因果
城門での戦闘が始まってから、一時間ほどが経過している。既に冒険者たちの疲労は限界に達していた。実力で勝る冒険者は魔物の数を秒単位で減少させていくが、無尽蔵とも思われる数の魔物を掃討するのは簡単な事ではなかった。
冒険者が現状の困難さを痛感し、果てる事の無く迫り来る魔物の群れに己の浅はかさを呪い絶望の淵をさ迷い始めた頃アンジェリナが率いる調査機関「エンジェル・ハイロゥ」が到着したとの伝令が戦場を駆け巡った。港町ヴァナクを救った冒険者一行の噂は万人の知るところであり、戦意を失いかけていた者たちの心を再び奮い起こさせた。
高位の魔術道具である転移石を持たないアンジェリナたちは魔物に取り囲まれている城門に空間を飛び越えて到着する事は出来ない。アンジェリナは断腸の思いでパンダに宿る龍、飛翔力のあるマカラの力を借りて城門前へと降り立った。龍の守護者はエルドラゴに住むものにとって神にも等しい存在だ。戦場に現れれば士気を回復する事もできる。それも見込んでの決断だった。
城攻めのデイモス一団による魔力砲が、城門の術士たちにより偏向される際に生じる大地さえ揺るがすような地響きの中、アンジェリナは嘗てのギルドメンバーたちと再会を果たした。一騎当千の「牧場ギルド」の冒険者と言えど、無傷ではいられなかったようで、止血用の薬草を塗りこんだ包帯を傷口に巻き、回復魔法の練成を待っている者も多かった。
「皆さん、ご無事で」
周りの冒険者が龍の守護者を引き連れた一行を眼にして歓声を上げる中、アンジェリナはリキュールに走り寄って、互いの無事を確認する。酒臭い息を吐き出して迎えたリキュールは大きく笑った。
「おお、アンジェリナ殿。待ちくたびれたぞ。お主が帰ってきたと言うことは、城に棲む悪鬼どもを駆逐する算段がついたと思って間違いないのかな」
いきなり核心を突いてきたリキュールの言葉に、アンジェリナは一つ息を呑むと無言で頷いた。ヴァナクで得たデイモスを操る装置と、手に入れていたクォーツの解析結果をリキュールに耳打ちすると、酒豪の顔からアルコール成分が一気に霧散して蒼白になった。
「何の因果か……」
リキュールは二日酔いのような冴えない表情でそれだけ吐き捨てるとアンジェリナの肩に手を置いた。
「城壁はもう限界だ。お主らは急ぎ王城のフィーナ様をお守りしてくれ。五郎丸と別働隊のエンプレスたちも、もうすぐで到着するはずだ」
「解っています。フィーナ陛下やギルド長はこの国には絶対に必要なお方。命に代えてもお守りいたします」
肩に置かれた手に体温を感じながら、この国の行く末を案じてアンジェリナは自分の使命を確認したが、次の瞬間リキュールに両肩を大きく揺さぶられた。
「馬鹿を申すな。国に必要なのはアンジェリナ殿も同じだ。命を投げ出すような事が無いよう、努々(ゆめゆめ)心に命じておけよ」
リキュールの言葉にアンジェリナは赤面した。作り笑いを返そうとしたが、上手く笑えたか本人には解らなかった。
「調査機関のご一行。このお人好しが自らを犠牲にしないよう、しっかり監視してくれ」
リキュールは再び笑うと、懐から酒瓶を取り出し口をつけた。後方部隊から回復魔法が練成され、リキュールの体力を回復していくが、酒がこの男にとっての何よりの燃料であることは疑う余地はなかった。
リキュールが再び剣を掲げて前線に向かっていくのを見送ってから、アンジェリナは和美が不機嫌そうにこちらに視線を送っていることに気がついた。
「どうかしたのか、和美殿。何か気になることでも」
「あのノンダクレ、大事な場面で出てきて言いたい放題……。ああ言う言葉はわたくしの役回りなのに……」
歯軋り混じりの和美の言葉に呪詛の念を感じたアンジェリナはそれ以上追及せずに、座り込んでいるパンダに声を掛ける。
「龍の力を解放して頂き感謝します。どうかご無理をなさいませんように」
長い距離を飛翔した影響で少し息が上がっていたが、パンダの体に異常は無いようである事を確認しアンジェリナは安堵した。
「案ずるな。久しぶりに大空を飛べて、気が晴れたわい」
減らず口でパンダは答えたが、これ以上の変身は無理であろうことは間違いなかった。
アンジェリナが仲間を引き連れて城門に向かおうとした時、上空から大気を切裂いて長大な槍が飛来した。城壁の一部をその場に居合わせた術士諸共、易々と粉微塵にした槍が誰の物であるか、アンジェリナは考えなくとも判断できた。
「俺は連れて行ってもらえないのかな」
大地に降り立ったカイラスは城門に刺さった槍を引き抜くと、更に頭上で回転させる。士気を取り戻しつつあった城門の冒険者や兵士は、突然現れた嘗て英雄と謳われた龍の守護者の信じられない行動を目の当りにして恐慌に陥った。
「カイラス、また邪魔をするか。いったいあなたは何がしたいのだ。あなたの行動は事態を混乱させることを目的としているとしか思えない」
城門が崩れ、発せられた土煙のなか、アンジェリナは叫んだ。五年前の旅でも事あるごとにリチャードを始めとする仲間に反発し、主張に一貫性が無く勝手な行動を採っていた。そして終戦間際にはシーマに裏切りの嫌疑をかけて、同時にアンジェリナも陥れようとした。
「ご名答だよ。我が美姫よ。俺に注目が集まるように、俺は行動している。簡単に事が収まってもらっては龍の力を持つ俺が脚光を浴びる事が出来ないではないか」
カイラスは謳うようにそう言うと槍を構え直した。殺気を孕む魔力が槍に注がれて、怪しい光を放った。正気なのか、血に酔っているのかアンジェリナには判別できなかったが、本気で自分たちを殺そうとしているのだけは間違いなかった。
「安心しろ。お前等を片付けた後、魔物も俺が始末してやる。人々は俺に敬愛と畏怖を抱くだろう。そう、女王のフィーナでさえもな」
語尾に狂気が重なり、死の旋風を纏った神速の一撃がアンジェリナたちに向かって放たれた。




