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星空を見上げて

 夜。満はスチュワートが来るのを部屋で持った。しかし、一向に彼女は現れない。


「来ないな・・・どうしたんだろう?」


 スラバヤに着任してすぐの頃、彼女は毎日のように彼の部屋にやってきてお喋りをしていた。満が仲間の士官と飲んで遅くなった時は、彼女が部屋の前で待っているということもあった。


 しかし、1ヶ月ほどして彼女の来る回数は激減した。来てもどこかよそよそしい感じがしていた。満は何度もその違和感について訊ねてみたが、彼女は口篭るばかりで真相はわからなかった。


「何か気になるな。」


 1ヵ月間訓練が続き疲れていたために、彼女を探すことまではしなかった彼だが、今日は探してみる事にした。紙袋を持つと部屋から出て廊下を歩き、ラッタルを登って上甲板に出る。


 戦線から遠いここシンガポールでは灯火管制は行っていない。遠くには軍港や市街地の灯りが見えている。艦も照明を点けているので、夜戦時の様に真っ暗ではない。


 彼は甲板を見回してみる。すると、彼女は簡単に見つかった。煙突の根元に腰掛けていた。


「スチュワート?」


 満は声を掛けてみた。


「満?何よ!?」


 彼女からの返答は素っ気無い物だった。


「何よって、冷たいな。お前の様子が最近変だったし、今日も部屋に来ないから心配になって探してみたのに。」


「そう・・・ごめんなさい。」


 謝るものの、彼女の表情はどこか哀しさを感じさせる物であるように、満には思えた。


 彼はそのまま彼女の横に腰掛けた。


「一体こんな所で何やってたんだよ?」


「星を見てたの。」


「星?」


 満は空を見上げてみた。艦の照明のせいで少しばかり見づらいが、そこには宝石を散りばめたような星空が広がっていた。


「綺麗だな。」


「ええ。」


「星を見るのが好きなのか?」


 何気なくそんなことを聞いてみた。


「ええ。・・・今までは星を見る以外に、夜やることなんてあまりなかったから。」


「そうなのか?」


「だって・・・話が出来る人なんか今まで誰もいなかったし。アメリカの駆逐艦として20年以上働いたけど、話が出来る人は一人もいなかった。」


 その言葉を聞いて、満は思った。


(それって・・・相当つらい事じゃないのか?)


 艦魂からは、乗員たちは見えているしその言葉もわかる。なのに、例え直ぐ側にいても誰も彼女を気にもとめない。無視されているのと同じである。人としてそれは辛いことであるのは想像に難くない。


「そうだったんだ・・・それじゃあすごく寂しかったんじゃないのか?」


 それに対して、スチュワートは首を振った。


「ううん・・・他の仲間たちがいたから。決して寂しくはなかったわ。けど毎日話せたわけじゃないし、他の仲間は出港して港に一人ぼっちって時もあったわ。・・・その仲間も随分減っちゃた。中には海を知らないまま死んだ者もいたわ。」


「え!?」


 満は驚いた。実はスチュワートの原型の平甲板型駆逐艦は256隻がマスプロされたが、中には結局海軍で使われないまま、スクラップにされた物もあった。彼女が言うのはそういう船のことだ。


「こうやって星を見ていると、仲間達と一緒に見ていた時のことを思い出す時があるの。」


「そうか・・・艦魂には艦魂の苦しみもあるんだね。人間は軍艦や船を道具としてしか見ないけど、本当はその一つ一つに命が吹き込まれているんだね。」


「そう・・・満はそれを分かってくれているのね。ありがとう。」


 彼女は満面の笑みで満を見た。その表情に心を奪われそうになる満。


「ど、どうも。・・・あ、そうだこれ。」


 彼は持ってきた紙袋から何かを取り出した。


「はい、サイダー。」


 満は彼女にサイダーのビンを手渡した。日本海軍では、艦内の酒保という売店でこうした物が手に入る。他に最中や羊羹、饅頭なども買うことが出来た。


「ありがとう。」


 二人は栓を開けてサイダーを飲む。


「甘い。」


 彼女は表情をさらにほころばせた。先ほど星を見ていた時は随分と強張った表情をしていたのとは大違いだ。


 とりあえず彼女が喜んでくれたので、満としては一安心である。と、ここで満は彼女に聞きたかったことを思い出した。


 御意見などをお待ちしています。

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