狼人形 元の環境
別視点
「なぁなぁ、水島部長が行方不明になったの知ってる奴いるか?」
そう言ったのは入社二年目でそこそこ余裕のできていた男性社員だった。彼は同僚のいるデスクにお気楽そうに声をかけた。水島というのは人狼人鬼に参加しているサラリーマンの名字である。
「あぁ、つーかなんでお前が知ってるんだよ。お前の上司じゃないのにさ。」
「お前って仕事の速度遅いのにこんな噂話には敏感だよなぁ。もっとお前んとこの上司からの怒りとかにも敏感になりゃあいいのに。」
「なんだよそれ。どうせなら俺に片思いしてるやついるからそれに気付いてやれとかって言ってくれよ~。」
「お前に好くやつは相当変わりもんだぞ。」
「はぁ~、やっぱこう返してくるか~。まぁ、いいんだけどさ、水島部長のパソコンがスリープになってたんだよ。ちょっと覗いてみねぇ?」
「………………さてと、今夜はこいつに付き合って残業決定だな。」
「ちょっ、それってどういう意味なんだよ~。」
そう彼が言うと、彼の頭に拳骨が落ちていた。彼に拳骨を落としたのは彼の上司である田中課長だった。
「こーゆー事だ、泉!!さてと、仕事やれよ~。お前だって主任レベルなんだからな!!」
「そりゃねぇっすよ課長~。もうちょいと休憩したいっす!!」
泉が首根っこを捕まれて引きずられていこうとされていると、泉の同僚である祭が田中に声をかけた。
「そういえば、水島部長と田中課長は同期でしたよね?何か知りませんか?」
「あぁ~、アイツは出世頭だからなぁ………俺なんか水島よりも上にならないと次長にすら昇格しねぇなんて言われてるけどな………確かに、アイツは昔っから変な奴で意味もなく行方不明になる事も無いだろうがなぁ………。」
「確かに、あんな美人な奥さんと可愛い娘残してどっかに行くわけ無いよなぁ。普通なら。」
泉のもう一人の同僚の石川がそう言った。彼は元の部下でもあるので、少しばかり関わりはあるのである。
「あれ?石川、なんかその奥さんと娘の写真、一向に変わってねえんだよな………。それに、水島部長のトコって飲み会とか俺とか祭のトコに来てるじゃねぇか。」
「水島部長は仕事終わらせてから定時で帰るからな………少々残業のある俺らとは時間が合わないの。」
「まぁ入社したときにはもう水島は結婚してたけどな。結婚指輪して入社式参加なんて珍しいわなぁ。ま、俺ももう結婚したんだけどな。」
「課長の奥さんは美人というより可愛い感じっすよねぇ。デパートで見たとき思わず妹さんかと疑いましたもん。」
「言うなぁ~、泉。だが嫁はやらんぞ。俺の嫁と関係持ちたいなら年上のクールビューティーな姉御を嫁にする覚悟ぐらい持て!!」
「まぁ縁談持ちかけてくれるのは嬉しいっすけど流石に上司の嫁の双子の姉は気持ち的に………」
「なんだぁ?俺の嫁の姉否定すんのかぁ?」
「いや、まだ俺の方が安定しないっすからぁ~。だからせめて婚約指輪渡せるぐらいになるまでは待ってくださいって言ってあるっすよ!!」
「まぁそれはそれとして、水島は俺と同じように愛妻家だったんだが、悲劇があった。アイツの妻子はアイツのいなかったところで玉突き事故に巻き込まれて二人とも即死だった。それから余計におかしくなったな。なんたって水島はいつまでも妻子の亡霊と一緒に暮らしているように過ごしてるんだよ。まぁ、元々仕事には厳しい奴なんだがな……」
「そうですよね…………俺はあれぐらいが丁度良いですけど、他の奴等は毎日毎日愚痴を言うぐらいの仕事量ですしね。中には世の中不公平だとか、水島部長いなくなればいいのに………とかって言う人も少なくないですし。」
「でもおっそろしいよな、死んだ妻子がいるって幻覚というかそういうの。俺一回水島部長の車が不調になったからって送っていった時あるんですけど、家の中は異常でしたよ。まるで泥棒や空き巣が昼に誰もいない所を自由に使ってたような感じで電気やテレビは着きっぱなしで、水島部長は誰に言ってるのか分からないただいまとか娘はもう寝ちゃったのかとか言うんですよ。もう愛妻家とかのレベルじゃありませんでした。」
石川はかなり怯えながらそう言った。
「それよりも、スリープになっているパソコンが気になるな………何かあったのかもしれんが、その手がかりがあるかもしれんしな。」
そして、四人は元のデスクへと向かった。
「少なくともこれを見る口実は節電のために電源を切るため、だからな。」
「分かってますよ課長。」
そして、彼らは元のパソコンのスリープを解除した。
「……………なんだ?この画面は?すまん泉。ちょっと操作変わってくれ。」
「分かりました!!」
そのサイトには狼の影絵が描かれていた。田中は仕事ならばパソコンを上手く使うがプライベート的に使うのは慣れていないのだ。
「何々…………嫌われ者ランキング(成人している芸能人、政治家、有名人を除く)?これに水島が入っちまったのか…………」
「でも水島部長なら戻ってきそうですけど、水島部長の部下の殆どが投票したんですね……多分居場所なくなってるっすよ。」
「不吉な事を言うなとは思うが、事実だな…………しかし、どこに連れて行かれたんだろうな?」
「動画はあるっすけどパスワード無いと見れないっすよ。」
そしてボーッとしていた四人が結局残業する事になったのはまた別の話だ。
環境は心境よりもかなり短くなります。