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希望

「始まってしまったか」

 遠く城壁を望む丘からエルドラゴ城の周りを蠢く黒い影を見遣ってアンジェリナは呟いた。

 先日、密使によりブリギッドの武器商人から解析結果の報告を受けたアンジェリナはエルドラゴ城への帰還を決定したが、一足遅く城壁は魔物によって攻撃を受けている。

 全力で駆けても後数十分は掛かる。焦燥だけが募り自らの唇を噛んだが、それで事態が好転する訳でもない。今は一秒でも早く城内に入り、女王フィーナの身の安全を確保しなければならない。腰に下げた麻の袋から漏れるクォーツの光がいつもより禍々しい事も、アンジェリナの心をざわつかせていた。

 神ならぬ身であるので、城内でフィーナが夫のギリアムと登用した元老院に襲われている事をアンジェリナたちが知る由も無い。それでも言いようの無い不安が心を締め付けていた。

「急ぎましょう。わたくしたちが行ったところで兵力はさほど変わりませんけれど、あなたが居れば士気は高まる。城壁の中で怯える市民と、城門で戦う兵士に勇気を与えて」

 隣で馬を疾走させる和美が諭すようにアンジェリナの瞳を覗き込んだ。

「英雄でも、龍の守護者でもない私には、そんな力は無いよ」

 謙遜のつもりはなかった。実際、五年前の大戦でも、今回の調査でも自分が功績を残したとはアンジェリナは思っていない。常に周りに助けられ、生かされてきた。自分独りでは、名も知らぬ地で、とうに屍を晒していただろうと何度も思っていた。

「だかこそ必要なのです。特別な力を持つわけでない者たちにこそ、あなたの様な希望となる存在が」

 いつに無く力強い口調でケイが言った。それはアンジェリナの姿に憧れて冒険者となった自身の経験から発せされたものだった。ケイにとっては、自分の村が襲われ日常を奪われた絶望の淵で見た一縷の光。それがアンジェリナだった。

「あたしだって、隊長にこの身と心を、何度救われた事か解りません。どうかもっと多くの人の心も救って下さい。みんなにはそれが必要なんです」

 種族差別を受け、行き場を失っていたナオにとって、帰る場所を与えてくれたアンジェリナは恩人であった。単なる主従関係では表現できない思慕の念を抱きながらも、アンジェリナに仕える事に至上の喜びを見出している。

「見せてください。歴史が動く瞬間を。俺もあなたと一緒に戦える事を誇りに思います」

 先頭を走るグングニルが振り向きながら叫ぶ。御伽噺に出てくるような冒険者に憧れ、偉大な父と姉たちに劣等感を感じながら、答えを探してもがいていたグングニルにアンジェリナは生きる指針を与えた。

 弱い者の為に力を使う。簡単なようでそれがいかに難しいか、冒険者であれば誰でも身に染みて解っている。地位や名誉を優先して戦っていては、決して辿り着けない境地にアンジェリナは立っている。だからこそ女王フィーナからも信頼され、五郎丸から単独行動を任されたのだ。

「わたくしからも、何かあなたに申し上げましょうか」

 馬が跳ねるたびに揺れる美しい黒髪を持つ美女は、人の悪い笑みを浮かべながら、再度アンジェリナの顔を覗きこんだ。

「いや、特に良い」

 素っ気無く答えたが、アンジェリナには和美の言おうとしていることは解っていた。

「五年前の大戦。先日のドラゴニアの事件。あなたはその渦中にいて、幸運にもその手には強大な剣が握られていましたわ。それは僥倖。事態を解決するのに、その剣は充分に役目を果たしてくれました。でも、あなたの手に強大な剣が握られていなかったとしても、きっとアンジェリナ殿であれば迷わず困難に立ち向かい、同じように事態を収拾させたでしょう」

 アンジェリナに拒絶されながらも一息に和美は言い放つと、一呼吸置いて更に続けた。

「あなたが誇るべきは武勇や功績ではない。人の心を救える数少ない冒険者。そう見込んだから、皆あなたに付いてきていますのよ」

 和美の照れくさそうな微笑が、アンジェリナの心に染みた。

 どうしたら救える。どうしたら自分に付いてきてくれる者たちの心に報いる事が出来るか、いつもアンジェリナは悩んでいた。だが、そんな考えこそおこがましい事だったのだ。心はそのひと自身のもの。誰にも束縛、強制など出来ない不可侵なものなのだ。

 アンジェリナが和美やナオ、ケイやグングニル、仲間たちを信じて居た様に、仲間たちもアンジェリナを信じてくれていたのだ。それが何より嬉しかった。

 自分は剣を振るう事しか知らない、ただの冒険者だ。常に身に余る仲間に周りを囲まれているのは自覚しているが、どれだけ頑張っても、冒険者以外には成れそうにない。

 ならば冒険者として出来る事を、自分が正しいと信じ成すべきと思った事を実行しよう。それが奪ってきた命と救えなかった命へのせめてもの償いだと、アンジェリナは自分に言い聞かせた。

「さ、急ぎましょう。早くしないと魔物を全滅させられてしまいますわ。冒険者にとって手柄は命の次に大事なものですからね」

 先程の言葉と酷く矛盾した意見を述べて、和美が手綱を絞って馬を走らせる。城門は見る見る迫り、冒険者や魔物が発する怒号や悲鳴が少しずつ耳に届き始めていた。



 遥か上空からアンジェリナ一行の影を見下ろす一人の男がいた。地上からは雲に遮られその姿を仰ぎ見る事は出来ない。

「五年前。全ての始まりの地、エルドラゴ城」

 感慨を込めて呟いた言葉は、急速に流れていく空気に飲み込まれ誰の耳にも届く事はなかった。

「五人の英雄。一人の女王。そして一人の冒険者。あの時の七人のうち、六人までが彼の地に集おうとしているとは滑稽だな」

 自嘲気味に呟いたが、昔を懐かしむ気は毛頭なかった。

「今度は同じ結末は迎えさせん」

 溢れ出すような怨嗟の念を含み、カイラスは白亜の鎧を輝かせ、三対六枚の翼をはためかせながら、全ての始まりの地にして、恐らく終結の地になるであろうエルドラゴ城に向かった。

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