運命を変える言葉
部屋に入った二人は、向き合うように座った。満は椅子に、そして少女はベッドに腰掛けた。
「で、話って何よ?」
少女が腰掛けるなり満に向って言ってきた。
「聞きたい事は山ほどあるけど、じゃあまず聞くけど君の名前は何て言うんだ?」
それに、少女は少し難しそうな顔をした。
「そうねえ。私はこの船その物だから、強いて言うなら哨戒艇102号ね。」
「それじゃあ呼びにくいよ・・・」
相手は魂だけとはいえ人間の形をしている。番号で呼ぶのはまるで監獄の中の囚人みたいで気が引ける。
「けど私には他に名前なんてないわよ。まあ以前はスチュワートて呼ばれていたけどね。」
「だったらスチュワートでいいや。番号で呼ぶよりはマシだ。」
「あなたがそう呼びたいならそれで良いわよ。じゃああなたの名前は?」
「俺の名前は長野満だ。」
「長野満・・・だったらミチルって呼んでいい?」
下の名前で呼ばれることは、両親以外にはほとんどないことだったが、別に悪いことではないので、満は承諾する。
「ああ、良いよ。」
「そう。」
「じゃあスチュワート。早速だけど、なんで君は俺に見えるんだい?」
先ほど会った下士官には彼女は見えなかった。しかし何故か満には見える。これが彼には不思議であった。
「それは簡単に言えば相性ね。」
「相性?」
「そう。詳しい事は私たちにも良くわからないけど、艦魂を見える人間はその艦魂によって違うの。ミチルは以前、他の船で艦魂を見たことある。」
満は思い出してみるが、そのような記憶はない。以前乗っていた練習艦の「浅間」でもそんなことはなかった。
「いや・・・ない。」
「そうでしょ。あなたが私を見えるのはただ単に偶然なだけかもしれない。まあ仲間の中には、お互い精神的に似ている人間なら見えるって話をいう人もいるけど。」
「そうか・・・ところで、さっきから私たちとか他の人って言うけど、じゃあスチュワートには他の艦魂が見えるの?」
「当たり前でしょ。私たちはお互い誰でも見えるわよ。」
スチュワートはさも常識のように言った。
「そうか。じゃあ次に、どうして日本語を喋れるの?元はアメリカの駆逐艦なんだろ?」
「うーん。それも私にはわからない。アメリカの駆逐艦時代は普通に英語が理解できたけど、日本軍に拿捕されてからは自然に日本語も理解できたわ。ただし、もしかしたら前世が関係しているかもしれないわね。」
スチュワートは少し表情を暗くした。
(なんだろう?)
それに満も気付いたが、そのことについては聞かないことにした。
「前世?艦魂にも前世ってあるの?」
「それもわからないわね。そういう噂があるだけよ。ただ転生輪廻って考えが日本にはあるでしょ?全くありえないことはないかもね。」
満にはそれ以上なんとも言えなかった。
ちなみに、後々特攻隊の名前として有名になる七生報国という言葉があるが、それは七回生まれ変わって国のために働くという意味だ。
「で他には何か聞きたい事はあるの?」
「そうだな・・・じゃあ聞くけど。失礼かもしれないけど、この船って竣工して30年近く経つよね?けどスチュワートはどう見ても20行くか行ってないかぐらいだよね?これは一体どういうことだい?」
女性に対して年齢の話を聞くのはまずい事だが、聞きたい事は全て聞いておこうと思った。
「確かに失礼ね。けどまあ答えておくわ。何故かね、艦魂は歳をとらないのよ。だから死ぬまでこの姿のままね。」
「死ぬって言うのはつまり、沈むってこと?」
「それもあるけど、解体されたりして船としての寿命を終えるときね。」
話を聞いて、満はなんと哀しい人生だろうと思った。
(誰にも見取られることもなく、死ぬってことだよな?人じゃないとはいえ、あまりにも酷いんじゃないかな?)
「そうか・・・じゃあもしこの船が沈むときはスチュワートも・・・」
「そうね。けど、それが私たちの運命なのよ・・・話は他にあるかしら?」
聞きたい事はあることはある。しかし、これ以上聞く気にはなれなかった。
「いや、もういいよ。ありがとう。」
「そう・・・じゃあまたね。」
そう言って部屋から出ようとしたスチュワートに、満はこう言った。
「また話が聞きたくなったら、聞いても良いかな?」
彼女は振り向き返事をした。
「ええ。・・・あのさ、私も良かったらまたここに来ていい?」
これは予想外の言葉だった。殺伐とした船の中で、少女が会いに来てくれるのは嬉しい限りだ。
「ああ。また来いよ。」
これが、二人の運命を大きく変えることとなる一言だった。
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