至るところで、恋~初秋の特別編2014~
若いうちの不幸なんて
多分、借金するくらい買ったような
そんな気がしてたけど
その借金、返しちまったからなんかなぁ
もう欲しくもねぇのに売られてるわ
もう欲しくもねぇのに金払ってるわ
でも、
強がりだけは、誰にも負けんよ。
他にはなんにも
勝てんけど。
「なんにも書けない・・」
私は仰向けに寝転がった。
真っ暗な天井にぶら下がる電気の紐に手を伸ばす。
そしてその手で思いきり叩く。
電気の傘まで勢いよく上る紐。そして落ちてくる。
「あぁ、もうダメだ俺は」
くらい部屋の中をぼんやりと照らすパソコンの画面。そこにはたった一行こう書かれている。
「パート・タイム・ラバー」
そう、私はなんの考えもなくそう綴り、そして諦めて寝そべった。
スティービーのあの曲が頭を流れる。
軽快な英語の歌詞。全くなに歌ってるかわからないが、なんとなく素敵な印象。
「パート・タイムの恋人・・ってことは、アルバイトで恋人をしてくれるってことか・・」
呟く声は、時の流れにぼんやりと浮かび漂う。
「ぱっぱ~らぱっぱっぱぱらら~」と無意識に歌う。
すると!アパートの薄い壁の向こうからも同じように歌う声。
「ぱっぱ~らぱっぱっぱぱらら~♪」
私は驚いて体を起こす。
すると驚くことに、音楽にあわせるかのように明滅を繰返しはじめる電球。
「嘘だろ!?」ついに私は立ち上がった。
「えっ!?」狭い部屋の中に聞こえてくるピアノの音。扉の向こう、廊下からだ。
私はその音に呼ばれているかのように向かっていき、慌ててスリッパに足を突っ込んで、ノブを掴み、ぶち破るかのように扉の外に出ていった。
「オーベイビーオーベイビー、パート・タイム・ラバー♪」
驚く光景が眼前に広がる。
「どうやっていれたんだ・・」私は無意識に呟いていた。
狭いアパートの廊下に黒人のピアノマン。ちょうどいい大きさの、しかし、アパートの廊下に運んでくるにはなかなか無理のある大きさのピアノを弾きながら歌っている。
そして驚いたのはそれだけではない。老若男女、なんにんものダンサーが、指をパチパチさせながら踊り、「パート・タイム・ラバー♪」と歌っているではないか。
「ちょっと!あんたたちなんなんだよ!」私は思わず叫んでいた。
踊りながら。
するとその声で静まり返る人々。
「いや、べつに、やめなくても、いいけど・・」私は急に申し訳なくなり、「パート・タイム・らば~~♪」と自らに歌ってしまった。
そしたら誰も歌わない。もうまじでこの世とサヨナラしたいくらいに切ない。
「ヘイユー」と黒人の男。私は彼を見た。ドレッドヘアーに、多分レイバンのサングラス。
「アルバイトの恋人、欲しい?」
あ、なんだ日本語しゃべれんのかよ、ファッ○。
「いや、あんたなに言ってるんですか?意味がわかりませんけど」
「あ!?」と黒人。すげぇ睨んできたから、怖くて私は「ほしいです」と言ってしまった。
「イエ~ス!ほし~!イエ~ス!あんたサイコー!ゲスヤロー!キモチワル~イ!」
「ぱっぱ~らぱっぱっぱぱらら~♪」とまた歌い出す。そして周りは踊り出す。
私もやけくそで踊り出す。死んだ傀儡のような心境。
「じゃあこのなかから選んでね、スケベ~♪」黒人が私のことを言ったが「オッケー!よろしく~」と踊りながら答えてしまう私。
オッケー!誰か私をぶち殺して~。
するとアパートの隣の部屋の扉が開いた。
そこから出てくる女性たち。
まず出てきたのは、時給800円と書いた札を下げた白いワンピースの女性。
もうこの娘にしよう。私は心に決めた。
そして次に出てきたのは、時給850円と書いた札を下げたビキニの女性。髪はショートで無邪気な瞳。
もうこの娘にしよう。私はまた心に決めた。
そして敢えて記載しないが、次の娘も可愛かった。
もうこの娘にしよう。私はまた心に決めた。
勿論次も可愛かったから、
もうこの娘にしよう。って思ったよ。
生まれてきて後悔したのは五人目が出てきた時だった。
私は我を取り戻した。そして、目を疑った。
「よしこ!・・」叫んでいた。
5ヶ月前、姿を消したよしこがそこに立っていた。
つまらない喧嘩で部屋を飛び出していったよしこ。
何故彼女がここに・・。
白いはだ、笑うと笑窪ができる、少しだけふっくらとした頬。決してふくよかなわけではないが、痩せているわけでなく、優しく、温もりのあるちいさな体躯。
首から下げた「時給1200円」の札。
「なにやってんだよ!よしこ!」私は叫んでいた。
さっきまで踊りながら歌っていた私が「なにやってんだよ」だったが、棚にあげた格好だ。
しかしよしこはなにも答えない。突っ立ったままだ。
「おーいえー!会話したらだめよ~♪さぁ、誰を選ぶの~?スケベボーイ!」と黒人が言ったので、殴りに行った。
「なにがスケベだバカ野郎!」って言いながら殴った。さっきは喜んでたのに。
「いてぇ!」と黒人。「なにすんだよ貴様ぁ」ふっとんだレイバンのサングラス。現れたつぶらな目は、少しだけ愛くるしさを感じさせた。
「よしこになにをした!」私はピアノの鍵盤に乗り、男を見下した。
「なんにもシテネェよ~。ってか、俺はパート・タイム・ラバーを紹介してるだけだよ~」
泣きべそかいてるこの男に話をしても無駄だ。私はそう思った。
鍵盤から降りて、よしこの方に向かう。
「よしこ、もうこんなことはやめて、帰るぞ」
するとよしこが口を開いた。
「私を雇うの?あなた」
私は瞬間答えに困ったが、そうしなければ話せないのならばと「雇うよ!」と叫んでいた。
「はい、有難う」よしこがその小さな手を私に差し出した。
私はその手を握り、話しかける。
「よしこ、まずあの時の喧嘩を謝るよ。舘ひろしが好きか、神田正輝が好きかで口論になって、結果的に徳重さとしに期待するからもう知らねぇ!なんて言ってすまなかった。謝るよ」
「もういいよ」よしこが笑った。笑窪が頬に浮かぶ。
「なぁよしこ。一体あれからどこに行ってたんだ?」私が問いかけると、よしこが答えた。
「ずっと隣の部屋にいたよ」
そう・・だったのか・・まさかここにいる女たちと一緒に・・隣の部屋にいたのか・・。
「ずっとそばにいた」
あぁ・・そうだね・・隣の部屋に・・いたんだもんね・・。
「さぁ、どれくらいの時間、彼女を雇うんだYO!」黒人が叫ぶ。
私は高らかに答えた。
「一生だよ!一生に決まってんだろ!時給なんて一生払い続けてやるよ!俺のからだのどの部分を売り払っても、心臓がなくなっても、鼓動だけになっちまっても、誰にも渡さない!よしこはずっと俺の・・」
辺りが静まり返る。そして私は時間すら切り裂くくらいの声で叫んだ。
「パート・タイム・ラバーだ!」
ぱっぱっ~らぱっぱっぱぱらら~♪ぱっぱ~らぱっぱっぱぱらら~♪
終わらないミュージック。
私はよしこを見つめていた。
「小説、書けてるの?」よしこが問いかける。
「書けてない」と私。
「でも、君がいるなら書ける。君がそばにいるなら、またどこまででもいけるし、なんにだってなれる。君との事なら、どんなだって書けるような気がするんだ」
繰り返されるミュージック。
暫くはこのままに。
願い。
若いうちの不幸なんて
多分、借金するくらい買ったよなぁ
店でも開こうかしら
笑い話にできるかしら
誰かが笑って
自分も笑って
そしていつか
隣に愛を
優しい愛を