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降魔

 七人目の元老院が、眉間にケイの放った矢を打ち込まれ倒れこむ。幸いアンジェリナが対峙したシュウ以外はアンデッドとなっておらず、冒険者たちは最強を謳った武具に身を包んだ文官たちを悉く切り伏せてみせた。この国で屈指の堅牢さを誇る黒い獅子の鎧が、こうも容易く打ち倒される事をギリアムは想像もしていなかった。

「何故、あの鎧と刀で負けるのだ。愚か者が」

 老いたリチャードを弾き飛ばして、憎悪の限りを尽くした声でギリアムが吐き捨てる。

 字が読めない赤子が太古の魔道書を手に入れた所で、大魔法を行使出来る訳ではない。海を見た事がない木こりに一級品の網と竿を渡した所で、漁師になれるわけではない。要は使う者の知識と鍛錬次第である。この男はそんな単純な事もわかっていなかったのだ。

「愚かなのはお前も同等だぞ。ギリアム」

 度重なる打ち合いで、疲弊したリチャードが剣を杖に立ち上がり、ギリアムの周りをアンジェリナたちが包囲し各々武器を構える。完全に形成は逆転した。違法な練成で手に入れたファルシオンを持つ元老院は全てが死に、残された自分の命を八人の冒険者が狙っている。

「くっ。俺を殺せば違法な練成をした者を捕らえる事はできんぞ。それでも良いのか」

 剣では勝てぬと知ったギリアムはファルシオンを鞘に納めると胸を張り、大袈裟に笑った。今度は練成師と言う黒幕を餌に、我が身を人質として冒険者たちと交渉しようと言うのだ。

 その声が突如霧散し、代わりにギリアムの左耳から鮮血が迸る。その血は黒ずみ、辺りには腐臭が漂った。やはりギリアムもアンデッドと化していたのだ。

「耳一つ失っても、貴様から情報を聞き出す事はできる。アンデッドはこの程度では死なんだろ。次は両手の指を落としてやろうか」

 残忍な声を発し、小刀で切裂いたギリアムの右耳を踏み潰してリチャードがギリアムに詰め寄る。アンデッドと分かった今、ギリアムを生かしておく選択肢はなかった。その姿を見たフィーナの顔が蒼ざめる。愛していなかったとは言え、アンデッドとなった将軍を婿に迎え入れていた己に吐き気を催した。結婚して五年、一度も床を共にしたことがなかったのが、彼女にとってせめてもの救いだったかも知れない。

「痛い、痛い、痛い。よくもやったな。練成師殿、どうかお助けを。こやつ等に相応しい罰をお与え下さい」

 縋るような声で叫ぶギリアムに、もはや嘗ての将軍としての風格や威厳は無かった。眼前に迫るリチャードの姿を無視して狂信者の様な虚ろな眼で虚空を見つめ、つい数秒前まで取引の材料にしようとしていた練成師に助けを求める。

「ギリアム。愚かな男よ……。せめて最期は念願だった王として朽ちるが良い」

 何処からか声が響くと、ギリアムの体が禍々しい輝きを放つ光に包まれていく。

「これは……降魔の術式。気をつけて。何かを王配の身体に降ろすつもりです」

 一行の中で最も魔術の知識が深いアイリが叫んで注意を促す。こんな魔方陣もない場所で短時間に邪神や魔神など高位の魔物を降ろせる訳がない。せめて人間の霊を呼び出すのが精一杯の筈である。この絶対的不利な状況下で、全員を切り捨てるか平伏させる必要がある。前者に該当する者はまず居ないだろう。歴代の英雄であっても、この場に居合わせる冒険者を同時に打ち負かす事は不可能に近い。となれば後者だ。女王であるフィーナを含む全員を平伏させる事が出来る死者はたった一人。……アイリはその名を思い浮かべ肌を粟立たせた。


「愛しの娘、フィーナよ。よくぞ魔物を打ち倒し、我が国を存続させた」


 ギリアムを包んでいた光が収まり再び人型に戻った時、その身にはフィーナの父、エルドラゴ王国の前国王の姿を宿していた。その場にいた冒険者たちも先王の霊を斬るわけにはいかず、その場に立ち尽くすしかなかった。

「父……上」

 絶句したフィーナの前に先王が歩み寄る。その手に握られているファルシオンが嘗てのあるじの魔力と共鳴して禍々しい光を放つ。その光を眼にしたフィーナの瞳から生気が失せるのを、リチャードは見逃さなかった。

「さあ、国を我に返せ。エルドラゴは唯一、我にこそ統治されるべき国」

「本当に、父上なのですか」

 アンデッドに宿った先王の霊にフィーナが手を伸ばそうとする。

 父の突然の死により、何の準備も覚悟もないまま女王となり国を背負わされてきた五年間の辛苦がやっと報われたと感じた。これで平穏なあの日に戻れる。何の憂いもなく、力強い父を頼り女性として生きていける日々を、この五年間どれだけ欲したことだろう。

「フィーナ。駄目だ」

 伸ばしかけたフィーナの手を狙い、先王のファルシオンが振り下ろされる。切っ先が手首を切り落とす寸前、リチャードが身を呈してフィーナを守った。しかしそれは、同時に振り下ろされた先王のファルシオンにリチャードが袈裟切りされる事を意味していた。

 尊敬していた父の剣により、淡い恋心を抱いていた相手が斬られ倒れていく。吹き上がった血飛沫がフィーナの色白の頬に紅い染みを作った。

「リチャード……。そんな、父上……」

 失われていたフィーナの瞳に生気が戻る。倒れこむリチャードの身体を受け止めようとして、受け止めきれずフィーナは一緒に倒れこんだ。傷から流れ出す血の温かみに反比例して、リチャードの命が失われていくのをフィーナは直感した。

「嫌ぁーー」

 叫ぶと同時にフィーナの身体から眩い光が溢れ出した。物理的力を宿しているその光の波動がエルドラゴ城を鳴動させる。


 エルドラゴ王国の女王として受け継いできたフィーナの血に宿る力が解放されようとしていた。

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