雌雄
城の上空に浮かび上がり、光の塊となったフィーナから放射状に閃光が放たれる。地上を穿った光の束は、生き物、構造物の区別無く触れたものを眩い光沢を放つ金属に変えていく。城門の周りには数え切れない程の金属の像が立ち並び、逃げ惑う冒険者たちを魔物が襲う阿鼻叫喚の坩堝と化した。
「これが、龍を抑える力だと言うのか」
幸いフィーナの直下には閃光が降り注ぐ事無く、遥か上空に浮遊する女王を見上げてアンジェリナは絶句した。
「そう、脆弱な人間には龍とドラゴニュートを打ち倒すだけの力は存在しなかった。しかし、錬金術を駆使して封印する術を手に入れた。人間の王はその秘術を用い、彼等を封印したのだ。そして、金属の像となった龍の角を鍛え上げたのが、王家に伝わるファルシオンと言うことだ」
ユミが謳うように昔語りを終えて、一つ溜息をつく。
「その人間の力をさらに抑える方法を、あなたは知っているのですね」
「大きすぎる力は更なる戦乱を招くことになる。この世界を維持するには、あの王の力は強大すぎる。我等ドラゴニュートはそれを懼れ、人間とも魔物とも与しえずに、調和を保ってきた」
ひっそりと隠れ里に暮らし、ドラゴニュートは人間とも魔物とも距離を取っていたのだ。全ては世界を維持するために。
「だが、スルトの出現、英雄の活躍、ドラゴニアを含む古代兵器の復活。そして人間が進化させる錬金術、練成術がそれを崩した。世界は再び力を求め、龍を倒す秘術が目覚めることは避けられなかった。私はそれを止める巫女。さあ、新たな人間の王となる者よ。我が血を捧げん。神剣で私を貫けば、剣に新たな龍の力が宿る。腕輪と剣を受け取り、あなたが龍となって古き王家を打倒するのだ」
選択の余地は無い。ユミの命を奪い、フィーナさえも手に掛ける。それが唯一にして無二のこの場を乗り切り、国を救う方法のように誰もが思った。
それでも。
それでも……。
「それでも私は、ユミさんの命を供物にする事も、フィーナ様に刃を向けることも出来ない」
アンジェリナは言い放ちフィーナから賜った刀の柄を握り締めた。根拠は無い。ただ、大きな力は争乱を生む。またここで規格外の大きな力が産まれれば、それを利用する者たちが新たな争乱を呼ぶ。結局、何の解決にもならないとアンジェリナは感じた。五年前の英雄たちも力を利用され、大戦を終わらせる為にその命を削った。アンジェリナはその姿を見てきたのだ。とても承服できる選択肢ではなかった。
突然強い殺気が肌を刺し、アンジェリナは反射的に飛び退いた。一瞬前までアンジェリナの居た空間をカリ・ユガが切裂き、宝物庫の床に大穴を開ける。
「ファルシオンを手に入れるのは一人だけ。しかも犠牲を承知で力を振るわなければならない。世界を塗り替えるかも知れぬ大業だ。お人好しで理想家のお主には荷が重いであろう」
マーサが床に刺さったカリ・ユガを引き抜いて不敵な笑みを浮かべる。
「新たな王には俺がなってやる。だから大人しく神剣を俺に譲れ。……と言っても無理であろうな」
確かにこの男であれば、悪い王にはならないかも知れない。だが、今自分が理想の王に仕えているのにそれより劣る人間が王となろうとするのを看過することはアンジェリナにはできない。無言を返事として、アンジェリナはマーサを見つめた。
「クォーツを五つ手に入れた俺にも王となる資格はある筈だ。俺とお主、勝った方が神剣を拝領する。それをどう使おうが、敗者は口出しをしない。それでどうだ」
「馬鹿な。十対一だぞ。貴殿に勝ち目は無い。諦めよ」
マーサの提案を一蹴した和美がハンマーを構える。残りの冒険者もマーサを取り囲むように配置に付く。数の上では圧倒的にアンジェリナたちが有利であることは誰の眼にも明らかだったが、アンジェリナは和美の前に進み出ると右手を挙げて構えを解くように指示を出した。
「皆、手を出すな。一対一での勝負だ。……それで良いな」
数で勝ち目が無いのはマーサが一番良く解っている。だが、十人の中には近接戦に不向きなアイリ、ユミ、ナオ、ケイ、リンカが含まれている。マーサが本気を出せば、誰か一人くらいは道連れに出来る間合いだ。マーサはアンジェリナがそれを承知している事を解っていた。畢竟、一対一で斬りあうのが、一番被害が少なくて済む手段になると言う結論に達する。
「賢明な判断だな。さすが、組織の長と言った所か」
マーサは軽口を叩いて剣を構えたまま、アンジェリナから距離を取った。大剣は斬ると言うより振り回して叩き潰したほうが攻撃力を増す。切れ味の良いハンマーのような物だ。相手との間合いを充分とって勢いを付けて切り込むのは常道である。
「そこまでして私と剣を交えたいのか」
「知りたいのさ。国を救い、世界を変えるのは力だけが全てではないと信じている冒険者の剣がどれ程の物か。そいつを倒して俺が王となるのが正しいのか……」
カリ・ユガを構えなおし、マーサは切っ先をアンジェリナに向けた。大剣の刀身に埋め込まれた魔力を宿した宝玉が、持ち主の殺気に呼応して輝きを増した。
「その応えは、こいつだけが知っている」
国を救う剣を掛け、冒険者として違う道を歩んできたアンジェリナとマーサの雌雄を決する決闘が、王宮の宝物庫で始まった。




