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第五話 不幸の手紙

 東急田園都市線、池尻大橋駅から徒歩10分。

 なんの変哲もないビルの4階に、不思議なメンタルクリニックがあるという。

 看板も無ければ表札も無い、営業時間も分からなければ電話番号も分からない。そもそも名前を誰も知らない。

 何故か誰も知らないのに噂になる、そんな不思議なメンタルクリニックのお医者さんはこう呼ばれているそうな。


「都市伝説のカウンセラー」と。







 ある昼下がり、今日も今日とて客の来ないガランとした診察室でカウンセラーの男がくつろいでいると、ロビーから助手の声が聞こえる。


「先生、新規の患者さんが見えたのでよろしくお願いしまーす」


 やれやれ、こんなのんびりした日は昼寝がしたかったのにな、と思いながらも男はクタクタになった白衣を着なおし、医者っぽい恰好を取り繕う。


「どうぞ、お入りください」


「失礼します」


 おや、と男は意識せずに声を上げる。

 それもそのはず、今入ってきたのは先日大ポカをやらかした人面犬だったのだ。

 何やら封筒を口にくわえたまま、恥ずかしげに入ってきた。


「これはこれは人面犬さん、もう普通に出歩けるようになったんですか?」


「ええ、その節はお世話になりまして……おかげさまで今は鍋に入った猫が話題をさらってるようでして、なんとか外に出歩けるようになりました」


 人面犬は丁寧に頭を下げる。

 下げた顔からは、猫への嫉妬の表情が伺えるようでもある。

 男はそれを華麗にスルーし、本題へと入る。


「それで、今日はどういったご用件ですか?」


「あ、いえ、今日はわたしじゃないんでして。こいつのことなんです」


 人面犬は慌てて口にくわえていた封筒を男に渡す。

 若干唾で濡れているものの、男は気にも留めず封筒を受け取る。


「おや、これは懐かしい。不幸の手紙さんじゃありませんか」


『どうもご無沙汰です、先生』


 封筒を開くと、何も書いてない紙からまるで会話するかのように文字が浮かんでくる。

 そう、彼こそは一時期日本中を震撼させた不幸の手紙なのである。


「どうもこいつは自分で動けないらしくてわたしが持ってきたってわけです。ポストに投函してやろうかとも思ったんですがね、流石にかわいそうかな、って」


 人面犬が自慢げに語る。

 ポストに投函されるのが本来の趣旨なのだが……と思いつつも、優しい男はそれを指摘しない。


「それで、今日はどうしました?」


『若者の手紙離れが深刻なのです。私の出番が消えてしまいます!』


 なにやら郵便局の回し者のような発言をする不幸の手紙。

 しかし、それもなるほど道理というものである。

 不幸の手紙はその内容を複数人に送らないと呪われるという類の都市伝説なのだ。

 今の若者は手紙を出すことが無くなったため、廃れていくのはやむを得ないとも言える。


『最近じゃあ、郵便局が送るものなんてダイレクトメールやマイナンバーの通知、それに年々減っている年賀状くらいなものです。なんとか若者にも不幸の手紙を発とする郵便事業復活を目指したいのです!』


 やはり郵便局の回し者のような発言をする不幸の手紙。

 しかし、男は感づいてしまっていた。

 消費税増税の煽りをくらって切手の金額が52円だったり84円になってしまった現在、手紙が非常に扱いにくくなってしまっているということに。

 挙句、近頃の若者、いや、若者どころか中高年に至るまでケータイメールやLINEが中心の社会となってしまっているのである。

 今更はがき文化を復活させることなど、男の権限ではなんともし難いのである。


 うーん、と男が悩んでいると人面犬が不幸の手紙に質問する。


「やっぱり手紙の形式じゃなきゃダメなんですかい?」


『いえ、私としては手紙に拘りは無いのです。ただ、どんどん多くの人に広まっていく自分に快感を覚えると言いますか、興奮するのです。』


「はぁ、難儀な性格ですねぇ……」


 お前が言うな、というツッコミがノドまで出るのを抑えながら、男は良い案を思いつく。

 そして、男が出した提案に不幸の手紙は賛同し、歓喜するのであった。





 それから数か月後。




 相変わらず客の来ないクリニックで、男が新聞を読んでいると中面の端っこに小さな記事を見つけた。


『有名番組を騙るチェーンメールがLINEやツイッターで波紋! 某テレビ番組を名乗るチェーンメールが日本中で飛び交っており問題となっている。警察では、不審な文章を受け取った場合、すぐに削除するよう呼びかけている。』


 そう、不幸の手紙はチェーンメールへと進化し、LINEやツイッターを中心として広範囲に拡散をしていったのである。


 どの時代でも、内容をきちんと確認することなく無暗にほかの人にも知らせたがるのは人間の性。明らかに怪しい文章だろうと、無知な中高生を中心に、時として主婦らにまで拡大することはザラにあることなのだ。


 男は記事の内容を読み、どんどん拡散されることで悦に浸っている不幸の手紙を想像してニヤリと口元を緩めたのであった。


新年一発目は短め。

次回は来週末あたりです。

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