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戦争の現実

 艦内では乗員たちが敵艦撃沈を祝っていた。初めての戦果を上げたのだから当然である。しかし、長野少尉だけは浮かない顔をしていた。


 彼は非番の士官たちと共にガンルームで休んでいた。しかし、その顔には笑顔はなく、険しい表情をしていた。


「どうした長野?敵艦を撃沈したんだぞ、めでたいことじゃないか?そんな辛気臭い顔をせずにお前も一杯飲めよ。」


 仲間の士官が一升瓶と茶碗をもってやって来て言う。


「ああ。けど、ちょっと今は飲む気がしないんだ。お前たちだけで楽しめよ。俺は部屋で休んでるから。」


「そうか。けど、体の調子が悪いなら医務室へ行ったらどうだ?」


「大丈夫。そこまで悪くはないから。」


 そして彼はガンルームを後にした。そして1人廊下を歩いていった。その向かう所は先ほど言った士官室ではなく、甲板だった。


 艦は今独航で寄港地へと向かっていた。もちろん警戒配置は解いておらず、乗員も当直の者がちゃんと配置に就いていた。艦自体も灯火管制を行なっているので甲板は真っ暗である。灯りは空に光る星月だけだ。


 満は目が慣れるのを待っていつもの場所へ向けて移動を始めた。煙突の根元。そこが彼女とこのところいつも会う場所である。


 そして今日も彼女は座って待っていた。


「スチュワート。」


 満は彼女に声を掛けてみた。


 いつもなら声を掛ける前からこちらに何かしらしてくる彼女だが、今日は座り込んで何かを思いつめているようだった。


「満。あなたは他の人みたいに喜ばないの?」


 満はその質問に答えず、スチュワートの隣に腰掛けた。


「やっぱり今日のこと・・・米潜水艦を撃沈した事を気にしているのか?」


 満が聞くと、彼女は少しばかり視線をずらした。


「別に気にしてないって言ったら嘘だけど・・・もとから覚悟していた事だから。それに、1回1回深く考えていたら、この先戦うときに何にも出来なくなっっちゃうわ。もっとも、私は艦魂だからそんなこと関係ないかもしれないけど。」


 そういう彼女の表情は、どこか強がっているようで、哀しみを帯びていた。


「そうだよな。お前たちがどう思うと、この艦を動かしているのは俺たち人間なんだよな。・・・けど、俺としては憂鬱だな。」


「なんであなたが憂鬱になるのよ?」


「だってさ、考えてみたら俺たち人間がこうして戦わなきゃさ、お前たちも戦う必要がないはずじゃんか。戦争のことをどうこう言うのもなんだけど、もし開戦前に政府が非戦を決断していたら、俺たち国民が決断させていれば、お前たち艦魂が殺しあう姿を見ずに済んだから。不思議だよな、この艦に乗り組むまでは、戦争で人が死ぬ事も、船が沈む事も仕方がないと思っていた。けど、お前と出会って船にも命があるって知ったら、なんか戦う気が失せちまう。なんでだろうな?」


 その言葉に、スチュワートは返答しようか迷った。彼女としては、「それは私に同情しているからじゃないの?」という答えが思い浮かんだ。


 しかしなんとなく自画自賛のような気がして言うのは憚られた。


「なあスチュワート?」


「な、何よ?」


「お前は自分がかつての味方と戦わされる事を、仕方がない事って片付けられるか?」


「え!?そ、それは・・・・」


 スチュワートとしては、これまでなら仕方がないと片付けてきただろう。しかし、今は何故かそう言えなくなっていた。


(なんで言えないのよ・・・今日の戦いが嫌だったから?満の話を聞いたから?)


 自問自答するスチュワート。そして、その瞼に今日戦った潜水艦の艦魂の最後の姿が映った。撃沈されバラバラになる直前、潜水艦の少女は笑顔でこちらに敬礼していた。


 平和な時なら、その笑顔の敬礼を心地よく見ることが出来ただろう。だが、今日のその敬礼を見て、スチュワートはとてつもない罪悪を感じた。あんな素晴らしい人を自分は静めなければいけなかったのかと。


 そう考えた瞬間、彼女の頬を冷たい物が一筋流れた。


「あ、あれ?」


 慌ててそれを拭き取るスチュワート。だが涙は止まらない。


「何で止まらないの?」


 必死に涙を止めようとするが、流れる涙の量は増えるばかりだった。


「何で・・・何で!!私は心に誓った・・・例えアメリカの船と戦っても悲しまないって誓ったのに・・・」


 だが、戦う前と実際に戦うでは話が全く違っていた。戦って感じたのは、勝利の高揚ではなく、虚しさと悲しさだった。


「スチュワート・・・大丈夫か?」


 満が心配して声を掛けて来た。


「う・・・うん。すぐに止めるか・・から。」


 彼女の強がりとは裏腹に、本心は正直だった。彼女の心の傷を癒す涙は留めなく流れていく。そして、いたたまれなくなった満がある行動にでた。


「え!?」


 彼女の背中に手を回して、その体を自分に抱き寄せたのだ。つまり彼女を抱いたのである。


「み、満!」


「泣きたいなら正直に泣けよ。強がる必要なんてないんだ。お前たち艦魂がそんなことをする必要はないんだ。・・・ごめん、本当にごめん。俺たち人間が、こんな戦争さえしなきゃ、お前達は幸せでいられたんだ。」


「そんな・・・別にあなたが謝る事なんてないわ、艦魂として生まれたからには仕方がないことなのよ。」


「違う!!武器を使うか使わないか決断するのは人間の心1つだ!!例えそれが剣だろうと、戦艦だろうと変わらない!!俺達は身勝手すぎた。お前たちをたんなる物としか考えずに使っていた。けど、機械にも心は宿るんだ。その事をわかっていなかった。」


 スチュワートは驚きの目で彼を見つめていた。


「そんな風に言ってくれる人は、あなたが初めてよ・・・・ありがとう。」


「お礼なんか言われる理由はないよ。ただ、今は俺がお前の支えになってやれるから・・・だから、泣きたいだけ泣けよ。正直に。」


 そして彼女は彼の胸に自分の顔をうずめて泣いた。


 


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