約束
満に抱かれながら、スチュワートは泣き始めた。
「どうして!?どうして私なんかに・・・・」
「素直にお前が好きだから。それ以下でもそれ以上でもない。」
「あなたわかっているの?私は艦魂なのよ。人間じゃないのよ。それに、戦争に負けたということは・・・」
彼女はそこから先が言えなかったが、それについては満にはよくわかっていた。
敗戦国の軍艦が迎える運命は悲惨だ。敵国に接収される。例え接収されなくても、良くて解体。もしくは標的として処分される。
スチュワートこと哨戒艇102号は元はアメリカの駆逐艦だが、既に相当の旧式艦である。例え返還されても彼女が生き延びられる可能性など無いに等しい。つまり彼女は恐らく近いうちに死を迎えることとなるだろう。
ただでさえ、人ではない艦魂に恋することは出来ない。それなのに、彼は死を間近に控えた彼女に、恋をして指輪を送ったのである。スチュワートからすればマトモではない。
しかし満は笑顔で言った。
「わかってるよ。よくわかってる。」
「ならどうして!?」
「俺は、お前に会った時からお前が好きだった。例え艦魂でも、俺にはお前以外見えなかったんだ。けど、明日をもわからない身だから、言うのを躊躇っていた。けど、戦争は終わったから。・・・そしてお前と別れる前にこの気持ちを伝えたかった。」
満は言い終えると、抱くのを止めて、彼女を見据えた。
一方のスチュワートは泣いてくしゃくしゃにした顔を真っ赤にして言った。
「あなたは本当にバカよ。」
「バカでも良い。お前にこの気持ちを伝えたかった。スチュワート、愛している。」
「・・・・ありがとう。本当にありがとう。私も、あなたが好きです。」
彼女は感極まってそう言うと、彼に再び抱きついた。そしてキスをした。
数分後、2人は先ほどと同じように座っていたが、スチュワートは満にしなだれかかる格好になっていた。
しかし、心が繋がった2人であったが、2人に残された時間は少なかった。
「なあスチュワート。」
「何?」
「前艦魂は人に生まれ変わることがあるって言ってたよな。」
「うん。」
「俺の国にも転生輪廻って考え方があるんだ。人は死んでも、いつかまた生まれ変わるっていうね。」
スチュワートは満がどうしてそんなことを話し始めたのか、最初は理解できなかった。
「それで?」
「だからさ、スチュワート。約束しないか。いつか俺たちが、平和な時代に生まれ変わって、出会うことがあるなら・・・その、今度こそ一緒になろうって。今は少ない時間しか残っていないけど。今度出会う時は・・・必ず。」
スチュワートの顔は再び真っ赤になった。
「だめかな?」
「・・・・ふ。良いわ。約束よ。」
「ありがとう。」
そして2人は再びキスをした。
それから2ヶ月間、2人は残り少ない一緒にいられる時間を楽しんだ。そして、哨戒艇102号は日本海軍から除籍され、米軍に引き渡された。
「さよならスチュワート!!約束忘れるなよ!!」
退艇の日、離れるランチの上から満は手を振って叫んでいた。それに対して、スチュワートもマストの頂上に立って、彼に向かって手を振って叫んだ。
「うん、絶対に忘れない!!さよなら満!!今度は平和な時代で会いましょう!!」
哨戒艇102号から再び米駆逐艦となった彼女は、その後本国へ戻るべく太平洋を横断した。しかしながら、途中で機関トラブルを頻発し、実に半年もの時間を掛けた。まるで、日本から離れるのを嫌がるかのように。
祖国へ戻った彼女であったが、予想通り既に彼女に居場所はなかった。最初は帰還を果たした彼女を新聞は大々的に報じるなどしたが、米国海軍が彼女に下した結論は、航空機の標的としての撃沈処分だった。
昭和21年5月、サンフランシスコ沖に引っ張り出された彼女に向けて、陸上基地から発進したF6FとF4Uが爆弾とロケット弾を浴びせた。既に乗員のいない彼女は徐々に浸水していき、しばらくして横倒しになり転覆し、太平洋の底へと消えていった。
その直前、彼女の魂も最後を迎えていた。
「さよなら満。私を本当に愛してくれた人・・・約束・・・忘れないから。」
それが彼女の最後の記憶だった。彼女は誰にも見取られることなく、多くの仲間たちの後を追った。
一方、少し遅れる形で彼女を愛した男性、満も不幸な最後を迎えていた。彼はその後海軍の後を引き継い海上保安庁の掃海部隊へと配属代えとなり、米軍が戦争末期に投下した機雷の後片付けをしていた。
だが、その最中に乗っていた艇のすぐ傍で機雷が爆発した。
木造の掃海艇には致命的な爆発だった。瞬時にして艇は傾いた。そして、彼は飛び散った破片によって大怪我をし、脱出することは適わなかった。
そんな彼の頭に最後に浮かんだのは、愛した女性の顔だった。
「スチュワート・・・約束だからな。」
次の瞬間、彼の体は海の底へと引きずりこまれた。そして彼の意識もそこで飛んだ。
「おい、起きろよ允。」
友人に起こされ、永野允は現実に意識を戻した。
「あ、ごめん。」
とある大学のキャンパス。昼の授業前に教室に入った彼は、うとうとしてそのまま居眠りをしてしまった。そして夢を見ていた。最近になってこの夢ばかりを見ていた。自分そっくりの男が、軍艦に乗り込んでいる風景。そして、その船から離れるときに手を振る少女の姿。
夢にしてはあまりにも鮮明なその姿に、彼は何か記憶に引っ掛かる物を感じていた。
「なんだ、また例の少女の夢を見ていたのか?」
友人がちゃかすように言った。
「ああ。」
「お前艦魂の伝説を調べて本ばっかり読んでいるから、頭の螺子が緩んだんじゃないか?」
「かもな。で、何か用か?授業はまだ始まっていないみたいだけど。」
時計を見ると、まだ10分ほど余裕がある。
「おお、ニュースだぞ。今日から内のゼミに編入生が来るらしいぜ。」
「へえ、珍しいこともあるもんだな。」
「ああ。しかも、金髪の美少女だぞ。」
友人が楽しそうに言っていたとき、部屋の扉が開いた。ちょうど允から見て後ろの扉だった。
「おお、噂をすれば。」
どうやらその少女が来たらしい。允は体を後ろに向けた。そして、絶句した。
「!!」
「!!」
2人はお互いに見合ったまま、驚く。そしてその瞬間、まるでフラッシュバックしたかのように、2人の脳裏にあの記憶が甦ってきた。
允は立ち上がって、彼女と向かい合った。
「どうした?」
友人が怪訝な表情をしたが、もはやそんなこと気にならなかった。
2人はお互いに顔を見合った。そして少女の方が先に口を開いた。
「やっと・・・会えた。」
「ああ。」
「約束・・・覚えてる?」
「・・・もちろんだとも。」
その言葉とともに、少女は面々の笑顔を浮かべた。その姿はかつてのままだった。
「え!?え!?」
状況を理解できない友人を差し置いて、允は続ける。
「君の今の名前は。」
「瞳。スチュワート・山本・瞳。あなたは?」
「允。永野允。」
そして2人は一拍の間を置いて言う。
「よろしくね、允。」
「よろしくな瞳。約束を守ってくれてありがとう。」
2人は再びめぐりあうことが出来た。時代を越えて。平和な時代に。
終わりです。中途半端かもしれませんが終わりです。
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