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第四話 人面犬

ブームとは、春の夜の夢の如し。

 東急田園都市線、池尻大橋駅から徒歩10分。

 なんの変哲もないビルの4階に、不思議なメンタルクリニックがあるという。

 看板も無ければ表札も無い、営業時間も分からなければ電話番号も分からない。そもそも名前を誰も知らない。

 何故か誰も知らないのに噂になる、そんな不思議なメンタルクリニックのお医者さんはこう呼ばれているそうな。


「都市伝説のカウンセラー」と。






 ある土砂降りの雨の日、メンタルクリニックに変わったお客さんが来ていた。


「やぁどうも、人面犬さん」


「ああ、どうもすみませんね、先生」


 普段、人間と似たような様相の相手としかやり取りしない男にとって、人面犬という存在はとりわけ珍しかった。

 自分でクリニックのドアの開け閉めも出来ないから、わざわざ出迎えてあげているのだ。

 人面犬とは、顔がおっさんで体が犬という、なんとも可愛くない微妙な都市伝説である。

 しかし、どうも今日来た人面犬は怪我をしているらしく、ずぶぬれな上に体に包帯を巻いている。

 何か複雑な問題が絡んでいるのではないか、と男は身構えて声を掛ける。


「今日はどういったご用件ですか?」


「わたし、パチモンが多くなりすぎちゃいまして」


「はぁ……」


 たしかに、人面○○という存在は昔からよくテレビなどでも取り上げられる題材である。

 人面魚に人面岩、人面パナップなどが良い例である。


「それでもまぁ、わたしは中年のおっさんの顔して喋る分だけ他より一歩進んでたんですけど、ゲームで毒舌な人面魚が出ちゃいまして……」


 ドリームキャストで発売していた伝説のゲーム、シー○ンのことであろう。シーマ○は当時、癒し系が多い動物ふれあいゲームの中で尋常ではない異端さを醸し出していたものである。


 たしかに、ただ顔がおっさんなだけの犬よりも毒舌な方がキャラが立っていて面白い。

 毒蝮三○夫だって有○だってマ○コ・デラックスだって人気者だ。


「んで、まぁわたしも対抗しようと思って会った人に毒舌浴びせるようにしたんですわ」


 そこで人面犬はぐっと唇をかみしめる。


「ところがこの前、夜中にパチンコ屋から出てきたあんちゃんに『そないなことしとる暇あったら仕事して稼がんかい!』って言ったら、『うっさいわダボ!』とか言って蹴られちゃいまして……」


 ハハッ、と乾いた笑いをしながら体を横に向け、包帯でぐるぐる巻きになった体を見せる人面犬。


「そのときの怪我がこれなんです」


「ひどいことをする人がいるもんですね……」


 男は決して「なぜ毒舌が関西弁なのだろうか?」とか「人間、気にしてることを指摘されるとマジギレしちゃうよね」とか言わない。なぜならカウンセラーだから。


「それで、それ以来怖くなっちゃって、毒舌も出来ないんです……。昔からの趣味だったカップルにヤジを飛ばすのも怖くなっちゃって……」


 むしろそれをずっと続ければ良かったのではないか、欲を見た結果がコレだよ! とか色々と思うことを飲み込んで、男は只々相槌をする。

 カウンセリングで大事なのは、「自分は貴方の話を聞いてあげているよ」という姿を見せることなのだ。


「それで、この前ビデオレンタル屋に行ったら『わさ○』って映画に出会いまして。まぁそのとき、『これやで!』って確信したものですから、そっちにジョブチェンジするにはどうしたら良いものかと思って相談に来た次第です……」


 映画『わ○お』は、不細工な顔をした秋田犬のことである。写真集や映画が大ヒットし、一躍東北を代表することになった犬である。

 しかし、どう見ても人面犬に『○さお』のような愛嬌は無い。せいぜいゆるキャラの『ちっちゃいおっ○ん』のパチモンと思われて終わりである。

 そもそも、ちょこちょこと関西弁出してきているあたり、そこを意識している可能性もある。


 きっとまた毛並みだけモフモフにして幼稚園の周辺に出没して子どもたちに泣かれて落ち込むことになるだろう、男は過去の経験則からなんとなく将来の姿が目に浮かび、頭を抱える。

 いや、むしろ都市伝説としてはそれも一つの正解ではあるのだが、どうもこの人面犬、人気者を目指しているようである。


 と、そこで男にあるアイデアが浮かんだ。きっとこれなら成功するし、みんな喜ぶだろう。

 男は頭の中でプランを構築し、成功を確信すると人面犬にとあるアイデアを提案してみた。





 それから半年後。


 人面犬は、今やテレビで引っ張りだこの人気者になっていた。

 いや、都市伝説がテレビとか出ても良いのか? と疑問に思ってはいけない、そういうものなのだ。


 人面犬が始めたのは、犬と人間との通訳業、いわゆる『バウリン○ル』というヤツである。

 一昔前にアメリカでイグノーベル賞を受賞したおもちゃと似ている気もするが、気にしてはいけない。

 結果としては、大成功。普段分からない犬の気持ちを聞けるとあって、最初は近所の犬たちの通訳をしていたものが愛犬家御用達の雑誌に取り上げられて瞬く間に話題になり、日本中の犬好き達が人面犬にところに殺到した。

 ブームの臭いを嗅ぎとると、広告代理店が動く。彼らはこういうとき、犬以上の嗅覚を発揮するのだ。

『犬の通訳が隠れたブーム』『大阪で見つけた! 犬の気持ちを知る方法!!』など興味を引くキャッチフレーズと共に人面犬を売り出すと、次はテレビ番組である。

 国民的お笑いタレントが司会を務める『志○動物園』を始め、あらゆる動物番組で取り上げられる。

 時にはバラエティ番組やクイズ番組にも登場し、犬の気持ちの解説から、おやじギャグを飛ばすひな壇芸人まで器用にこなすことから更に多くの番組に登場する。

 すると次はCMや企業からのラブコールの嵐である。ドッグフード業界はもちろん、『全犬が泣いた』『犬業界コスメ部門No,1』など、映画や化粧品のCMでまで根拠として人面犬が取り上げられる。

 そのうち人面犬がモチーフのお菓子やソーシャルゲーム、アニメ化まで進んでくる。

 しまいには人面犬の偽物まで登場する始末である。犬のマスクをかぶって「犬面人」は流石に酷い。どこかのミュージシャンに居た気もするがそれは置いておこう。


 段々調子に乗った人面犬、ついには広告代理店の口車に乗せられて海外デビューを果たす。

 最初はアジアから始める。『ドラ○もん』などの喋る日本の動物に慣れ親しんだアジア人には受け入れられやすいだろうという判断である。

 見事読みはあたり、中国、韓国、タイ、ベトナムなど各地で人面犬ブームが沸き始める。

 アジアで売れると次はアメリカだ。TIMES紙のトップを飾り、大々的にアメリカデビュー。そのシンデレラストーリーはハリウッドで映画化され、『HAC○I』の再来とまで言われる。人面犬と忠犬ハチ公を比較するなど何事だ、というハチ公愛好家たちの声は世論の声に弾圧される。

 ヨーロッパでもブームは瞬く間に広がっていく。

 サッカーの試合の前、パフォーマンスで現れる人面犬。ウィーン少年合唱団とのコラボなど、広告代理店と組んで段々規模を拡大させていく。

 しまいには政治家が「人面犬にも住民票を与えよう」とか支持票集めに適当なことを言い出し、人権団体からは「犬より難民に人権を!」と声高らかに国会議事堂前で抗議する。


 こうして人面犬は莫大な利益を得て、日々世界中を飛び回る存在となった。


 しかし、人面犬に一つのスキャンダルが発生する。

「実は人面犬は犬の気持ちが分かってないのではないか?」というものであった。

 この疑惑は、韓国に住むある主婦が声を上げたことがきっかけであった。

 愛犬が最近餌を食べず元気がないことから、人面犬との直接面談の権利を取得した上で日本まで行って相談した結果、「餌が合ってない。もっと高いものに変えなさい」と言われて餌を変えたのだ。

 しかし、たしかに犬は餌を食べるようになったもののその数か月後に死んでしまう。その犬は病気だったのだ。


 このことは、ネットの片隅のブログに掲載されていたものをとある探偵サイトが取り上げたことから一気に拡大、炎上した。

 とある大型掲示板のニュース板で取り上げられるとまとめサイトも追従し、それをツイッターやフェイスブックが拡散する。


 ネタの欲しい週刊誌はすぐにこの話題を取り上げ、週刊誌に載ればテレビのワイドショーが取り上げて新聞にも載ってしまう。

 海外でも「世界一有名な犬、疑惑で炎上中」とBBCやアルジャジーラでもネタにされる始末である。

 広告代理店はすぐに『自分たちも騙された』と尻尾切りに走り、もはや梯子を外されてしまう。


 一気に成り上がった金で買った六本木のマンションには殺人予告が大量に届き、マスコミたちが周囲を囲んでいるので家に帰れなくなった人面犬はいつぞやのメンタルクリニックに泣きついた。


「先生、もう家には帰れません。どうしたら良いでしょう……」


 タイムズ紙に取り上げられた時の自信満々な人面犬はもう居ない。

 いつぞやの落ち込んでる人面犬がそこに居た。

 流石に調子に乗っていたとはいえ、自分の提案で落ちぶれた人面犬に男は手助けをしてあげる。


「とりあえず、山奥の私の知り合いの温泉宿を確保しておきますから、そこでしばらく休養してください。人の噂なんて七十五日で消えますから」


「助かります……調子に乗っちゃったんでしょうね」


「それにしても、本当は聞いてはいけないんでしょうけど少し疑問があるんです。人面犬さんは犬の言葉が分かったはずなのに、なんで判断を間違えたんですか?」


 男が炎上のニュースなどを見てずっと疑問に思っていたことを口にすると、人面犬は恥ずかしそうにこう答えた。


「わたし、日本の犬ですから。日本の犬の言葉しか分からないんです」


固有名詞が多いので○を多用してしまいました、見づらかったらすみません。


実際、最近のブームは人為的か否かはともかくとして、一瞬で盛り上がって一瞬で消えて行ってしまっている気がします。

せっかく覚えた流行語が一瞬で消え去るのは悲しいものですね。


次回は『不幸の手紙』で年明け三が日の後くらいに投稿します。

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