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集結

 全長七メートルを超える槍がカイラスに宿る龍、イルルヤンカシュの手から突き出される。人智を超えた破壊力の攻撃は、城門を破壊し死の旋風となって周りにいる冒険者と魔物を区別なく巻き込んでいく。完全に不意を突かれた形になり、防御するいとまもない。当たり前だ。王国の象徴的存在である筈の龍が冒険者を襲うなど考えもつかなかった。一撃目に続き、二撃目、三撃目と情け容赦無いカイラスの攻撃は辺りの冒険者と魔物を切り刻んでいった。

「何が起こっている。状況を報告しろ」

 前線にいたリキュールが恐慌に陥った後方を見遣り声を張り上げる。まだアンジェリナと別れてから数分も経っていない。嫌な予感だけが心を支配し、粘度の高い唾を飲み下した。


「まだ生きているか。流石にしぶといな。そうでなければ面白くもないが」

 眼下で蹲るアンジェリナを見てカイラスは薄く笑った。大戦の頃、決して越えられないと思っていた冒険者が、今、自分の目の前で血を流して死にかけている。自分がどう足掻いても手に入れられなかった女王の庇護、仲間からの信頼、そんなもの圧倒的な龍の力と対峙すれば、何の役にも立たない。何故もっと早くこうしなかったのだろう。大戦中から心を支配していたカイラスの鬱積が今晴らされていく。

「見たか、俺の力を。奴隷として虐げられてきた俺の思いを存分に味わえ」

 正気を失っているカイラスの声が虚しく城門に響き渡る。混濁する意識の中で、アンジェリナは全身を切り刻まれ、致死量の血を流しながらも立ち上がろうとする。もはや視界はほとんどなく、調査機関の仲間や城門で戦っていた冒険者たちが無事かを確かめる術も無い。己の息遣いだけがやけに大きく聞こえる中、無意識でフィーナから授かった虎鉄を抜刀する。

「この俺に逆らおうとは、冒険者ごときが思い上がるなよ」

 薙ぎ払ったカイラスの槍の柄がアンジェリナの腹部を直撃する。受身を取ることさえ叶わず、アンジェリナの体は城壁に叩きつけられ、全身の骨が砕け地面に落ちて動かなくなった。流れ落ちる血が地面に紅い染みを作っていく。

「力、無いね……」

 痛みさえ感じる事も無く、アンジェリナは呟き眼を閉じた。

「はは、勝ったぞ。何の事はない。強いのは俺のほうだったのだ。見ろ、このざまを。血だらけになって、もはや誰が誰だか解らないじゃないか。全部俺がやったんだ。俺がこの国で一番強いのだ」

 狂気の淵に居るカイラスはもはや自分の周りに動くものが誰も居なくなっても、槍を振るい続けた。

 そこへ城門を包み込むような蒼白い光が降り注いだ。



 街道を騎馬で進む一団は、戦場へ到着していた。

「急げ。異界の門を叩くのだ。あれが存在する限り、魔物が湧き出てくるぞ」

 五郎丸は声を張り上げた。馬上で斧を左右に振る度に魔物の腕が飛び、顔面が潰され、死体の山を作っていく。だが、一人の武勇で戦の流れを変えられるものではない。斥候の伝令によると城門の戦況は芳しくないようだ。せめて魔物の増援を止めなければ勝ち目はなくなる。だが、どうやって異界の門を破壊するかの策は五郎丸でも持ち合わせていなかった。五郎丸率いる一団は、城門へ攻め込む魔物の背後を取り、切り崩していく。だが、溢れ出る魔物の数に圧倒され進軍はままならない状況であった。

「諦めるな。我等がやらねば、城門の仲間は全滅するぞ」

 声を限りに叫んで、ウルフが突貫し突破口を作ろうとするが押し戻されてしまう。刻一刻と悪化の一途を辿る戦場を見て五郎丸は舌打ちした。

「こんな大事な時に、何も出来ないなんて、俺はとんだ能無しと言うことか」

 五郎丸は自嘲して空を見上げると、城門の辺りの空が蒼く輝いているのが見えた。

「何だ、あの光は」

 己の知識と照合してみる。冒険者が使う回復魔法の淡い発光現象に似ているが、範囲が広すぎる。

 眉を顰めた五郎丸の視界に見慣れた流線型の丸みを帯びた飛行物体が爆音と共に飛び込んできた。



「このマナの律動は……アイリ。アイリの龍、乙姫の魔法か」

 無意識に出た言葉で我に返ったアンジェリナはかぶりを振って立ち上がった。間違いない。カイラスの槍に切り刻まれた筈の体の傷が塞がり体力も回復している。辺りには変わらず回復魔法の蒼白い光が満ちている。これほどの範囲の回復魔法を行使出来るのは、蒼き龍の守護者であるアイリしか居ない。

 アンジェリナは城門前で槍を振り回すカイラスの姿を確認して、咄嗟に距離をとる。幾ら回復したと言っても再び一撃を喰らえば、また瀕死の状態になるのは明白だ。

「どこだ、アイリ。俺の事を馬鹿にしやがって。五年前もリチャードの影に隠れて、どうせ俺の悪口でも言ってたんだろう。殺してやるから早く姿を見せろ」

 激昂したカイラスが再び槍を振るおうとするが、穂先は崩れかけの城門に届く寸前で弾き返された。

「シーマ。無事か」

 カイラスの槍を防いだ黒い鎧の龍の守護者を見て、アンジェリナは全身を声にして叫んだ。ファフニールの手にはシーマ同様、刺突に特化した細い剣が握られている。

「先程は皆さんを守れず申し訳ありませんでした。ここは私が喰いとめます。どうか城内に向かってください」

 アンジェリナの声に頷いて応えて、シーマはカイラスに正対する。アンジェリナは残りの仲間の無事を確認すると動揺しているカイラスの股の下を潜り城門の中へと入っていく。

「城内に入るぞ。遅れをとるな」

 和美、ナオ、ケイ、ユミがアンジェリナに続く。

「俺はここに残ります。パンダを回収してからシーマ殿と合流します」

 グングニルは走り去るアンジェリナ一行を見送り、龍の力を使い果たしたパンダの元へ向かう。自らの意思を示したグングニルの行動を尊重しアンジェリナは無言のまま一つ頷いた。



「シーマは死んだ。死体は俺が確認したんだ。間違いない。お前は誰だ。何故ファフニールを操れるのだ」

 うわずった声をカイラスが上げると、龍の中のシーマはまるで別人のような顔付きになった。顔面を形作る造詣は同一だが、その表情には残忍な笑いが浮かんでいた。

「ああ、思い出したよ。さっきのお前の槍の攻撃と、アイリの回復魔法で私が嘗て生きていた記憶をな。以前の私がだいぶ世話になったようだな。その礼を今させてもらう」

 アンジェリナたちに掛ける声とは全く別の声色でシーマは答え、絶世の美女は口角を吊り上げた。

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