美味しい人生の飲み方
就職難のご時世に漏れず、途方に暮れた男が一人。
見るからに陰気で、体は痩せ型。そのうえ猫背で足元ばかり眺めている。
少しは自己主張しようと発起しあつらえたのか。眼鏡のフレームを彩るどぎつい赤が目を引くが、それは別の意味でも人を引かせていた。
男は溜め息をつく。
はあ、と一度に吐き出さず、ふひゅうう、と大きな音を立てながら長い前髪を息が続く限り揺らしていた。
路上で立ち止まり、下唇を前面に突き出し変な音を立てている男は不審だった。
実際、彼の傍を通り過ぎたオフィスレディが「うわ、キモ…」と思わず口にしてしまう程だ。
男は泣いた。何というか、お近付きなりたくない雰囲気を醸し出している。
そんな男に声をかける者がいた。
黒い服に黒いマント、白い襟巻を身に付け、頭をカッパのように上部だけ剃った中年オヤジ。
ザビ○ルだ。弱った男を奉仕の道へ引きずり込もうとやって来た宗教尖兵だ。
「アナータハ、カミヲ、シンジマスカー?」
日本語ペラペラだ。オヤジは日本を知り尽くしている。
もう駄目だ。男は汚れるのも構わずコンクリートに跪いた。
オヤジはそんな男の頭にごつごつした手を乗せて言う。
「オチコムノダメネー。 ヨノナカ、カンガエカタシダイヨ」
このまま教会に連れて行かれ洗脳されるのだ、と男は思っていたのだが、予想に反し、オヤジは男に優しい言葉をかけた。
男はしばしオヤジを見上げていたが、すぐにまたコンクリートに目を落とす。
交差点の真ん中で対面する、四つん這いの男とザ○エル。
好奇の視線と大量のクラクションを受けながらも、二人は何も言わずその場で佇んでいたが、ふと、オヤジが口を開いた。
「ジンセイハ、カンガエカタシダイデ、アマクモ、ニガクモ、ナリマース。
ニガクテ、ツライノガスキナヒトモ、イマス。
デモ、アナタヲフクメ、オオクハニガイノ、ダメダメデス。
ソウイウトキハ、スコシトッピングヲ、イレレバイイノデス」
オヤジは男の頭から自分の頭へと手を移し、そのまま持ち上げる。
すると、ハゲカツラの下から金色に染められたアフロがぶわっと広がった。
辺りから一瞬音が失われ、少しずつ空気の漏れる音が聞こえ始め、それは笑いの合唱へと変わる。
オフィスレディも、トラックの運ちゃんも、買い物帰りの親子も、オヤジも、男もみんな笑っていた。
「コレガ、カミノキセキデース」
オヤジがそうおどけるとまた、どこかで楽しげな声が響くのだった。