はいるな。
墓守病院寮って知ってるかな?
本来ならこの話をする前に墓守病院にまつわるエピソードをしなくてはいけないんだけど、まあそっちは後にするよ。
墓守病院っていうのは、墓地を見下ろすようにして建っていた病院の名前さ。縁起が悪いようだけど、私はそこで生まれたんだよ。
正式な名称は■■■■病院。
その墓守病院自体は取り壊されちゃったんだけど、寮は今でも残ってる。
まあ今からその寮の話をするわけだけど、もしこの寮に行く気があるのなら、挨拶くらいはしたほうがいい。
――小学生から一緒だった友人が、お酒に酔った勢いでこんなことを話してくれた。
私は自分で見聞きしたこと以外は信じない。
あのね、私幽霊なんてこれっぽっちも信じてなかったの。だってさ、みんながみんな白いワンピースとか黒くて長い髪とかってのは流石に無理があるでしょ。
幽霊ってのは女しかなれないってルールでもあんのかい!ってかんじでさあ。
でもね、そういうのは今でも信じていないんだけど。
私、「見えない幽霊」は信じてるの。
分かりにくいかな。
えっとね、白いわんぴーすがー…とかじゃなくて、声とか、音とか、そういうの。
たしかにそういうのって錯覚だったっりするよ?
私だって実際に体験するまでは錯覚だ!って思ってたもん。
あは、そんな顔しないで聞いてよー。浮世ってこういうの好きだったでしょー。
私ね、一生に一度だけ…うん、多分あれが最初で最後だと思うけど、肝試しをしたんだよ。中学生のときに。
親戚がいっぱいいたから、多分お盆かな。ちょっと年上の従兄弟兄弟と、私と妹でね。
私は乗り気だった。
幽霊なんて信じていなかったからね。怖いものなんてなかった。
でも妹はまだ小学生だったから、行きたくない行きたくないってぐずってたっけ。
だけど私は無理やり連れてきてしまった。
場所は墓守病院にしようって従兄弟が言い出した。でもあの病院は、肝試しに行った人が事故で死んでしまった、ってお母さんから聞いてたから「他の場所にしよう」って私が提案した。
他の場所、っていっても私の家の向かいにある橋を渡れば、大体全部が心霊スポットみたいなもんだったしね。廃ビルに、墓地に、それを見下ろす墓守病院。
そして、その寮。
知らなかったかな。あの病院の横の林にぽつんと寮が建ってるんだよ。多分病院関係者の寮だと思う。
もちろん、もうだれもいないよ。
窓ガラスは割れて、壁には亀裂が入ってたし、良く分からない植物のツタが、蛇みたいに絡みついている建物だった。
中に入ると長い廊下が目の前にあって、プレートの剥がれたたくさんの部屋が向かい合うように並んでる。すぐ横には、上に向かう階段。コウモリが逆さまにぶら下がってたから、気持ち悪くて二回には行かなかった。
それでね、正面の長廊下にぽつんと机が置いてあるの。机の上には白くて四角い何かが置いてある。
電話だった。
薄汚れて、ほこりを被った固定電話。
従兄弟は面白がって受話器を耳に当てたりしてたけど、そうしたら妹が急に泣き出した。
「これくらいで泣くなよなぁ」なんて従兄弟たちは笑っていたけど、妹があんまりにも怖がっていたから、私と妹だけ先に寮から出てきた。
しばらくして、「何もなかった」と従兄弟たちも出てきた。
まだ、妹は震えていた。
「ごめんなさいごめんなさい」となにやらぶつぶつと呟いていた気がする。
妹があんまりにも怯えるから、もう帰ろう。と寮に背を向けたときだった。
じりりりりりりり。
じりりりりりりり。
じりりりりりりり。
私たちはゆっくり振り向いた。
その音はあの電話機から鳴っていた。
電気も通っていない、あの廊下から。
受話器を取れとでも言うように。
私たちはそのまま逃げ帰った。
どこをどんな風に走ったか、あちこち擦り傷だらけになりながら帰ってきた。
帰ってから妹が言った。
「かってにはいるな。ってみんないってたのに」って。