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王配

 エルドラゴ王国の四百年余りの歴史上に於いて、建国以来王位は必ず男性によって継がれてきた。軍事国家と言う性質上、武力による政権奪取(クーデターの事)も数回存在しているので、建国時の王家の血筋は既に断たれていると言われている。

 先王が大戦時に逝去した際、世継ぎは娘のフィーナ一人だった。先王は当時四十半ば、これからまだまだ精力的に動く事ができる。隣国との争いに勝利し版図を拡げた先王に、国民は大きな期待を寄せていた。しかし、王都に招いた和平の使節団が持ち込んだトロイの木馬により城門は内側から破られ、五万を超える魔物が王都を襲った。罪も無い市民が巻き込まれ、その混乱に乗じて先王は討ち取られた。その時初めて龍の力に目覚めた英雄王リチャードが、王女だったフィーナを救い、城門を襲ったデイモスの大群を打ち負かしたと叙事詩には綴られている。

 戦後、当時まだ十六歳であった才女フィーナの夫となる者が、次の国王になると誰もが信じていた。そう、フィーナと政略結婚し王室に入ったギリアム自身もその事を疑わなかった。

 だが、実際はフィーナは王位を譲り渡さず、共同統治と言う形も取らなかった。ギリアムは王配(女性支配者の配偶者のこと)となり政治的権限は一切譲渡されなかった。フィーナは正式に即位した後、先王を補佐していた元老院を優遇し、己の政治的手腕を補強する手段とし、その後結婚した軍属出身の夫を顧みることをしなかった。

 大戦時に軍部を預かっていたのは他ならぬ将軍ギリアムである。自らの生活の為に戦う冒険者を見下し、騎士団は権力に胡坐をかいていた。腐敗と堕落に満ちた軍部は魔物の侵略をあっさりと赦し、父王を失うきっかけを作った。その混乱の中、大戦を勝利に導いたのは卑下されてきた冒険者の活躍とその冒険者を登用したフィーナの手腕であったが、終戦後も何食わぬ顔で軍部は居座り、碌な訓練もしないまま最新の武器だけを買い漁り国庫を蝕んでいた。

 やがてフィーナの尽力により冒険者による法整備も進み、エルドラゴ王国には大陸一強い冒険者による国防体制がしかれる事になった。その後、元老院は増長し先王派の議会を取り込み、腐敗を取り除こうと志す女王フィーナを蔑ろにする政治体制を確立する。王国と言ってもまだ若いフィーナに国を動かすだけの求心力は無く、権力者たちは挙って元老院側につくことになる。フィーナにより権限を強化された冒険者の後ろ盾はあったが、彼等は戦う事が仕事であり、権力争いには向いていない。幾つかの暗殺と賄賂による買収を経て謀略は完成し、いつしかフィーナは形式上だけの国王と成り下がり、エルドラゴ王国は権力に群がる有象無象が国を喰い荒らす表面上の繁栄を謳歌する国となっていた。


 王城四階の謁見の間には、部屋の主である国王が仁王立ちする一人の男と向かい合っていた。エルドラゴ王国において唯一、女王フィーナに膝を折らなくて良い存在。王配ギリアムである。

 謁見の間には血の匂いが溢れ、フィーナ直属の近衛兵の死体が折り重なっていた。幾人もの部下の命を奪ったギリアムが手にする剣をフィーナが忘れよう筈もない。それは美しい龍の意匠が施された父である先王の愛剣「神刀ファルシオン」であった。

「フィーナ。我が妻よ……」

 人ならざる者の声を発してギリアムは謁見の間に敷かれた真紅の絨毯の上を進んでくる。先王の剣は国葬の際、遺体と共に埋葬した筈だ。ギリアムが合図を送ると、謁見の間の扉が開き、七人の元老院が姿を現した。皆一様に黒い獅子の鎧を身に付け、取り憑かれたような虚ろな眼で虚空を見つめている。

「よくも反逆者、五郎丸を逃がしたな。お前の行動を監視する兵から証拠もあがっておる」

「そればかりではない。極秘事項の地下通路の存在も冒険者に知らせたそうだ」

「とても王のする事とは思えぬ」

「国益を害する冒険者どもと結託し、国を滅ぼそうとでも言うのか」

「やはりあるべき姿にエルドラゴを取り戻さねば。……正統な王の手による統治こそ、国の礎」

 元老院たちの吊り上げた口角から絞り出される言葉に含まれる深い怨嗟に、フィーナは肌を粟立たせた。

「臣下たる者が王の行動を監視するとは笑止な。元より五郎丸の率いるギルドは王国直轄。彼等が国を裏切るような事はない。反逆者と騒ぎ立てたのはお前たちの仕業ではないのか。能力に見合わん過ぎた力は身を滅ぼすぞ」

 これは質問というより確認だった。フィーナに肩入れする勢力はギルドの冒険者のみだ。元老院も議会も、地方の有力者や貴族も、フィーナの目指す平等で可視化された国策を良しとせず、既に乖離している。残されたギルドと冒険者の力を弱めれば、フィーナを排斥することも容易いのは誰にでも予想することが出来た。

「国が欲しているのだ、力を。他国に侵略されない圧倒的な軍事力を。愚かな冒険者に負けない絶対的な武器を。それが何故解らん」

「それはお前が欲したものだろう。都合よく主語を書き換えるな」

 近づいてくるギリアムに対し、フィーナも剣を抜いた。緊張で息遣いが荒くなるのを自覚し、柄を握る両手に力を込めた。王家の人間として、剣術の心得を持っているフィーナではあるが、相手は元将軍。勝ち目が無い事は、当の本人が一番良く解っていた。

「ひひ、逆らうか。王の証たるファルシオンを持つ者に剣を向けるとはどう言う事か解っているのか、小娘」

 フィーナの抵抗を嘲笑うようにギリアムは近づいてくる。先王と共に埋葬した筈の剣を持ち、亡者となった元老院を従えて。もはやフィーナの眼には彼等が生きている者のようには映らなかった。自分の前に立ちふさがる八人の男は、権力に取り付かれた哀れな人形でしかなかった。

「父王の墓を暴き、剣を手に入れた事。黒獅子の鎧を不正に複製した事。この二つは王に対する侮辱だ。その罪、この場で償ってもらう」

 語尾に怒気が重なった。これほど解りやすい行動に出てくると言うことは、ギリアムと元老院はもはや国を転覆する用意が出来たと算段して間違いない。フィーナはその確たる証拠を見つけたかった。今すぐ斬りかかりたい衝動を抑え剣先をギリアムに向け威嚇した。

 その時王都全体を揺さぶるような振動が謁見の間を襲った。たたらを踏んで片膝をついたフィーナにはこの揺れに覚えがあった。五年前のあの日に、城門を襲ったデイモスの魔力砲が齎す振動だ。それも一つや二つではない。

「ひひ、急くな。お前は売国奴として後でじっくり殺してやる。その前に良く見ていろ、目の前で自分の国が滅んで行く様子を。偽りの王を五年に渡り奉ってきた国民にも、相応の報いをくれてやる。この腐った王都が浄化されたときこそ、真正エルドラゴ帝国の誕生だ」

 魔力砲によるマナの律動が止むと、数万とも取れる軍勢が城門の遥か向こうに蠢いているのが謁見の間の窓から見て取れた。陣を敷くとかそう言う規律の取れた物ではない。餌を待つ獣の群れのようなそれは、魔物と黒い鎧に身を包んだ人間の姿をした悪鬼の連合軍だった。

 血に飢えた悪魔と化した一団が、ただ殺戮の衝動を満たす為だけに雄叫びを上げて、大地を揺るがしながらエルドラゴの城門に向かって殺到してくるのを、フィーナはただ見守ることしか出来なかった。

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