戦闘
その日、仏印沖で船団護衛を行なっていた哨戒艇102号は、水中聴音器に敵潜水艦と思しきスクリュー音を探知した。
「総員戦闘配置!!」
艦内に配置を告げるブザーが鳴り響き、ヘルメットを被って戦闘態勢に入った乗員たちがそれぞれの持ち場に付いていく。
満もヘルメットと救命胴衣をつけた。そして、舵輪を握る力が何時も以上に強くなる。戦闘から来る緊張のようだ。これまでに哨戒艇102号は数度敵との接触はあったが、いずれも誤報か本格的戦闘に至らない物ばかりであった。しかし今回は敵を攻撃可能範囲に納めていた。
「後部爆雷戦用意!!」
相手は潜水艦である。これが連合軍なら前方攻撃可能なヘッジホッグやスキッドがあるのであるが、あいにくと対潜攻撃を軽視してきた日本海軍にはそのような兵器はない。旧式の艦尾から投下する爆雷のみである。
哨戒艇102号の強みは、ソナーと聴音器が最新式である事だ。日本製のこれら音波兵器は対潜哨戒機に搭載されている磁気探知機を除けば、欧米の同類兵器の足元にも及ばない性能しか有していない。
しかし、それでも102号搭載の3式聴音器はこれまでの93式に比べれば遥かに良好な性能を持っていた。
「目標敵潜水艦、針路70度。速力ならびに深度は不明。」
聴音室からの報告が逐一艦橋へともたらされる。
「面舵70度、機関最大船速へ!!」
「面舵70度、ようそろう。」
福井艦長の命令を復唱し、満は舵輪を大きく右に回した。そして、機関室では回転数が上げられ、速力がグングン上がっていく。
「目標、間もなく至近です!!」
「爆雷投射始め!!」
命令と共に、艦尾の投下基条から爆雷が落とされる。また、ドンという音を立てて爆雷投射機からも爆雷が投射される。
そして数秒後、海中で爆雷が爆発し、一瞬海中で光ったと思うと、次の瞬間には鈍い爆発音と、白い水柱が出現する。それが連続して数回起こる。
見た目は派手であるが、この爆雷による対潜戦闘は下手な鉄砲数撃ちゃ当る戦法だ。潜水艦を沈めようとするならば、相当な至近距離での爆発が必要である。となると、そうなるまでひたすら爆雷を投下し続ける以外に方法はない。
根気のいる戦闘である。大西洋の戦いでは数十発の爆雷を使って戦う事など日常茶飯事であった。対潜戦闘は長期戦である。
「どうだ?漂流物や油の流出は確認できたか?」
福井の問いに対して、直ぐに返事が帰ってきた。
「駄目です。確認できません。」
どうやら失敗したようだ。こうなるとしばらく待つしかない。爆発音の残音で聴音器は使い物にならないからだ。
「全員目を皿にして水面を見張れ!敵の反撃に警戒しろ!!」
もし敵潜水艦が反撃するとすれば、こちらが耳を奪われている瞬間だ。双眼鏡を持った兵士たちが水面を血眼になって見る。
だが幸いにも、敵の反撃はなかった。そして、聴音室から再び報告が入り始めた。
「敵艦、本艦の320度方向!!」
戦いはクライマックスに入っていた。既に4時間近くも追いかけっこを展開した2隻であったが、102号の方は爆雷を使い果たす寸前であった。恐らく、後一回が勝負である。乗員の疲労も限界に近い。
「これで最後だ、聴音室しっかり頼むぞ!!」
「わかっております。」
伝声管によるやり取りにも、俄然力が込められている。
そして、数分後。
「敵潜水艦、本艦270度方向、速力速い!」
「取り舵一杯!速力第一船速!!」
「取り舵一杯!」
既に汗だくになっている満が舵輪を左へと一杯に回す。第一船速は21ノットだ。追いつくまでに時間が掛かるが、水中聴音器が聞こえやすいように配慮したのだろう。
「敵艦、本艦前方を進行中!・・・・間もなく通過!」
「ようし・・・爆雷投下!!」
最後に残っていた爆雷が一斉に海中へと投下された。そして、今日何度目かになる光景が起こる。爆発音、そしてそそり立つ水柱。
その光景を見ながら、乗員はひたすら祈った。「当ってくれ!!」と。
そして、爆雷の爆発が収まり、海面が下の様子に戻っていく。その場所を、見張り員が双眼鏡で見つめる。
報告は中々こない。今回も駄目だったのか?半ば諦めムードが艦を支配し始めたその時、1人の水兵が叫んだ。
「海面に漂流物ならびに、油膜を確認!!」
それは待ちに待った報告であった。
「減速!漂流物回収用意!」
福井は艦のスピードを落として、漂流物を拾い上げる方法を選んだ。油膜や漂流物は一応撃沈の証しであるが、狡猾な艦長だと時々ゴミや油をわざと流して撃沈を偽装する事があった。そのため、念を入れたのである。完全に止めないのは、他の潜水艦に襲撃される恐れがあるからだ。
乗員が竹ざおなどを使って甲板から海面に浮き上がった漂流物を救い上げる。浮き輪、救命胴衣、食料が入っていた木箱など、水に浮く物が次々と引き上げられた。
そして、撃沈確実といえる証拠が浮き上がった。乗員の死体である。しかも複数だ。
福井は撃沈を確信すると共に、死体を丁重に葬るよう命令した。例え敵が同胞を殺したにくい敵であり、さきほど自分たちと死闘を繰り広げた相手であっても、最低限の礼節は尽くさなければいけない。それが海の男の流儀だ。
「祖国のため、勇敢に戦い命を散らした敵兵に対して、敬礼!!」
引き上げられた遺体は布にくるまれ、水葬された。任務を引き継いだ満も、その光景を敬礼しながらじっと見ていた。
その日の夜は、敵潜水艦撃沈の功績で乗員全員に特配の酒が配られ、艦内は戦勝祝いを行なう兵士たちの姿で埋められた。
そんな中で、満は仲間の士官たちとの飲みを適当なところで引き上げ、自室に向かった。
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