決着
乾いた音を立て、二本の剣が蒼白い火花を煌かせ、持ち主たちの顔を一瞬だけ照らす。
「何故、こうなった。戦う以外、私たちには道がなかったのか」
戦い始めて数分。アンジェリナの太刀筋に迷いが見られるのは、誰の眼にも明らかだった。
「こうなるのが運命だったのさ。神剣は一振り、玉座は一つしかない。ならば剣を以って己の道を切り拓くまで。正しさや善意など考えてはならない。目的の為に剣を振るう。それが俺たち冒険者の共有した、たった一つの真実だろう」
マーサの語気は強い。しかし、それは自分にも言い聞かせている言葉のようにアンジェリナには感じられた。「迷っているのか。この人も」そう直感し、アンジェリナには死闘の中に僥倖が微かに見えた気がした。
「甘く見るなよ。俺は自分が犠牲になって他人を生かそうとは思わない。自分が生きるためなら何だって叩き斬ってやるさ。それが王や英雄と呼ばれた者でもな」
アンジェリナの希望的憶測を粉砕したマーサは、力任せに交わった剣を押し返した。
男女の体格差による膂力の違いは明らかで、身長で十センチ、体重で三十キロ近く劣るアンジェリナは簡単に吹き飛ばされ体勢を崩し、数歩後ろにたたらを踏む事になった。
「それでもっ」
長靴を鳴らしてアンジェリナは転倒を免れ再び剣を構えた。
「それでもあなたを殺さずに、私は勝ってみせる」
上段に構えを変え、突進力を生かした突きを繰り出す。倒す気で戦わなければ、自分が生き残れない事はアンジェリナにも判っていた。
実力差が拮抗している二人の斬り合いでは、相手を生かしたまま勝ちを収める事が極めて難しい。勝負は一瞬で決まり、どちらかが命を落とす事になる可能性が高い。それは、この場にいる全ての人間の共通認識であった。
「殺さずに勝とうなど、甘い幻想だ」
向かってくる切っ先から逃れる事無く、マーサは自分もカリ・ユガを突き出した。二人の剣の先端が寸分違わず衝突し、互いの剣を弾き返した。永遠とも取れる一瞬の間、二人は同じように剣を持ったまま宙を舞うように後退し、後ろ足を着地させると痺れの残る手で下段を払う。突進力を上乗せしてない分、マーサの剣が競り勝ちアンジェリナはさらに体勢を崩した。優勢になったマーサが身体を回転させ更に下段を払おうとする。この状態で大剣の攻撃を刀で受け止めようとすれば、間違いなく刀身が折れる事を予測したアンェリナは、刀を持ったまま宙返りして斬撃をかわした。続く連撃も予測し、袈裟切りされにくいマーサの利き腕の右手側に飛び退く。予想通り振り下ろされた攻撃は髪の毛一本の差でアンジェリナに届く事無く空を斬った。読み合いと身のこなしではアンジェリナに軍配が上がる。だが、懐に飛び込んで切り結ぶとなると、圧倒的な破壊力を有するカリ・ユガを持つマーサの優位となる。
「さあ、どうする。間合いに入らなければ、勝負はつかないぜ」
マーサは額の汗を光らせながら、不敵な笑みを浮かべてアンジェリナを挑発する。
「そうだな。ここで時間を浪費するのは互いにとって余りにも非効率だ」
瀕死の仲間を助け、上空で浮遊を続ける主君を救う。一武人としての勝負よりも優先すべき事がアンジェリナにはあった。息をゆっくり吐き出すと、刀を鞘に納める。瞼を閉じて左足を下げ、アンジェリナは半身の体勢となった。鞘を手にした左腕に魔力を込める。
「ほう。抜刀術か。俺も受けたことはないが、居合いは抜かせて斬ると言うのが常道のはず。勝負を掛けた一撃だとすれば、既に抜き身の俺には有効な手段とは思えんがな」
マーサの口調にはアンジェリナの出方を探るような響きがあったが、アンジェリナは無言を返事にした。
「そうか、それでもやるか。ならばお前の渾身の一撃を受け止め、その刀と身体を両断してやる」
マーサの顔から笑みが霧散し、殺気だった眼光でアンジェリナの足元を注視した。居合いは突進力と踏み込みでその威力が大きく変動する。腕の振りよりも踏み込みの深さと速さでどう凌ぐかが決まる。恐らくアンジェリナの抜刀の速さからは逃れられないと考えたマーサは、打ち込んで来る一撃を弾き返せさえすれば勝機を得られると確信した。渾身の一撃ともなれば、弾き返す際に腕の一本も持っていかれるかも知れないが、自分の瞳に映る愚直な冒険者の最期を看取るとなれば、安い代償にも思えた。
「参ります。御覚悟を……」
アンジェリナは体勢を低くして重心を落とす。
静止した一瞬の後、アンジェリナは全力で疾走し腰の捻りを加えた僅かな遠心力を上乗せし、渾身の一撃を振り上げてる。
自分の首が刎ねられる映像が一瞬脳裏を過ぎり、マーサは肝を冷やした。踏み込みと共に宝物庫の床と空気を鳴動させ、アンジェリナの手から光の束にも似た神速の抜刀術が解き放たれる。
「耐えてみせろ、カリ・ユガ」
襲い掛かる一撃をカリ・ユガで砕くべく、マーサも渾身の力を込めてアンジェリナの刀身目掛けて大剣を打ち下ろした。衝突した二本の剣から眩い閃光が走り、薄暗い宝物庫は一瞬昼間のような明るさを得た。同時に高い金属音が鳴り響き、片方の刀身が回転しながら薄い陽光を反射させて床に突き刺さる。
それはアンジェリナの持つ虎鉄の刃先だった。
「返した。俺の勝ちだ。悪く思うなよ」
抜刀術を受けた衝撃で軽鎧の一部が吹き飛んだ。どうにか動く半ば麻痺している腕でカリ・ユガを振り上げ、マーサが勝ち鬨の声を上げる。
その刹那。大剣を振り上げ、吹き飛んだ鎧の為にがら空きになったマーサの脇に魔力を込められたアンジェリナの鞘が深々とめり込んだ。氷のマナを纏った鞘は肺を揺さぶり心臓を瞬間で氷漬けにした。衝撃により圧縮された肺から全ての空気を吐き出し、マーサは口角から泡を溢れさせた。
「私の、勝ちだ」
アンジェリナは息を整えると、立ったまま気を失っているマーサに勝利を告げた。
「まさか鞘打ちで勝ちを収めるとは。なんとも、あの方らしい」
ナオが泣きながら自分の腕にしがみ付いて叫んでいるのも気にせずケイは呟いた。緊張で強張っていた全身の筋肉が弛緩していくのを自覚しながら、納刀する機関長を見遣った。
「あなたを殺さずに、私は勝って生き残ってみせた。道は生きるか死ぬかの二つに一つではない」
誰にも聞こえない声でアンジェリナは呟くと、大きく息を吐いた。決闘を見守っていた全員が等しくアンジェリナに駆け寄り称賛の声を上げる。
「我等が機関長よ」
ケイ、ナオ、和美の三人が跪いて恭しく神剣を差し出す。王の証としてのファルシオンに、現行の練成術の上限を遥かに超えたクォーツの力を付与された剣をアンジェリナが拝領する事を止める者は、その場に誰も居なかった。
「ユミさん」
アンジェリナはファルシオンを腰に挿して、ドラゴニュートの巫女に声を掛けた。砂漠で流した涙の意味を知っているアンジェリナは優しく微笑んだ。
「済まないが、マーサの手当てを頼む。他の者はリチャードの回復で手が放せないからな」
一瞬の躊躇いの後、反対の声を上げようとするユミを片手を上げて制してアンジェリナが続ける。
「その命、この剣の為にではなく、フィーナ様が築く新しい国の為に遣ってくれると嬉しい。人間とドラゴニュートの橋渡しがこれからの王国にはどうしても必要だ」
自分の頬を流れる涙の意味も解らぬまま、ユミはマーサの元へ駆け寄った。
あ~。ここで完結出来なかった……。だって前に書いてあったやつ、あまりにも拙すぎて色々書き足してたらいつもより語数が多くなっちゃったんだもん。そんな訳で、最終回は次回に持ち越しです。