未来
雄叫びをあげ、デイモスの群れが魔力砲を放出する。味方であるはずの魔物の群れが、為す術なく、赤みがかった光により蒸発していく。魔力砲を撃ちきったデイモスに周りの魔物が群がり、壮絶な共喰いが始まった。
「まずは、成功と言ったところか……」
馬上の五郎丸は安堵の溜息を付いた。「トリセツ」を閉じて遠隔操作装置を懐にしまう。ブリギッドの武器商人が運んできたそれは、エルドラゴ王国が欲して止まなかった魔物を操る技術が搭載された装置だった。仕組みは定かではないが、効果は抜群でデイモスは五郎丸の操作した通りに魔力砲を撃ってくれた。これで戦況は好転するのは疑いようも無い。
「そんな代物まで創れるとは、あの店主はいったい何者だ」
傍らで様子を眺めていたウルフが低い声で五郎丸に問い質した。この王国に一台しかない飛空石を原動力とする乗り物を操り、龍の力を持つシーマの写し身のホムンクルスを創り、その上デイモスを操る装置まで開発する。とても一人の人間だけで為しえる事でないのは明らかだった。その得たいの知れなさにウルフは悪寒を覚え、肌を粟立たせた。
「俺も知らぬ。奴とは大戦が終わってから、フィーナ女王のご紹介で知り合ったのだから。神の遣いであるか、悪魔の眷属であるか、どちらでもおかしくはないが、今は俺たちに協力してくれている」
遥か昔の事を思い出すように述懐する五郎丸の顔は憂いを帯びていた。
「その装置の力を使えば、お前が新しいスルトになることもできよう」
冗談めかした声で言うと、ウルフは五郎丸の脇腹を肘で突付いた。冒険者とは因果な生き物で、力を手に入れたらその力を誇示したい習性を持つ。かつてエルドラゴで起きたギルド同士の軋轢や不正騒ぎも、冒険者の自己顕示欲から発したものだと言える。
「馬鹿を申すな。俺はこの王国の平和を希求して止まない、善良なギルドマスターだ」
胸を張ってそう告げると、五郎丸は全軍に突撃の指令を出した。魔物を殲滅するには、異界の門を破壊しなければならない。デイモスの魔力砲によってその活路が見出された今、追撃の手を緩める五郎丸ではなかった。
「ふん。お人好しが世界を救うか。そんな夢物語に乗ってみるのも悪くない」
苦笑いと共にウルフも愛馬の腹を蹴って魔物の群れに突撃した。この国は血を流しすぎた。貿易や観光に頼っても充分国を潤せるだけの恵まれた環境を持ちながら、戦によってその版図の拡大を目指し戦闘員のみならず一般市民も血を流してきた。それに拍車を掛けたのが龍の存在だ。軍部は龍を巧みに使い、軍国主義の象徴とした。先の大戦ではその力を遺憾なく発揮したが、今回のカイラスのような不心得者が龍に選ばれる可能性もある。竜と言う象徴に頼る軍国主義は打倒される時が来たのかも知れない。自分が冒険者として見てきた歴史を振り返り、ウルフはそう感じた。
「それを為す事ができるのが国を在るべき方向に導く、灯台たるフィーナ陛下と、力と知恵で敵を薙ぎ払う、剣たる五郎丸と、弱きものを守る、盾たるアンジェリナ殿かも知れないと言う事か」
その三者とも、まだ完璧ではない。だが、その三人が築く未来を見てみたいと願う自分が居たことにウルフは可笑しくなった。
「俺も毒気に当てられたか。あいつ等の手伝いをしてみたいなんて、傍から見たら俺もとんだお人好しだぜ」
馬蹄を響かせながらウルフ魔物の群れの中に消えていった。その日ウルフが討伐した魔物の数は、戦場にいた誰よりも多かったと記録されている。
アンジェリナ一行は城内を謁見の間に向けて走っていた。既に衛兵の姿は無く、一行の前には度々黒い鎧に身を包んだ冒険者が立ちはだかった。そのどれもが、もはや人としての人格や精神と呼ばれる物を持ち合わせておらず、破壊欲求に支配されるまま剣を向けてきた。
「力任せに剣を振るうだけでは、勝てなくてよ」
和美は振り下ろされた剣を紙一重でかわすと、続けざまの斬撃をハンマーの柄で受け流した。乾いた金属音が鳴り響き蒼白い火花が飛び散る。体勢を崩した相手の脇腹目掛けてハンマーを払うと、確かな手応えと共に鎧が砕け散り、中の内臓と骨を打ち砕いた。
「この人たちが手にしている剣、ファルシオンに似ていませんか」
相手が動かなくなった事を確認してからナオがアンジェリナに報告する。武具に精通するナオは、黒い鎧の冒険者が、皆一様の装備であることに疑問を抱いていた。
「恐らく、クォーツの力によって練成されたものだろう。まだ不完全故、武器に呑まれている可能性はある」
この不正な練成が王城の一室で行われていた事を、ブリギッドの武器商人から伝えられたアンジェリナは言いようの無い恐怖を感じた。フィーナのすぐ傍でこのような練成が行われたとすれば、彼女の身にも危険が迫る。そう直感した。
相手が落とす武具に手を触れないよう注意を受けていたアンジェリナは、冒険者が手にしていた武器に近づく事無く、先を急いだ。
立ちはだかる黒い鎧の冒険者を薙ぎ倒して、幾つもの角を曲がり、階段を駆け上がり辿り着いた謁見の間の扉の前でアンジェリナは聞き覚えがある声に呼び止められた。
「間に合ったようじゃな。アンジェたちばかりに良い所は持って行かせぬぞ」
アンジェリナたちが通ってきた道と逆の角から姿を現したのは、エンプレスの一行だった。嘗てのギルドの仲間であるグレイプニルとスレイプニル、そしてギルド長補佐官のリンカの姿も確認できた。
そしてその四人に守られるように立つ冒険者は、五年前の大戦をアンジェリナと共に戦い抜いた仲間にして、勝戦の最大の貢献者である英雄王と謳われたリチャードと、英雄王の幼馴染のアイリだった。
「この国の未来を決めるかも知れない戦じゃ。新参者の冒険者ばかりでは心許無いじゃろ。先達の力も借りよとの、我等がギルド長からのご命令じゃ」
澄まして言うと、エンプレスは恭しく一礼してリチャードとアイリに道を開けた。五年前より老け込んだと見える、自分より一つしか歳の違わないリチャードの顔を見て、アンジェリナは言葉を詰まらせた。
「アイリ様。先程は有難う御座いました。あの回復魔法が無ければ、我々は既に死に絶えておりました」
アンジェリナに代わり、和美が前に出て頭を下げる。一行がそれに倣い深く頭を下げた。虫の息だった冒険者たちを間一髪で救った、蒼く美しい髪の龍の守護者は少しだけ微笑んで頷いてみせた。
「間に合って良かった。またあなたと会えて嬉しいわ。アンジェリナ」
大戦時より伸びた髪が、五年と言う歳月をアンジェリナに実感させた。
「申し訳ない。あれだけの犠牲を払い、あなたたちにあれだけの苦労を掛けておきながら、この国はまた戦に見舞われ、あなたたちの力を必要としてしまった」
己の不甲斐なさを恥じ、二人の眼を見れぬままアンジェリナは頭を下げた。口惜しさで自分の唇を噛んだが、それで国の愚行が清算されるわけでもない。
「自分を責めるな。お前の悪い癖だ、アンジェリナ。謝らなければならぬのは我等のほうだ。国の安定を見守らぬまま出奔した事は間違いだったかもしれない」
リチャードに肩を叩かれたアンジェリナは眼に涙を浮かべながらリチャードを見つめた。
「フィーナ様の為、エルドラゴの為よく頑張ってくれたな。だが、泣くのは後だ。この奥にいるのであろう。新たに暗黒王になろうとしている者が」
アンジェリナは零れ落ちそうになった涙を拭いリチャードの言葉に頷いた。大戦の時五人の龍の守護者とアンジェリナの六人が女王から騎士に叙任された謁見の間。リチャードは深く息を吐くと龍の彫刻が施された大きな扉を押し開けた。




