倉庫
ごめん琴音ちゃん。倉庫に置いてある本、取ってきてくれないかな。
うん。あー、夢野久作の「少女地獄」って本だね。うん、よろしく。
バイトの娘、可愛いでしょ、琴音ちゃんっていうんだよ。
先週面接に来たんだけど趣味が合ってさ。採用しちゃった。
彼女なかなか仕事を覚えるのが早くてね、私より仕事してるんじゃないかな。
あれ、興味なし?
そんなことよりって…とんだビブリオマニアだね君は。
そういえば最近本が盗まれてる気がするんだよね。そのドグラマグラもついこの間無くなっててさ。
君じゃないことくらい分かるよ、君は嘘が下手くそだしね。
怒った? これでも褒めたんだよ?
それにしても琴音ちゃん遅いなぁ。倉庫っていっても物置部屋とそんなに変わらないんだけどな。
あ、そうだ。
倉庫といえばこんな話が…って、なにを露骨に嫌そうな顔をしているんだい。
まぁまぁ、暇つぶしに聞いていってよ。
これはある倉庫の話だよ。
海沿いのとある町にある、その倉庫はある運送会社の倉庫だった。
だった、という言い方を敢えてするのは、今はもう使われていないからだ。
三年前、ある作業員がその倉庫へやってきた。
彼は倉庫にあるダンボール箱を運んで、トラックに乗せる作業をしようとしていた。
ダンボール箱と言っても一つや二つじゃない。うずたかく積まれたダンボール箱を台車を使って崩しては運んでいく。
作業が終わりを迎えようとしていたとき、彼は少し休憩してもバチはあたらないだろう。と、タバコを吸いに外に出ようとした。
その時だった。
ばたん。
ばたん ばたん ばたん。
そんな音がした。
彼は、ああ箱が倒れてしまったのか。と面倒くさそうにタバコを仕舞い、後ろを振り向いた。
すると。
ダンボール箱は一つも倒れてはいなかった。
倒れてはいなかった。
何故なら箱は宙を舞っていたからだ。
誰かが投げつけるように、ダンボール箱同士がぶつかり合い、地面に落ちることなくまた宙を舞う。
彼は言葉を失った。
そして、つい手に持っていたライターを落としてしまった。
からん。とライターが落ちる乾いた音が響くと、箱は何事もなかったかのように元通りになっていた。