或る日の夢
夢を見ていたの。
彼女はそう呟いてから、私を見た。
視線の奥には剣呑な光が刹那輝いた。
私が彼女とであったのは数ヶ月まえ。
あれは…そう、急な土砂降りのある日だった。
駅で雨宿りをしていたのだ。
「急な雨ですね。出かける時は晴天だったのに、これだから今の季節本当に嫌になる。あーもう。本当についてないなあ」
最初は誰に言っているのかわからなかったが、私に向けて言っていることに気がついて、慌てて視線を向けて同意しようとしたが驚いた。
彼女は涙を流していたからだ。
「どうしたんですか⁇」
言っておくが、普段私は見ず知らずの人間にそういう言葉をかけるような人間ではない。ただ、隣に美しい女性が涙を流していたら、聞いてしまう。
まあ、悲しいサガだと察してほしい。
「よくある話なんです。どうってこともない何も変哲のない、普遍的な話なんです。」
彼女は私を見て涙を指で拭いながらいった。
「彼氏に振られたんです。私。」
その時、私はこんなに美しい人を振る馬鹿な男もいるもんだなあと思った。不覚にも。
今にして思えば、「不覚」という言葉が似合う。
「夢を見ていたの。あなたとわたし、結婚して幸せな家庭を築く夢。なのに…」
彼女は包丁を手にとって私に近づく。
「何で、私のことを遠ざけるの⁇私あなたに優しくしたし、心もからだも捧げたし、貢いだじゃない⁇私の全てをあげたのに、何で遠ざけたの⁇私を⁇」
包丁をかかげて、椅子に縛り付けてる私に何度も刺してくる彼女に向かって、私は彼女に恋をしたのは夢ではないかと思う。
「私みたいな綺麗な女が愛してあげてるのに何でどいつもこいつも私から離れていくのよ‼︎ふざけるんじゃないわよ‼︎むかつくむかつくむかつくーーーッ‼︎あー、もう、血でからだがぬるぬるじゃない。そういえばね、貴方と出会ったあの土砂降りの日も、振られた腹いせに前彼を殺してきたのよ。だって、私こんなにも綺麗なんだもの、私を振るなんて殺されて当たり前でしょ⁇だからね………殺したの。」
私は夢を見ているのだ、「不覚にも」恋をしたのが連続殺人鬼の女とは。
そんな女に、「恋」をして、「振って」しまったから「殺される」
これを「夢」と言わずに何て言おう……。
「起きて…、もう起きてよ‼︎朝よ。早く起きないと仕事に遅れるわよ」
「マジだ‼︎あー。やばいよ。ありがとう。」
「ううん。良いのよー。今日も仕事頑張ってね。」
「あー。行ってくるよ。」
「いってらっしゃーい!」
私は彼を見送ってから、玄関脇の鏡に向かって笑った。
ほら、私はこんなにも今、幸せじゃない⁇