪めた。

「子供。そういうのを邪推って言うんだぞ」

「まあ、いずれ屏風の中の都ですら惜しくなるでしょうけどね」

「お主」

 と、感心もそこそこに太郎は少年を睨み据えた。

「言いたいことはわからなくもないが、無礼千万であるぞ。たとえ、いくさ場で敵同士となっても、武者は礼を失ってはただの盗賊だ」

 すると少年は飄々としながらも、太郎を見つめながら微笑を浮かべる。

「ふーん。尾張武者にも貴方様のような方もいるんですね。覚えておきますよ。簗田様でしたっけね」

「左様。お主は何と申す」

「与六。樋口与六です」

「太郎殿。どうせ、こんな小童、すぐにでも戦場の塵と化すでしょうから、名など聞くまでもないですよ」

「塵と化すのはどちらですかね、堀権兵衛さん」

「久太郎秀政だ!」

 さすがの久太郎も頭に来たらしいが、樋口与六はぷいと顔を背けると、

「じゃ、付いてきてください。あ、ご安心くださいね。当家は闇討ちなんていう汚い真似はしませんから」

 すたすたと歩き出した。


 その日は豊前守など重臣たちと会食し、結局は領内散策の結論を保留にされたまま一晩を過ごした。

「越後もそうですが、毘沙門天も拝めなさそうですね」

 久太郎は溜め息をついた。

「あまり長居しても無駄かもしれません。まあ、一つだけ収穫はあったことですし」

「収穫とは?」

 これといって思い当たる節のない太郎は首を傾げる。

「どうやら上杉も一枚岩ではなさそうです。豊前守と喜平次はあまり仲が良くないでしょう」

 久太郎は昨日の屏風の件や、晩の豊前守の言葉の端々にどこか喜平次を鬱陶しがる機微があったと言った。太郎はそうした洞察力に疎いので、やはり上総介の側近だと思った。

「不識庵が健康である限りは盤石かもしれませんが、長い目で不識庵の死を待てば、ほころびも出てくるはずでしょう」

 久太郎は事前に上杉家を調べていたらしく、そもそも、不識庵に実子はいない。喜平次は不識庵の甥であるが、跡目後継者として不識庵の子となったというよりも、実父が急死してしまったので不識庵が引き取ったという経緯らしい。

 不識庵の養子は他に二人いて、一人は武田家に追われて不識庵の配下となった北信濃の豪族村上氏の子であり、不識庵の養女を妻にしている。一人は敵対関係にある北条氏の子で、こちらは一時期和睦したときの外交上、不識庵の子となった者である。

 不識庵はこの三人の養子のうち、誰を跡目にするか公にしていない。

 さらに、不識庵の出自である長尾一族からの一門衆に豊前守景信がいるが、この豊前守の一族と喜平次の一族は不識庵が長尾家当主となる前から対立してきている。

「どうやら、その因縁はいまだにくすぶっているんじゃないですかね」

 それを聞いて太郎は思った。軍神は実は一族の支配能力に欠けているのではないのかと。

 家臣たちがいくら臣従していたとしても、君主亡きあとに後継者争いが勃発してしまうのは大昔から行われてきた人々の真理でもあり国家の愚行でもある。

 おそらく、上総介はそこまで考えている。織田の一族というのは、敵対していた者は上総介が尾張平定時に駆逐してしまったし、残った一門衆も上総介が強烈すぎるためか権勢のひとかけらも持っていない。それに、まだ二十歳にも満たない勘九郎信忠に家督を継がせると言っているらしいから、たとえ今、上総介が没してしまったとしても後継者争いは考えにくい。

「どうして、不識庵は見通しを立てないのでしょう」

「さあ」

 久太郎は首を傾げる。

「自分はまだまだ健在だと思っているのかもしれませんけれど、四十を越えているみたいですからね。毘沙門天のように大国を有している男が本当に嫡男を決めていないとしたら、お粗末としか言いようがありませんけど」

 とはいえ、軍神と呼ばれている男に「お粗末」などとは似合わない。

「まあ、そんなことはないでしょう」

 久太郎も自分で言っておいて結局は否定した。

「多分、昨晩の席で豊前守たちと向かい合った感じでは、不識庵は己の考えを口にしない人間なのでは。だから、謎めいた人物なのだという気がします」

「でも、我らがおやかた様もあまりご自身の考えは披露しませんよ」

 久太郎は笑った。

「だって、おやかた様はわかりやすいじゃないですか」

「そうですか?」

「そうですとも。だから、おやかた様の顔色なんて伺う必要ありませんよ。太郎殿のお父上だって、最近はおやかた様の前ではいつもぶすっとされていますよ。機嫌取りしたところで何もならないってわかっているんでしょう、きっと」

「そうですかね。何も考えていないだけなんじゃ。それに藤吉郎殿なんかは目ざといぐらいに機嫌を取るじゃありませんか」

「あの人は別格ですよ。だって、サルなんですから」

 ひとしきり笑ったあと、太郎と久太郎は外に出た。城下に待機している荷駄隊に、先に帰国するよう伝えに行くためだった。久太郎は城下に下りる許可を得てくると、世話役の豊前守に会いに行った。太郎は連れてきた簗田勢の兵卒や久太郎の従者に、馬を引いてくるよう言った。

 一夜明けても、相変わらずの曇り空である。今日はやや冷たい風が吹いている。遠くの守兵たちにじっと監視されるまま庭先で待っていると、眉をしかめるような風体の男が縁側に突っ立ってこちらをじいっと見つめてきていることに気付いた。

 禅衣に身を纏っていて手には数珠がある。ぼさぼさの髪が肩まで伸びていて、髭も鼻下から顎の先まで鬱蒼と茂っている。

 一目見ただけで不潔だとわかったが、風格もあったので太郎はちょっとだけ頭を下げた。

「織田かい?」

 と、男は見てくれとは打って変わった和やかな口調だった。太郎は少し戸惑ったが、

「ええ。簗田左衛門太郎と申します」

「齢は?」

「二十一です」

 そのときちょうど兵卒に引かれて黒連雀がやって来た。いつものことながら、前脚と後脚で交互に跳ねて首を上下に揺さぶり、いくさ場に連れていけと訴えて、口輪を取る兵卒を手こずらせる。

「ははん」

 男は威勢のいい黒連雀に毛むくじゃらの顔を緩ませた。

 太郎は黒連雀に歩み寄ると、首すじをぽんぽんと叩き、苦笑した。

「一晩休んだらこれかい、クロ」

 太郎の言葉に涎を垂らしながらもようやく落ち着いてくる黒連雀。

「いい馬だ」

 と、男が裸足のまま庭先に下りてきた。その瞳だけはまるで少年のような無邪気な輝きで、歩み寄ってくると黒連雀の体をぱんぱんと叩いた。

「ああっ」

 太郎が小さく叫んだと同時に、黒連雀が前脚を高々と上げ、首を小刻みに震わせ、また暴れ始めてしまう。

 しかし、男は驚きもせずに、

「ほう」

 と、立ち上がった黒連雀を悠然と見上げた。

「わしが臭かったのかな。いかんせん、三日もこのままだったからね」

「い、いえ。この馬は知らない方に触れられるのを嫌うんです」

「なるほど。見た目の通りに我がままだ。でも、走るだろう? この馬」

「え、ええ。元気で仕方ありません」

「じゃあ、わしにくれないかな?」

「ええっ?」

 ぼさぼさ頭の男は太郎に向けて目尻を柔らかくし、唇は髭に隠れてしまっているがにこにことしている。

「冗談、冗談。わしだって、こんな馬を持っていたら誰にもくれたくないよ。そなたも見知らぬ男は嫌いなんだろう、クロとやら」

 黒連雀は兵卒の力ずくの手に御されながらも、血走った目で男を睨み下ろしてきている。

「闘争心の塊だね。でも、お主はこれに跨っているのだろう」

「ええ」

「そなた、足軽大将くらいか?」

「い、いえ、一応ながら侍大将を務めております」

「侍大将? その若さでか。大将首でも取ったのかい?」

「そういうわけでは。手柄という手柄はそこまで立ててはおりません」

「ほーう」

 男の興味は黒連雀からその主人の太郎に移ったらしく、髭まみれのわりに透き通った瞳で太郎をまじまじと見つめてくる。

 そうしていると、堀久太郎が喜平次顕景や小姓の与六とともにやって来た。太郎は喜平次に頭を下げたが、喜平次と与六は顔をはっとさせると、突然、地面に膝をつけ始め、深々と頭を下げてきた。

「おやかた様っ、この者は織田の使者ですっ。庭先でお肩を並べられることございませんっ」

 太郎は驚きながらおやかた様と呼ばれた男に目を向けた。男は平伏する二人に対してただ一言。

「知っているよ」

 太郎は裾をたくしあげ、あわてて足元に平伏した。

「も、申し訳ございませんっ! 不識庵様とはいざ知らず、とんだ御無礼をっ!」

「別に無礼など働いていないじゃないか、簗田左衛門太郎」

 久太郎も平伏した。

「お初にお目にかかりまするっ。織田の使者として岐阜から参りました堀久太郎秀政にございますっ。不識庵様直々にお会いしてくださるとは、恐縮至極でございますっ」

 すると、不識庵は、ハア、と、溜め息をついた。何も返事をしないままぺたぺたと縁側にまで歩いていき、裸足であることを知った小姓の与六があわてて駆け出していった。

 不識庵は縁側に腰を掛け、首をぼきぼきと鳴らし、次は指を一本一本鳴らしていく。

「上総介から友好の証として屏風を贈らせていただきました。是非、のちに御覧ください」

 久太郎の言葉に不識庵は指を鳴らすだけで何も答えず見向きもしない。

「おやかた様っ」

 喜平次が呼ぶと、ちらとだけ視線を向けた。

「なんだ」

「この者たちは越後各所を見て回りたいなどと申しておりますが、織田の者にいろいろと探られるのは不利益かと存じます。ゆえん、旅の疲れが癒えたら岐阜に戻ってもらっては如何かと」

「よくまあ、面前で言えるね、喜平次」

 これが天下に名高い上杉不識庵かと思うと緊張が抜けていく。実に深刻な敵愾心を抱く喜平次に対して伸びやかな口調で言ってのける不識庵に、太郎は思わず笑ってしまいそうであった。

「そういうことをやっていると恨まれるよ。恨まれるってのは一番怖くて、一番つまらないもんだ」

「さ、左様でございますが」

「いいじゃないか。なんでも見せてやれ。せっかく、織田の見所のある者が来ているんだ。いろいろと準備をしてくれたほうが、わしもやり甲斐がある」

 与六が桶を抱えて走って来た。不識庵はばしゃばしゃと足を洗いながら言う。

「いずれ、わしと戦うつもりなんだろう、簗田左衛門太郎」

「い、いえ、そういう訳では」

「遠慮をしているようではわしには勝てんぞ」

「滅相もございません。不識庵様と槍を交えようなど、ゆめゆめ思わぬことです」

 不識庵は縁側に上がると、軽快に鼻で笑うと去っていった。



 さすがに越後は広大である。わずか一日ばかりで各所を巡るわけにもいかず、太郎と久太郎は喜平次の窮屈な監視のもと、春日山城下を回った。

「貴公たちが特別視するような物など我が軍にはありませぬ」

 春日山城に戻る途中、終始押し黙っていた喜平次が、ふいにそう言った。

 馬上の太郎と久太郎は、喜平次の背中をじっと見つめる。この若者はとにかく疑い深いというか、慎重というか、上杉家を守るという意志の強さがそうさせているのかもしれなかった。

「騎馬なら甲斐武田、兵の屈強さなら三河徳川、城は小田原の北条。つまり、貴公たちはいつまでもこのような田舎にいなくても良いのです」

 隠し事をしているようでもない。

「しかし、喜平次殿――」

 太郎が口を開いた。

「腹を割って言わせてもらえば、どう考えても今の織田では貴方たちに勝てるとは思えないのです。ならば、勝つ手段を探し求めるのが将として必然でしょう」

 隣の久太郎が眉をしかめた。急に何を言い出しているのだと言わんばかりに。

 多分、太郎は越後人の実直さに感化されてしまっていた。というよりか、昼前の不識庵とのやり取りで、彼らの実直さをのらりくらりと交わすことに嫌気をさした。

 わしと戦うつもりなんだろう。そう迫られて、そうだ、戦うつもりなのだ、と、なぜ言わなかったのか。不識庵はいくさの土俵に堂々と立っている。いつでも来い。胸を貸してやる、と。

 喜平次とて、渋々ながらも太郎たちに探索をさせている。

 だったら、自分だって戦いの意志を表明したい。自分は文官ではない。戦国の武将なのだ。

「拙者の我がままを聞いて頂いたあかつきには、喜平次殿を岐阜にお招きいたしまする」

 久太郎が顔をしかめて太郎を制してくるが、太郎は聞かない。

 すると、前を行く喜平次が、ふっ、と笑った。

「見る物などないと言っているでしょう」

 そうして、常に難しそうに眉根を固めている顔を若干和らげながら、彼は横顔だけ振り向かせてきた。

「ただ、貴公は面白い男だ」

 あだ名はこましゃくれ。ときには頭でっかちのバカ息子。もしくは融通のきかないバカ。 そんな太郎が面白いなどと言われたのは初めてだから、思わずにっこりと一笑した。家族と過ごすときにするような緩やかな笑みだった。

 喜平次に従事する小姓の与六が主人をじいっと見つめている。

「だからと言って、いざいくさとなれば叩きのめしますが」

「当然のことです」

 喜平次はもう一度、静かに笑った。顔を元に戻し、しばらく春日山城への道程を辿っていると、ふいに背中だけで言ってきた。

「我が軍の強さはあれです」

 喜平次は前方の、分厚い雲間にそこだけ覗き込む赤い西日の下を指差した。指先には春日山の頂上があった。

「上杉不識庵」

「そんなことは赤子でも知っておりますよ」

 と、言ったのは久太郎である。若い彼もまた、太郎と喜平次の武者振りに血気はやらされてしまったのかもしれない。

「不識庵公を支えている物を我らは知りたいのですから」

「何もわかっていないですな、尾張武者殿」

 かっぽらかっぽらと馬の足音だけが広大な秋の野に飲み込まれる中で、喜平次は別人のように饒舌であった。

「おやかた様を支えている物はおやかた様自身。おやかた様は古来の定石も通用せぬ天才です。北条や武田の者ならいざ知らず、上杉のいくさを見たことのない貴公たちにはわかりますまい」

「竹中半兵衛という智将なら織田にもいます」

 太郎がそう言った途端、今まで黙っていた与六がけらけらと笑い立てた。

「竹中半兵衛なんかとおやかた様を一緒にするなんて、貴方様たちはどれだけ身の程知らずなんですか!」

「与六、慎め」

 喜平次にたしなめられて、与六は笑いを噛み殺しながらうつむく。

 生意気な少年だなと太郎は思う一方で、彼らは自分たちに絶対的な自信を持っているのだとも思った。与六だけではなく、喜平次も。

 天下に知れ渡っている鬼謀の半兵衛を一笑に伏せるなど、他の地では考えられないことだ。

 不識庵のいくさ。それほどまでか。

 春日山城の頂上に到着し、

「もしも、またどこかに出向きたいならば、拙者に申してくだされ」

 喜平次は去っていったが、与六があとを追わず、主人の後ろ姿をぼんやりと見つめている。

「どうした、小僧。付いていかないのか」

 久太郎が言うと、与六は太郎たちに振り返った。瞳が少年っぽくきらめいている。

「あんなにお喋りな喜平次様は見たことがありませんからね」

 いちいち上から目線でそう言うと、与六は小走りに喜平次を追っていった。

 太郎と久太郎は顔を見合わせて笑う。

 居室に戻り、二人は今日見回った場所や状況なりを文字にしていった。

「東国の男というのは無骨なんでしょうかな」

 久太郎が、自分たちは畿内を有する織田家の洗練された人間だということを少々勝ち誇るように言ったが、太郎はひそかに笑った。久太郎だって、その無骨な男たちに若干熱っぽくなっていたのだから。

「まあ、無骨かどうかはともかく」

 太郎は笑みを消してから言う。

「不識庵に対する忠義は並々ならないですね。忠誠というよりも、信念を感じます」

「そうですなあ」

 久太郎は筆を休めると、天井をぼんやりと見上げた。

「織田にあれだけ君主を信用している将がいるかどうか。正直、拙者はいくさという点ではあそこまでおやかた様を信じてはいませんよ。姉川では危なかったし、北伊勢では勝ちいくさをひっくり返されたし」

 これだけの兵力があれば勝てる、というのと、自分たちは勝てる、というのとではまったく違う。不識庵の存在だけが上杉軍をそう信じさせているのだから、まこと神に近い。

「でも、我らはそんな連中に勝たなければいけないんですから、太郎殿には九郎義経にでもなってもらわなくちゃなりませんよ」

「それはさすがに――」

 と、太郎は苦笑するが、

「いやいや、本当に」

 と、久太郎は大真面目に視線を寄せてくる。

 妙な危険を感じ取った太郎は、そういえば、と、あからさまに腰を上げた。

「馬の髪を解かしてあげなければ。さもないと、あの仔は機嫌が悪くなるのです」

 そんなことは兵卒がやっていることを誰もがわかりきっているのに、久太郎から逃げた。

 越後に足を踏み入れてからずっとすっきりしなかった空は、分厚い雲のところどころからまばゆい光が覗けるようになっていた。西日を受けた黄赤の巨大なかたまりは一群となって悠然と秋空を流れている。

 野は夕暮れの風にひときわ静かだったが、春日山から眺める雄大な景色は自分の存在をちっぽけに思わせつつ、大きな胸に抱かれるような安らぎも、太郎に与えた。

 西の海から吹いてくる湿った風に太郎はしばらくの間打たれた。

 ふと弦の音が聞こえてきた。館から離れたところ、不識庵がこもっているとか言っていた堂からだった。

 不識庵は琵琶もひくのか、と、太郎は興味がまさって音色のあるほうへそろそろと歩んでいく。


 ――ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。

 [時は二月十八日、午後六時頃のことであったが、おりから北風が激しく吹いて、岸を打つ波も高かった。]


 平家物語。那須与一の扇の的だった。静けさの風に乗るような美声であり、琵琶を打ちつける音も暮れなずむ空に吸い込まれていく。


 ――沖には平家、舟を一面に並べて見物す。陸には源氏、くつばみを並べてこれを見る。いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき。与一目をふさいで、舟は、揺り上げられ揺り落とされ上下に漂っているので、

 [竿の先の扇も、とまっていない。沖では平家が、海一面に舟を並べて見物している。陸では源氏が馬のくつわを連ねてこれを見守っている。どちらを見ても、とても晴れがましい光景である。与一は目をふさいで、]


 太郎は堂を回って、庭先へと出た。長髪に髭むくの不識庵がたった一人、縁側に腰掛けて琵琶を手にしている。自らが奏でる歌の情景に見入るようにして両の目をつむり、その向こうには雲を抜けてきた太陽が赤々としていた。


 ――南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向かふべからず。いま一度本国へ迎へ<エ>んとおぼしめさば、この矢はづさせたまふな。

 [南無八幡大菩薩、我が故郷の神々、日光の権現、宇都宮大明神、那須の湯泉大明神、願わくは、あの扇の真ん中を射させて下さい。これを射損じたならば、弓を折り、自害して、再び人に会うことはできません。もう一度本国へ迎えようとお思いになるならば、この矢を外させないで下さい。]


 と、歌ったところで、不識庵はそっと瞼を開け、視線だけを子供みたいに突っ立っている太郎に向けてきた。太郎は思わず後ずさりしてしまったが、不識庵の眼差しは優しかった。

「そなた、聞きに来た客かい?」

 軍神という異名がまったく似合わないほど、不識庵には西日が映えていた。

「は、はい」

「左様か。なら、そんなところに突っ立ってないで、ここに座りな」

 不識庵は縁側を軽く叩いて促してきたが、とでもじゃないが恐れ多くて肩を並べて座れるはずがない。

「め、滅相もございませぬ」

「いいから。これを一粒くれてやるから」

 不識庵は徳利の脇にある皿を滑り差し出してきた。盛られていたのは梅干しだった。



 不識庵の歌う「扇の的」を太郎は地べたに平伏したままぼんやりと聴いた。

 今から四百年も昔、一連の源平の戦いにおける一戦、屋島のいくさで、源氏方の武将、那須与一が平氏方の軍船に掲げられた扇の的を弓で射落とした。

 夕暮れにいにしえの光景が浮かんでくるようである。打ち鳴らされる琵琶は波のさざめきに聞こえてきて、不識庵の高くうねる歌声がときの東国武者の生きようを表していた。

 やがて、演奏は終わった。冷たい風が落ち葉をはらりとさらっていく。

 不識庵は琵琶を抱えたまま徳利の酒を碗に注ぎ込み、それをずずっと啜る。髭についた酒を舌でなめながら、梅干しを一粒、口の中に放り込んだ。

 太郎はどうしたらいいものかわからずに、胡坐を組む不識庵の足だけに視線を据えているしかない。

 その足の甲は石つぶてのようにごつごつとしていて、古傷だらけだ。

 ぷっ、と、不識庵は梅干しの種を庭先に吹き飛ばした。そして、べべん、と弦が鳴らされて、太郎はふと顔を上げる。

 不識庵は目尻に皺を寄せていた。

「そなたの父はまがうことなく左衛門尉だそうだね」

 勝手に左衛門尉を名乗っているのではなく、朝廷から賜ったものなのだろうという意味らしい。

「さ、左様でございますが――」

 太郎は戸惑った。牛太郎のことは越後の人間には一言も話していない。

「なにゆえ、それをご存知なのですか」

「知っているさ」

 不識庵は傍らに琵琶を置くと、手に取った椀に口を寄せながら太郎を見つめてくる。

「簗田左衛門尉牛太郎政綱。そなたはその養子の左衛門太郎広正。手柄などあげたことはないと言っておったが、姉川や刀根坂ではずいぶんと奮戦したみたいじゃないか」

 茶碗をひっくり返すようにして、がぶりと飲んだ。ふう、と、息を一つついたが、その顔は毛ほども酔っていない。

「父は金ヶ崎で功を立てて左衛門尉を賜ったそうだな」

 和やかな夕暮れの庭にあって、太郎は戦慄に近い驚きを覚えてしまう。不識庵は北陸の大大名であり、天下一のいくさ人である。まさか、織田の一介の将の詳細を知り得ているはずがない。まして、昨日初めて顔を合わせたときは、太郎のことなど知っている様子もなかったのだ。

「そんなに驚くことかい」

 太郎はこくりとうなずく。

「甘いね。簗左衛門」

 胸を貫かれたようだった。驚愕だった。自分をそう呼ぶのは勘九郎信忠だけである。

 いや、まさか。たまたまだ。よくあることだ。と、太郎はなんとか平精を取り戻そうとする。

「上総介は忍びを使うのを嫌うようだけど、いくさをするには諜報がなにより先決だよ」

 不識庵は椀に酒を注ぎ、それを太郎に差し出してきながら言った。

「全国津々浦々までとは言わなけれど、畿内はもちろん、押しも押されぬ織田の領内には当然ながら潜ませているよ」

「し、しかし、かといって、昨日までは拙者のことなど存じていなかったのでは」

「まあ、飲みなよ」

 太郎は震える両手で椀を受け取った。ひとつ、椀の中の酒を見つめて、一気にあおった。

「ほら」

 梅干しの皿も差し出された。胃袋を熱くさせたまま、太郎は頭をぺこりと下げて梅干しを一粒手にする。

 かじると、ひどく塩辛くて、ひどく酸っぱかった。思わず顔をしかめてしまう。

「不識庵様自らの手で頂戴いただき、ありがたく存じます」

「そんな紋切り型の文句なんてどうだっていいんだよ。どうせ、辛かったんだろう」

 太郎は一瞬たじろいだが、うなずいた。

 不識庵が大笑いする。

「ちなみにそれは毒入りだよ」

「えっ!」

「嘘だよ」

 ほうっと安堵の吐息をつく太郎。酒臭さも一緒に抜けてくる。

「そなたはやはりまだ若いなあ。姉川では奇策を用いて勢いのある浅井を混乱させたと聞いたが、まだまだ。喜次郎といい勝負だ」

「は、話を戻してもよろしいでしょうか」

「なにゆえ、そなたたち親子に詳しくなったかということかい?」

「左様で」

「聞いたからだよ。軒猿に」

 そうして、軒猿とは上杉軍が抱える忍びの集団のことだと不識庵は言った。各所に放たれている軒猿は山伏たちと連動して絶えず越後の春日山に細かな情報を送り込んできており、

「これだけの網を構築したのは、わししかいないだろうね」

 と、自画自賛するほど、将の分析、戦略立案に役立つそうで、ちょっと気になることがあれば、軒猿の頭目を春日山に寄越すだけでたいていのことは把握できるという。

「昨晩、そなたのことを教えてもらったよ。で、そなたがこれから先、我ら上杉をおびやかす将になるやもしれないということも教えてもらった」

 不識庵は髭の下でにやりと笑った。

「ただし、それは未知だね」

 太郎は何も言えない。褒められたとかけなされたとかではなくて、一夜にして自分を知り得るぐらいの力を持っている不識庵が怖くなった。

「でも、そなたには上杉をおびやかすぐらいになってもらわなければ、わしは面白くない。織田にはわしを悩ませてくれるような人間がおらなそうだから」

「そ、そんなことありません」

 そう強く否定した太郎を見る不識庵は、高みからせせら笑っているような目だった。

「織田には羽柴藤吉郎という者もおりますし、明智十兵衛という者も。佐久間、柴田の両雄に、前田、佐々の母衣衆、拙者ぐらいの若い世代にも猛者はごろごろとおります。不識庵様は確かにお強いかもしれませんが、そう簡単に一敗地にまみれるほどやわな将ばかりではありません」

「左衛門太郎。残念ながら、今、列挙していった者たちが束になってもわしには適わないよ。なぜならわしは毘沙門天の生まれ変わりなのだから。たかが人が軍神には勝てぬのだよ」

 諭すように言ってくるから、まったくいやらしくない。だが、そこまで言われてしまっては黙っていられない。太郎にだって意地はある。織田の意地、今まで戦ってきた意地が。

「不識庵様が軍神なら、我らがおやかた様は魔王でございます。そして、魔王に仕える我らは修羅です。やってみなければわかりません」

「ははん」

 と、不識庵の瞳が輝いた。

「それでこそやり甲斐もある。ああ、そうそう。甲斐と言えば徳栄軒。あやつぐらいにわしを苦しめてくれれば、いくさの日も待ち遠しいなあ」

「そんなに不識庵様はいくさを好まれるのですか」

「左様」

 不識庵は梅干しを口の中に投げ込んだ。もぐもぐと動かして、ぷっ、と種を吹き飛ばす。

「ただね、わしも上総介やそなたたちは強いと思うけれど、わしはもっと強い。なぜかと言えば、強さというのは腕力でも知力でも兵力でもない。人々の信をどれだけ得ているかということだ。上杉の者ならず、わしと戦った者、戦った者でなくても、わしを強いと思っている。わしの強さに信を置いておる。それだけでわしは将として強大なのだ」

 太郎はなぜか視線を落としてしまう。

「さらにわしは決して裏切らない。来る者は拒まない。人を裏切り、人を拒めば、わしの強さに傷がつくから。強さっていうのは絶対にしなければ強さじゃない。絶対じゃない強さはただの腕白。ところが一方で上総介はどうだい?」

 太郎はただただ唇を押し込める。

「上総介はただの魔王だよ。わしには及ばない」

「そ。それならば――」

 と、言葉を探しながらも、ごくりと唾を飲み込むと、太郎はひたむきな眼差しで不識庵を見上げた。

「どうすれば強くなれるのですか」

「言ったじゃないか。裏切らず、拒まないこと。それは他人だけではなく、自分自身もね」

 太陽は姿をすっかり消した。残り火だけが雲を紫色に染めている。雲間に星が瞬き、風はいっそう冷たくなった。

「飲みな、簗左衛門」

 うつむく太郎の前に碗が差し出されてきた。

「これは、ただの願望にすぎませんが、拙者は不識庵様に仕えたかったです」

「おいおい。駄目だな。もう、自分を拒んでいるじゃないか。そなたは織田の将だ。漢とは今置かれている立場の中で必死にもがき、血反吐を出しても、その立場の中で光明を見つけ出し、そして全力で男を立てる者のことを漢と言うんだ」

 腕をぐいと伸ばして酒をすすめてくる不識庵の姿は、薄暗闇の中でひっそりと大きかった。

「わしも徳栄軒も血反吐を垂らしながらも自分を貫いてきたから、龍だ虎だと言われるようになったのさ。無論、上総介もそうだろうね。強いか強くないかは別として」

 不識庵の言葉を受けて、太郎の脳裏に今までのことが渦になって蘇っては消えていき、蘇った。今までのはなんだったのだろう。自分はわりかし苦労してきたほうだった。しかし、不識庵に言われてしまって、今までのことは些末なこと、ただの空回り。

「わしがいくさを好むのは、自分の強さも弱さも己にはっきりと知らしめさせてくれるからだ」

 一乗谷の焼き討ち、朝倉の女子供たちへの襲撃。断末魔の叫び声がまさに聞こえてきた。

 自分は弱いんだ。

「そなたにいくさのいろはを教えてやれるほどの時間はないが、一つだけ教えてあげるよ。将を強くさせるのは宿敵の存在だ。宿敵との戦いが自分を磨かせる。わしも徳栄軒もそうして強くなった」

 そう言って、酒を飲めと碗を出してくる。

「そなたが強くなってくれなければ面白くない。無論、酒もな」

 自然、太郎は笑みをこぼした。碗を受け取ると、中身を一気に飲み干した。




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